SOS.TV.JAPAN

ひまわりさんの日々の信仰日記と再臨信仰のエッセンスについてご紹介しています

救いは取り消されることがあるのか 第18回

2014年11月06日 | 日記

      

救いは取り消されることがあるのか 第18回

ところで、私たちに与えられたこの選択権に関して、人々は様々な異なる見解を持っています。多くの人は、次のような考えを教えられています。「あなたの不幸な運命を変える重要な選択があります。一度あなたがキリストの救いを受け入れる選択をするなら、あなたは決して再び滅びることはないのです。あなた自身のどんな行為も、その決定を変えることは出来ません。あなたがキリストを個人的な救い主として受け入れるなら、それはあなたの運命に対する最終的な選択です。後にあなたがその決定を変えたとしても、天の命の書から消されることはありません。あなたが今後どんなに大きな反逆をしても、故意に神性を冒瀆(ぼうとく)して罪の生涯を送ったとしても、神様の愛は変わらないのだから、この決定は変わらないのです。あなたが一度キリストの救いを受け入れたなら、それは永遠にあなたの救いを保証するのです」。     

基本的に、このような考えが、「一度救われたら永遠に救われる」という教理を信じている人たちの主張です。それに対して、別のグループの人たちは、「神様はいつでも私たちが、救いか滅びかを自分で選択できるようにされた」と信じています。彼らは、救いとは、キリストとの継続的な個人的関係に基づくもので、故意に不従順の道を選んだり、神様との愛の関係が壊れるなら、その人は真のクリスチャンではなくなり、救いのどんな保証も受けることは出来ないと信じています。

      お約束を果たされた神様 第18回

十字架刑と言うのは、死期が出来るだけ長引くようにされた、世の中で最も残酷な死刑法でした。両手を開いて、ぶら下がっていると、呼吸困難が起きてきます。胸が狭くなるので息がしにくくなるのです。息をするためには足をふんばって、体を持ち上げて胸を広げなければなりません。けれども、足は釘で打ちつけられていますから、何とか力を入れて立とうとしても、長くは立っておれません。すぐ垂れ下がります。そうすると、酸素不足で苦しくなります。この苦痛を和らげさせるために、十字架の罪人たちに麻酔代わりに酒を飲ませていました。

十字架の上で、イエス様は本当に苦しみを味わっておられましたから、酒で痛みを和らげることが必要だったと思います。その時、ローマの兵士が、イエス様に酸い葡萄酒を飲ませようとしましたね。海綿につけて。しかしイエス様は、それが酒だと分かり断られました。今日多くのクリスチャンたちが、何の良心のとがめもなくお酒を飲むのを見て、残念だと思っています。私たちは、イエス様の十字架を見あげる時、決して酒を口にするべきではないと思います。