じじい日記

日々の雑感と戯言を綴っております

旅のまとめ(蛇足?)後編

2015-05-27 14:44:49 | 四国・九州・沖縄ツーリング

5月19日(火)晴れのち曇り

九州の雨予報を避けて急遽来てしまった沖縄でありましたが、三泊四日・・・自分としては意味深い旅になったと思う所が有りました。
日本であって日本じゃ無いような沖縄・・・まっ、いいでしょう、ナンでアレ、変な日本で有りました、と。
で、今度は沖縄地方の天気が怪しくなって来たんで鹿児島へ戻る事に。
もっと長居をしたかったか? と、言うとそんな事も無く、島全体がリゾートなので独り者は余り楽しくも無い感じ。



朝7時出港のフェリーなんで6時に来てみたらやっと夜明け頃
二度目と言うのは余り燃えない訳で、帰りの船中は寝て過ごした
故に写真の一枚も無く、特別記する事も無い24時間であった


5月20日(水)快晴 今日のメインは開聞岳


鹿児島でフェリーを降り、開聞岳を見に指宿を目指し226号を行く
すると、突然ロケットの頭が見え、アレっ?内之浦ってここ?と混乱
やっぱし内之浦は大隅半島でアッチ側・・・アレは何だったのか?


226号を行くと石油備蓄基地に20万トン級か?巨大タンカーが
そして指宿着・・・フェリー乗り場で時刻を調べると、午後3時、と
未だ九時半では予定外の待ち時間、開聞岳を見て来ても待ち過ぎ
これは当てが外れた、で、鹿児島へ戻り桜島フェリーで渡る事に



指宿往復80キロを無駄に走り鹿児島から桜島フェリーに乗る
これが市民の足として24時間運行のしかも低料金・バイク込み330円



桜島フェリーから沖縄から乗って来た「あけぼの」が見えた


桜島上陸・・・丁度昼飯時、すぐ近くの道の駅へ立ち寄る
桜島は独特な雰囲気の島で異次元世界を感じた・・・殺気?
国道224号を行くと、道の脇には火山灰、そしてシェルターが
戦争になっても、通常兵器なら桜島市民は生き残るか?なんて


国道220号を鹿屋市・志布志市・日南市と抜けて宮崎市へ
日南海岸の所々は良い波が立って、やっぱしサーファーがいた
そっかぁ~ここら辺が昭和中期の新婚旅行のメッカかぁ~と、通過


5月21日(木)晴れ 宮崎から四国の松山へ


いや、走った・・・一目散とはこの事かと言う程良く走った
宮崎を早めに出て大分県の佐賀関を目指し、愛媛県の佐田岬に渡る
そして、道後温泉の真っただ中の裏道の「どうごや」を探すも苦戦
その宿は、道後温泉の風俗街の坂道の上にひっそりと隠れていた


5月22日(金)晴れ 松山から徳島、そして和歌山へ


帰ると決めたら一目散・・・脇目もふらずにひた走る
国道11号から192号に乗り換えて一本道、のはずなのだが不安
国道192号は吉野川と並走するのだが、良い感じであった

徳島市が意外と大きな町でフェリー乗り場に行くのに手こずる
しかし、着いてみれば出港1時間前と余裕でポールポジションに
いや、これを外すと次は3時間後の船になり和歌山着が夜になる



和歌山でこの旅最後の独り宴会・・・良い店でした

5月23日(土)曇り 和歌山から名古屋港まで


早朝の和歌山城では鳩を狙う猫と対面して来た

早朝、宿から近いので和歌山城へ行くも開門前であった
本日は最後の走りの日であり、しかも、名阪地区を行く
大都市のバイパスは小型バイクには辛い走りを要求する

ナビが無いので国道の番号と通過都市を記入した紙片を貼付ける
本来最短で行くなら国道25号なのだが来る時に迷ったので外した

ゆえに、選択したのは遠回りでも分かり易そうに見えた国道165号
しかし、伊勢自動車道の看板が出始めるとややこしくなり少し迷う
自動車道に入れればナンて事も無いのだが、辛いのぅカブッチ!


