山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。

IEのアイコンが消えた!

2017-03-31 22:38:37 | 日記2017
「アイイーって何?」と意味がわからなかったことがありますが、インターネットエクスプローラーの略だそうです。

デスクトップに表示されていた、この青い「e」マークをクリックしたところ、なぜかアイコンが消えてしまったのでした。

いったい、何が起こったのでしょうか?

どこか別のところに移動したのかな?と思って、デスクトップの画面の中をくまなく探したのですが、影も形もありません。

あれっ?間違えてゴミ箱に入れてしまったのかな?と思い、ゴミ箱を開いてみましたが、やはりありません。

完全に消失してしまっているのです。

それで、「スタートメニュ」→「すべてのプログラム」を探すと、そこにあったので、そこからインターネットを開き、アイコンが消えてしまった場合の対応を探して、なんとか修復しました。

しかし、すごい時間がかかりました。

検索で出てきた方法をやってみても、その通りにはできないものがいくつもあって、難航したのです。

「再起動したら、自然に復元されるのではないか」という、かすかな望みもかないませんでした。

いろいろやっているうちに、ついに午前3時くらいになってしまいました。

結局は、「すべてのプログラム」の中にあるIEのアイコンを右クリックでデスクトップにひっぱってきて、ショートカットを作ることで落ち着きました。

もともとショートカットだったのか?

それにしても、何でいきなり消えたのかわかりません。

インターネットで検索すると、IEのアイコンが急に消えたとか無くなったということで困っている人が多いようです。

それで、復元の対応策も書かれているのでした。

復元できれば、一応解決とはいうものの、そもそも何で消えるんでしょうか????

それが知りたいです。
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傾斜家賃が苦しすぎる

2017-03-31 10:31:37 | お題
消費税や物価が上がって、毎日の日用品や光熱費が上がるのもショックだが、いちばん苦しいのが家賃である。
これは、消費税や物価とは別に、うちが「傾斜家賃」というものだからだ。毎年毎年、数千円ずつ家賃が上がって行くのである。

うちは公営住宅に住んでいるのだが、これは基本的に収入の少ない人用の住宅である。毎年、家族全員の課税証明書を提出して、そこから家賃が決定されるようになっている。だから、納税額が少なければ少ないほど家賃が安く、同じ間取りでもその家の収入によって家賃が全然違うのである。

うちも入居したときは、病気で身体障害者になってしまった義母が扶養家族になっており、それから子供2人がいて、私も配偶者控除になっていたので、そこから計算される家賃は安いものだった。

ところが、子供たちが成長し、社会人になったら、狭くて住めないし、子供の所得も計算されるわけで、子供たちはアパートで自活するようになった。

今は、義母も亡くなったし、扶養家族が1人もいない。夫も私も安月給ながら税金をそれぞれに納めている。となると、近所の民間マンションと同じ金額が適用されるとのことである。

その額が、2DK、48平米で11万7000円である。

以前住んでいた住宅が老朽化で建て直しになって、7年前に新築に引っ越してきたわけだが、以前の古い住宅よりもこちらが10平米くらい広い。そのため、住宅価値が高いので、家賃も高いそうだ。いきなり本来の11万7000円になるのはきついので、最初は元の住宅の家賃とそれほど変わらなかったものの、その後は毎年段階的に上がっていく。最初は5万くらいだったと思うが、今は9万円を越えている。そして新年度からまた上がる。

もう、働けど働けどその分が家賃に消えていく。夫は非正規社員だけど、厚生年金をもらって年収が増えたら、さらにまたそれに応じて家賃計算がされ、所得が規定額を2年続けて超過すると、今度は家を出て行かないといけないそうだ。
だから、給料と年金を足しても生活が苦しいのが現状なのに、仕事をやめるか年金を停めておくかしないといけない。家賃が高くて苦しいからといって収入を増やすこともできないし、老後のための蓄えなど全くできない。
家賃は、私が月に120時間働いてもらう給料よりも高くなってしまった。これからさらにあと2万円増えるのか。現状収入から、家賃の割合がどんどん増えていくのが苦しすぎる。家賃は月収の3割というが、11万だと完全にそれを超えるし、現状、貯金を切り崩して生活している。

