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山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。

夕方の浮遊

2007-03-31 19:19:02 | 未分類過去
無気力、無目的、無 ・ ・、

いつもの事ながら、休日は「腑抜け」だ。
昨日の天気予報で、きょうは一段と寒くなり天気も悪いと聞いていたので、すでに昨夜のうちから今日は家の中にこもっていようと決めていた。
夫が24時間勤務で朝早く出て行ったので、一応目は覚ましたが、とくにやることもなく、何をしていたのかも記憶にないほどだ。
11時頃次女が起きてきたから、2人でざるそばを食べ、テレビを見ているうちに、私は眠気に襲われてうつらうつらしていると、娘は2時頃バイトに出かけて行った。
今日は午後から11時まで働くそうだから、当分帰ってこない。
その後、私は図書館で借りている推理小説を読んでいたが、あまりにもお腹がすいて気持ちが悪いので4時頃納豆ご飯を食べた。娘はお腹を空かしたままバイトをしているのだろうか? 
その後、5時まで本を読んだが、ウサギの餌が1日分くらいしか残っていないことを思い出し、あまりにも運動不足でもあるので、歩いてウサギの餌を買いにいくことにした。
ウサギの餌は3キロくらいの袋でけっこう重い。
それを持ったまま、今度はスーパーに行き、人間の食料も買い、両手に大荷物をぶら下げて帰って来た。
ついつい自転車で来ているようなつもりになっていっぱい買ってしまうが、歩いて帰るのはなかなか重労働だ。
しかし、毎日自転車を使わないようにすれば、逆に最低限の買物で済ませるようになるので、それも節約のためにはいいかもしれない。

きょうもカメラを持ち歩いたが、外はまた昨日のように暗くなり桜の写真どころではなかった。
空にカメラをむけて桜の木の枝を取ろうとすると、かならず写るのが縦横に張り巡らされた電線だ。そのほかにも電信柱だの道路標識だのミラーだの、人ンちの車庫だの物干しだのと、あんまり美しくもないものが必ず入ってくる。ちょうちんがぶら下がっているところを発見してあったので、夜桜が見えるかと足をのばしてみたのだが、電気はついていなかった。

途中、ウサギが庭に放し飼いになっている家を見つけた。数匹のウサギが走り回ったり寝そべったり、楽園のようだった。1匹にモデルになってもらい、撮影させてもらった。

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フラガール

2007-03-31 10:55:55 | 未分類過去
一昨日、夫がフラガールのDVDを借りて来たので見たのですが、またまた「集中力の欠如」により、50%の把握しかできない状況でした。
この状況は「有頂天ホテル」を借りたときもそうだったのですが、自宅では映画館のように内容に集中して見ることができず、作品の本当のよさを満喫できないままとなることが多いです。

それでも、だいたいの筋はわかり、面白かったんですけどね。

この映画、なんだか方言が聞き取りにくくて、疲れました。口を大きく開けず変なイントネーションで、しかも、本当の方言とはちょっと違うのではないかと感じました。九州のほうの方言は語尾なんかは言葉自体全然違いますが、発音がはっきりしているのでわかりやすいです。でも東北の方言は言葉全体が不鮮明な感じがします。
また、自宅でDVDを見ると、なぜか音楽がすごく大きくて、せりふが小さいのです。せりふにあわせてボリュームを上げていると、音楽でものすごく大きくなってしまい、鼓膜が破れそうだから急いで音量を下げると、今度はその後のせりふが全然聞こえない状況になり、その繰り返し。そのせりふが方言でイントネーションが普通のことばと違うからよけいに聞きとれません。
聞き取れなくてもいい部分もあったようですが、横でうるさくする人間のせいで更に集中力が欠けさせられるわけです。

映画の楽しみを妨害した第一の人間は夫です。
夫は東北人で共通する波長があるのでしょうか、方言の会話がでてくるたびに真似をするのです。さらに見ている途中で、自分のこと(たとえば自分がのどが乾いた何か飲みたいなどということ)もその方言風にしゃべるわけです。もううっとうしくて、こっちはいらいらしてくるんですよ。
この男は「のだめカンタービレ」なんか見ていても、そばで曲に合わせて指揮を始めたりするので、うっとうしくて目障りで仕方がないのです。しかし、指揮をするのは夫ばかりではなく、亡くなった姑もそうで、確かに老人ホームのベッドの上で手を振っていた記憶があります。
この家の人間は音楽が聞こえてくると指揮者のように手を振ったり、フラダンスを見ると真似をしたり、方言を聞くと繰り返したりするので、まったくうるさくて仕方がありません。

第二の妨害者は長女です。映画を見ている途中でやってきたので、娘のぶんの夕飯を作ったりして見ていない部分もあったのですが、その後、テレビの前に戻っても全然集中できません。娘は今、就職活動真っ最中ですが、面接をした会社がどうのこうのとか、人事の人のしゃべり方がこんなだったとか、一緒に受けた人がどうだったとか、これもまた際限なく続くわけで、聖徳太子ではない私には、とうてい映画と両立することなどはできないわけです。
昨日も殺人事件の2時間ドラマを見ていて、長女も一緒に見ていたわけですが、家族で見ていると、CMの最中に雑談を始めたりするためか、いつのまにかドラマは上の空になり、全然筋がわからなくなってしまうのです。何を見ても意味がありません。しかし、何か見ないとつまらないという気がしてドラマなどを出すわけで、何もやっていないとつまらないと言って長女はアパートに帰っていきます。

フラダンスは、岸辺一徳が頑張ってて、松雪泰子を連れて来て、フラダンスの指導が始まり、蒼井なんとかと言う子やしずちゃんたちが始めて、しかし、母親も炭鉱の人たちも反対をする人が多く、そんな反対の中で徐々に次第にフラダンスを上達させ、お兄さんの豊悦は炭鉱で働きながらも協力者であり、椰子の木などを植えている人も、木のためにストーブを集めたりして、ついに常磐ハワイアンセンターが開催され、そのフラダンスはすばらしいものでした。

