山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。

踊る大紐育

2011-06-30 22:36:36 | 読書
今、吉田修一という人の「あの空の下で」という短編集(文庫本)を読んでいる。
気軽に書いた短編がいくつかあるという感じで、さらりと読み飛ばしていってしまう感じのものが多い。今日は「踊る大紐育」という作品までを読んだ。
タイトルの「大紐育」には「ニューヨーク」とふり仮名がふってある。なぜ「大紐育」がニューヨークなんだ?と、にわかには受け入れがたい気分だった。どういう意味かな?と思って、パソコンでいろいろ検索してみたところ、もともと「ニューヨーク」を漢字で書くと「紐育」と表記されるらしいのだ。それは歴史的にそうであるため、「なぜか?」と言う理由づけは発見することができなかった。だいたい、発音からくる当て字である場合が多いと思うが、発音からかけ離れていることも多い。「紐」は音読みにすると「ジュウ」か「チュウ」らしい。「育」は「イク」であるから、「ジューイク」「チューイク」と言う発音が「ニューヨーク」と似ていると言えば似ている。地名では「倫敦」(ロンドン)なども妙な漢字を書くので、そういう部類なのだろう。
で、「大紐育」を検索しはじめて最初に出てきたのはまさしく「踊る大紐育」である。
これはアメリカの昔のミュージカルらしい。もともと「オン・ザ・タウン」というタイトルらしいが、1944年に映画化され、それの日本名のタイトルが「踊る大紐育」となったようだ。内容は、ニューヨークに24時間だけ上陸を許可された水平3人のことを描いたもので、ミュージカルだから歌と踊りでできあがっている。ニューヨークは大きな街だから「踊る大紐育」と和訳されたようだ。

吉田氏の短編では、ニューヨークで1週間を過ごすことになった主人公が、バレーを習っている女性のバレー教室の風景を眺めて暮らしたということで、有名な「踊る大紐育」という題名を拝借した形となっている。
この中に「MoMA」と言う語が出てくる。主人公は持ち金が少なかったため、知らない青年たちとタクシーを相乗りしてニューヨークについたが、到着後に料金を払わないでバックレて立ち去っていた。その青年たちと後になって「MoMA」でばったり出くわしてしまったので、そこでお金を払ったとのこと。
MoMAって何だ?これも検索してみる。「The Museum of Modern Art」の略語。ニューヨーク近代美術館。ふーむ、なるほど。「モマ」と発音するらしい。

いやあ、なかなか短編を読むのも大変ですね。知らないのは私だけか?
最近はとても便利になっているので、You Tubeで「踊る大紐育」がどんなものか見ることができた。1971年と1998年に、復活上映されているようだ。吉田氏は1968年生まれなので、1998年のときに「踊る大紐育」を知ったのかもしれない。




さて、「踊る」と文字を入れてネット検索を始めると候補となる語句が気を利かして出てくる。
「踊る大捜査線」「踊るさんま御殿」が出てきた。考えてみれば、これらはどうして「踊る~」なのかな?

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似せ物の水草を

2011-06-29 20:00:01 | 日記
メダカのホテイソウがダメになってしまったし、生きた水草では白点病の薬を入れた時にまたダメになってしまうので、似せ物の水草を入れることにした。



何日か前までは、似せ物なんてと思って売り場では見向きもしなかったプラスチック製品だが、それを買うことになるとは不思議なものだ。
今夜は夫もいないため、羽根を伸ばすことができるので、仕事から帰るとさっそく車に乗って近所のホームセンターに行った。似せ物の水草はいろんな形のがあり、300円くらいから1000円を超すものまであったが、当然のことながら300円台のものにした。
水槽に入れると、メダカは葉の間を泳ぎまわったりして、なかなか気に入っているようである。ホテイソウの真っ黒な根っこよりよほどよさそうだ。
そういえば、ホテイソウの根は、水になじむとコップ洗いのようにきれいな形にのびのびと広がってきていたのだが、メチレンブルーの影響で傷んでしまったらしく、ベランダの水盤に移したものの、根がボロボロになってちぎれてしまった。葉っぱも大部分茶色くなって、生き返るかどうかわからない。かわいそうなことをしてしまった。



ベランダでは、緑のカーテンが出来る予定なのだが、日よけ効果を奏するまでには、まだまだ期間がかかりそうだ。今年は、ゴーヤとヘチマと朝顔という支離滅裂な組み合わせである。ゴーヤの花は毎日咲いているみたいだが、今日は雄花3個だけだった。昨年はすでに実が大きくなってきていたので、昨年よりも遅い。