それでも、民間の賃貸住宅に住んでいる人は、当然に最初から最後まで高い家賃を払い続けるものなのだから、それに比べたら文句は言えない。
そもそも、うちぐらいの貧乏人は本当だったら東京には住んでいないと思う。

公営住宅の家賃は、働かないで税金を払わなければそれに伴って安くなるものなので、老後は質素に暮らせば安心かもしれない。

でも、働ける限りは、なるべく多くの収入を得て、少しでも豊かに暮らしたい。

働けど働けど 毎年家賃が上がる・・・ 苦しい。

家賃と生活費を捻出するために、今はただ、ひたすら働くばかりだ。
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活気ない年度末

2017-03-30 23:35:14 | 日記2017
年度末なのにヒマ。例年職場では、最後の追い込みとか言って必死になっている時期なのに、今年度はもう、あきらめたみたいだ。まあ、多少の業務縮小はあっても、仕事が無くなるわけではないので、会社がつぶれることはなかろう。

そんなわけで、私はもう今年度の仕事を終えました。
今年度、私が関わった仕事は400件くらい。多い年は500件以上あったので、やっぱり仕事は減っている。

例年、この時期は「休日出勤届け」の用紙の在庫が減るのが普通だが、今年は「休暇届け」の用紙が減っているのである。年度末に休暇を取る人が多いって、どういうこと?
やっぱり、どの部署も暇なんだなあ。(私は各種用紙を印刷して補充する係なのだ。)

朝出勤すると、ここ数日、職場の電気が消えているので、私が点ける。忙しければ早朝から出勤している社員が多いわけだけど、逆で居ないわけで、パートタイマーが先に出勤している状況だ。

さて、本来の仕事も尽きたので、要らない書類を捨てる作業にとりかかった。
束の書類をバラバラにして、スキャンして、電子ファイルを作って保存し、紙類は廃棄する。

ところが、この頃、スキャンしてできたすべての画像に1本の縦線が入っているのに気がついた。線が入っていても内容がわかるからいいかな、とは思うが、やはり無いほうがいい。
そこで、線が出た場合の対処方法をネットで検索すると、スキャナーのガラスの部分に汚れがあるので、そこを拭くのだそうだ。
スキャナーには専用のクリーニングキットがあるみたいである。それに、もう随分前から、なんとかいう消耗部品を交換しろという表示が出ているのだが、職場ではそれを無視して使うようにとのことだった。・・・表示が出ていても使えないわけではないので・・・要するに、交換部品を買う予算がないので、限界まで使えということだろう。それはたぶん用紙を送る部分のことで、今回の線が入る現象とは違う。用紙を送る部分は、変な音がするけど、一応今のところちゃんと動いているみたいだ。

で、クリーニングキットはないので、コンビニでもらった古いオシボリ(水分が大部分飛んでるもの)を使って、ガラス面を拭いてみた。
見ると、確かに、ガラスに線みたいな汚れがついていて、そこを拭いたら、電子ファイルの線が消えたのであった。めでたしめでたし。

金をかけないで、目的達成。

4月は他社が動き出さないと注文が来ないので、例年でも暇な時期だから、さらに暇になりそうだ。

私も休暇でもとろうかな~
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四畳半のアパートで

2017-03-30 19:55:31 | お題
それは、40年近くも前、高校を卒業して短大に入学し、四畳半のアパートに住んだころのことです。

アパートは、短大まで徒歩5分くらいのところでした。

1階の東向きで、家賃は1万4千円。トイレ共同。お風呂は銭湯。銭湯は徒歩1分です。

今改めて振り返ると、たまたま同じ短大に、高校の同じクラスの友達が入っていて、アパートもすぐそばにありました。それは、心強かったです。

そんなことを、これまで一度も思ったことがなかったのですが、その友人がいなかったら、もっと1人寂しく孤独を感じていたかもしれません。

とは言っても、休日にその友人と遊ぶということもあまりなかったのですが、短大の中では行動を共にすることが多く、その人のおかげで新しい友人を作るのも一緒に作れたんだなと思います。

