マレーシア機撃墜の真相は? 前に田中宇さんの説を紹介しましたが、本日は北野幸伯さんの解説を転載します。
「ロシア・中国で流れるマレーシア機撃墜『ウクライナ軍』説」
PRESIDENT Online 8月12日 北野幸伯
http://president.jp/articles/-/13198
○ウクライナ軍によるプーチン暗殺未遂?
マレーシア航空機が7月17日、ウクライナ東部ドネツクで撃墜された事件。日本では、ウクライナからの独立を目指し、ロシアの支援を受ける親ロシア派による誤爆というのが定説だ。
しかし、世界的な定説かというと、実はそうでもない。ロシアでは、ほぼ全国民が親ロシア派がやったとは思っていない。何と、欧米寄りのウクライナ軍がやった! というのだ。
「ウクライナ軍説」は、7月22日付毎日新聞にも掲載されている。
<ロシア国防省は21日、マレーシア航空機撃墜事件について会見し、スホイ25攻撃機とみられるウクライナ空軍機が撃墜当時、マレーシア機に3~5キロまで接近して飛行していたと発表した>
<またウクライナ軍が当日に東部ドネツク州で地対空ミサイルシステムを稼働していたとも指摘。断定は避けつつも、撃墜にウクライナ軍が関与しているとの見方を示した>
中国でもそうした報道が見られる。7月18日付新華ニュースは、ロシア国営メディア「ロシア・トゥデイ」の報道を引用して、こんな記事を掲載している。
<撃墜されたマレーシア航空機がプーチン大統領専用機と同じ航空路を飛行 プーチン大統領が襲撃目標か>
<(消息筋は)「マレーシア航空機はモスクワ現地時間午後3時44分に、プーチン大統領専用機は午後4時21分にそこを通った」と語り、「2機の外観、カラーなどがほとんど同じで、2機の区分けをするのは難しい」と付け加えた>
要するに、「ウクライナ軍によるプーチン暗殺未遂だ!」というのだ。
日本人にはトンデモ話に聞こえるが、中ロの示す根拠は3つある。
○誰が得し、誰が損したのか?
第一に、なぜウクライナ政府は、戦闘地域への民間機の飛行を許可していたのか、だ。
ドネツクでは、親ロシア派がしばしばウクライナ軍の軍用機を撃墜していた。なのにウクライナ政府は、マレーシア航空機や他の民間機がこの地域を飛ぶことを許可していた。これは、いずれ親ロシア派が民間機を誤爆することを期待していたからではないか? というわけだ。
この場合、撃墜したのは親ロシア派だが、そこに誘導したのがウクライナ政府ということになる。ロシアではもっと進んで、「親ロシア派の犯行に見せかけるためにウクライナ軍が撃墜した」と報道されている。
次に、誰が得をしたのか? だ。これは最もわかりやすい“真犯人捜し”だが、今回のそれは米国とウクライナだといえる。米国はロシアの孤立化に成功し、ウクライナは親ロシア派を「民間人を殺す悪の権化」にすることができた。無論、損をしたのは親ロシア派と、ますます世界で孤立したロシアである。
三番目に、強力な証拠が出てこないことだ。オバマ大統領は、事件が起きると即座に、「親ロシア派がやった『強力な証拠』がある!」と宣言した。しかし、いまだに万民が納得できる「強力な」証拠は公開されていない。ロシア国防省は逆に、「証拠があるのなら出してみろ!」と米国側に噛みついている。
ちなみに筆者は、親ロシア派誤爆説を支持しているが、これらの根拠への答えはない。いずれにせよ、国際調査委員会の報告が待たれる。
それにしても、同じ事件なのになぜ、地域によってこうも違う報道がなされるのか。
日本人の大半は、マスコミはおおむね事実を報道すると信じているが、実は、そうではない。政治的意図は少なくない頻度で事実より優先される。今回の場合、米国の政治的意図は、「クリミアを併合し、米国に逆らうプーチン・ロシアを国際社会で孤立させること」。たとえウクライナ軍が撃墜したとしても、ロシアがやった! と主張する可能性が高い。
ロシアの政治的意図は、逆に「孤立を防ぐこと」。だから、親ロシア派が撃墜したとしてもウクライナ軍がやった! と主張する可能性が強い。中国はロシアの原油・天然ガスと最新兵器を必要としているから、とりあえずロシアを支持する。
外国から流されてくる情報は、いつも真実とは限らない。各国政府の意向に沿った政治的プロパガンダの場合もあるのだ。