最近買ったハイビスカスは、ミックスという雑種であり、黄色とピンクが混じっている。2個ぐらい花が咲き、まだ次々につぼみが膨らんで来るので、そのうち写真を撮ろうと思っていたところ、なぜかそのつぼみたちが、クビからぷっつりと切れて地面に落ちてしまっている。いったいどういうわけなのだろう。
そんなわけで、写真も撮らないまま、花が咲かなくなってしまった。残念だ。

最近、家の中に手を加えていい感じになったところがあり、そこに観葉植物を置いたら、きっととトーマスマックナイトの絵みたいになりそうだと思った。それには丈が高めで横幅がない植物で、育てやすいものがいいから、ゴムかカポックあたりでよいのだが、今日、ホームセンターでみたところ、それらはなく、ちょっといいかなと思ったのが、クワズイモだった。2500円くらいで値段も手ごろだが、鉢に2本植わっていてちょっと幅が広がり過ぎだ。結局買わないできた。今度別の店で探してみよう。

このホームセンターは、あんまり植物の品数が多くない。植物はあきらめて、底石と観葉植物の土とプランターを買った。いろいろ植えかえないとだめなものがある。ウサギのおやつも買った。
最近は毎日、そんなことばかりしている。車で行くのもずいぶん慣れた。

しかし、平日はすごく空いていて、この店つぶれるんじゃないかと思うほどだ。特に、食料品売り場は、夕方なのに人が少なくて、駅のそばのスーパーとは比べ物にならない。それに、値段も高い。例えば、日本ハムのマルゲリータピザは、駅前のスーパーでは250円くらいで売っているが、ここでは350円もするのである。だからお客が少ないんだろうな。
ついでだから、少しは食料も買ってきたけど、食品は敬遠してしまう。
車はいつもすいている屋上に置くが、今日はまたさらにガラガラだった。バックなどする必要もなく、どこにでも置けるが、わざとバックしてみる。しかし、やっぱりずれてしまうので、位置を補正する。困ったことだ。また、ときどき行って練習しよ。




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時空を超えて

2011-06-27 23:16:44 | 日記



どうにも不思議な感覚になってしまう。
昨夜はJINの最終回だった。このドラマは、医学や歴史的な出来事に関することも面白かったけれど、なんといっても、咲さんと仁の愛である。
別の時代に生き、決して結ばれることのない2人であるが、確かに心がつながっている。
なんか、思うだけで、胸が苦しくなってきます。切ないです。

そこで、思い出したのが、最初に張り付けた「ある日どこかで」という映画です。
詳しいストーリーは忘れてしまったのですが、同じような不思議な、そしてなんとも言えない切ない気分になりました。
この映画、もう1回みたいです。音楽も映像もきれいですね。
このyou tube映画の映像の中に、コインが出てきますが、あれは何だったでしょう。そういえば、JINにも平成時代の10円玉が出てきました。
JINはこの映画の影響を受けている部分があるのでしょうか。その他にも、大江戸神仙伝という似た作品があるとのことです。いくつかの作品の影響を受けているのかもしれません。

でも、見応えのあるドラマでした。
何よりも、咲さんの生き方に感動しました。もちろん南方仁が主人公なんでしょうが、綾瀬はるか演じる咲さんのひたむきさには感服です。人はあのように生きなければならないと思います。




あれっ、この音楽の雰囲気もどことなく似ていませんか?


「ある日どこかで」をキーワードにしてブログ検索してみたところ、JIN最終回のことを書いた記事の中にいっぱい出てきた。やっぱりこの映画を思い浮かべた人は多かったようだ。