そして、いつも同じクラスの4人で仲良くしてました。

今になれば、かけがえのない仲間だったな。

でも、私以外は部活とかやってなくて、その3人は私にとっては物足りなかったです。
私は1人、演劇部に入っていましたが、こっちはこっちで、なかなか個性の強すぎる人たちで、
これもちょっと違和感ありでした。
結局、1年続かず辞めました。演劇部の仲間とは何のつながりも残っていません。

今思い出すと、なんか胸が痛む感じです。

けっして、学生時代を謳歌していたわけではないし、
周囲の人になじんでいたわけでもなかったようです。

なんとなく、ぎこちなかったです。

同じ科の違うクラスの人で、すぐ近所のアパートに引っ越してきた人がいました。
そいつが、非常にずうずうしいヤツでしたが、
そのおかげで、結構仲良くしていました。

「なんか、食うもんある?」と言ってやってくるのです。(女ですよ。)
サイズの合わないブーツも貸してやったし・・・。

今思えば、その友人のおかげで寂しくない1人暮らしができたかもしれません。

同じ高校から同じ短大に行った同級生と、その近所のアパートの友人とは今でも繋がってます。

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値段が高すぎた

2017-03-30 19:06:51 | お題
結婚するときに、アパートから新居に引っ越してきました。
まだ、若くて世間知らずだったこともあり、たまたまポストに入っていた広告の引越業者1社のみに見積もりを取ってもらいました。
それは、今から35年も前のことです。当時は電話もなく、公衆電話でのやり取りです。
仕事もしていたので、そう何社も見積もりを頼む暇も無く、結局、その業者に頼んだのです。

品川区から杉並区まで、1階4畳半のアパートから3階の3Kのアパート。
それで、料金が3万6千円でした。

トラックは2トン車です。値段が高いのは引っ越し先がエレベーターなしの3階だったからかもしれませんが、そもそも家具なんかないし、小さな冷蔵庫と小さな炬燵とカラーボックス3個とビニールのファンシーケースに、布団1人分。あとは衣類・雑貨・本などの入った段ボール箱が5~6個くらいでしょう。

途中で、杉並区の夫の家に寄り、これももっと少ない荷物(布団1組と段ボール箱3個くらい)を、そのトラックに足して引っ越してきました。

引っ越し屋さんは運転手1人だけで、夫の友達が手伝いに来てくれたので、荷物は引越屋と夫と夫の友人と私とで階段を運び上げましたので、3階とはいっても、引越屋さんの負担はそんなになかったはずです。

午前中にすべて終了し、昼に引っ越しそばをごちそうしました。

作業に当たった引越屋さんが、見積もりが高すぎると言って驚いていました。
見積もりに来たのはスーツを着た会社員風の人でしたが、作業したのは労働者風のおじさんでした。

見積もりが高すぎるとはいえ、最初の約束なので、値引きしてくれるわけではなく、その額を払いました。

今でも、その程度の小規模の引っ越し料金では、2万円台でできるみたいです。

数年前、知人が引っ越しましたが、2万円台だったそうです。
もっと大きな冷蔵庫や洋服ダンスやベッドや洗濯機や電子レンジまでありました。

35年前の3万6千円は高すぎたなあと思います。

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買ったCDは何度も聴く

2017-03-29 23:31:17 | 音楽
今日は、溜まった皿を洗いながら、riceのneilを聴いていた。

昨日から溜まっているわけで、夕飯は作ったのだけど、
夫がなんか取り込み中で、夕飯はまだ食べないというので、
それまで皿を洗うことにしたのだ。

私は、皿洗いが大嫌いなのだが、音楽を聴きながらだったら、
あまり苦もなく皿が洗えるのである。

neilは、駄作も多いなとは思うものの、好きな曲もあるので、
何度も聴く。

そうすると、夫が「また聴いているのか」とあきれる。

いや、台所で聴くのはまだ2回目だし・・・

パソコンで聴くのだって2回くらいしか聴いてない。

だいたい、CD買ったら、繰り返し聴くのが当り前ではないですか。

少なくとも数十回は聴くんじゃないかな?