と、そのくらのことはわかりました。それにしても、映画の中の登場人物の名前を一人も覚えていないというのはどういうことなんだろう・・・。

やはり、DVDは一人で集中してみなければだめです。あとは、やはり映画館で見るのが一番だなと思いました。 

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年度末か

2007-03-31 02:02:29 | 未分類過去
いろいろなブログを読んでいたら、「年度末」というタイトルが多かった。

そういえば、ただの月末どころではなく、年度末なのだ。
私の仕事は売り上げも成績も関係ないので、いつもの月末のように自分の週日報と給料の計算をして提出した。また、私の勤めている会社は新卒者を採らないので、4月だからといって新入社員を迎えるわけでもない。だから、あまりぴんと来ない。

きょうの午後は、まわりの社員さんたちは説明会だか会議だかで、全員別の会場に行ってしまったので、仕事場では一人で黙々と働いていた。4時までの仕事のところ、3時頃、別の部署の社員さんが、できれば今日中にお願いしたいという書類を持ってきた。そっちの部署の担当者が忙しかったか、時間が遅かったので断わられたのかもしれなかった。
ひとつ仕事にかかっている最中だったが、それは8割がた終わっていた。この時間から新しいのに取り掛かると定時には帰れなくなりそうだが、そう極端に遅くもならないような量だったので引き受けた。
やはり週末であり月末だから、終わらせるものは終わらせておくのがいいだろう。
普段手がけていない分野のものだったので、ちょっと慣れない内容だった。

1時間超過したところで、終了したが、月末ゆえ、日報と月の勤務報告書(給料計算)を記入して提出しなければならず、それにとりかかった。
その後、2通のメールの返信を書いたりした。そんなことをしていたら、すぐにも30分近くなり、定時を1時間半も越えそうになっていた。残業は1時間のみつけたのだが、事実上1時間半後に職場に残っているという状況だ。パートではめずらしい。
社員さんたちが会議室から戻って来るまえに帰宅しておきたいところだ。
まだいたんですか?などということになりそうだから、あせりつつもやるべきことを済ませてそそくさと退社した。

それが、私の年度末。

帰宅途中で桜の花を撮ってみたが、だいぶ暗くなっていてまともな写真は1枚も撮れなかった。



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パソコンの整理

2007-03-30 01:56:43 | 未分類過去
家の中の片付けと模様替えは全然できませんでした。銀行にも行きませんでした。
次女と専門学校の入学式に着るスーツを買いに行ってきました。
お昼を食べて帰ってきたら疲れ果てて、3時から7時まで昼寝をしてしまいました。
それで、今日1日はおしまいです。

家の中を片付けられない人間というのは、パソコンの中も片付けられません。
家の中のものが捨てられない人というのは、パソコンの中のものもなかなか捨てられません。
ということで、メールもいっぱいたまり、ワード文書もいっぱいたまっていました。
先ほど、それを思い切って整理しました。
最近、さして重要なメールは来なくて、何日もメールチェックもせず放置状態でした。気がつくと100通以上も未開封になっていて、どうでもいいものを全部削除しました。
それから、過去のメールで、情報や参考として残しておいたほうがいいかなと思い、今まで削除できなかったものがたくさんあるのですが、日本語ボランティア上の半分事務的なやりとりなど、思い切って消しました。
削除済みのメールも500通以上たまっていました。それもゴミ箱に捨てました。
あと、ワード文書は、日本語の授業のための文法説明とか練習問題とかをすべて削除し、またブログを始めたころはワードに保存してあったのですが、それらも全部削除しました。ブログは実物を見ればいいし、消えたら消えたでどうでもいいやと思いました。自分が過去に書いた文なんかそんなに執着するものではないですね。

これで、パソコン内の不用品はいくらか片付いた感じです。
ウィルス検索や最適化などするときも、文書がいっぱい入っていると時間がかかってしょうがないし、夫や子供が勝手に私のパソコンを使うので、いつ読まれているかもわからない状況です。だから保存は最小限がいいでしょう。
いちいちパスワードで隠しておくというのも何ですし・・・。

それにしても、いらない文書やメールを削除するだけでも結構な時間がかかりました。

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植木等さんの訃報

2007-03-29 01:46:46 | 未分類過去
「スーダラ節」や「無責任男」の時代の植木さんのことはほとんど記憶にない。
私が知っているのは、晩年になってからの植木さんだ。
いつだったか、「植木さんというのは一番ステキなおじいさんだな」と思ったことがある。
70歳くらいだったかと思う。すごく健康的だった。
顔の色つやがよく、無駄な贅肉などなどなく、頭の回転も良く、品があって味があって、ほんとうにいい感じだ。
当時、70代くらいで亡くなっていく芸能人を見るたびに残念に思い、「誰がいつまでも元気で活躍し続けられるだろうか?」と思った時に、まず、植木さんが思い浮かんだのだ。
森繁さんは高齢になっても頑張っている代表的な人だが、それに続いて、いや、それ以上に軽快に健康で活発に100歳までも元気で現役で活躍しそうな人が植木等さんだと予想した。

しかし、それが実現できなくてほんとうに残念だ。

おやっと思ったのは、昨年暮れ、青島幸男さんの葬儀のときの植木さんだった。ちゃんと歩いてはいるが、酸素の管のようなものが鼻につながっていて、健康ではないということがわかった。ちょっと見ない間にずいぶんと弱られたようだった。

きょう、朝のテレビ番組「とくダネ」で知ったことに、10年前から肺気腫で闘病生活をしていたという。ぜんぜん知らなかった。でも、昨年は映画の撮影にも出演していて、いい味をだしているようだ。今年の夏に放映されるようだが、それが最後の出演の姿となる。
90歳くらいまで現役でいてくれることを期待してはいたが、80歳まで仕事をされたのは素晴らしいことだろう。

植木さんは、テレビでは軽い男を演じていたが、実は非常に真面目な人だったという。お寺の息子で、お坊さんになる勉強もした人なので、もともと内面的に深みがある人だったそうだ。実は酒も飲まない煙草も吸わない。
なるほど、だからあんなに健康的だったのかもしれないと思った。

若い頃、クレイジーキャッツは、青島幸男の脚本で、毎日昼の時間に5分くらいのコントをやり、ナマで放送していたらしい。
青島さんも意地悪ばあさんをやったり、外面は非常に軽い人だったが、内容の濃い人だった。若いときは体が弱くて、みんなが青春を謳歌しているときに、闘病を続けて苦労していたのだそうだ。青島さんその後も大きな病気をしているし、いろいろな方面でで活躍されたが、長生きはできなかったのが残念だ。