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無残ホテイソウ

2011-06-27 22:32:10 | 日記
メダカの水槽に入れているホテイソウが、急に茶色くなってきた。どんどん茶色が強くなり枯れて行く様子だ。室内で日光が当たらないからなのかと思っていたが、それにしてもこの衰退ぶりは何なのだろうと不思議だった。
ふと、メダカの白点病とやらを直すという、水槽の水を青くする液体(メチレンブルーというらしい)のことが頭によぎった。メダカの水槽は透明な青い水になっているのだが、メダカのうろこの表面の病気を直す力があるというには、何か病原菌や植物のような生物に対して撃退する力を持っているのかもしれない。とりあえず、水槽から出して、日の当たるベランダに移動した。青い薬は水草などには大丈夫なのかと、夫に聞いて仕事に行った。帰宅すると、夫が金魚売り場に電話をして聞いたところ、やっぱりホテイソウは、メチレンブルーの成分で枯れるという説明だったそうだ。
ホテイソウは、無残にも葉は茶色く枯れ、しかも青く染まってしまった。根もそのせいかどうかわからないが、ちょっと腐ったような変な匂いがした。ベランダで普通の水につけておけば復活するのではないかと思っている。メダカには本物の草は入れられなくなったので、プラスチックの草でも買ってこようか。
白点病は、環境が変わったりしてストレスがあると発病したりするそうだ。花屋で買ったメダカは、プラスチックのコップに入って炎天下に置かれていたので、環境が良かったとは言えないし、どのメダカにしても、環境の変化は身に堪えたかもしれないと思う。幸い白点はよくなってきたのか、ほとんど確認できない。メダカの体は半透明のようで、青い色が付いたからか、水が青いからか、どれも青っぽい色になった。普通のメダカは、もっと黄色だったと思うのだが、何やら鮒のような色になっているみたいだ。
メダカと一緒に、コリドラスを飼ってもいいそうなので、小さなコリドラスでも探してみようかな。
ホテイソウは、ベランダで復活して紫の花を咲かせてくれたらいいなあ。
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龍言飛語

2011-06-27 19:21:30 | 日記
村上龍氏の「龍言飛語」をいつも見ている。対談形式であるが、だいたい村上龍氏が、今話題になっている世の中の出来事について言いたい放題の見解をのべて終わる形だ。聞き役は、通常FM東京の延江浩氏である。最初に話題の提供は延江氏がするが、それ以降はほぼ一方的に村上氏が言いたいことを言って終わるのだ。延江氏は村上の前では「そうですかねえ」「なるほどね」「確かにそうですね」などと当たり障りのない相槌を打っているだけであり、圧倒的に村上が優者である。延江氏は、坊主頭で丸顔の小柄な人で、ちょっとかわいらしく親しみやすい。龍さんはあのとおりである。
そんな2人のやり取りは、いいコンビであるとは思うのでもあるが、延江氏を見ていると、この人もいっぱしの社会人であり、結構な年齢だし、しかも放送局なんかに勤めているのだから、本当はやり手の人ではないのだろうか?といつも思うのだった。意見がないわけないし、いろんなことを知らないわけがないのだ。にもかかわらず、どうして村上氏の前ではあんなふうに無色の無難な人間に徹し、謙虚にふるまっているのだろうか。一方、延江氏がスケジュールの都合ででられない時は、幻冬舎の若い女性が延江氏の代わりを務める。芥川賞の選考に関するときなどもだいたいこの人だ。なかなか聡明そうな人だ。この人の場合、自分の感想や考えを述べ、村上氏はそれに対して丁寧に応対している。その態度は、延江氏に対するよりも、もっと相手を尊重しているように感じる。どうも延江氏に対しては軽く扱っているという印象が強い。親しいからなのかもしれないが、それにしてもちょっと度を過ぎているように思える。

その延江氏の著書である「いつか晴れるかな」という文庫本が出版されたそうである。これは映画の原作なのだそうだ。延江氏も作家であった。
延江浩氏は、以前から何者かと思って、検索したことがある。
1958年生まれ。慶応義塾大学文学部卒。FM東京チーフ・プロデューサー。やっぱりそれなりの人である。まあ、村上龍からしてみると年下であるから、軽い扱いになるのかもしれない。

さて、延江浩氏が作品を出版しているということを知ったのも、龍言飛語で得た情報なのだが、ノブエ君、ノブエ君と村上氏から呼ばれている延江氏の名は「浩」なのだと改めて知ることになった。
そして、思ったこと。最近私が読んだ本の著者は「荻原浩」「有川浩」だが、なんと延江氏も「浩」である。
そんじゃあ、延江浩氏の文庫も読んでみるかな?
龍言飛語では知ることのできない延江氏を知ることができそうだ。
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今日の日記

2011-06-27 00:24:00 | 日記

夫がいたので、いっしょに近所のホームセンターに行った。昨日失敗した埼玉スポーツセンターに行ってみようと思ったのだが、夫がそんな遠いところには行かないというのでそうなった。ホームセンターでは、メダカの水槽のポンプを買った。このあいだ買った水槽セットについていたポンプはブーブーうるさくてしかたがないのだ。そこで、「静音」なるものを買おうとしたら、なんと今使っているのと同じだった。さらにいろいろ探すと「静音 日本製」なる物を見つけた。自宅に帰ってつけてみると、以前のものよりかなり静かだった。
ポンプのほかに、「酸素を出し続ける石」なるものも売っていた。電気を使わないのは良いと思ったが、それではろ過ができないので、やはりポンプにした。
それにしても、次々とお金がかかるもんだ。夫が言うには、メダカの体に斑点がついていて病気だからということで、病気を直すための水が青くなる薬も数日前に夫が用意していた。夫が買ったメダカは結局5匹で、合計8匹となった。いろんな種類を混ぜて買ったというが、相変わらず、自分で何を買ったのかもよく覚えていないらしく、見てもよくわからない。よく見ると微妙にヒメマスみたいな模様のやつもいる。あんまり変わった種類でない方が育てやすいようなのだが・・・。
時によっておいかけまわしたり、逃げたりしているのがいて、居心地良く暮らしているんだかどうだかは疑問だ。とりあえず、餌は良く食べるし、みんな元気にしている。