せっかくお金出して買ったんだからね。

少なくとも、私はそういう聴き方をする。

しかし、夫の場合はそうではなく、いろいろな曲をBGMのように聴くのである。

同じ曲を繰り返し聴くということはしないらしい。

同じ曲を2回や3回聴いて、良く飽きないなあというのは、
変ではないかと思う。

2回や3回では、どんな歌だったかも、良く覚えていないよ、私の場合は。

飽きるわけがなかろう。

2日や3日同じ曲を耳にしたからといって、
もういいかげんにやめろなどと言われるのは心外である。

買ったCDは何度でも聴くもんだ。
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ひがんすぎまで

2017-03-29 22:55:58 | 読書
昨日、急に夏目漱石の「彼岸過迄」を思い出した。
それは、今「彼岸過ぎ」の季節だからである。

そして、あの小説はなんで「彼岸過迄」という題名なんだっけ?内容がそんなものだったかな?と、不思議に思ったのだ。

だが、そのまま寝てしまった。

さっき、40年近くも前に買った文庫本を開いてみた。

<「彼岸過迄」というのは元旦から始めて、彼岸過まで書く予定だから単にそう名づけたまでにすぎない実は空しい標題(みだし)である。>
と、漱石本人が前書きみたいなのに書いてあった。

ああ、そうだったんだ。内容ではなくて、書いて新聞に掲載した期間だったんだ。
そして、秋の彼岸じゃなくて春の彼岸だから、やっぱり今頃だ。

解説によれば「明治45年(1912)の1月1日から4月29日まで朝日新聞に掲載された。」とのことである。

えっ、今から105年も前ですか!そんなに昔か~~~

漱石46歳の作品。
若いね。(今の私より)

この小説を私が読んだのは、19歳のときだったな。

この小説は「駄作だ」と漱石ゼミの先生が言ってた。

漱石曰く
「かねてから自分は個々の短編を重ねた末に、その個々の短編が相合して一長編を構成するように仕組んだら、新聞小説として存外面白く読まれはしないだろうかという意見を持していた。……」

だから、たしかにまとまりがないっていうか、だらだら続いていたような・・・

もう一度読んでみるかな。
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なんかある?

2017-03-28 22:46:59 | 日記2017
今日は、書くこと何かあるかな?
なかなか思いつきません。

今日も寒かった。
寒さは彼岸までではなく、彼岸過ぎまでである。

彼岸過ぎまで?

あれっ?漱石のこんな題名の小説読んだことあるなあ。
あれの「彼岸過迄」ってどういう意味だったんだろうか。

忘れた。

今日は、riceのCD、NEILが届いて、一通り聴いたけど、感想は後日にします。

いい歌もあるけど、やはり最近のほうが良いと思います。
やはり、進化しているものね。

でも、riceの歴史がわかるから、聴く価値はあるよね。

話は変わるが、

さっき、実家の母と話をしていた。

実家の地域には、どこに家具屋があるんかいな、という話だ。

先日、実家に行ったときに、
母が歳を取ってきて、炬燵から立ちあがるのに、どっこいしょっっと、勢いづけてとび跳ねるように立ちあがっていたので、それでは、かえって膝や足に衝撃があるんじゃないかと思った。