お寺の住職だった植木さんのお父さんは、植木さんの芸能活動には反対だったそうだが、青島さんという青年は素晴らしい脚本家だから、この人の脚本を演じろと植木さんに言い、植木さんが住職にならず芸能界で生きていくことを認めたようだ。さすがにお父さんも人を見る目のある立派な人だったのだろう。

青島さんや植木さんなど、外は「軽い」のに、内容の深い人というのは、本当に魅力がある。
小松政夫は植木さんの付き人をしていて、とてもかわいがられたそうだが、そういえば小松政夫さんにも同じような要素があるなと思った。

これらのことは朝の「とくダネ」から仕入れた情報が多いが、フジテレビ「とくダネ」は非常によくできている番組だ。毎回、何でもきめ細かく検証しきちんと編集されている。短時間のうちに充実した内容を構成し、制作するスタッフもすごいと思うが、司会の小倉さんも物事を深くしっかりと把握している人で、人間の深さを感じさせられる。

それに比べると、TBSの朝ズバはあまり好きではない。局の番組も作りも、みのさんに丸投げという感じだが、みのさんのコメントも、その場その場にひらめいた感情的、独断的なコメントばかりでうんざりする。
前日のフィギュアスケートの選手たちに対するインタビューも、見ていて気分が悪くなった。みのさんの聞き方は、小倉さんとは比較にならないほど無知で、下卑ていて、不公平で不愉快だった。一言で言えば真央ちゃんにばかり時間をかけちやほやして、安藤には失礼な質問を投げかけていた。そのような人格も疑うが、知識についても、多忙なひとりの人間が早朝から長時間担当し続けているのだから、限界があるのは当然だ。

その点、フジテレビは、分担をしながらしっかりと務めているところがすばらしい。小倉さんはみのさんと違い、多数長時間の生放送を抱え込んだりしていないので、教養があり、内容を充実させていて、無理がない。
昔はTBSで気に入ったドラマや番組が多かったが、今はフジテレビのほうが格段に優れてきていると思う。

話が植木等さんからずれてしまったが、表面は軽く、しかし中身の深い植木さんや青島さんのような人、そして、教養があって公正な小倉さんのような人が私は好きだ。
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明日の予定など

2007-03-28 18:58:32 | 未分類過去
いよいよ明日は休みだが、何をしようかと考えると、掃除か模様替えでもしなくちゃなあ~という程度の、ぜんぜん面白くもなんともない日程だ。
次女が専門学校に入るので、ちょっと気分を変えて自分の部屋らしいスペースでも確保させてやりたい。そのために不用品などを思いっきり捨て、大掛かりな改装をする必要がある。明日にはできないにしても、少し手を付けたいと思う。

明日で健康診断から1週間たつ。汚い話で申し訳ないが、便潜血反応のための検便入りケース2本を病院に持参しなければならない。健康診断から10日以内に持っていくことになっているため、明日持っていく予定だ。

それから、私の給料振込みの銀行で積み立て貯金を設定したい。というのは、5時過ぎにおろしたり、土日におろしたりすることがあるために、そのたびに手数料を105円ずつ取られている。通帳を調べたら、10月から現在までにカード手数料だけで525円もかかっていた。それに対して、利子は1年間で59円しか入っていない。本当にバカらしい。
積み立てを設定するとカード手数料がかからなくなるのだ。
毎月、仕事1日分の5000円ずつでも貯金しようかと思う。そして、それはなんとしても自分のへそくりにしたいところだ。

そういえば、桜が3分咲きくらいになっている。明日はもっと咲くだろう。
近所を散歩して、桜の写真でも撮ろうかと思う。

読書は相変らず進まず、図書館で借りた5冊の本は返却期限を過ぎても、1冊も読み終わらないで山積みになっている。欲張りすぎだ。これからは1冊ずつ借りようか。
読書家は並行して同時にいろんな本を読むなどというのをどこかで聞いてまねをしようとしたのだが、全然だめである。とりあえず何冊も借りた中から一番相性のいいのをみつけ、1冊でも読めれば、あとは中途半端でもいいかな?まあ、適当にやっていこう。

4月の入学式までに、次女の入学式用のスーツも買いに行くことになっている。それから、新しいお弁当箱も用意したい。
今まで使っていたのは、白い中ブタがべとべとしてきてしまった。合成樹脂っていうのはそうなってしまうものなのだろうか?ほぼ同時期に買った私と娘の弁当箱両方が最近そうなってきているのだ。専門学校は売店はあるが、学食はなく、だいたい教室で食べるようだ。手作り弁当持参かコンビニ弁当になりそうである。
今になってわかったことだが、私の作る弁当はいつも手抜きのワンパターンで娘は友達に見られるのが恥ずかしかったという。玉子焼きと冷凍食品と野菜の3品しか入っていないのが普通だった。
今度はちょっと気合を入れてみようかなと思っているのだが・・・。
それで、まず新しいお弁当箱と料理の本でも準備しよう、などと思っている。
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毎日が上の空

2007-03-28 01:05:34 | 未分類過去
子供の頃は、日曜日まであと何日か?ということばかり考えていた。
当時は週休二日制ではなかったので、木曜日の夜くらいになると「あと1日行って、次の日は半分だ」と思い、そのあとに来る休みだけを楽しみに生きていた。
今は、まず木曜日の休みを目指して生きるので、火曜の夜になると、明日1日行ったら次は休みだと思い、木曜の休みが終わると、あと1日行ったら2日休みだと思って、そんなことばかり考えて生きている。
休みが早く来ないかなあ~と毎日を急いで生きているっていったい何なんだろう?
どう考えたって、毎日を大切にしていないし、有意義に充実させて生きているとはいえない。
「毎日が上の空」である。こんな人生でいいのかなあ?
しかし、年老いて隠居生活になったら、毎日が休みだから、いったいどんなことを考えて生きるのだろうか?
今でも、いざ休みになると、ふぬけになって何をするでもなく昼寝ばかりしている。
一番楽しいのは、やはり休みの前の晩だろう。
明日は休みだと思うことが楽しみだ。

仕事は最近ちょっとマンネリ化だ。
だから生きがいが薄い。
明日会社に行ったら、あさっては休み。
明日の晩は開放感でいっぱい、たのしいぞ!
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がんばれシナプス!