心配した四日市から先の国道23号は意外にも走り易くホッとする
そして、フェリー乗り場への誘導看板も分かり易くすんなり到着
着いてみれば出港まで3時間待ちと言う間抜けな早着、焦り過ぎた


総仕上げ

まっ、この後フェリーに乗って翌日の午後四時半頃には仙台港に着いて、5時半頃我が家に帰り着き、全行程2750キロの旅は終わった訳であります。

で、走ってみて感じた事は・・・時代が違うな、でありました。
まず、都市部では一般国道が自動車道になっちまって原付二種では入れない憂き目に遭って困惑する事しきり、でありました。

そして、国道の誘導看板も、コッチがバイパスと国道の番号入りで誘っておいて入り口に行くと、無料では有っても自動車道でして原付二種は通る事が出来ない訳であります。

そんなこんなでナビもその手の道へ導くし、精細な道路地図も持たない自分は方角的に見てコッチだなと言う「勘ナビ」を駆使して抜けて行く訳であります・・・が、やっぱし不安だし、迷います。

そして、何よりも・・・俺、もう歳だわ、でありました。
テントと寝袋を背負っていると言うのに、夕方が近づくと、熱いお湯の風呂が欲しい、布団で寝たい、と思い、キャンプ場など眼中に無くなる訳であります。

いや、これがまた格安スマホの気が利いてまして、宿の検索サイトを開くと、GPSの位置機能が作動して近くの安い宿を提示して来る訳であります・・・しかも、そのまま予約可能と。

まっ、それが仇となり宿代がかさんで資金的に思ったよりも早く切迫して帰りも早まったと言うのは否めない訳ですが。

で、フェリーの移動距離がバイクの走行より多い3000キロになる訳でして、今回の旅は、フェリーとフェリーの間をバイクでつないだ感じの、題して「四国・九州フェリーの旅」みたいなもんであったなと思う次第であります。

まっ、16日間、お天気にも割合恵まれまして、110CCのカブッチと還暦のオヤジコンビ、良く走りました、と。






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旅の余話(格安スマホ)

2015-05-26 16:11:51 | 旅と感想
生粋な事を言う訳ですが・・・日本の携帯通信事情は特異と言いますか、異常だと思います。
まっ、経済事情が違うし、電話線が引けない国で、通信環境が突然携帯電話から始まった、なんて言うアジアの国々では、電話機は中古で、シムは何枚か持って電話番号を使い回す・・・もっと貧乏だとシムだけは持っていて、電話したい時には端末を借りて自分のシムを差し込む、なんてのが普通に行われていた訳です。

そう言う国と、固定電話を引いてもらうには、債券と言う担保を入れ、しかも、最盛期には順番待ちと言う、電電公社が天下を取っていた日本とは事情が違って当たり前とも思いますが・・・しかし、今は携帯はNTTドコモですけど、やっぱし、一寸前までは電電公社の体質は隠し持っていたと思う訳です。

日本の携帯の通信料が何故高いのか? 門外漢なんで知る由も有りませぬが、私が知っている東南アジアの国々と比較すると、べらぼうに高い訳です。

しかも、あれこれと制約が面倒臭い。

さて、私はマトモなスマホの端末も回線も持っていない訳です。
スマホの端末の一つは、昨年カンボジアで買ったノキアのウィンドーズフォン・・・日本国内では発信できない無認可の機種であります。
だからかどうか? 格安シムを入れても素直には認識してくれませんし、各社のシムのあれこれにも、電波法違反機種での接続には触れていませぬ・・・まっ、結果としては一寸のアレで繋がるんですけど。

で、もう一つは、中国製で、アマゾンのタイムサービスで9800円で買い求めた、日本国内で使える認定機種であります。
OSはアンドロイド4.4・・・であったと思いますが、詳しく無いので間違っていたらゴメンナサイ。
これに、dtiと言うプロバイダーが出している、ワンコインシム・・・税込み504円のシムを入れている訳であります。