参考1 プーチン大統領の支持率が87%に達しています。民間世論調査機関「レバダ・センター」が8月1日〜4日に実施。ロシア国民の結束は強固です。毎日新聞(8月12日)が報じました。
またマレーシア機撃墜の責任がだれにあるかとの設問(複数回答可)では、50%がウクライナ指導部、45%がウクライナ軍、20%が米国と答え、親ロシア派武装集団は2%だった。国際社会では親露派の犯行説が有力視されているが、ロシア国内の見解は大きく異なっている。
http://mainichi.jp/select/news/20140812k0000e030181000c.html
参考2 ロイターが配信した本日の記事のタイトル「ロシアがウクライナ東部に人道支援部隊派遣の意向 赤十字と連携」。いくらか紛争は収まるかと思いましたが、西側はロシアの進出を非常に警戒している。
同記事によると「ウクライナ軍のリセンコ報道官はこの日の記者会見で、ロシアがウクライナとの国境沿いに4万5000人の兵力を集結させていることを明らかにした。同報道官によると、戦車160両、装甲車1360両、ミサイルシステム390機のほか、最大150機のミサイル発射台、192機の戦闘機、137機の攻撃ヘリコプターが配備されている。」
http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPL4N0QH58Y20140811
参考3 「プーチン大統領に選択肢少なく」豊島逸夫(2014年8月12日 日本経済新聞 電子版)
ウクライナ情勢が緊迫化している。ロシア軍侵攻の可能性も視野に入ってきたとみている。
昨日の本欄でも指摘したが、同政府軍はドネツクに接近しつつある。天王山の戦いともいえる「ドネツク決戦」が臨戦態勢に入っているとみている。人口100万を超えるウクライナ東部の中心都市ドネツクは、食糧・武器等補給のルートを絶たれている。とくによりロシア国境に近い都市ルガンスクとドネツクを結ぶ道路が、ウクライナ政府軍により遮断されたことで、親ロ派への武器供給が止まった。ウクライナ政府軍はドネツクとルガンスク市民に「避難勧告」を出した。並行して、国際赤十字による救援部隊派遣が、ウクライナ政府、欧州連合(EU),そしてロシア参加の条件で進行中。
「人道的見地からのロシア系ウクライナ市民への救済」というプーチン・ロシア大統領の画策がどこまで続くのかは全くの未知数。すでに北大西洋条約機構(NATO)発表で2万人、ウクライナ政府発表で4万5千人のロシア軍がウクライナ国境付近に集結との報道が流れ、NATOは「ロシアの軍事介入の可能性高まる」との認識を示している。
ドネツク支配を巡る戦いでウクライナ政府軍の優勢が決定的となれば、ロシア軍による「人道的見地からのロシア系住民救済作戦」の可能性が強まるだろう。仮にドネツクがウクライナ政府軍により奪還される事態になり、ロシア側がただ傍観すれば、プーチン大統領の体面にかかわるからだ。
ここで事態を収束する役割を果たすことができる人物は、メルケル独首相をおいて考えられない。しかし、独ロ関係も変質しつつある。伝統的に密接な経済関係を維持してきた両国だが、ここにきて、メルケル首相は、EUによる対ロ制裁に協調・参加した。これはプーチン大統領にとっては誤算だったであろう。メルケル首相のロシア離れの背景には、マレーシア航空機撃墜を機に独国民の反ロ感情の高まりが世論調査で顕在化している事実がある。
ますます孤立するプーチン大統領に残された手段は極めて限られる。そこで注目されるのがオバマ米大統領の反応だ。昨日のウクライナ大統領との電話対談では、「ロシア軍侵攻はUnacceptable(受け入れがたい)」との強い表現を使っている。
とはいえ、かつての米ソ冷戦復活の可能性は極めて薄い。かつて「有事の金」といわれた金相場はベルリンの壁崩壊とともに、単なる投機的売買の対象にすぎなくなったが、「ウクライナ情勢」の緊迫化にもかかわらず、その位置づけに変化の兆しはない。
<2014年8月13日>
「ロシア・中国で流れるマレーシア機撃墜『ウクライナ軍』説」
PRESIDENT Online 8月12日 北野幸伯
http://president.jp/articles/-/13198
○ウクライナ軍によるプーチン暗殺未遂?