2007-03-28 00:17:19 | 未分類過去
ボケの話の続きですが、どういう法則のもとに頭が勘違いを起こすのだろうかと考えてみました。
よく、アタマで思っていることと、口で言っていることが違うことがあります。
以前も私はこのブログで博物館概論のことを図書館概論などと書いてしまい、あとで直したことがあるのですが、うちの母なども姉の子と私の子の名前を言い間違えたりすることがあります。しかし、必ず末っ子同士の名前を間違えるのです。
ということは、その言葉が似ているということや、何らかの関係が似ているということがあるのでしょう。
私の父は脳腫瘍で亡くなったのですが、頭の手術をしたからなのか、病気のせいなのか、もう最期に近い、だいぶ体が弱ってきたころ、やはり頭の働きもかなり鈍ってきたようでした。
父は私の名前を思い出せず、私に向って姉の名前を呼んだりしました。また、父の一番下の妹の名前を言うこともありました。「自分の娘の名前」「一番小さい女姉妹の名前」というふうな共通点なのでしょう。

それで、私が「有楽町」と「浜松町」の名前を間違えたのは、両方とも「新橋の隣」「○○町」と思っているからなのかもしれません。一方が「羽田空港行き」、一方が「銀座」と言う大きな特徴のある違いを意識の中から欠落させて、両方を特徴のない記憶として把握していたのでしょう。自分が飛行機に乗ってどこかに行くわけでもなく、銀座で買物をするわけでもなく、自分にとっては新橋で降りるその前後の駅という印象が実は強かったということでしょう。それで、今回「有楽町」という浜松町と共通性を持つ言葉が頭に降ってわいたのでしょう。
そういえば、この間の博物館の試験で博物館法(1951年)を何の迷いもなく1959年などと自信満々に書いたのも、「ぴったりより一年ずれてる年」などというふうに記憶しているからでしょう。同じパターンの間違いですね。このような紛らわしい記憶の仕方をする癖があるのかもしれません。

どっちにしろ、脳細胞の連絡、活性化が必要です。
頑張れシナプス!


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大ボケ

2007-03-27 00:25:18 | 未分類過去
このごろ、自分で自分が信じられなくなってきています。
脳の血管がつまっているのかもしれません。

昨日、なぜかモノレールの駅を「有楽町」などと書いていました。しかも、一度ならず、3回くらいすべてそう書いているのです。(きょう気がついてあわてて直しました。)

「浜松町」なのに、なんでそんな間違いをしたのか、信じられません。
というのは、品川・田町・浜松町・新橋・有楽町・東京・神田あたりは、独身のころは通勤で毎日行ったり来たりしていて、よく知っている駅名です。
私は独身の時、品川区に住んでいて、普通、山の手線の新橋まで行き、地下鉄銀座線に乗り換え三越前まで通っていました。
たまにボーっとしていて新橋を乗り越して有楽町まで行ってしまうことがありました。そうするとホームから「そごう」が見えるので気がつきあわてます。
新橋で降りそこなった場合は、有楽町で降りて地下鉄を乗り継ぐか、神田まで行って逆方向の地下鉄で行くか、いろいろ行く方法はあるのですが、時間のロスで遅刻しそうになりあわてたものでした。
三越前は神田に近く、急ぐのでなければ歩いても行ける距離です。会社に勤めていた頃、苦手な英語を克服しようと神田外語学院の夜のクラスに入り、仕事のあとに週2日か3日通いました。当時のボーナスをはたいて、いっぺんに8万円くらい払ったのに、ほんの1ヶ月ほどで挫折してしまいました。
英語の中でも苦手な発音の授業も選択したのですが、milkの発音ができず、日本人の発音の先生に「違う違う全然違う!」と怒られてやめてしまいました。何度繰り返してもどうなっているのかわかりません。同じようにまねをしているのですがただただ「違う!」と怒鳴られるだけでした。
それで、克服どころかもっとひどいトラウマになってしまいました。

品川方面から行ったら、モノレールが新橋の手前の浜松町ということはよく知っています。実際に自分が空港に行くことは滅多にないものの、浜松町ではスーツケースを持った人が多く乗り降りしているのをいつも見ていました。新橋の先が有楽町であり、そこが銀座であることも間違えようのないはずのものです。
それが、なんで間違えたんだか?ただただ、「○○町」という名前の形が似ているだけのことで無意識のうちに間違えて書いていたようですが、私のアタマどうなっちゃたんでしょうか?

しかも、昨日は午前中雨が降っていたので、自転車を駅の近くの屋根のある駐輪場に置いたのに、帰る時はすっかり忘れて、いつも置いている駅から7分くらいかかる屋根のない駐輪場に置いているものと思い込み、そこまで歩いて行ってしまいました。そして、どの辺に置いたっけ?と思って探そうとして初めて、その駐輪場でないことに気がつき、また歩いて駅前まで戻ったりしてしまいました。
普段、駅に近いほうは満員で絶対に置けないので滅多に置くことはないのですが、昨日は大雨で、置く人が少なかったので珍しく置いたのです。そのことをすっかり忘れていました。
足の裏はただでさえひりひりして限界に達しているのに、さらに疲れ果ててしまいました。

疲れているからボケてしまう。ボケてるからさらに疲れることを発生させる。
なんだか、本当に自分が信じられません。
脳の働きがほんとうにヤバイことになっているようです・・・

