諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

鬼渡神も瀬織津姫も本当はあんころ餅が好きなのかも!?【小豆信仰編】その5

2017年02月28日 22時01分01秒 | 瀬織津姫

続きです。

一目神社と呼ばれる薄野神社に伝わる「不動岩と権現さん」の伝承では、「山鹿市津留の彦岳頂上に権現さんが祀られていた。この権現さんは継子だった。腹違いの弟に同市蒲生の不動岩があった。不動岩は母親から毎日小豆を食べさせて貰っていたが、継母の権現さんは大豆しか食べさせて貰えなかった。そして或る日、母親は二人に首引き合戦をせよ。勝った者に家宝の火、水、土の玉を与えると言った。二人は首引き合戦を決行。結果、不動岩の首が千切れて真っ赤な血が噴出した。それで蒲生周辺の土は赤くなった。その時の争いで権現さんの彦岳よりも高い山が盛り上がってきた。その山の下に住んでいた山神が驚いて出て来たら、首引きの綱に目を擦ってしまい、その山神は片目になってしまった。その山神こそが天目一筒命との事である」としています。

ここで注目は継母が自分の子である不動岩にだけ小豆を食べさせた点ですね。何で継母が出てくるのか。継母は国津神なのか、天津神なのか。

常識で考えて天孫降臨した天津神が継母になるでしょうけど、実の息子の不動岩が敗れて首が千切れたと言う点を考えると違いますね。敗れるのは地主神である国津神と相場は決まっていますから。

継母が本来の日本の地主神の生母だが、仏教や朝廷に変えられ継母にされたと私は考えます。不動岩と権現だったらどちらかと言うと権現の方が仏教の影響が強い筈ですので。

そして不動岩だけが小豆を食べさせて貰えていた。これは小豆を煮た赤と鉄が溶ける赤が同じと言う事。不動岩の首が千切れて血が噴出してその土地は赤土となった。赤土は鉄分が含んでいるから赤い。そこからも不動岩はその名の通り地主神だと断言できます。

その地主神である不動岩は小豆を食べさせて貰っていた。小豆が好きな神を調べたのですが、疫病神と疱瘡神が小豆が好きなのだそうです。

疫病神と疱瘡神。疱瘡こそが最悪の厄病です。「厄病神=疱瘡神」なのは間違いないでしょう。そして疱瘡神と言えば水神でもある鬼渡神です。そう考えると「川渡餅」の行事で「あんころ餅、おはぎ」を川に投げるのは、甘いあんころ餅等で水神を調伏するのではなく、疱瘡神である水神が小豆が好きだからこそ小豆で出来たあんころ餅やおはぎを川に投げるのだと思います。吉野裕子氏の陰陽五行説は間違いだと私は考えますね。

では何故、疱瘡神である水神は小豆が好きなのか。

それは水神も製鉄神の一人だから。疫病神は火神、水神、風神。この三神は製鉄神でもある。小豆の煮るイメージと鉄が溶けるのイメージが一致した。

それと疱瘡に罹ると体に吹き出物や湿疹が出来る。その吹き出物・湿疹と小豆が似ている。それが結び付いたのではないでしょうか。

それともう一つ。製鉄族といえば安曇族です。「安曇と小豆」。発音が似ています。福島県で言えば「安達ヶ原、安積、熱海」の地名があるが、どこも古代の製鉄の地であった。

滋賀県の安土も古代製鉄の地と聞いています。安土も小豆みたいに鉄を含んだ赤い土から来ているのではないか。小豆をアズキと呼ぶのは製鉄族である安曇族から来ているのではないか。どうもそう思えてならないです。

そして「おはぎ」。最初は全然考えていませんでしたが、「やみてらす」さんからコメントをいただいて考えてみました。そして浮かびました。「おはぎ」をイメージする妖怪。否、鬼を。

その鬼は秋田の「ナマハゲ」です。「泣く子はいねがー」の「なまはげ」です。

ナマハゲの名の由来は、囲炉裏で暖を取っていると低温火傷になります。それを秋田ではナモミと言います。私の様な怠け者にナモミが出来るのです。その怠け者を諌めるためにナモミを剥ぐ。それがナマハゲになったそうです。

私は違うと思います。低温火傷は製鉄の作業に付きものですから。つまりナマハゲは山の製鉄民族であると考えます。

小豆も煮ると簡単に皮が剥がれる。「こしあん」になる。生傷と言いますが、生火傷で皮が小豆の様に剥がれる。だからナマハゲだと言ったら少々弱いですが、「おはぎ」も「ナマハゲ」もそんな意味合いから付けられたのだと思いますね。

ナマハゲは製鉄族としましたが、男の赤ナマハゲは御幣を持っている。女の青ナマハゲは包丁や鎌、そして桶を持っている。そして共に脛にハバキを付けている。疫病神・疱瘡神が身につける蓑を着ている。

