電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

『藤沢周平 父の周辺』を読む

2006年09月27日 04時26分43秒 | -藤沢周平
本書は、獄医立花登シリーズのヒロインおちえのモデルと言われる、藤沢周平の一人娘、遠藤展子さんが、藤沢周平をはじめとする家族の素顔を語った本です。何気ない、素朴な筆致の中に、初めて納得できた父あるいは夫としての藤沢周平とその家族の「秘密」がたくさんつまっていました。ほんとうに一気に読みました。

心に残った第一は、藤沢周平の再婚相手であり、著者の育ての母親となった女性のエピソードの数々です。近所の人のステレオタイプの一言「ママハハだから大変だね」に、幼稚園児だった著者が「お母さん、ママハハってなぁに?」と質問する。するとお母さんが「ママと母と両方だから、普通のママより二倍すごいママなのよ」と答えるのです。これはすごい。もしかしたら、そんな質問が出るようになったらなんと答えようかと、夫と相談していたのかもしれない、とも思います。内心「来た!」と思いながら、「それはね・・・」
再婚を決意するあたりのエピソードも、藤沢周平らしい。病弱で貧乏で子持ちで腰の曲がった母親のいる無口なお父さんのどこが良くて結婚を決意したのかと問う娘に、実はデートの後に必ず届く手紙だった、と秘密を打ち明けるお母さんは、娘に何を伝えようとしたのでしょう。
「母の入院」に描かれた、「奥さんを、二人もらって、二人とも癌になるなんて・・・」という独白は、夫・藤沢周平の苦悩をよく伝えているように思います。

本来は父の日常を描く本の冒頭から続くお母さんの話。作家・藤沢周平を支え、生母を失った幼い少女を育てた女性の姿を、娘が静かに語ります。その語り口に、強い意志を感じます。たぶんそれは、作家の失われた恋が大切なのと同様に、むしろそれ以上に、年月の中で親子が刻んだ普通の何気ない日常が大切なのよ、ということかもしれません。以前、「『蝉しぐれ』、あらためて原作の厚みを思う」という記事を書きましたが、本書によって、ますます同じ思いを深くしました。

(*):「蝉しぐれ」、あらためて原作の厚みを思う
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