(盛り上がってきた庭の葉牡丹たち)
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体力減退

2007-03-25 23:32:51 | 未分類過去
今日は、ある偵察のために、長女と私と、そしてついでに夫も一緒に、新橋や天王洲アイルのほうに出かけてきた。
「天王洲アイル」とはよく聞くものの、実際には行ったことがなかった。東京も数年のうちにいろいろな電車の路線が増えていて、今までつながっていなかった路線や駅がつながり驚いてしまった。天王洲アイルは浜松町からのモノレールで行くが、モノレールの浜松町駅の様子も変わったし、この天王洲アイルから大崎にりんかい線が開通し、湘南新宿ラインに接続しているので、東京の西側との行き来も便利になった。
しかし、天王洲アイルは日曜のためか、人はあまりいなくて閑散としていた。午前中雨が降っていたせいもあるかもしれない。
昼ごはんをバイキングの食べ放題でたらふく食べたため、お腹はいっぱい。近頃一回り太ってきたのだが、この昼ごはんでさらに体重が増えたようだ。
履きなれた靴を履いて行ったのにもかかわらず、歩いているうちに足の裏がひりひりしてきた。おそらく今までにない最高体重が足裏にかかったからなのだろう。そんなにたくさん歩いたというわけでもないのだが、帰りの電車では、足は痛いし、眠くてなま欠伸はでるし、本当に疲れたな~と感じた。
帰宅するとバタンキューで昼寝をした。私が寝ていると、夫はゴソゴソと何かをしている。ずいぶんと元気な人だ。50代半ばとはとうてい思えない。というか、私の体力がなさ過ぎるのだろう。
思えば毎日動くことがない。自転車で15分くらいで会社に行き、そこで座ったまま6時間を過ごし、また自転車で帰ってくる。その繰り返しだから、体力はなくなるわけだ。
これは何とかしなくてはいけない。
体重を測るとやはりいつもより増えていた。いよいよカロリーを控えめにし、運動をしなくてはまずいな~と思う。
ちょっと動いただけでもへとへとなんて、なんとかしなくてはいけない。

※ そういえばきょう2時40分頃モノレールにクレーン車のアームがひっかかるという事故があり、モノレールは5時間も止まっていたらしい。私たちはそれより前に浜松町から天王洲アイルに行き、それからりんかい線で大崎に出たので、事故の影響はなく、帰宅するまで全然知らなかった。

(天王洲アイル シーフォートスクエア センターコートからの眺め)


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放送大学卒業式

2007-03-24 21:41:11 | 放送大学
今日の一大イベントは「自分の大学卒業式」なので、そのことを書かなくては始まらないと思うわけだが、昨日も今日もなんだか気合が入らず、危うく卒業式を忘れるところだった。
着て行く服も決めてあったので安心しきっていたのだが、それが裏目に出て、朝、ハンガーからブラウスをはずして着ようとすると、なんだかシワシワ。ポリエステルなのでアイロンは要らないと思いこみ、次女の卒業式のあと、洗ったままハンガーに掛けておいたらやはりアイロンが必要だったようだ。しかし、もうアイロンなどかけている暇はない。それで違うものをスーツの下に着ることにしたらなんだかやはり合わない。娘も変だというので、またブラウスを着たりして、おおわらわとなった。それで、もう遅刻するかと思ったのだが、意外に早くついて大丈夫だった。

原宿で降りてNHKホールに向ったが、放送大学卒業式の案内板を持った人が角々に立っていたので、間違えることもなく目的地についた。駅を降りたときからそれらしき人が回りを歩いていた。袴をはいて幼稚園くらいの小さい子の手を引き、夫も一緒に歩いている若いお母さんなどがいて、すごく家族的だなあと思った。あんな小さい子がいて大学の試験を受けたり面接授業を受けたりするには、きっとご主人の協力もあったのだろう。なんだかいい風景だ。ホールの前に行くと、着物を着たおばあさんやスーツにコサージュの女性や、年齢も様々な放送大学生の男女と、それに劣らずその人たちと同行し、カメラで記念撮影をする配偶者や親や子供や孫などがたくさん詰めかけていた。
こんなに多くの家族を伴う大学の卒業式って普通はないのではないだろうか?

さらに驚いたのは、会場に入るとステージの上に乗って記念撮影をする人たちが非常に多い。写真のモデルになるのはグループや友達同士ではなく必ずひとりであり、それを写すのが必ず家族のようである。次々にかなりの人数の人たちがステージ上で記念撮影をしていた。10時40分には席に着くようにというのに、11時間際になっても平気で撮影を続けていた。大卒になるのがそんなに嬉しいのかなあとあきれるほどである。校旗のそばに立つ人もいれば、校旗が見えるように広げてポーズをとる人、演壇の横の生け花をバックに撮る人など、後を絶たなかった。校旗に関心を持つ人って普通の学校ではあまりいないような気がする。写真のモデルになる人たちはすごい年配の人もいれば、普通の大学生くらいの人もいた。
いずれにしても、写真撮影をする人たちは、本人のみならず家族の祝福のすごさにも驚く。

家族を連れてこようなどとは夢にも思わなかった私は本当に驚き、また卒業式(学位記授与式)を他の人たちがどれだけ気合をいれ重要なものとしているかに、初めて気がつき、自分も厳粛に受け止めなければと自覚しはじめた。

感動したのは、卒業証書を代表して受取られた石井さんという女性の方が、昭和2年生まれで、産業と技術を専攻されている人であるが、これですべてのコースを卒業されたのだそうだ。私の母が昭和7年生まれで75歳になったところだが、この人は母より5歳も年上なのに、すごいなあと敬服するばかりである。80歳になってもまだまだ人間は成長できるものなのだと思った。初めそのお歳の女性で「産業と技術」の専攻というだけでもちょっと驚いたのだが、すべてを卒業とは本当にすごい。

そのほかに、大学と大学院の人の答辞も聞けてよかった。
学長は丸くて年齢相当の雰囲気をかもし出しており、いい感じだった。
文部科学副大臣と言う人は池坊保子と言う女の人で、50歳は過ぎていると思われる方(あとで調べたところS17年生まれだそうです!)だが、淡く明るいピンクのスーツが似合っていて、非常に品があり華のある人だった。

隣の座席の人は知らない人だったがちょっと話をすることもできた。新潟からいらっしゃったそうだ。午後のパーティーにも出席するとのことだった。今日の式は日本全国から卒業生が集っているんだなと改めて驚いた。知らない人同士でも同じ志を持つもの同士、直ぐに親しくなれそうだ。

数年後に、もう一回この卒業式に出ることになるのかな?
これからも、勉強の機会や人との出会いを大切にしたいと思う。

(娘にデジカメを貸したまま返してもらうのを忘れていました。それで、久しぶりにケイタイで撮影。こんなところも気合が入ってなかったな~と反省。平成18年度放送大学卒業式と書いた表示の前でみんな記念撮影しています。ホール前にて。)
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図書館をぶらぶら