ホームセンターで買い物をしたあと、駐車場のあるレストランでお昼を食べようと思ったのだが、行ってみると1個目は満車。別の店に行くと、空きは2~3あるものの、かなり狭いスペースで入れるのが難しそうだった。頑張っていれてみようかとは思ったが、人の車にぶつけてしまっては大変だし、夫が無理をしないほうがいいと反対するのでやめた。結局ぐるぐると同じ道路を回ったあげくにレストランには入れず、自宅に戻ってきて、あらためて自転車ででかけようとしたら、自転車の空気が抜けていたので、歩いて駅近くのラーメン屋まで行き、2時頃ようやく昼ご飯にありついた。まったく、何をやっているのだろうか。車があっても結局何にもならないことの繰り返しだ。

ラーメン屋の近くでハイビスカスを買った。帰宅後は急に眠くなって夕方まで寝た。夜はJINの最終回を見た。咲さんがすばらしかった。

そんなことで、1日はあっという間に終了。明日からまた仕事だ。

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八日目の蝉

2011-06-26 09:41:34 | 読書

友人から借りていた「八日目の蝉」を読み終えた。かなり読みごたえのある作品だった。
女の性(さが)というか、母性というか、ずしんとくるものがある。

自分の人生に照らし合わせても、赤ちゃんとは愛らしく大切なものだった。子どもは、その子の置かれた環境の中で、唯一無二の成長のしかたをするしかないものだ。
今になって思うと、その数年はほんの一時のことだった。しかし、その年月は、過ぎ去った後では取り返しのつかないものである。良きにつけ悪しきにつけ、その時に過ごしたその体験のみが記憶となり人生を構成して行く。もっとああしてやればよかったこうしてやればよかったと思う。あの赤ちゃんは、あの幼児はどこに行ったのだろうか?とふと思うことがある。娘たちは大人の女性となって、今も身近に存在している。同じ人間なんだ。でも、あのときのあの子は、あのときにしかいない。いろいろと楽しい思い出もあるけれど、母親としてすべきだったことに後悔もある。そして今も、きっと貴重な娘たちであるけれど、それでもなおざりにしか接することができないこともある。
私自身、18歳以降、実家で暮らすことはなく、親から離れたままになっている。育ててもらった子どものころの良い思い出もたくさんある。時が過ぎてしまったという哀しさは、私が娘たちに持つように、母も2人の娘(姉と私)に持っているだろう。娘から親への気持も同様だ。過ぎたものは貴重だったとわかっていながら、現在のことはなおざりになってしまいがちだ。現在も必ず過去になるというのに・・・。

「八日目の蝉」は讀賣新聞の夕刊、2005年11月から2006年7月まで連載されていた作品だということがわかった。我が家では、20年以上、大部分讀賣新聞を取っているのだが、連載小説を読んだことはほとんどなかった。でも、たしかに「八日目の蝉」というタイトルの文字は見たような記憶がある。こんなに充実した作品だったら読んでおけばよかったと思う。今、連載されているのもなるべく読むことにしよう。

男性作家の中に、自分に合う作家はないかと探していたが、もしかしたら、女性作家がいいんじゃないかと思えてきた。この人の別の作品も読んでみよう。

今月は、これで、3冊小説を読んだぞ。今月はなかなか上出来だ。
「八日目の蝉」を貸してくれた友人に感謝する。
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久々の迷走

2011-06-25 13:30:28 | 運転・車・道路の事
迷走するのはお手のものだと言いたいところですが、好きで迷走しているわけじゃなし、何度迷走しても恐ろしい限りです。

今日は、「埼玉スポーツセンター」というところに行ってみようと思い立ちました。ここは娘が時々行くらしいです。岩盤浴や垢すりなどやってきます。話に聞くと、道は簡単だとのこと、まっすぐいって左に曲がり、また左に曲ればよいのだとか。