炬燵が置いてある居間は、もともと洋間なので、テーブルと椅子にしたらどうかと思うのだ。
炬燵の布団につまづいたりしたら、石油ストーブも危ないのではなかろうか。

で、もし家具を買うとしたらどこでかうかな?と思ったが、全然店が思い浮かばないのである。
つまり、田舎だから、ないのである。

とはいえ、市民は、家を建てたり暮らしたりしているわけで、家具をどこかから買っているわけなので、
いったいどこで買ってるんだろうと母に聞いたのだ。

そうしたら、「家具を買う人なんかいないんじゃないの?」というので、
そんなことなかろうが~と答えて、なんか苛立ってきたのだ。

実家の家具は、もう40年以上前に買ったもので、ダイニングテーブルもかなり老朽化しているのである。
椅子もぐらぐらしているものがあったようで、3個しか置いてないと思う。

椅子が奇数というのは、風水的に良くないそうで、2か4か6か8にすべきだそうだ。
4人がけのテーブルに3個って落ち着かない。

しかし、母はまるで家具を新しくしようという気はなく、私がネットで家具屋らしきものを検索しても、
そんなところに、そんな店は無いと思うとか、知らないと言って、まるで興味を示さない。

近所の人は0120で注文したとか言ってるけど、通販のことみたいだ。
実物見ないで買うのかな?

私は、もう浦島太郎で、実家地域のことは全くわからないのである。

家具を売っている店はないのか????

ストレス溜まる。

無くても何の支障もない。家具を買わないのだから。

という母の論理が、もっとストレス溜まるのだった。

家具屋がない。病院がない。バスがない。電車がない。タクシーがない。仕事がない。
どうやって暮らしてるもんだか。

老後に引っ越す勇気が失せる。




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小池さんて

2017-03-28 00:43:21 | 日記2017
このごろ、小池都知事、ちょっとやだなと思う。

なんか、態度が大きいというか、上から目線というか・・・

都民ファーストとか言ってるけど、
人を見下している感じがする。

今日も、自民党の人が質問していたけれど、
真剣に聞いているのに、小池都知事が鼻で笑っているので、
見ているほうもストレスがたまってきた。

豊洲市場を、将来民間委託だか民営化する方向に考えているのかという質問にたいして、
はっきりしない返事を、偉そうに繰り返していた。

「いきなり」その方向には進めないとか言っていたが、
結局、いずれ進めないとも限らないってことだろう。
だが、そのようには言わずに、笑っているのだ。

真剣な人に対して、余裕で笑うって
なんかすごくいやだ。

私は、小池都知事のような上司や経営者だったら、すごくいやだと思う。

強く賢い人であっても、正しい人であっても、その心向きが嫌いだ。
優しくない。

これまで、他人がやってきたことは全部愚かで、自分だけが正しいような顔をして、全部を覆してしまう。
小池劇場にも飽きてきた。

いつまでも豊洲を止める理由はないし、
選挙に利用するのはやめてほしい。

また、いつまでも引き延ばしていたら、逆に小池都知事を支持する人も減って行くと思う。
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癒し

2017-03-26 16:24:01 | 音楽
先日、道路渋滞の中で、カーステレオを操作し、riceの曲を探した。

カーステレオは、何がなんだかわからず、聴きたい曲を選べないのだ。
そこで、録音した「アルバム」を次へ次へと移行していく。
出た音が、櫻井有紀さんの歌の曲でないのがわかったら、どんどん移動させるという原始的なやり方だ。

夫や娘が入れた知らない曲がいろいろ出てくる。それでも、もし良い曲だったら聴き続けるけど、なかなか気に入るものはない。

そうやって、やっと出てきたのが、riceの「零ーしずくー」と「genesis」である。ああ、やっぱり、櫻井有紀さんの歌でないとダメだなあと思う。ほっとする。

そのうち、涙があふれてきてしまう。
運転しながら泣いているおばさんって変だよねと思う。
けっして悲しいことがあったわけでもなく、不幸でもありません。逆ですよ~。

この人の声を、私はどうしてこんなにも好きなのだろうか。
それは、本当にわからないのだ。
もう渋滞なんて、まったく気にならなくなってしまう。
どんなに時間がかかろうと、この歌を聴いていられるんだから。