いや、日本国の電波法を気に掛けてノキアの端末を止めたと言うよりも、ウィンドーズフォンと言うシステムが馴染まないと言いますか、元々言語に日本語が無いのにパッチを当てて使うなどする訳で、使い勝手がややこしい訳です。

そこで、巷で噂のスマホナビを使いたい必要に迫られ、中国製アンドロイドOS端末を買った訳であります。

さて、結果から申し述べれば・・・普通に使えるんですけど、高い回線と高級端末の組み合わせを知らないので不満を感じないのか? 多分そう言う事なんでありましょう。

で、電池の持ちなどの事はさて置きまして、スマホナビとしての性能は・・・ワンコインシムの通信能力で殆ど困る事は無く、一日8時間程もヤフーナビに繋ぎ続けて20㎆とか、そんなもんでありました。
まっ、時々地図の読み込みとGPSの連動に時間差があって、アレレレっ?的な事も無くは無いですけれども、道を間違えたときの再検索も意外と素早く、使えない代物ではなかったと思う次第であります。

で、フェリーになど乗って沖に出ている時に電波が入らない事がまま有る訳です。
そんな時、格安シムだから入らないのかと疑い、NTTドコモの正規品のガラケーで試してみますと・・・やっぱし入っていない訳です。
と、言う事は、接続の範囲では格安シムが特別制限を受けている訳でもなく・・・ああ、そう言えば、格安シムには通話機能は無くてデーター通信しか出来ないんですけれども、緊急発信・・・たぶん110番とか119番だと思うんですが、それは出来る旨の表示が出てます・・・試してはいませんが。

序でに言うと・・・モシモシ・ハイハイとやりたい場合は050で通話を提供している会社と契約して、月額基本料金を500円程度支払って、格安シムでも通話は出来ます。
いや、通話料は一昔前の携帯の通話料金並みかと思うんで安くは無いんですが、それでも、いざと言う時に通話が出来ると言うのは心強いと思い、殆ど使わない050も入れている訳ですが。

で、以前、家から出掛ける時にはWiFiを宛にしてAirMacを持ち歩いていた訳です。
ナンと申しましても、お買い物からネットバンキング、ブログの更新からニュースのチェック・・・海外に出ている時には格安航空券の手配にPCは欠かせない・・・ナンて事で、AirMacを持ち歩いていた訳です。

しかし、ノキアのスマホを買い求めてからは出先の国のシムを買い、即座に通信環境が整っちまう快適さを覚えた訳です・・・移動中のバスの中や、飛行場の待ち合いでも暇つぶしにブログが見られると言う快挙!!! 
これは凄いと思いつつ、しかし、何処かに信じ切れない物を感じ、AirMacは外せなかった訳です。

で、この度、宿の予約からフェリーの予約、そしてブログへの書き込みから天気予報の確認と、旅先でPCでしか出来ないと思っていた事を、9800円のスマホとワンコインシムで全てこなしてしまった訳であります。

いや、確かに、キーボードが無いんで作業効率は7割引、ナンて事な訳ですけれども、しかし、バイクでは持てないPCの欠点を補って余ある実用性を発揮した格安スマホと格安シムのコンビ・・・私にとっては革命であります。

まっ、音声認識なんてのが有りますけれども・・・何を言ってもヤフーが開くとか、面白い反応しかしないなどは多分端末固有の冗談で有りましょう・・・笑って済ませられる範疇であります。

さて、私の悪い癖で話が冗長・・・無駄が多いと言うか、無駄話ばかり・・・と、言う事で落ちに行く訳ですが・・・。

ワンコインシムは通信量が制限されていて、一日50㎆で制限が掛かるとか、3日で200㎆で絞られた、など、様々な噂が飛び交っていた訳です。

で、先日、台風をやり過ごすのに温泉の休息所で一日グダグダしつつ、ブログ見たり書いたり、ニュース読んだり宿の検索などして、一日で250㎆の通信をしちまった訳であります。