地図を見ても確かにそう難しそうではありませんでした。
笹目通りを北に向かって真っすぐ走って行きました。道は東京都から埼玉県へ。練馬区から和光市に入ります。ポイントとなる交差点は「和光陸橋」。ナビの言うとおりに左側道に下ります。ここは五差路になっていて、川越街道と交差。左斜め方向に進みました。そこからは、片側2車線の川越街道(国道254号)をずっとまっすぐです。和光市から朝霞市、新座市と移っていきました。娘は直ぐに着くようなことを言っていましたが、距離は結構あります。といっても、自宅からは18kmくらいでした。スポーツセンターは10時からなので、9時半頃出ようと思っていたのが10時近くの出発となり、ナビの到着予想時刻は11時近いので、これは遅すぎたなと思いました。1時間近く見ておいた方がよさそうです。

国道254号の第一車線を走っていると、第一車線と第二車線が方向別に分かれることに気がつきました。左折だけを繰り返していれば着くと思っていたので、第二車線に変更するという気がなく、そこを直進するためにはいよいよ移らなければならないらしいと思った時には、第二車線に車がいっぱい。直後に接近している車が行き過ぎてから移ろうと考えていると、道が急に車線変更禁止のピンクがかったオレンジのような太いラインになってしまいました。うわっ、出来ないよ。カーブもあったので、きっとカーブが終われば変更できると思ったものの、結局もはや車線変更禁止。でもそのレーンは直進もできるようになっているため、左折をせずに進んでみました。すると、その先は直進不可で、ぐるりと円を描いて左に曲がっていき、とんでもない方向へ。やっぱり直進はできないんだ・・・。
こうなってしまうと、もはや自分はどこを向いているのかも不明。ナビは軌道修正しようと色々案内してくれるので、ちょっと従ってみたりしたけど、変な細い道を走りまわっていて、わけがわからないので、「自宅に帰る」にしてしまいました。すると、またさらに変な道をあっちこっち曲がりながら走ることになり、結局のところ、やっと川越街道に戻り、池袋の方向に走って、また和光陸橋の交差点を曲がり、笹目通りに帰ってきました。ふう~~~~。

娘が簡単だと言う「スポーツセンター」には結局着けず、情けない・・・。2時間くらいただただ走ってきました。でもたぶん迷走区間を入れても40kmくらいかと思います。
ただいま、全走行距離4620kmです。

ところで、ミスをやらかした道ですが、自宅に戻って地図を見ると、「英インター」と書いてある。「えいインター?」なんで「英」なんだろう・・・。
ネットでしらべてみると「はなぶさ」と読むらしいです。「浦和所沢バイパス」というのと交差しているのですね。英インター以北は川越街道は狭くなっているらしい。だから、2車線のうちの1つが左折レーンになってしまったのか。
ちゃんと直進レーンを走っていけば、スポーツセンターに着いたんだけどな。距離としてはもう少しだったと思う。しかし、我が家には埼玉県の詳細な道路地図がないため、英インターあたりは、東京都の道路地図にはくわしく載っていない。やっぱり埼玉県の地図を買う必要がある。ナビは時々、走行車線を確認してください、というが、ここでは言わなかった。しかし、確かにナビの画面には左折レーンと直進レーンだけが表示されていた。
やっぱり、車線変更をしそびれた自分がトロイという以外に、なんら原因はない。
ま、次回は間違えないだろうよ。

とりあえず。川越街道を走ってみたかったので、それはそれでよかった。この道路は頻繁に追突注意の表示が出ていた。坂やカーブも適度にあった。今日は土曜日なので、相変わらずパネルバンなどの運送車が多く、前後隣等に囲まれるとちょっと威圧感があった。あんまりいい気分で走れる雰囲気の道路ではなかった。
午後から雨が降るというので、午前中に行って来られたから、まあよし。
今日は、だんだん涼しくなるようだ。午後は自宅でゆっくりする。


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しんちゃんの自転車

2011-06-25 01:19:19 | 日記
「押し入れのちよ」の中の最後の作品。いくつもの短編を読んできて、深夜に自転車に乗って窓から遊びに誘う男の子が、どういう子なのかは、大かた察しがつく。そして予測通り、その子はすでにこの世のものではない。
行き先は、お墓を通り越えて行く「おたま池」、となるとますますそれらしい。しかし、しんちゃんは生きている時と変わらない明るい友だちだった。