誰か、身内の声に似ているわけでもないと思うが、
兎に角、この人の声は特別だ。

声帯ポリープ、術後一週間にして、完治してよかった。
この人の声は、この人のものにとどまらず、私にとっても無くてはならぬ大切なものだと思う。
そして、そう感じる人が、この世にたくさんいるのだから。

そういえば、カーステレオにはraphaelの曲は入れてないのだ。
raphael解散で、このごろはraphaelの曲をよく聴いていたけど、私はriceの曲もそれに劣らず好きなのだ。

最初に出会ったのは「秋風の狂詩曲」で、華月さんが作った歌だけど、私は櫻井有紀さんが作った歌も全く劣らずに好きなのだ。

改めて聴いていると、中でも「糸」はやっぱりすごく感動的だなと思った。
そのほかも、「かるめると花」とか、すべて素敵だ。
最初にへんてこだと思った「すなお」さえ、それなりにいいなあと思ってしまった。

そして、私はさらにriceのアルバムが欲しいと思い、そうなると、新しいのが出る以外には、古いのを手に入れるしかないということに気づいたのだ。

そうだ、「零ーしずくー」の前のは何なの?
NEIL ネイルだと思ったら、二ールって読むらしい。
光る・輝く・照る・秀でる・あきらか等の意味があるらしい。2010年に発売されたもの。

最初「爪」かと思ってたら爪のネイルはNAILと書くことがわかった。(英語苦手)

そこで、私は、NEILを買うことにしたのだ。
中古もあるけど、500円くらいの違いなら新品のほうがいいと思って奮発した。
もう散財だね。筋トレの会費の分を全部音楽に使ってるけどね。

楽しみだな~。

you tubeで良く聴いている曲や、知らない曲も入っていると思う。
rainは大好きな曲だ。

今度は、これもクルマの中で聴けるなあ~
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アタマにきてしまう

2017-03-26 15:57:44 | 日記2017
この頃、ムカつくことが多く、ついつい苛立ってしまう。

スーパーに買い物に行った。

1 カートを取ろうとしていたら、後ろからドカンと何かがぶつかってきた。
見ると、隣の列にカート数台をまとめて片付けに来たお店の店員が、それを私にぶつけたのだ。謝りもしない。けしからん。

2 品出し中のワゴンがあっちこっちの通路を通せんぼしているのに平気のへいざ。
こっちが通れないからあっちへと進路変更しても、そっちにも品出し中のワゴン。いいかげんにしろ~。

3 これまで、冷凍食品を買うと、レジでそれらが入るくらいのレジ袋とコインをくれて、ドライアイスの機械の中に冷凍食品入りのレジ袋をぶら下げ、コインを投入し、スイッチを入れると、パウダードライアイスが袋の中の冷凍食品の上に噴射されるしくみだったのだが、知らぬ間にレジ袋が廃止されており、パウダードライアイスは噴射式ではなく、コインを投入すると、とっても小さな引きだしに、ひとつまみ出てくる方式になっていた。
レジ袋が無いのを想定していなかったので、冷凍食品たちはバラバラのままで、一部にのみドライアイスを適用。
今まで行われていたサービスが知らぬ間に廃止されるのは困る。

4 駐車場から出ようとしているとき、前の一台が、幹線道路の第一車線に並んでいる信号待ちのクルマの最後尾で詰まって出切れずに、歩道にお尻を斜めに出して停まっている状態。その状況で、誘導員のオジサンが私に出ろと何度も合図するが、前の車のお尻にぶつからないように右側から出て車列に付くには、ハンドルを右に回すので、車は右に向いてしまうし、道路に出るときに、右側が歩道と路面の段差部分にはみ出てしまうため、右タイヤが段から落ちる状態になる。(そもそも1台が出るだけの幅につくられているのだから。)
窓を開けて、「この状況では出られませんよね。タイヤが落ちますし、右向きになっちゃいますから」と言うと、「だったら好きなようにしてください」と捨て台詞を残してどこかに行ってしまった。