しかし、ナンの制限も掛からず、普通に繋がり続け、ニュースなどもサクサクと見続けられた訳です。
いや、そう言う事だと高い普通の回線を持つ必要性を感じないんじゃないか?
いやいや、自分は普通の回線の快適さを知らないから、これで十分遅いんですけど、と言われるのかも知れないが・・・ホントに、自分は必要充分な性能だと感じる訳であります。

ドーなんですかねぇ? これだけ使えるとは思っても見なかった、格安スマホとワンコインシムのコンビ・・・殆ど使う事もないガラケー・・・月額2400円程支払って居りますが、これ、要らないかも知れないですね。

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旅のまとめ(蛇足)中編

2015-05-26 13:29:45 | 四国・九州・沖縄ツーリング

5月14日(木)曇り/小雨 熊本から長崎へ


夏目漱石ゆかりの家が有ると言うので行ってみた
あれが漱石が気張ったであろう厠か、と、感慨深いモノが有った


早朝、夏目漱石の家と日本赤十字発祥の地を見学し長崎へ
漱石や日本赤十字に特別な感情は無いが、宿から近かったので



長崎の市電は色が仙台のとそっくりで特別な思いを感じた


噂に違わず長崎にはホントにカステラ屋があった
ちなみに、鹿児島には普通にさつま揚げが売られていた


熊本の街の雰囲気が気に入り長崎から戻り連泊
二泊目、熊本の街の意外な一面を発見し更にお気に入りに
繁華街の一角が見事な風俗外となっているのであった


5月15日(金)本格的に雨 熊本から鹿児島へ

台風6号は上手くやり過ごしたのだがこの日は朝から強い雨で出発時に完全防備の身支度をした。
足下に登山用のスパッツを装着し裾からの巻き込みを防ぎ、美津濃の登山用のカッパを着用。
カッパの下のジャケットも防水なので風圧で沁みても中までは濡れない計算なのだが・・・襟元などからどうしても沁みます。
そして、手には農業用のゴム手袋を装着し、一応万全と思える態勢で出発。

しかし、宿の駐車場が露天であったため、一晩中雨に降り込められスマホヘの充電システムが怪しくなって居り、時々スマホから未不明の警告が出る。
これは・・・過充電とか過電圧とか? まっ、ナンでアレ充電が出来ない以上スマホナビを使い続ける事は出来ない。
この先は伝統的な「勘ナビ」に戻るしか手立ては無かった。

ナビ無しの報いは早速現れ、水俣市から国道3号から268号に乗り換えたまでは良かったのだが、湧水町で県道に乗り換える所を直進してしまいえびの市まで行ってしまった。
小林市と言う身に覚えの無い地名が現れ違和感を感じ、雨の中バイクを止め地図を確認すると、そのまま行けばすぐに宮崎市に出てしまう・・・完璧な間違いだった。

さて、大雑把な地図しか持っていないのでアレだったが、戻るよりは近そうなえびの高原経由の道が見える・・・これ行くしか無いな、と、決め、山道に突入。

いや、手元の時計が示す標高が1000mになる頃には完全に雲の中に入り、気温も下がり最悪の道行きとなった。
途中、火山性ガスの噴気に注意と言う看板など見掛けたが、何分にも雲の中で視界が無いので火山性のガスと言われても判別は不可能だった・・・まっ、そこはかと無い硫化水素臭は感じましたけど。

まっ、そんなこんなでこの度のツーリングの中で一番厳しい走りを強いられたのが本日でありまして、合羽を脱ぐのも面倒なので食堂にも入れず、コンビニの飯を軒下で立ったまま食すと言う稀な経験もした一日でありました。