この作品を読んで、私は小2の時に亡くなったクラスメートのM君の事を思い出した。
M君は、1年の途中で転校してきたと記憶しているけど、近所に住んでいた。そして、教室の席は私の前か隣だった。以前、このブログに書いたこともあると思うけど、ある日、授業中にアタマが痛いとM君が私に訴えてきた。「先生に言ったほうがいいよ」と私は答えた。そのあと、M君がどうしたかは知らない。翌日の朝には、M君が亡くなったという知らせが自宅に届いた。具合が悪くなって、熱を測ったときには、とても低かったのだそうだ。M君の家に駆けつけた。それはお葬式の時だったかもしれないが、M君は、畳の上の布団に寝ていた。耳のそばの側頭部が紫のように黒ずんでいて、内出血の跡があった。
その日は雨が降っていた。私は、M君の家のそばのその雨の中の情景だけをくっきりと覚えている。

なんで、こんなことを淡々と書いているのだろう。でも、私はあれから40年以上経つのだけれど、M君の存在を覚えている一握りの人間の1人だと思う。
M君には年の近いお兄さんがいた。頭は、朝お兄さんとけんかをしたかふざけたかして、げた箱のところで打ったのだとか?事実は定かではないが、そんな噂をきいたことがある。今になって思うと、私はM君は血友病だったのではないかと思っている。なぜならば、普通は頭をぶつけたくらいで内出血を起こしたりしないと思うからだ。お兄さんは自分のせいだと思って悔やんでいるかもしれないけれど、男の子同士には日常茶飯事の行為だろう。
血友病と言えば、中学のときの同級生の弟さんも、それが原因で亡くなったそうだ。今は薬なども発達してきているのではないだろうか。血友病というのは、遺伝的に男性がなるものらしい。

M君がなくなった後、クラスの机の上には花瓶の花が置かれていた。
私は、足でM君の椅子を下から浮かして動かして「ほらM君がいるよ」とふざけたりした。
子供とはそんなものだ。
私はM君の席の隣だったのか後ろだったのかとここで考えている。足で椅子を動かしたのだから、後ろだったのかな?と思うし、でも、右隣から、アタマが痛いと言われたような気もするのだ。横を向いて足を伸ばしたのだろうか?
机の上の花はいつまであったのか、M君の机はいつまであったのか、まるで覚えていない。

M君は真面目でアタマがよかったと記憶している。小学校の2年生の新学期の写真。階段に整列している。M君は、一番前の列なのに、ロボットのように前へならえをしていた。そんなのひょうきんな子だったかな?そして、それを平気で正式な集合写真に撮っている写真屋ってどういうつもりだったのだろう。この写真を撮った数日後にM君は亡くなってしまった。

死んだ人の霊は、いつまでもそこにただよっているわけではない。小説のしんちゃんも1度きりしか姿を現さなかった。
M君はもうすでに、別の人に生まれ変わって、バリバリ働いているかもしれない。

人間は生まれ変わると信じたい。
JINでは、自分がもう一度生まれてきたいと思うような社会をつくっていきたい、未来はそうでなければならない、というようなことを言っていたっけ。本当にそう思う。

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読書をしなくちゃ

2011-06-24 19:54:02 | 日記
本をたくさん読もう。
いつもそう思っているのですが、私の場合、だいたい月に1冊程度です。
今月はやっと荻原浩の短編集「押し入れのちよ」を読み終えました。あっ、有川浩の「阪急電車」も読んだから、今月は2冊か。でかしたぞ。
この2冊の著者は偶然にも「浩」という名前だったのですね~。
男と女、ヒロシとヒロだけどね。
「浩」といえば、私がペーパードライバー教習で何度かお世話になった先生の名前の中の1文字に「浩」が付いていたと思います。なんていう名前だったのかな?いい先生だったから、フルネームで記憶しておきたいところだけれど、覚えてない。もう一人、静岡県の自動車学校でペーパードライバー教習を受けたことがあるのだけど、そのときの先生もすごくいい先生だった。でも、その先生の名前は名字さえもわからないのだ。
昔、片思いだった相手も「ヒロ」がつく名前で文字は「裕」だった。私は、観葉植物のツタのアイビーに「ヒロ」と名付けて育てていたものだ。
おや、読書とは関係のない内容に・・・。