2007-03-24 17:41:17 | 読書
日記が1日ずれているのだが・・・、昨日は図書館に行った。
仕事の山も一段落した感じで、手元に残っている書類もなく、4時きっかりに仕事を終えて会社を出た。外はまだまだ明るい。
本屋も面白いのだが、たかが100円の本でも毎日のように何かを見つけて買っていてはキリがない。それで、図書館に行くことにした。図書館ならお金がかからないだろう。

特に目的もないのだが、ちょっと「イルカ」について関心を持っているので、イルカの本を探してみた。

放送大学で文化人類学をやったときに、アフリカのある部族の男たちが栄養源を確保するためにキリンの狩りに出かけたというビデオを見た。狩猟民族とはいうものの、そのの人たちの普段の食事は、主に野生のメロンなどを取って食べているのであって、獣の肉を食べるということは、そう多くはないそうだ。栄養状態が悪いと病気になる人などが出てきて、いよいよ高蛋白の動物の肉を食べる必要がでてくる。
それで狩猟に出た人たちは何日もかかってキリンを追い、毒矢を放って、その毒が回りキリンが倒れるのを待ち、出発して何日もたってからそのキリンの肉をに持ち帰るのだった。キリンを追い続け、ついに倒れたばかりのキリンを取り囲んだ男たちは、けっして得意な顔もせず、喜びもせず、涙させ浮かべている人がいたのは衝撃だった。
狩猟民族は趣味で狩をしているわけでもなく、生きるために必要な最小限の動物を殺して食べていると言える。

しかし、私たちは誰かが飼って育てた牛や豚の肉をばんばん食べている。食べきれないほど殺しているということである。
ただ、家畜は増やせる。増やせないのは野生動物である。

そこで、思い浮かんだのが「イルカ」だった。日本では静岡県・瀬戸内海・壱岐・沖縄などでイルカ漁が行われてきた。今現在も続けているところは少ないようだが、昔イルカを獲りイルカを食料にしていたのは、それなりの必要性があったともいえる。イルカは人間に対して非常に友好的で頭のいい動物なので、食料にするというのは残酷きわまりないわけだが、過去の人たちがしていたことを一概に否定できるものではないのかもしれないと思った。

それで、イルカについて調べたいと思ったのだが、「イルカ漁」について詳しく書いてある本はなかった。ただ、イルカの減少は世界的に深刻な問題になっており、それは食用にすることよりも、むしろ環境汚染によって死滅したり、マグロ漁の網に一緒にかかってしまって犠牲になる数が多いという問題が大きいことが載っていて驚いた。
マグロも捕りすぎによって減少しているが、マグロをとる限りイルカまで死んでいるというのは見逃せない。
新たな別の関心が湧いてきたが、借りて読むほどの熱意ではないので書棚に返した。

「イルカ」の本は「生物学・博物学・文化人類学」のところにあったのだが、「ゴキブリ」に関する本もあって驚いた。しかし、考えてみるとゴキブリの本がないほうが不思議だろう。狼・熊・鹿・猿などに関するいろいろな本があった。

その後、新刊コーナーに行った。驚いたことに「今週の新刊」というのが何十冊もある。図書館ていうのは毎週こんなにたくさんの本を仕入れているのかと驚いた。ざっと見渡したところ、今すごく話題になっている本や書店で平積みになって目立っているような本はすでに借りられているのか見当たらないが、新刊なんだから、新しくしかも図書館が価値のある本であると判断して購入しているわけなのだろう。それならば、読んでみる価値があるはずだ。何よりも一番先に自分が読むって、まるで私のために入荷してくれたみたいじゃないか。
いろいろ見ていったが、なかなか「これは」と思うようなぴんとくる本はなかった。でも、すごくタイムリーな本を見つけた。
「石原都政の検証」(青木書店)
石原慎太郎がこの8年で何をやったのか、東京はどう変わったのかこれを読めば少しわかるはずだ。これは4月8日の投票日までに読みたいものだと思って借りてきた。それにしても、この本が誰にも借りられていなかったというのは不思議だった。

それから、雑誌コーナーに行った。雑誌もいろいろあって面白い。このあいだ本屋で「本の雑誌」というのに興味を持ったのだが、500円くらいしていたので買わなかった。この雑誌はペンネーム研究とかいうのが載っていて面白そうだった。図書館で同じものをみつけて読むことができた。
「村上春樹」というのは本名なのだそうだ。私もこんがらがりそうだったのが、「村上龍」と「角川春樹」であるが、この有名な人たちの名前を合体させてつけたわけではなく本名なのだそうだ。また、「村上龍」は本名は「龍之介」というらしいが「芥川龍之介」と同じわけにはいかないと思ってわざわざ切り取ったのだそうだ。ほかに本名が「ハヤシマリコ」という人が、すでに「林真理子」がいるために別の名前をつけたなどと言うエピソードもあり、その他いろいろ面白かった。「谷川俊太郎」いいペンネームである。
「示唆なめ子」とかいうペンネームもあるらしい。「吉本ばなな」なども面白い。

図書館も広いので雑誌でもいろいろな分野があるし、毎日のように通ってそのたびに違うコーナーを物色するのも面白そうだな~と思った。昨日は新書の棚も一通り眺めてみた。

喫茶コーナーもあり、お腹もすいておやつでも食べたい気分になったが、店はすでに閉まっていた。夕方には幸い閉まっているようである。これが開いていたら、また無駄遣いをしてしまいそうだから、閉まっていてちょうどいい。でも、ランチでも一度食べてみたいな~と思う。

図書館には「研修中」という人が書架に本を戻したりしていた。このあいだの求人に応募した人たちだろう。20代くらいの人が多いようだ。私では応募しても採用されなかっただろうと思う。そういえば求人記事に「3月中に研修あり」と書いてあった。

図書館で油を売っていると、2時間くらいあっという間に過ぎて6時になったので帰ることにした。帰りは急に焼肉が食べたくなったので、牛肉と野菜を買って帰った。
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本屋をぶらぶら

2007-03-24 01:25:45 | 読書
昨日、駅ビルに行ったついでに、うろうろと目的もなく洋服や雑貨をウィンドショッピングしていたが、なんだか変な人間になったような気がした。