しかし、鹿児島に着く頃には雨も上がり、乗船1時間前・・・丁度良い頃合いの到着でありました。



鹿児島発沖縄行き全島寄港の定期船「波之上」に乗船
あんまり腹が減ったので自販機のたこ焼きと、沖縄製発泡酒を



フェリー波之上は9000トンの大型船ですが、豪華ではないです
寝床は大部屋雑魚寝で、雰囲気はなんとなく飯場の感じであります


5月16日(土)快晴 フェリーで一泊


日没頃に鹿児島を出港し、夜明け前頃奄美大島の名瀬港に着岸
フィンスタビライザーが効いた9000トンでも東シナ海の海では揺れます



奄美大島の島影としばらく平行に走り、奄美大島の大きさを知った
東シナ海に日が昇り好天のお約束を頂く



走っても走っても海・・・黒潮の色が亜熱帯に変わりました


これは何処でありましたか?徳之島か、沖永良部島か?
港が島の中心である事がなんとなく感じられました



ラーメンは普通に豚骨ですがチャーシューが皮付きなんです
皮付き豚肉を食べるとなると、これはきっぱりと東南アジアですよ



沖縄島、本部港の海ですかね? 亜熱帯色の海であります
鹿児島から那覇まで距離は800キロ程度なのに25時間掛かりました


5月17日(日)快晴 沖縄島一周


日曜日だから海水浴場も結構な人出がありました
珊瑚の砂、ホワイトサンド・・・海に入りたかったけど海パンが無い



辺野古のキャンプシュワブ・ゲート前の基地反対派のテント村?
辺野古に行ってみた感想は・・・辺鄙な所だな、が、偽らざる感想でした
大浦湾は基地の前なので元々観光にも利用されていない様子
人口密度に反してやたらと立派な道路、と、何故ここに?と思う施設群が
余所者から見た印象は・・・潤沢な迷惑料が施されているんだろうな、と
ブルーシート小屋の向いの金網沿いには、わずかな人数の反対派が並ぶ
テレビで見る迫力は何処に?盛り上がって無いじゃん、と思いました



沖縄名物の首里城 入場料を払う程の物か迷って、止め~
沖縄一周は200キロ一寸ですぐ終わり、入道雲が湧いたので宿へ逃げ帰る


5月18日(月)晴れ/曇り 那覇近辺 小さな港探索


適当に走り港の看板を見つけると寄り道


奥武島へ渡る橋の上から飛び込んで遊ぶ子供


中々踏ん切らないので「サッサと飛べぇ~」と気合いを入れた


奥武島の魚屋のショーケース スジアラが9000円ですかぁ~!!


海鮮丼ではなく、鮮海丼・・・430円、激安!!! 劇美味!!!


ふと見つけた知念城跡は首里城と同じ系統の石垣の城跡
いや、歩いてみると中々味わい深い所でして、良い感じでした
で、市か町が再現に乗り出しつつ、資金不足で頓挫か?
そんな感じで中途半端なんですが、それが良い訳です
石垣しか無いのだけれど、屋敷の配置など想像し悦に入る
そっかぁ・・・風向きを良く考えているなぁ、なんて
で、日本に米が伝来した最初の土地の一つだと書かれていた
確かに、ずっと奥まで行くと珊瑚の島には珍しく湧水が


明日へ続く




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旅のまとめ(蛇足?)前編

2015-05-25 16:45:36 | 四国・九州・沖縄ツーリング

平成27年5月8日 9時半頃家を出た・・・いや、家出や出家では無くて、旅立ちでありまして、この段階では、漠然と四国と九州方面へ行くと言う計画で有りました。

5月8日(金)曇り フェリーに乗船 名古屋へ


いつもは2等の大部屋なのに初めてのB寝台!!!
2等より1600円高い8800円であります(バイクは6700円)



日本一のフェリーに選ばれ続ける「いしかり」で仙台港を後に
15762トン 全長199.9m 定期航路のフェリーですが、動くホテルです



還暦のオヤジでも海の夕日は心に沁みます


食べ放題2000円 大生980円 そこそこ美味いです
食事代込みのお得なパックが有る事を知らなくて損しました


5月9日(土)晴れ 名古屋からスタート


翌朝10時30分には名古屋港に接岸です
名古屋と言えば名古屋城?それしか知らないので行ってみた



名古屋城と言えば金の鯱!!! 噂に違わぬ金ピカがいた

この日はツーリングの走り始めで緊張していた。
しかも、名古屋と言う大都会からのスタートである・・・田舎者のオヤジはえも言われぬ重圧にかなりビビっていた。
チンタラ走って名古屋のヤンキーにケツから煽られたらドーしようか? など。

