電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

山形交響楽団第273回定期演奏会でハイドン「天地創造」を聴く

2018年11月19日 06時01分24秒 | -オペラ・声楽
よく晴れた日曜の午後、山響こと山形交響楽団の第273回定期演奏会に出かけました。時間に余裕を持って出かけたつもりでしたが、駐車場はすでに満車で、急遽少し遠めの駐車場へ。なんとか駐車することが出来ました。

今回のプログラムは、

ハイドン オラトリオ「天地創造」
 Sop:中江 早希
 Ten:中嶋 克彦
 Bas:氷見 健一郎
 Cem:上尾 直毅
 合唱:山響アマデウス・コア
 鈴木 秀美 指揮、山形交響楽団

というものです。

開演前のロビーコンサートは、井上直樹編曲のヘンデル「組曲ニ長調」。バロック・トランペットが2本、ナチュラル・ホルンが2本、クラシカル・トロンボーンが3本(うち1本はバス・トロンボーン)にバロック・ティンパニという編成です。本番前にバロック・ティンパニを使うの?と不思議でしたが、なんと井上直樹さんの私物なんだそうな。わーお! 演奏は、ナチュラルな音の金管アンサンブルの魅力をたっぷり聴かせるものでした。

本番前のプレトークでは、指揮者の鈴木秀美さんと山響アマデウスコアで合唱指導にあたっている佐々木正利先生とは、実は40年来の交流があるのだそうで、いつか合唱を含むプログラムをやりたいと願っていたのが今回実現したのだそうです。当方も、今シーズンのプログラムの中で一番注目度の高い回だったかもしれません。それに、もしかしたら昨日が「天地創造」全曲の山形初演?

ステージ上は、後方ひな壇に女声59+男声30で計89人の大合唱団。オーケストラは合唱団と客席の間で、座席の関係でよく見えないところもあったのですが、指揮台の後方正面にチェンバロ、それをはさんで第1ヴァイオリン(8?9?)と第2ヴァイオリン(6?7?)とが対向配置、チェロ(5)、ヴィオラ(5)、コントラバス(3)は第1ヴァイオリンとチェロの左後方に陣取ります。正面奥にフルート(3)、オーボエ(2)、その奥にホルン(2)、クラリネット(2)、ファゴット(2)とコントラファゴット(1)が座り、木管楽器の右側に、トランペット(2)とその後方にトロンボーン(3:うち1はバス・トロンボーン)、第2ヴァイオリンとヴィオラの右にバロック・ティンパニ、という配置です。ソリストは、ステージ最前面に、左からソプラノ、テノール、バスという順に並びます。

今回は、第1部、第2部、第3部の計3部を、間に2回の休憩を入れて演奏するスタイルで行われました。
第1部、冒頭のオーケストラによる混沌の描写は、なかなかの迫力です。照明が全体的に暗めだなと思っていたら、天使ラファエルのレチタティーヴォと合唱で「Es Werde Licht! 光あれ!」と歌われると、パッと照明が明るくなるという演出。うーん、なるほど(^o^)/
この第1部は、天地創造と休息の7日間のうち1日目から4日目まで、すなわち光を現出させ天をつくり大地と海、植物をつくり、太陽と月と星を作るまでです。
作曲者ハイドンがヘンデルのオラトリオを聴いて刺激を受けたのは、1791年か1794年か、どちらかのイギリス滞在だったようです。このとき、天文学者ウィリアム・ハーシェルの天文台に招かれ、望遠鏡で星空を眺めて深く感激したそうです。はじめは音楽家として英国に渡り、天文学に興味を持ったハーシェルは、1781年に自宅の望遠鏡で天王星を発見していました。4日目に太陽をつくったのなら、それまでは何で一日の区切りを知ったのかと、今となっては矛盾を感じる天地創造の物語も、ハイドンにとってはハーシェルの望遠鏡で見た広大な宇宙に広がる星の世界に、人智を超えた存在を実感したのかもしれません。例えば第1部の最後の合唱:

Die Himmel erzählen die Ehre Gottes,
Und seiner Hände Werk
Zeigt an das Firmament.

当日のプログラム冊子にはちゃんと対訳がついていましたが、複製・転載不可と明記されていましたので、恥ずかしながら直訳すると、

天は神の栄光を語り、
そして天空は神の両手の所業を表出している。

となります。
これらの曲で、オーボエのパートは天文学者であって音楽家であるウィリアム・ハーシェルを念頭に置いて書かれたのかもしれません。

休憩の後の第2部は、天地創造の第5日と第6日、魚や鳥、地上の生き物をつくり、最後に人間の男と女を生み出すところです。ここまでは、旧約聖書の創世記から。天使ラファエルもウリエルもガブリエルも合唱も基本的に肯定のスタンスで、創造主への讃歌を歌います。第2部の終わりは「アレルヤ」のコーラスです。

Vollendet ist das große Werk,
Des Herren Lob sei unser Lied!(続く)

Alles lobe seinen Namen,
Denn er allein ist hoch erhaben!
Alleluja! Alleluja!

同様に直訳すると、

偉大な作業が完遂された
私達の歌は 彼(主)の賞賛だ
全てのものは 彼(主)の名を賞賛せよ
というのも、ただ彼(主)だけが超越しているから。
アレルヤ、アレルヤ(主を讃えよ)

というところでしょうか。

休憩の後の第3部では、ソリストの並びが変わります。左から、天使ガブリエル(Sop)、ラファエル(Bas)、そしてウリエル(Ten)の順です。ウリエルは始めと終わりのレチタティーヴォ(説明)と最後の合唱に登場するだけで、アダムとエヴァ役のバスとソプラノ、合唱で進められていきます。内容は、ミルトンの『失楽園』に基づく、アダムとエヴァの神への讃歌、そして楽園の美しい光景です。
ここでもハイドンは基本的に肯定のスタンス。アダムとイブといえば、蛇と知恵のリンゴがすぐに連想されるところですが、そこのところはウリエルのレチタティーヴォで

O glücklich Paar, und glücklich immerfort,
Wenn falscher Wahn euch nicht verführt,
Noch mehr zu wünschen als ihr habt,
Und mehr zu wissen als ihr sollt!

直訳すれば、

おお、幸せな夫婦よ、いつまでも幸福であれ
もし誤った妄想がお前たちを誘惑しない限り。
お前たちが、持つべきものより多くを望んだり、
知るべきものより多くを知ろうとするような。

というところで、チクリと釘を差しています。このへんは、上品ですが辛辣な貴族の流儀を知っているハイドンらしいというか、奥さんに頭が上がらない恐妻家が曲の中でちらりと愚痴をこぼしたと見るべきか(^o^)/
いずれにしろ、「賛美の歌を競い響かせる」終曲の独唱と合唱、アーメン・コーラスが、すべてを昇華してくれるようです。



今回も、良い演奏会となりました。CDで全曲を漫然と流して聞いているだけではわからなかったところで、なるほどと感じるところが多くありました。とりわけ大人数の合唱の迫力、ナチュラル・ブラスと古楽奏法を取り入れたオーケストラと人の声がまじりあう様子など、山響とアマデウス・コアならではの演奏と感じました。本当に貴重な経験でした。

コメント