荻原浩の作品を読んでいたら、なぜか静岡県の自動車教習のことを思い出すのだった。なぜだろうか?そのころ、この人の小説を読み始めていたからなのかもしれない。この人は埼玉県の出身なのだが、何の作品だったかな?静岡弁が出てきたものがあったような気がする。今回の短編の中では「木下闇」の場面が静岡県だ。地名としては「三島」が出てくる。三島まで出る、と言う表現から、三島に近いが、もっと辺鄙なところだと思える。
「いやあ、結構変わったら」、「三島にでるら?」という登場人物のせりふ。
そうだ、この言葉だ。故郷近くの自動車学校の先生も、教習時間中、慣れてきたころにこういう言葉尻が出てきて、すごく懐かしかった。
この「ら」は「結構変わったでしょ」「三島に出るでしょ?」の意味である。
夕飯たべてないから、お腹すいたら? 
いっぱい歩いて疲れたら? 
冷房入れないと暑いら?
というように使うのだ。
まあ、作品の内容とは関係ないのだけど、懐かしさは、ごく個人的な感覚だ。
この短編集、あんまり気味のいい内容ではないものもあったけど、まあ、結構ハラハラしたり、幽霊に親近感をもったりと、それぞれに読書を楽しめたと言える。

荻原浩の他の作品を買おうと思って本屋に行ったが、結局「ぐるりのこと」(梨木香歩)、「あの空の下で」(吉田修一)を買ってきた。この人たちの事は何も知らない。単なる気分で選んだ本だ。
また、いい出会いがありますように。
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あっ!

2011-06-24 01:10:41 | 運転・車・道路の事
6月23日は、生まれて初めて運転免許証を取った日だった。
あれから、早くも2年経過。まだ、5000kmも走ってないけど。
違反はなし、事故もなし。
とりあえず、2年おめでとうだな。

まだ、慣れない道を走る時は、初心者マークを付けて走ってることあり。
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知らない言葉

2011-06-23 23:54:31 | 日記
毎日のように知らない言葉に遭遇する。

☆コール
荻原浩の「押し入れのちよ」の中にある短編の「コール」。コールって何?
トランプ用語らしい。
「コール」=賭け金をそのままにしておくこと。ただし別のプレイヤーが「レイズ」して賭け金があがっていた場合、それと同じ枚数にしなければならない。
説明を読んでも意味不明。作品では何を意味していたかも、ここでは省略いたします。

☆ヤニーズ
ジャニーズじゃなくて? ヤニーズって何? 何かのグループ?
ネットで検索すると、煙草を吸う人たちのことらしい。ヤニとは煙草のヤニのことなのですね。ヤニ達=喫煙者か。

☆らいかい機
すりつぶし機 漢字では「擂潰機」と書く。

☆チクソ性
液体でその成分中に凝集性の成分を有する物に起こる現象で、繰り返し攪拌を行うとその凝集成分が破壊され流動性を示すが、攪拌を中止すると再び非流動状態を回復する性質。

チクソトロピー(チキソトロピーともいう)
かき混ぜると粘度が下がり、かき混ぜるのをやめると粘度が高くなる現象。
例えば、ペンキは,薄めなくてもかき混ぜるとなめらかになって塗りやすくなり、塗ったものは固くなるようです。

ところで、あまりにも変化のない毎日。何の進歩もない自分。
知らない言葉に遭遇し、調べるくらいが微々たる進歩か。
英単語は全然覚えられないけれど、日本語の語彙はわずかに増える?

今週もあと1日だ、頑張ろう。
かなり疲れ気味
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NHKでありか?

2011-06-23 21:39:04 | 日記
地震があって後、テレビのニュースを見るようになってから、気になっていたことなのだが、NHKの女性アナウンサーの夜のニュースを読むアクセントが微妙におかしいのである。
NHKといえば、発音やアクセント・イントネーションには厳しく、完璧な日本語を話すと思っていたのだが、それは昔のことなのだろうか?
該当のアナウンサーは、顔はなかなか美人で発音も悪くはない。しかし、アクセントがおかしい。しかも、むしろ完全に方言だったら気持ち悪くないのだが、90%矯正して、残りの10%が強制され切っていないところが、ものすごく気持ち悪い。着地が不安定というのか、本当に何と申し上げてよいのか・・・、アクセントの高低が微妙な高さで経緯するのである。その言葉は、方言でも標準語でもありえない変な高さなのである。
その微妙な気持ち悪さに気を取られて、ニュースの内容に集中できず、なんかストレスがたまって来る。地震のあとは男性アナウンサーの声が枯れたりして、この女性のほうがいっぱい読んでいたこともあったようだが、気のせいか一緒に出演している男性アナウンサーのアクセントまでがおかしいような時さえあった。あれえ、私の耳がおかしいのかな?
この女性アナウンサー、出身はどこなんだと思ったら、静岡県らしい。だったら私も同じだが、静岡のどこなんだか、全く妙なアクセントである。
具体例をあげないと説得力がないわけであるが、例えば今日のニュースでは、「イバラキケンノ(茨城県の)」が「低高高高低低低」となるところ、「低高高高高中低」のようになっていた。
顔は美人でなくてもいいから、ちゃんと安定したアクセントでニュースを読める人を採用してもらいたいものだ。