実際には土曜日と言う事も有り、道は空いていて走り易かった。
港から名古屋城も呆気ない程に近く、すぐに辿り着いた。
しかし、何故か名古屋城には左程の感動を覚えず、金の鯱にいたっては・・・ああ、これですか? と言う気持ちであった。

で、名古屋から奈良に向った訳なんだけれども、これが大変でありまして、まっ、ナンと申しましょうか、七転八倒・七転び八起きを実践しつつ走った訳であります。

ナニが大変だったのかと申しますと、アレです・・・スマホナビを使用していた訳なんですが、これが、一般道路優先でセットしましても、無料だと自動車道に入ってしまう訳です。
で、その道には、例えば、三重県の国道25号の伊賀上野の辺りのように、ナンボ探しても自動車道以外の国道25号が見つからずに難儀して変な県道を勘で走り抜けたと言う芸当を余儀なくされたりする訳であります。
ちなみに、私のバイクのカブッチは110CCなんで自動車専用道路に入れませぬ・・・僅かに15CC足りないんですね。
まっ、足りていればナンバーも白ナンバーで税金も高いんですけど。

5月10日(日)晴れ


奈良と言ったら鹿で、鹿と言ったら鹿センベイ!!!
昨夕刻、奈良市内へ辿り着き宿へ倒れ込み、翌早朝から鹿見物へ



歴史の重みを感じつつ、鹿と東大寺の大仏を見物
東大寺の柱の穴をくぐって幸せを得ようとする中国人



史跡が多過ぎて迷ったが、後の道筋を鑑み定番の法隆寺へ
いや、サービスなのか? ゴーン・ゴーンと鐘のが鳴って嬉しかった



奈良から岡山を目指したら大阪の賑やかな街を通った
八尾市?おお、八尾の朝吉の故郷かい? えらい所へ来ちまった、と
そして、なんか聞いた事の有る都市名を認めつつ、そして神戸

いや、神戸は馴染みの深い街でしたが、時がたち過ぎてました
ビルの狭間から須磨の海岸に出て潮風を受け、都会から解放された
国道43号から2号に乗り換え姫路市までひた走り宿へ


5月11日(月)曇り


姫路から国道二号を快調に走り、岡山経由で尾道へ
いや、姫路城に寄りたかったのだが、それでは松山着が夜になる
本日の目的は「しまなみ海道」を通って四国へ入る事なのだ

しまなみ海道の歩行者用道路への入り口は結構分かり難く迷った

原付バイクは歩行者・自転車用の側道を静かに走れ、とされている
先日のNHKで、しまなみ海道が大人気と放送されていたが・・・
しかし、平日と言う事も有りガラ空きで、普通に走れた



左が本線で、右が側道だが、橋脚部が狭く飛ばせはしない
原付とかリヤカー(軽車両)は50円・・・前線通すと500円になる
しまなみ海道は橋に登るまでが急坂で自転車では厳しいか?
徒歩で行ける事になっているが、全部で70キロは気合いが必要か?

愛媛県の今治市を経て松山市へ辿り着いたのは夕暮れ時だった



松山市で台風七号に遭遇・・・やり過ごす為に連泊
この機にコインランドリーで洗濯&温泉休息

スマホで一番近くのコインランドリーを検索したらここだった
粉石鹸の自販機がどうしても信用できずに躊躇したが、OKだった



日中は強風と豪雨であり、温泉でのんびりは正解だった
温泉の帰り道、雨が上がったので市電で宿に戻ってみた


5月13日(水)晴れ 九州の大分へ


松山から原発で名前だけ知っていた伊方経由で佐多岬の三輪町へ
三輪町から大分県の佐賀関行きのフェリーに乗るのに早朝出発した
結果、予定より一つ速いフェリーに乗れる事になり先に余裕ができた