このスーパー、知らなかったけど、今日はバーゲンだったらしい。車も人も従業員も多く、殺伐としていた。

なんかいやだ。バーゲンの時なんか行きたくない。高くても気分よく買い物がしたい。

イライラしていると、運転するのにも穏やかな精神状況になれない。
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墓参りに百均の造花を

2017-03-26 09:38:26 | 日記2017
先日、お彼岸に静岡県まで墓参りに行ってきました。
そちらでは最近、墓に供える花を造花にする家が増えています。

正月や春の彼岸くらいには普通の菊等の花束を供える家も多いですが、特に夏になると造花が増えます。それは、日差しが強く高温多湿で、水も腐ったりして、花がすぐに枯れてしまうからです。
墓参りで生花を供えたあとは、数日後に、枯れた花を片付ける必要があります。しかし、遠くから墓参りに行く人も多いし、忙しいこともあって、そんなにまめに墓に足を運ぶことはできません。それで、供えた生花がそのままになってしまいますが、その後、茶色く枯れた花束が放置されると見苦しく、むしろ無いほうが良いくらいです。

そのような問題に対処すべく登場するのが、百均の造花です。
百均の花には、いろいろな種類があり、色とりどりで好きなものをそろえることができます。本物の花だと、一番長持ちするのが菊ですが、他の花では好きなものがあっても長持ちしないので、選びようがありません。また、本物だと故人が好きだった花でも、とても高価なものもあり、手が出ません。
しかし、造花の場合は、どれも長持ちするし、値段も百均で買えば、全部100円で済みます。
造花も、数カ月経つと日に焼けたり風雨にさらされて色あせてきますので、次の墓参りに行ったときに新しいものに替えます。百均だと安いので抵抗がないです。

ただ、墓に供えるものが造花ばかりだと、やはり新鮮さに欠け、心がこもっていない感じがします。静岡県では、墓には花とともに「しきび」を供えます。しきび(「しきみ」ともいう)は、常緑樹で緑の艶のある葉が、とても長持ちする植物です。
水さえあれば、ずっと生きています。そして、しきびだけなら、水も腐らないのです。
そのため、この緑の葉の「しきび」と一緒に、百均の造花を数本さしますと、あたかも本当の生きた花のように見え、長い期間美しさを維持することができます。

東京ではあまり「しきび」が売っているのを見かけませんが、静岡県では「しきび」の産地だからか、生花売り場に必ず売っています。また、庭先に木を植えている家も多いので、そこから枝を切って、墓や仏壇に供えます。

百均の造花が無い時代には、枯れ花を避けるために、あえて「しきび」だけということもありましたが、この頃は造花のおかげで華やかになりました。造花の製法も進化して、まるで本物と見分けがつかないくらいです。
やはり、「百均の造花」と生きている「しきび」の組み合わせが、一番便利なように思います。

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国会と庶民生活

2017-03-26 01:14:45 | 日記2017
実家の母に電話したら、年に1回、骨密度の検査をしているそうで、先日行く予定だったところ、森友学園の籠池理事長の証人喚問を見ていたので、病院に行くのを延期したのだそうだ。

そういえば、私は先日、石原元都知事の豊洲関係の記者会見を見ていて、美術館の解説を聴きに行くのを中止してしまった。

この頃は、政治関係の出来事が、庶民の生活日程を変えるまでになったか・・・。

それから母は,翌日に骨密度検査に病院に行ったそうであるが、患者が多く1時間半待ちだと言われたが、待合室のテレビで国会中継を見ていたので、待つのが苦にならなかったそうである。

もう、国会が毎日の生活の一部になっているようだ。

政治に関心があるのはよいのかもしれないけれど、あっちこっちでいろんな問題が起きていて、庶民の生活に影響を与えているな~と感じるこの頃である。

そこらの娯楽番組よりも試聴率が高そうだ。
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寒い

2017-03-25 23:22:49 | 日記2017
3月も、もう25日。彼岸もとっくに過ぎたのに、まだまだ寒い。

昨日は、ドライブから帰ってきて、それから歩きで近所のスーパーに買い物に行った。
たまたま、身内から電話がかかってきて、話しながら歩いていたのだが、
なんで車で出かけたのに、買い物をしてこないのかといわれた。
確かに、そうなのだが、帰り路にスーパーもなかったし、わざわざ駐車場のある商業施設まで行くのも面倒である。
いったい何のためにクルマを走らせているんだか意味不明。
つまり、本当にクルマを走らせるだけが目的の運転。