民間ではくだらないものしかやってないから、NHKを出すんだけど、なんか聞いていて気持ちが悪くて結局テレビを見るのはやめてしまった。
最近は、テレビ離れだ。日曜日のJINくらいしか見てないね。
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肥満度とは

2011-06-22 23:12:52 | 日記
このあいだの健康診断で、肥満度が2.2も増えていたと思い、ショックだったのだが、そもそも肥満度とはどういうものか、確認してみた。
肥満度の計算の仕方は、
100×(実質体重-標準体重)÷標準体重  だそうだ。

標準体重(kg)は、身長(m)の2乗×22 だそうだ。

肥満度は%であるので、2.2増えたというのは、2.2%増えたということである。
2.2%ならば、100%から考えたら大したことではないのかと思えるが、そもそも肥満度が100%と言えば、たとえば仮に身長160cmの人だったら113kgくらいの体重になるようだ。

肥満度が40%を超えると、高度の肥満であり、20%を超えると肥満だそうだ。
それで計算してみると、身長160cmの場合、78.8kg以上であれば高度の肥満。68kg以上であれば肥満。
-10%未満は痩せすぎ。-10~+10%が正常なのだそうだ。
となると、50kg~62kgくらいが正常のようである。
(おお、久しぶりに小学生の算数の計算をしてみたぞ。アタマの体操になった。計算合ってるかどうかは不明。)

というわけで、重要なのは2.2%増えたか減ったかではなく、肥満度が正常の範囲内かどうかであるのだ。

ところで、健康診断結果をみると、BMIという数値が載っている。
体重指数というもので、
BMI=体重÷身長÷身長 だそうだ。
その結果、17.6以下が痩せすぎ。19.8以下がやせ気味。
22が理想。24.1以上が過体重。26.4以上肥満。だそうである。

で、私の場合、とりあえずは肥満度・BMIとも正常の範囲内ではある。しかし、ここ数年、肥満度が毎年1~2%くらいずつ増えてきているし、BMIも理想の22より多い。やっぱり要注意だ。このまま増え続けて行くとそのうち太り過ぎの部類に入ってしまうから、やっぱりダイエットしなくちゃいけない。

細いほうが涼しいような気がするしね。

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暑かった

2011-06-22 22:04:30 | 日記
夜になった今も暑いんだけど、さすがに昼間は暑くてついに会社も冷房を入れた。でも、弱めに入れてるからやっぱり暑い。暑さと眠けで気が狂いそうになった。2時ころまで普段の仕事がなく、際限のない資料をまとめる単調な仕事だったので、もういいかげん、早退でもしようかと思ったほどだ。眠気を払うために、たまたまバッグに入っていたヨーグルトキャラメルをなめたりしてみたが、体重が増えるばかりである。ますますお尻や太腿に重力がかかり、暑さが増すばかりだった。

帰りにメダカを買った花屋に寄った。同じメダカ3匹の入ったカップが売っていたが、100円近く値段が上がっていたので、やめた。白メダカならいいけど、普通のメダカでは損である。帰宅すると、なんと仕事が休みだった夫が、いろんな種類のメダカを買ってきて、すでに水槽に同居させていた。全部で10匹になったらしいが、もう何が新参者か古いのか、どれが何メダカなのかもわからなくなった。メダカはみんなすごい勢いでてんでの方向に泳ぎ回っていて、目で追うことも疲れてしまい、わけもわからない状況だ。

今日は、テレビも面白くないから、また荻原浩の短編を読んだけど、「老猫」はちょっと気持ち悪かった。
荻原浩の本って、何がきっかけで読み始めたのか思い出したら、「あの日にドライブ」という題名で最初の1冊を選んだことを思い出した。車の免許を取らなかったら、きっとこの作家に出会うこともなかったんだろう。今となっては、あの自動車学校に通っていたころが懐かしい。今は何事にも一生懸命になれない自分があるばかりだ。

仕事もそうで、適当にやっているし、最近は、会社の行事にも極力参加しないようにしている。積極的にやろうとしたところで、何の結果も得られない。パートタイマーはパートタイマーらしく、控えめに存在しているのが無難だということが、5年も働いて、今さらになってわかって来た。正社員とは何もかも次元が違うんだ。これ以上の発展はない。

新しい人との出会いや、新しい物事との出会いがほしいこところだけど、今の自分の生き方からは、何も生まれないことはわかっている。自分で何か新しい事に挑戦しなくちゃいけないわけ。なんとなく行き詰まり。
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