ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2023.1.1 エンハーツ36クール目 さらに減量32回目投与後11日目のこと 卯の年始め、元日の過ごし方

2023-01-01 21:00:06 | 日記

 あけましておめでとうございます。
 おかげさまで、家族4人全員無事、ではありません(息子、発熱のため隔離中・・・)が、なんとか2023年を迎えることが出来ました。

 今年、2023年は癸卯(みずのとう)の年。雨や露、霧など、静かで温かい大地を潤す恵みの水を表している「癸」は十干の最後にあたり、生命の終わりと同時に、次の新たな生命が成長し始めている状態を意味するもの。加えて、穏やかなうさぎの様子から安全、温和、うさぎのように跳ね上がるという意味がある「卯」は、何かを開始するのに縁起がよく、希望があふれ、景気回復、好転するよい年だそうです。
 その組み合わせから、これまでの努力が実を結び、勢いよく成長し飛躍するような年になると考えられるそうな。

 コロナ禍も3年を経て、とうとう我が家にも上陸したウィルスですが、じっと我慢をしてきた色々な努力が実を結ぶことを信じつつ、これからもマイペース(丑年ゆえ)でゆったりと、けれどたゆまず進化を続けながら、心して人生第二章の日々を丁寧に過ごしていきたいと思います。
 引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

 昨夜は、紅白歌合戦をつけたものの全く愉しめず。夫と母が演歌番組を視ているのを横目に、今朝のお雑煮の下ごしらえ。そのうち胃痛が酷くなり、脂汗が出て来たところで、リビングで横になる。
 夫と息子は年越しそばを食すとのことだったが、母も私もお腹一杯でとても無理。母に一番湯を譲り、胃痛と腹痛、生唾と吐き気がなんとか収まったところで、入浴。年越しそばの準備は夫に任せ、「ゆく年くる年」を少しだけ視て、日付が変わってからベッドに入った。この不調はなんだったのだろう。

 そして今朝。普段通りの目覚ましが鳴り、日曜日仕様の目覚ましが鳴ったところで、起床。今年から新聞購読の契約更新を辞めたら、昨日の新聞から入っていなかったので、そのドライな扱いに絶句した。かなり長い間、人助けと思って・・・と請われるまま更新を続けてきたのだけれど、そんなものですか、という感じ。

 いいお天気だ。お雑煮と昨日スーパーで急遽買い求めた個食用のおせち料理等を並べ、テーブルを整える。夫から新年の挨拶をしてもらって、3人で頂く。息子にはトレーに載せて夫に運んでもらう。平熱に戻ったようだ。食欲は旺盛。一人でお雑煮のお餅は2個!とのこと。お節料理も私達3人は食べ切れず夜にまた、ということにしたけれど、彼だけは完食。さすがにお酒はなしで、リンゴジュースを。

 第一弾で届いた年賀状を拝見しつつ、住所録をチェック。お出ししていない方からの到着はなかったので、ほっとする。夫は数枚そうした方がいらしたようで、オリジナルの賀状を作成していた。
 
 お正月番組を視る気もせず、気づけば作って、食べて、片付けて、とずっと台所に立っている。2人に珈琲で淹れつつ、おさんどんおばさんに徹すると決めつつも、なんだかなぁ、不向きだなぁと気持ちが滅入ってくる。

 母の様子を見ていると、家では頻繁に庭に出たり入ったりするのだろうけれど、ここではベランダも狭く、結局一日リビングに座ったまま。これではフレイルになってしまうし、息が詰まりそう。

 お天気もいいし、暖かいうちなら、と地元の鎮守である八幡神社へ初詣に出かけた。昨年に続き、地元へのご挨拶である。
 今年はお神楽もあり、随分賑わっていた。3人揃って手水鉢で手を清め、二礼二拍手一礼を済ませた。家で隔離中の息子の分まで早く治りますように、私達3人は感染せずに済みますように、と祈る。夫はお神酒を、母と私は甘酒を振舞って頂いた。美味しく頂いた。

 駅前まで戻ると、凄い人出だ。どこのカフェも満員御礼。密を避けつつ、ケーキを買ってタクシーで帰宅した。2時間弱の外出。外の空気が吸えて、狭いリビングで籠城蟄居の酸欠状態が少し緩和された。

 夕食は息子のリクエストでお寿司の宅配をお願いした。お手洗いとお風呂以外は部屋から一歩も出られない息子、可哀想ではあるけれど、独居マンションでの罹患だったら、誰も面倒を見てくれなかったわけだから、ある意味食べ物の心配もなく、甲斐甲斐しく世話を焼く(?)両親がいる実家での療養生活は不幸中の幸いだったろう。
 これにて元日、終了である。
コメント
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