じじい日記

日々の雑感と戯言を綴っております

晩酌と寝酒?

2016-12-23 19:44:43 | 日記的雑談
私は比較的早寝早起きなので晩飯時の晩酌も普通からしたら相当早い訳です。
今の仕事は定時の午後5時に帰路に着けるんで仕事の日でも午後6時過ぎには缶ビールを手にしています。
これが晩酌な訳でして、その後、午後九時前には布団に潜り込んで翌日仕事の日はそのまま寝ちまう訳であります。
で、本日のように明日は仕事が無く気楽だと思うと寝酒に手を出す訳であります。
と、申しましても若い頃のようにウィスキーをストレートでグビっとやる訳ではなくてほんの少し、舐めるように味わうと申しますか・・・まっ、実際舐めてるんですね。
なので酔う事は有りません。
ですが・・・金融日の夜だけは特別でして少し酔い加減になるまで吞む事も有りまして、そん時は焼酎のお湯割りが主なんですけれども、しかし、それを寝る前に何杯もやっちまうと夜中に厠に起きちまう訳であります。
酒は飲みたいけれども夜中に起きるのは嫌・・・この葛藤と申しますか、起きてるときの酔いを取るか、寝ているときの快眠を取るか・・・悩ましい事であります。
若い頃なら夜中のトイレの心配ナンか無かったんですけれどもねぇ・・・まっ、仕様が無いですね。

と、言う事で今はウィスキー・・・今夜は宮城峡を舐めております・・・美味いです。

まっ、だからナンなんだと申されましても唯それだけの事なんですけれども。

今日の一日、自分としては30年前に戻った感じの一日で有りました。
仕事をしている平日から、休日という仕事に行かない日が巡って来て・・・さて、仕事に行かない日、何もする事が無い・・・この感覚は遠い昔の自分には日常でありました。
若い頃の休みの日、何かをするにも先立つ物が無かった訳です。
趣味は有りましたけど金の掛からないランニングなどは朝のうちに終わっちまう訳でして日中は暇な訳です。
それでやる事と言えば・・・車磨きでありました。
洗車じゃありませんで車磨きであります。
洗った後に細部まで磨く訳であります。

本日は今の車の二度目の洗車&磨きをした次第であります。
今月で購入から四年になる車を自分の手で洗車して磨いたのが二度目であります・・・一度目も今月の初め頃で有りました。
と、言う事は、ずっと機械で洗車するかスタンドで洗ってもらうかしていた訳であります。

で、洗車代が浮いた事から話は転がりまして、労働と賃金、ナンて事に思いが飛んだ訳であります。
そっかぁ~・・・自分がすべき事を誰かにやってもらって対価を支払い、人の事をしてやった人がそれを賃金としてもらう・・・なるほどなぁ、と、労働の本質みたいな事に今更ながらに頷いた訳であります。
中学の社会で習った財とサービスの提供と対価、って奴ですかね?

しかし・・・少し大人になった自分は財もサービスも提供していないのに高収入を得られる仕事が存在する事知っている訳であります。
まっ、簡単に一口で言っちまうと金融なんですけれどもね・・・まっ、資金の調達という側面はソーなんですけれども、私の言う金融は博打の方の金融であります。

まっ、シロートの上っ面だけの思いなんで的外れなんでしょうけれども、昔学校で学んだ目に見えたり手にしたり体感できる財やサービスの提供よりも感覚と申しますか、思惑で動くあの世界の方が身体を粉にして稼ぐよりも儲かる・・・とんでもない世の中になったもんだ、ナンて事を車を磨きながら思った訳であります。

休日には庭の手入れと車磨き・・・昭和の頃、庭付き一戸建てを手に入れるのに汲々とし、それが叶うとローンが重くて休日に遊ぶ金など無い・・・しかも子供にも金が掛かる・・・その結果父ちゃんの休日は庭の手入れと洗車しか無いと言う現実があった訳です。
まっ、今も同じなんでしょうけれどもあの頃は国全体が右肩上がりだったんで失業してローン倒れとかは心配しなくて良かった分精神的には楽でありましたかね?
本日はそれを久しぶりに実感したと言いますか・・・あぁ、やっぱし私は紛れも無く昭和の父ちゃんだったのであるなと実感した次第であります。

オヤジが垣根越しに隣家の庭を覗き込み、隣の車が小さく見えます、と宣ったCMはカローラ1100でありました。
隣の車はサニー1000だったんですかね?

さて・・・もうすぐ九時ですね・・・寝ようかな?

先ほどからYouTubeで昭和の歌を聴いていたんですけれども・・・で、ふと思ったんですが、欧陽菲菲と桂銀淑を足したら朱里エイコになるか?
ナンて事は無いでしょうけれども・・・でも、朱里エイコって良いですね。

と、言う事で 明日の為に峡も寝る、であります。

では 皆様 おやすみなさい、と


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涙ぐんだ 朝

2016-12-23 06:53:52 | 日記的雑談
いや、朝飯を食べながらNHKを見ていたら嬬恋の閉鎖の話題になってまして、そこに南こうせつが出て来た訳です。

嬬恋でこうせつと言えば、拓郎とナニしたアレ、と決まっている訳です。で、当時フォークソングに狂っていてかぐや姫が心の友だった私ですが嬬恋みたいなお祭り的な場所で神田川が唄われる事に違和感など感じ、思い切り嫌った訳です。
まっ、ホントーの本音は、当時の私にとって嬬恋は今のタイやフィリピンよりも遠い国でして行こうとさえ思わなかったと言いますか、行ける気がしなくて悔しいので屁理屈をくっつけて否定してみた・・・そんな所でありましょうか?

で、今朝のテレビでこうせつが嬬恋のあのコンサートを振り返ってアレコレ話していたんですが、まっ、内容的にはドーでも良い、遠い目をしたこうせつが昔語りをしてるなぁ~と、塩鮭と焼き海苔の朝飯を食べながら見聞きしていた訳です。

で、話がこうせつ30代の頃の思い出になりまして、なぜ神田川を封印していたのか?と、なぜ封印が解かれたのかの話になった訳であります。
まっ、天才でも苦悩するのであるな、と言う在り来たりの話なんですけれども、突然画面に若い頃のこうせつが映り神田川が流れた訳であります。
私しゃ画面を見て歌を聴いた途端にどー言う訳か涙腺が緩みまして、そして、曾て無い程の鮮明さで自分の神田川時代がフラッシュバックして来たのでありました。
記憶を引っ張りだした一番の要因はこうせつの衣装で有りました。
今でもこうせつの衣装のセンスは独特だと思いますが、当時自分はフォークを唄うならあの感覚ナンだなと勘違いしていまして、真似ていた訳です。
拓郎も好きだったし、高田わたるも聞いていた・・・でも、ナンダカンだ行ってもやっぱし自分は神田川なんだなぁ~・・・なんてね。

朝も早くから意味不明でナニですけれども・・・懐かしいなぁ、神田川時代。
家出をした高校生が彼女の下宿に転がり込んで石けん箱を持って二人で銭湯へ・・・今にして思えば、青春と呼ぶには早すぎた春で有りました。

朝から寝ぼけていてすんません、と。

コメント (2)
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