青ナマハゲはナモミを包丁や鎌で剥ぎ、剥いだナモミを桶に入れる為に持っているそうですが、桶は本来は水を入れる容器です。そして包丁・鎌は鉄。そう考えると産鉄の神であり水神であるアラハバキ神がイメージされます。私は瀬織津姫だとも思っています。

赤ナマハゲが持っている御幣は神に捧げるものです。そして神の依代でありご神体でもあり、参拝者を祓うお祓いの道具でもある。そう考えるとナマハゲは山からやってくるのですから、赤ナマハゲは山神ではないでしょうか。

以上です。これが私の精一杯です。シドロモドロになっちゃいましたが、川渡餅の行事は甘い物で水神を調伏するのではなく、水神が製鉄の神としてイメージされている小豆を川に投げ込み、ご機嫌伺いをしている。或いは疱瘡である吹き出物・湿疹を小豆に見立てて返すのか「あんころ餅やおばぎ」に代わって行ったのではないかと思います。

諸行無常で、また考えが変わるかも知れませんが、現時点でそう言う事にして置きたいと思います。

 

ではでは。

 

 

 

 

 

 

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鬼渡神も瀬織津姫も本当はあんころ餅が好きなのかも!?【小豆信仰編】その4

2017年02月27日 18時06分21秒 | 瀬織津姫

続きです。

一目神社の伝承によると天目一筒命は鍛冶・天津麻羅と同神となってます。

「古事記」によると、天岩戸では天の金山(天香久山)の鉄で天津麻羅と石疑姥命と一緒に鏡を作った。それで「貴女より麗しい神が現れた」と言って天照大神にその鏡を見せて天照大神が驚いているその瞬間に、天手力男命が天照大神を天岩戸から引っ張り出した。

「日本書紀」では石疑姥命が日矛を作り、牡鹿の皮でフイゴを作った。だから山鹿市に一目神社が鎮座しているのか。

福島県新地町の鹿狼山も製鉄の痕跡が残っています。鹿はフイゴから金属神の象徴なのかも知れません。そしてフイゴは風を起こす。火と水、そして風で鉄を造る。そうなると鹿は風神を意味しているのかも。

まだあります。「古語拾遺」では石疑姥命が鏡を作り、天目一筒命が太刀を鍛えたとあります。

更に出雲の「金屋子神祭文」では、「金山彦の天目一筒神は金工の神なることを知らしめず」とある。

これらの伝承を繋げると「天目一筒命=天津麻羅=金山彦命」となります。

そうなると「石疑姥命=金山姫命」なのでしょう。金へんで判る様に、昔の鏡は銅や鉄などの金属で出来ていましたから。

金山彦命と金山姫命二神の仏号は弁才天。弁才天が瀬織津姫であるなら、この石疑姥命は金山姫であり瀬織津姫となります。

「姥」は「最初の巫女」と言う意味ですから、アメノウズメ命にも繋がると思います。アメノウズメの伝承は弁才天とつながる。私はアメノウズメ命も瀬織津姫と考えます。

次に天津麻羅です。これから書く事にピンと来ている方もいると思いますが、「麻羅」ってあのー、えーと「男根」の事です。「男根」の神様と言うとカシマ様。そして道祖神です。私は天津麻羅は男の道祖神と考えます。そうなると石疑姥命は女の道祖神となる。

更にアラハバキ神社に祀られる神は金山彦命・金山姫命。そして塩土老翁・塩土老女の二系統の神々です。アラハバキ神も製鉄の神ですが、今まで述べてきた神々は全部アラハバキ神、そして久那戸大神に繋がると思います。

天目一筒神には更に多くの別名があります。天津赤麻良、天津赤占、天津真浦、天津赤星(明星、アマツミカボシ)、天津彦根(天目一筒神の父)、天御影(天津彦根の妹)、天御蔭(アメリミホト)などです。

以上から鑑みますと天目一筒神は製鉄神だけでなく赤い星神(筒は星の意味です)。マラは男根であり矛。ホトは女陰であり火処である事が判ります。

そして注目は「占、浦」。ウラです。これは表に対しての裏と考えます。つまり裏の政権。否、表は現在、裏は過去。記紀は表となっているが、本当は裏が本来の姿。

つまり天目一筒神は日本の最初の神。日本の地主神だと考えます。

 

続く。

 

 

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鬼渡神も瀬織津姫も本当はあんころ餅が好きなのかも!?【小豆信仰編】その3