佐賀関で九州・大分県に上陸したが、どこへ行くか迷う
別府方面か?宮崎方面か? いや、中央突破で熊本だろうと、阿蘇山へ

いや、一目見て火山でして、恐れ入りました、登るのはまたにします
で、阿蘇山やら麓の草原の絶景を眺めつつ快調に熊本へ
途中、人生初のホンモノの豚骨ラーメンに感激しつつ3時過ぎ、熊本着



未だ宿に行くには早いので熊本城へ・・・あら?ここにも市電が
良い風情であります・・・仙台市はこれを消しちまったんだよなぁ、と



いや、熊本城の迫力には参りました・・・私の負けです
アレです・・・幕末の動乱期、この地の人方は日本を動かす訳ですから
やっぱし、戦と言いますか、戦い方を知っていたんでありましょうなぁ


明日へ続きます





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旅の余韻

2015-05-25 16:06:59 | 日記的雑談
昨日、午後4時25分にフェリーが仙台港に着岸し、我が家に帰り着いたのが5時25分・・・いつもと変わりなく風呂に入り飯を食い、久しぶりに田舎新聞に目を通し、天下の諸事情は知らぬが、我が家に至っては自分が暫く不在でも何事も無く平穏で有ることで瞬時に日常の波長に乗る。
従って、いくらか拾い集めて来た土産話を広げる場所も無く、旅の余韻などは感じる暇も無いのであります。

朝はいつもと同じ時間に、少し怠いかと思いつつ起き、乾き切っていたカブトムシの小屋に水を撒き、序でに、スイカやイチゴにも水をやると言う自分の決まり仕事から始まった。

半月と少しの間に雑草が伸びていた事と、出掛ける前にはつぼみさえ見ていなかったと思うバラが見事に咲いている事に驚いた。

旅先にメールで知らされていた一大事・・・「メダカ死す」の報告は、やはり思った通りヒメダカダけが全滅し、クロメダカは元気であった。

朝飯を食い、旅のあれこれの後片付けをしなくてはと思いつつも、バイクに乗り続けて凝り固まった身体をほぐしたいと思い、取り敢えずジムに行き、軽く身体をほぐして来た。

午後、昼飯を食ったらバイクを洗おうと思っていたのだが、仙台地方は本日も夏模様の炎天下、日向で作業はしたく無い気分で部屋に散らかしてあった道具類を方付けた。

その時、爪が程良く伸び、切り時である事に気がついた。
そーかぁ、自分にとって程良い旅の期間と言うのはこれであるなと感じた。
出掛けに爪を短く切り揃え、ああ、そろそろ爪を切らなくては、と感じた時が帰り時であるなと思った。

折角出掛けたのだから隈無く廻るべきじゃないか?と言う思いが無くも無かったが、しかし、それを見たからと言って人生や気持ちが変わる歳でもないだろう?と言う醒めた自分もいるのだった。

若い頃と違い自慢げに旅の話をする場も無い自分は、撮り溜めた写真さえハードディスクの重りにしかならないのだから、より遠く、より長く、より沢山の街を通り過ぎても、脳内処理で全てが簡潔なのだ。

それでも、分けも意味も無く行きたくなるのは性だな・・・性分です。

そして、今思っている事は、来月の半ば過ぎ、月末頃には確実に梅雨入りするんだが、そうなったら、梅雨が無いと言われている北海道に行くべきじゃないか? などと考えている。

そして、今回は9800円のスマホと月額500円の格安シムで大概の情報入手が可能であった事を鑑み、連日宿に泊まらずともスマホに電気を送れるようにと、昨夜のうちに予備電源としての電池パックを注文し、既に届いている。

いや、バイクのバッテリーから電気を取る方式は防水対策が難しすぎるので諦めた。
短時間なら耐えうるだろうが一日二日と雨に晒され続ければバイクの走行の風圧に負けて水は染み込むようだ。

さて、明日も天気は良さそうだ。
カブッチを洗ってオイルを替えて・・・リヤのブレーキシューが限界かも知れないんだが、それは次に出掛ける前で良い事にしようと思う。




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