私の友人に、休みの日にはひとりでぶらぶら歩き回るという趣味の人がいて、変なヤツだと思っていたのだが、なんだかおんなじような感じになってしまった。
そのひとは、電車に乗って気に入った街につくと、商店街をほっつき歩いて古着屋で掘り出し物を買ったり、一人でドトールなどの安い店でコーヒーを飲んだり、公園に行ってベンチでひと休みしたり読書をしたりして1日をつぶして帰って来るそうで、そういうことを毎週のように繰り返しているのだそうだ。それも気楽ではあるが、良いとも悪いともなんともいえないものがある。
結局のところ、あまりお金を使わないで暇つぶしをするには、そんな方法しかないわけだ。たまに映画や展覧会などに行くらしいが、こういうちゃんとした目的のものは毎週というわけにはいかない。

私の場合、その人よりも経済状態がさらに悪いので、家にこもっていたほうがいい。しかし、このごろは浦島太郎にならないように、街中に出かけて周りのものを見回すようにした。何か興味を引くものがあると、いちいち手にとって見るだけみるという怪しい行為の繰り返しだ。買いはしないがどういうものが売っているかを確認するという感じ。それでもこんなことを繰り返していると、そのうちいつかは何かを買ってしまうことになりそうだ。

そして、昨日は久しぶりに本屋の雑誌売り場を訪れた。文芸春秋とか新潮とか群像とかもう何年も見たこともなかった雑誌を手にとってみたりした。このようなものは買って読むということは考えられないが、そこで、ものすごく「安い」雑誌を見つけたのだ。
「青春と読書」定価90円。集英社
「月刊 本の窓」定価100円 小学館
へえ、こんなに安い雑誌があるんだなと驚いた。中を見たら意外と面白そうなので買ってしまった。

「青春と読書」4月号は東野圭吾の「幻夜」のことが載っていた。「白夜行」に続く作品である。いろいろな人が「東野圭吾」や「幻夜」について書いているのだが、その中にドストエフスキー→松本清張→東野圭吾という流れを書いているものがあり、興味深かった。
とは言っても、私はドストエフスキーの「罪と罰」も読んでいないし、松本清張もほとんど読んでいないし、東野圭吾も「白夜行」も「幻夜」も読んでいないのだ。
テレビドラマで「白夜行」を見たときには「風とともに去りぬ」を読まなきゃ判らない部分がありそうだなとは思ったものの、結局のところ何一つ読みはしなかった。でも、この特集を読んだらいよいよ読もうかと思えてきた。

まあ、何のことはない、結局のところこの雑誌は集英社文庫の宣伝雑誌でもあり、その目的にまんまと乗ってしまっている私なのだが・・・。
読んで読み応えが約束されている作品を読みたい、この世に次々に生み出される数限りない文学作品をやたらかまわず読むような無駄はしたくない、と思っている。
その中で「東野圭吾」はいいかもしれない。
それにしても東野圭吾さんは、私より若かったのか!と驚いた。写真も載っていた。

東野圭吾特集のほかに巻頭に田辺聖子のエッセイが載っていた。田辺聖子は何年も前にかなりな人気の作家だったと思うが、私はあまり波長が合わず、文庫本なども最後まで読んだことがなかった。だから、あまり好きではないと思っていたのだが、このエッセイは面白かった。昔の句や歌が今の人間にもいきいきと適用されるということが書いてある。
恋ひ恋ひて 逢へる時だに 愛しき 言尽くしてよ 長くと思はば (大伴坂上郎女)
「恋しくて恋しくてやっと会えたのだから、ありったけの言葉で愛している思いを言って。私たちの仲がいつまでも続くようにと思うなら。」というような意味だそうだ。
これはまさしく、おととい私が見た夢の中のAに対する気分だったので、そのタイミングに驚いてしまった。
まだ年も四十でゐれば面白き (「武玉川」という雑句集のなかの川柳)
なるほどね。
40代は楽しいかもだ。子育ても一段落して体もまだピンピンしているから、自分の自由意思でいろんなことができる。
この句は、
まだ年も五十でゐれば面白き まだ年も六十でゐれば面白き
とどうにでもなるところが面白いとのこと。本当だ!

「対談 鈴木道彦×三木卓 誰でも読めるプルーストを!」
プルーストの「失われた時を求めて」っていうのは、聞いたことはあるが、難しそうでとうてい私に読めるような代物ではないと思う。これを鈴木氏が翻訳したものを三木卓氏が読んで対談しているわけだが、三木卓氏でも理解力が届かないところにぶつかって少し休みながら読むようなことがあったようだ。
そんな対談を何で興味深く読めたかというと、母校の短大で三木卓氏の講演があって聞きに行ったことがあるからである。雑誌にのっている写真がそのときとほとんど同じようで懐かしかった。講演の内容も、読んだことがあるはずの作品も全部忘れてしまったが、三木卓氏は朗らかな優しい人だった。

「本の窓」のほうはまだあまり読んでないのだが、「中沢けい」の文が載っていたので、まずそれを読んだ。文体がすごく洗練されていて気持ちよかった。
中沢けいは1959年生まれで、1978年に「海を感じる時」で群像新人文学賞をとった時にはすごく話題になったものだ。自分とたぶん同じ学年だったから、すごいなあという衝撃が強かったのを覚えている。

ちょっとでも過去に取っ掛かりがあると食いついていけるものだなと思う。
逆に、なんらかの取っ掛かりがないと自分のものにできないのが中年の特徴かもしれない。

とにかく、これらの雑誌、安い割には、その何倍もの価値があり、満足した。
これなら、毎月買うことができそうだ。

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健康診断

2007-03-22 14:49:22 | 未分類過去
昨年は6月に会社の健康診断を受けたのだが、今年は区の成人健康診断を受けることにした。区の健康診断は誕生月に受けるのを基本としていて、1月生まれの私は1月から3月までに受けなければならないので、今週か来週の木曜が最後のチャンスということになる。
それで、今日、長女を産んだ総合病院に行って受けてきた。