マレーシア航空機が7月17日、ウクライナ東部ドネツクで撃墜された事件。日本では、ウクライナからの独立を目指し、ロシアの支援を受ける親ロシア派による誤爆というのが定説だ。
しかし、世界的な定説かというと、実はそうでもない。ロシアでは、ほぼ全国民が親ロシア派がやったとは思っていない。何と、欧米寄りのウクライナ軍がやった! というのだ。
「ウクライナ軍説」は、7月22日付毎日新聞にも掲載されている。
<ロシア国防省は21日、マレーシア航空機撃墜事件について会見し、スホイ25攻撃機とみられるウクライナ空軍機が撃墜当時、マレーシア機に3~5キロまで接近して飛行していたと発表した>
<またウクライナ軍が当日に東部ドネツク州で地対空ミサイルシステムを稼働していたとも指摘。断定は避けつつも、撃墜にウクライナ軍が関与しているとの見方を示した>
中国でもそうした報道が見られる。7月18日付新華ニュースは、ロシア国営メディア「ロシア・トゥデイ」の報道を引用して、こんな記事を掲載している。
<撃墜されたマレーシア航空機がプーチン大統領専用機と同じ航空路を飛行 プーチン大統領が襲撃目標か>
<(消息筋は)「マレーシア航空機はモスクワ現地時間午後3時44分に、プーチン大統領専用機は午後4時21分にそこを通った」と語り、「2機の外観、カラーなどがほとんど同じで、2機の区分けをするのは難しい」と付け加えた>
要するに、「ウクライナ軍によるプーチン暗殺未遂だ!」というのだ。
日本人にはトンデモ話に聞こえるが、中ロの示す根拠は3つある。
○誰が得し、誰が損したのか?
第一に、なぜウクライナ政府は、戦闘地域への民間機の飛行を許可していたのか、だ。
ドネツクでは、親ロシア派がしばしばウクライナ軍の軍用機を撃墜していた。なのにウクライナ政府は、マレーシア航空機や他の民間機がこの地域を飛ぶことを許可していた。これは、いずれ親ロシア派が民間機を誤爆することを期待していたからではないか? というわけだ。
この場合、撃墜したのは親ロシア派だが、そこに誘導したのがウクライナ政府ということになる。ロシアではもっと進んで、「親ロシア派の犯行に見せかけるためにウクライナ軍が撃墜した」と報道されている。
次に、誰が得をしたのか? だ。これは最もわかりやすい“真犯人捜し”だが、今回のそれは米国とウクライナだといえる。米国はロシアの孤立化に成功し、ウクライナは親ロシア派を「民間人を殺す悪の権化」にすることができた。無論、損をしたのは親ロシア派と、ますます世界で孤立したロシアである。
三番目に、強力な証拠が出てこないことだ。オバマ大統領は、事件が起きると即座に、「親ロシア派がやった『強力な証拠』がある!」と宣言した。しかし、いまだに万民が納得できる「強力な」証拠は公開されていない。ロシア国防省は逆に、「証拠があるのなら出してみろ!」と米国側に噛みついている。
ちなみに筆者は、親ロシア派誤爆説を支持しているが、これらの根拠への答えはない。いずれにせよ、国際調査委員会の報告が待たれる。
それにしても、同じ事件なのになぜ、地域によってこうも違う報道がなされるのか。
日本人の大半は、マスコミはおおむね事実を報道すると信じているが、実は、そうではない。政治的意図は少なくない頻度で事実より優先される。今回の場合、米国の政治的意図は、「クリミアを併合し、米国に逆らうプーチン・ロシアを国際社会で孤立させること」。たとえウクライナ軍が撃墜したとしても、ロシアがやった! と主張する可能性が高い。
ロシアの政治的意図は、逆に「孤立を防ぐこと」。だから、親ロシア派が撃墜したとしてもウクライナ軍がやった! と主張する可能性が強い。中国はロシアの原油・天然ガスと最新兵器を必要としているから、とりあえずロシアを支持する。
外国から流されてくる情報は、いつも真実とは限らない。各国政府の意向に沿った政治的プロパガンダの場合もあるのだ。