そうして、日が暮れた時刻に、歩いて買い物に行くときの寒さといったら、それはもう凍えそうだったのだ。
手袋やマフラーはもういらないと思ったのが間違いだった。

それから、あまりにも疲れたので、お風呂にも入らず寝てしまったのだが、
夜中に起きてしばらくパソコンをいじってまた寝たらこれまたなかなか眠れず、
そして、布団の中が冷たいのである。
明け方になったら、本当に冷気がしみってきたので、エアコンで暖房をつけてからやっと眠れた。

なんでこんなに冷えるのか。
冬よりも寒い気がする。

そして、今夜もまたいつになく冷え込んできた。

明日は雨だって。

ソメイヨシノの桜の花は、まだ咲いているのを見ていない。
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自宅駐車場に置けない

2017-03-25 03:39:18 | 車・運転・道路・駐車場2017
昨日、道路の渋滞を越えて4時間半のドライブを終え、やっと戻ってきたところ、うちの駐車スペースの前に、1台の車が駐車してあった。

駐車スペースの前の道路の対岸に置いてあり、私がいつも車をバックするときに、一旦前に出る位置にかぶっているのだ。

バックの仕方をいつもと違う風にすれば、入れられないわけではなさそうである。

そこで、その車にぶつけないように気をつけながらやってみたのだが、やはりうまくいかない。

駐車スペースを右後ろにして、ハンドルを右に回して下がっていくわけだけど、外輪差で左前が膨らむ。
車を買ってすぐに、この形でバックし、電柱に車の左前方をぶつけてしまったことがあるので、右後ろを注意しつつ左前も注意するが、うまくいかないのであきらめた。

駐車スペースは左右にすでに車が止まっており、間口は210cmである。右隣の車が大きく、前にでぱっているので、うちの車の右お尻を気にしつつ、左前を路上駐車してる車にぶつけないように下がっていくが、私の技量では難関なのだ。

一旦あきらめて、支障のない場所に車を置き、ドライバーが戻ってこないかと待ってみたが姿も見えず、どこの家に入っているかもわからず、そもそも私の車庫入れの腕が悪いのがいけないのかと思うので、クラクションを鳴らしたりするのもためらわれる。
しかたなく、街中のそこらへんの道路を一周回って戻ってきたが、相変わらず、まだその車が停まっている。再び車庫入れにチャレンジすることにした。

駐車スペースに対して斜め前に出て、後ろに下がる。なんか位置が違う。
やはり左前が、路上駐車している車にぶつかりそうである。切り返したらできるだろうと思っていたら、なんと、別の車がやってきた。

後ろに下がれないので、前に戻る。路上駐車している車にぎりぎりである。
下がったのだから、戻れるはずだと思って、なんとか前に戻り、そのまま右に進んで行った。

はあ~~~~~~ つ、つかれた・・・

また、支障のないところに車を停めて、下りた。

もう路上駐車の持ち主が戻るまで待つしかない。

少ししたら、戻ってきた。近くの家に来た業者だったようだ。

相手は謝っていたけど、私が普通の人間だったらあのくらいのスペースで車庫入れができないわけではないのかもしれないので、強いことは言えない。

逆方向から走ってきて左後ろに入れれば入れるのかもしれないが、いつもその方法をしていなので、できない。

あたまから突っ込もうかと思ったけど、それも無理っぽかった。

ああ、とにかく大変だった。駐車場に着いてから車を入れるまでに30分。帰宅は夜の6時半だった。

そんなわけで、昨日は疲れ果てて、早々と寝てしまったので、夜中に目覚めている。
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