一昨年まではここで受けていたのだが、昨年行かなかったので、その間に病院の中が改装されたりして様子がずいぶんと変わっていた。
驚いたことには、待合室に長時間受診を待つような患者がぜんぜんいない。総合病院は直接外来を受け付けなくなったからなのだろうか?患者がいないわけではないのだが、待たないで次々に進んでいく。案内の人に従って最初に身長・体重・血圧を測ると、広い応接室のような完全個室のベッドの上で内科の聴診器の診察を受け、その後もレントゲン・眼底検査・心電図・尿検査・血液検査をそれぞれ5分も待たない状況でスムーズに終えて、1時間弱で全てを終えてしまった。
以前は外来患者と一緒で待合室で1時間くらい待ってから内科検診を受けたし、血液採取にもだいぶ順番待ちした。それで、今日は時間つぶしにと読書のための本を用意して行ったのだが、全く読む時間はなかった。こんな簡単にできるなら、今後も区の検診がいいようだ。

会社の健康診断はパートの場合は健康保険がないので会社が1万数千円も負担しているという。胃のレントゲンと子宮ガン検診がついてはいるが、眼底検査はない。
それで、朝食をぬいて11時頃まで働き、昼食もぬいて保健センターに行き、午後から検診を受けるが、センターでは男女それぞれ100人くらい受ける人がいるので、かなり待つし、全てが終わると4時頃になってしまう。朝からご飯をぬいて仕事をするというのもなかなか大変だ。パートは出勤日に健診を受けに行くので、仕事を休んだ時間分給料が減ってしまう。
また、受信日があらかじめ会社から指定されてしまうので、女性の場合生理日に当たったりすると血液が混じるおそれから尿検査と大腸がん便潜血反応の検査ができない。子宮ガン健診もだめだ。昨年それでそれらの検査を受けていないのだが、今年ももしまた生理日に当たったら続けざまに検査ができないままとなってしまう。受けられなかった検査をしてもらいたければ自費で医療機関に行くしかないことになる。
そんなわけで、区のほうで受ければ会社側の出費も浮いていいだろうし、こっちとしても自由に検診日を選べるほうがいいから、区で受けることにした。パートの場合は毎日出勤しているわけではないので、休みの日に行けばいいわけだ。

区の胃がん健診と子宮ガン健診は別の日程で改めて申し込む必要があるが、これも普通の検診と同時にはできないものの、会社が休みの日に申し込んで行けば支障がないし、近所の病院でできるので、そうしようと思う。

ところで、病院のラックに健康の雑誌が用意されていてちょっと見たのだが、「カシス」が目や肌にとてもいいそうである。眼精疲労にも効くし、近眼や老眼の視力回復にもなるようだ。血液をきれいにするので、目の下のクマがなくなったり肌もきれいになるのだそうだ。
私は毎日かなり眼を使っているし、肌の衰え、目の下の隈も気になっているので、これはカシスがよさそうだと思って、さっそく帰りに薬局で錠剤を買ってきた。
近眼になってしまった次女にも飲ませようと思う。

食品売り場でカシス入りの飲料やヨーグルトなどないかと探したが無く、酒売り場でカシスオレンジのチューハイを見つけたので、それも買ってしまった。


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再会

2007-03-22 01:35:51 | 未分類過去
Aは今でも独身だという。
私は大きな遊園地のあるその土地に行き、そのすぐそばにあるAが勤めているスポーツセンターの中に入って行った。同行する出版社の人たちもいっしょだった。その企画は、私の元の知り合い(初恋の相手)をたずねて会いに行くというものだった。
Aはそこでインストラクターをしているが、仕事中ではなく、スポーツセンターの人たちと休憩中で、ゲームなどして楽しんでいるところだった。
Aには私が行くことが知らされており、同行する人たちと一緒に入っていくと確かに気付いていた。Aのセンターの人たちもそれを知っており、私が行くといろいろと話しかけ、Aの様子など伝えてくれた。「とても人気のあるインストラクターです」などと言い、私も「人違いかと思ったのですが、やはりAだったんですね。自分の好きな道を進んだのですね」などと言った。目の前にいるAは自分のことを話されているのを知っていて、笑顔を見せているのに、なぜかちっとも私のすぐそばには来てくれなかった。みんなで集合写真をとったり、記念撮影などした後、やっとAが近くに来たが、「あれから元気だったの?」「何年ぶりだね」という他愛のない言葉を交わしたのみでそれ以上のことを話しもせず、Aはまた私からちょっと離れたところに行ってしまった。
そういえば、数年前もAに会いに行った。それはAの実家の近くで、そのへんにいるはずだと思って行ったら、確かにAがいたのだ。そのときも、真正面から向き合って思う存分話をするわけではなく、再会したのかしないのかわからないような雰囲気だった。
Aはいつも私に好意を持ってはいるが、真正面から向ってきたことがない。
それでも、何回かはお互いに会いたいと思って、なんとなく意思を通わせ再会することがあった。しかし、それは次の再会を約束するものでもなく、付き合いを継続するものでもなかった。今回も一通りの再会の企画が終わったらそのあとは2人だけになっていろいろな話をするはずだと私は思っていたのに、なぜかAはその機会を早く作ろうとはしないで私と2人きりになる時間を遅らせているのだった。
Aには今現在も恋人がいるという噂もなかった。
人間に2種類いるとしたら、女を見たらすぐに誘いにかかり突進していく男と、直ぐに自分からは行動に移さない男がいる。なぜか後者の男に、なかなか容姿も悪くなく性格も良い男が多くいる。一方、ブオトコのほうには、自分の容姿も顧みず女の意思を慮ることもなく、強引にデートに誘っていきなり手を握ったり腰に手をまわしたりするような無作法な男がいるものだ。そういう男は極端に気持ち悪がられ嫌われる可能性が高いものの、全てが失敗に終わるわけではなく、なかなかいい女をモノにしてしまったりする場合もある。女はある程度男の強引さに左右されるといえよう。どんなに好意を持っていようと男が動かなければ進展の仕様がない。Aはあきらかに突進しない部類の男である。
だから、今も独身を通しているのだろう。
そういう男は、どんな女に対しても強い恋愛感情を抱かないのか、感情を抱いても動けない男なのか、それともたまたまそういう相手にまだ出会わないから動かないだけなのかよくわからない。
私はAと二人になって話す機会をずっと待っていたがそれは延々と来なかった。

そのうちについに私は目を覚ましてしまった。もう9時を過ぎ、陽が高く昇っていた。
私が生霊だったら、何年かに一度ずつはAに会っていることになる。

最近テレビドラマ「東京タワー」のマー君(速水もこみち)を見ていると、どこか似ている容姿と、どこか似ている性格にAを思い出すことが多かった。

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