参考1 プーチン大統領の支持率が87%に達しています。民間世論調査機関「レバダ・センター」が8月1日〜4日に実施。ロシア国民の結束は強固です。毎日新聞(8月12日)が報じました。
またマレーシア機撃墜の責任がだれにあるかとの設問(複数回答可)では、50%がウクライナ指導部、45%がウクライナ軍、20%が米国と答え、親ロシア派武装集団は2%だった。国際社会では親露派の犯行説が有力視されているが、ロシア国内の見解は大きく異なっている。
http://mainichi.jp/select/news/20140812k0000e030181000c.html
参考2 ロイターが配信した本日の記事のタイトル「ロシアがウクライナ東部に人道支援部隊派遣の意向 赤十字と連携」。いくらか紛争は収まるかと思いましたが、西側はロシアの進出を非常に警戒している。
同記事によると「ウクライナ軍のリセンコ報道官はこの日の記者会見で、ロシアがウクライナとの国境沿いに4万5000人の兵力を集結させていることを明らかにした。同報道官によると、戦車160両、装甲車1360両、ミサイルシステム390機のほか、最大150機のミサイル発射台、192機の戦闘機、137機の攻撃ヘリコプターが配備されている。」
http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPL4N0QH58Y20140811
参考3 「プーチン大統領に選択肢少なく」豊島逸夫(2014年8月12日 日本経済新聞 電子版)
ウクライナ情勢が緊迫化している。ロシア軍侵攻の可能性も視野に入ってきたとみている。
昨日の本欄でも指摘したが、同政府軍はドネツクに接近しつつある。天王山の戦いともいえる「ドネツク決戦」が臨戦態勢に入っているとみている。人口100万を超えるウクライナ東部の中心都市ドネツクは、食糧・武器等補給のルートを絶たれている。とくによりロシア国境に近い都市ルガンスクとドネツクを結ぶ道路が、ウクライナ政府軍により遮断されたことで、親ロ派への武器供給が止まった。ウクライナ政府軍はドネツクとルガンスク市民に「避難勧告」を出した。並行して、国際赤十字による救援部隊派遣が、ウクライナ政府、欧州連合(EU),そしてロシア参加の条件で進行中。
「人道的見地からのロシア系ウクライナ市民への救済」というプーチン・ロシア大統領の画策がどこまで続くのかは全くの未知数。すでに北大西洋条約機構(NATO)発表で2万人、ウクライナ政府発表で4万5千人のロシア軍がウクライナ国境付近に集結との報道が流れ、NATOは「ロシアの軍事介入の可能性高まる」との認識を示している。
ドネツク支配を巡る戦いでウクライナ政府軍の優勢が決定的となれば、ロシア軍による「人道的見地からのロシア系住民救済作戦」の可能性が強まるだろう。仮にドネツクがウクライナ政府軍により奪還される事態になり、ロシア側がただ傍観すれば、プーチン大統領の体面にかかわるからだ。
ここで事態を収束する役割を果たすことができる人物は、メルケル独首相をおいて考えられない。しかし、独ロ関係も変質しつつある。伝統的に密接な経済関係を維持してきた両国だが、ここにきて、メルケル首相は、EUによる対ロ制裁に協調・参加した。これはプーチン大統領にとっては誤算だったであろう。メルケル首相のロシア離れの背景には、マレーシア航空機撃墜を機に独国民の反ロ感情の高まりが世論調査で顕在化している事実がある。
ますます孤立するプーチン大統領に残された手段は極めて限られる。そこで注目されるのがオバマ米大統領の反応だ。昨日のウクライナ大統領との電話対談では、「ロシア軍侵攻はUnacceptable(受け入れがたい)」との強い表現を使っている。
とはいえ、かつての米ソ冷戦復活の可能性は極めて薄い。かつて「有事の金」といわれた金相場はベルリンの壁崩壊とともに、単なる投機的売買の対象にすぎなくなったが、「ウクライナ情勢」の緊迫化にもかかわらず、その位置づけに変化の兆しはない。
<2014年8月13日>