2017年02月24日 10時49分04秒 | 瀬織津姫

続きです。

萩の花が小豆の形をしているから「お萩」。つまり「おはぎ」。これって変でしょ。そのまま「小豆」。または「お小豆」でダメなのでしょうか。

私は「萩」は違うと思います。小豆が水神と関係するなら、瀬織津姫と関連するなら「おはぎ」は「剥ぎ」から来ていると考えます。

瀬織津姫をアイヌ語で直訳すると「毛皮を剥いで背負い入る姫」です。「穢れ」は「毛刈」から来ています。つまり「穢れを背負い別の場所に持って行く姫」。「人々の穢れを背負い黄泉の国に向う姫」と取れます。小豆が瀬織津姫と関連があるなら「萩」ではなく「剥ぎ」の筈です。

小豆に秘密がある。そこで小豆の由来を調べました。3つの諸説がありました。

1. 小豆の「ア」は「赤い」。「ズキ」は「溶ける」。小豆は赤い表皮で煮ると直ぐに柔らかくなるから「アズキ」。

2. 「アズ」 は「崩れる」と言う意味。つまり「煮崩れ」となる。

3. 平安時代の「本草和名(ホンゾウワミョウ)」に小豆の事が「阿加阿都岐」と書かれていた。江戸時代に入り「阿豆岐」、「阿加阿豆岐」となった。それが「赤小豆」、「赤粒木(アカツブキ)」となり「アズキ」と呼ばれる様になった。

この3つの諸説の中で注目は3ですね。私、この説を知る前から鬼渡神でピンと来ていました。だからこの記事を書き始めたのです。2月3日の節分の日に。直ぐに行き詰って今、考え考え書いていますけど。

代表的な鬼渡神として、瀬織津姫と並び阿須波神・波比岐神が挙げられます。この二神の名を重ね合わせると「阿波岐原」が浮かぶ。イザナギ命が黄泉の国から逃げ帰り、穢れを祓った場所です。

つまり3の説は「阿波岐原」から来ている。「阿加阿都岐」、「阿豆岐」、「阿加阿豆岐」は「阿波岐原」から来ている。「アズキ=阿波岐(アハギ・アワギ)」と思うのです。

そう考えると小豆で出来ている「おはぎ」も「お萩」では無く、「阿波岐(アハギ)」だと思います。こっちの方が断然しっくり来ます。

そして妖怪「小豆洗い」。イザナギ命が穢れを祓った「阿波岐原」。 この点も似ているでしょ、発音が。

イザナギの命は顔を洗って目から天照大神、月読命。鼻からスサノオ命が産まれた。つまり妖怪「小豆洗い」はイザナギ命である・・・・・っとは言いませんが、イザナギ尊は河濯神である事は確かですね。

私は三貴子より先にイザナギ命から産まれた神々、特に伊豆能売が河濯される神のイメージに一番近いと思います。何故なら伊豆能売はイザナギ命も恐れた黄泉醜女と考えていますので。この話は又の機会にしたいと思います。

最後に小豆信仰に付いて語ります。

小豆はスサノオ命に殺された大月姫(オオゲツヒメ)、もしくは月読命に殺された保食神のホトと言いますか、下半身から生まれています。殺した事を天照大神は激怒したが、五穀豊穣として誕生した小豆を含めた穀物に対しては喜んだとなっています。

小豆は中国原産となっていますが、日本にも原種が存在しています。縄文時代からあります。現在も赤飯とか、吉凶の行事に食されます。

この小豆に関わる神様を探したのですが、先ず製鉄の神で小豆の伝説があります。

熊本は山鹿市に鎮座する薄野神社、別名・一目神社にその伝説が伝わっています。祭神はその名の通り一つ目の製鉄の神・天目一箇神。この天目一箇神と小豆がどう関わるのか。

 

続く。

 

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鬼渡神も瀬織津姫も本当はあんころ餅が好きなのかも!?【小豆信仰編】その2

2017年02月22日 02時30分34秒 | 瀬織津姫

続きです。

「小豆洗い(茨城県・佐渡島)」と言う妖怪は日本全国にいる様です。福島県では「小豆とぎ」、岩手では「小豆あげ」、岡山では「小豆さらさら」、その他もろもろです。

一般的には小男の爺様の姿をしていますが、「小豆婆」と言う婆様の小豆洗いもいる様です。

どんな事をするかと言うと、ただ単に小豆をサクサクと磨ぐ音がするが家から外に出て確かめても何もいないと言うのが大半みたいです。

中には良い小豆洗いもいます。この小豆洗いはやっぱり背が低く目が大きい法師の姿をしていて、娘がいる母親が小豆をもって川に出かけると来ると笑いながら小豆を洗っているそうです。その姿をみたら娘に良縁が舞い込むそうです。

恐ろしい小豆洗いもいます。大分の小豆洗いは「小豆洗おか、人取って喰おか」と歌いながら小豆を洗っている。この小豆洗いは姿が見えず、その歌に気を取られていたら知らぬ間に川に誘導され落とされるそうです。

ここら辺はウキペディアの丸写しです。そして小豆洗いの正体については、イタチが尻尾で小豆の音を立てている。イタチの鳴き声。イタチが口を鳴らす音。ワイサコキイタチと言う悪戯イタチの仕業等々、イタチ説が多い様です。

他に小豆洗い狐と言う狐が川原で小豆の音を立てている。シクマ狸と言う化け狸の仕業。狸が小豆を磨いている。カワウソだ、ムジナだとも言われている。

まだあります。秋田県ではガマガエルが体を震わせている。福島県ではヒキガエルが背と背を擦れあっている。人間の足音。

江戸時代では小豆洗虫の仕業とされていますが、正体はチャタテムシやスカシチャタテムシだそうです。どんな虫かは知りませんけど。

私はこの小豆洗いは日本の地主神の成れの果てと言うが、蔑まれ落とされた姿だと考えます。

だとしたら誰なのか。当然、川で小豆を洗っているのですから川の神であり水神ま筈です。

川渡餅の行事では「あんころ餅」、「おはぎ」等々、小豆で出来たアンコの餅を投げている。川渡餅は水神や河童に「あんころ餅」を投げつけるのです。やっぱり小豆に秘密があると思いますね。

前回の記事のコメントで「やみてらすさん」が、「あんころ餅、ぼた餅、おはぎ」の呼び名に秘密があるのではとアドバイス下さいました。

あんころ餅は「アンコを転がした餅」。ぼた餅は「ぼたっとした餅」だと思っていましたが違ってました。あんころ餅は「アンコを衣にした餅」。ぼた餅は「餅にアンコをまぶした形が牡丹に似ている」。つまり「牡丹の形をしている餅」がぼた餅だそうです。

ここで注目はぼた餅の由来の「牡丹」ですね。牡丹は毒のある花としては有名ですから。つまり「毒餅」。毒で水神や河童を調伏させようと考えたのか。

「おはぎ」は萩の花が小豆に似ているから「萩餅」。それが「おはぎ」と呼ばれる様になった由来だそうです。

これっ、ちょっと気になりますね。

 

続く。

 

 

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鬼渡神も瀬織津姫も本当はあんころ餅が好きなのかも!?【小豆信仰編】その1

2017年02月19日 12時21分31秒 | 瀬織津姫

以前、「瀬織津姫も鬼渡神もあんころ餅が大嫌い【川渡餅編】」と題して書きました。

実は私、疑問に思っていて今一自信なく書いていたのですよ。何もあんころ餅を川に投げ込む必要は無いのではないかと。

私の故郷である福島県や新潟県、北関東の一部で古くから「川渡餅」と言う行事・儀式があった。川の神や水神に水難事故を起こさないでもらう為に甘い物をお供えする。それなのに投げ込んでいる。それが変だった。

そこで陰陽五行の第一人者であった故・吉野裕子氏の著書で調べたら、甘い物は「土」に分類される。土や泥は水を濁す。川を堰き止める。だから土は水に強い。

つまり川にあんころ餅等の甘い物を投げ込む「川渡餅」の行事は、川の神や水神に対するご機嫌伺いの行事ではなく、水神を土である甘い物で調伏する行事だった。

私もその説を支持はしたのですが、今一「川渡餅」の説が納得出来ないでいました。

何も甘いあんころ餅を投げなくても、そのまま土や泥を投げれば言いのではないか。勿体無いではないかと考えていたのです。

確かに環境を考えると土や泥を投げるのは自然破壊に繋がるが、儀式であり行事です。チョットだけ投げるだけで十分な筈。その点が疑問でした。

今この記事を書いている2月3日は節分です。節分と言えば豆撒き。撒く豆は大豆。大豆は陰陽五行で「金」に分類される。

大豆は硬い。しかし焼くと柔らかくなり美味しい。金や鉄も硬いが焼くと柔らかくなり加工出来る。その共通点から「大豆=金」と分類したみたいです。

金と言えば鬼退治をした金太郎。そして鬼は季節では冬で陰陽五行で「水」に分類される。

金は「火、水、木、金、土」の五行中最強。水は最弱。だから金太郎が鬼に勝つストーリーとなる。

干支で金は「申、戌、酉」。桃太郎のお供をしている猿、犬、雉は陰陽五行で金となる。だから桃太郎も鬼退治が出来た。吉野裕子氏の説ではそうなります。

鬼は大豆に弱い。川の神や水神があんころ餅に弱い。餡子は小豆。つまり小豆に弱いのか。小豆に秘密があるのではないか。

大のアンパン好きの私です。小豆が大変気になる。小豆に関わる神がいるのではないか。

いた、神ではないが妖怪に「小豆洗い」がいた。小豆を川で洗う。これって「川渡餅」の儀式と似ている。そして瀬織津姫に繋がるのではないか。

 

続く。

 

 

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