福音の道しるべ 23
燔祭は自己犠牲と神への献身を象徴するので、それは罪の赦しのためにささげられる犠牲〔いけにえ〕を表す。燔祭をささげるとき、罪人は、神が求められる悔い改めと服従とはどのようなものであるかについて理解した。燔祭をささげるとき、罪人は汚れのないいけにえを連れてきて、そのいけにえの頭に手を置いてすべての罪を告白し、それからその動物を自らの手で殺さねばならなかった。自らの罪の結果をはっきりと目の当たりにすることにより、罪なき神の小羊の死を、体験的に理解することができたのである。
いけにえの子羊の血は、燔祭の祭壇の四隅に降りかけられた。そうすることで、キリストの血には、世界の隅々にまで及んでいる罪を清める力があることを思い起させた。さらに主の血は、私たちを贖うだけでなく、地球そのものを罪の呪いから救い出すのである。ローマ人への手紙8章の19節から21節には、被造物全体が、神のご品性を有する神の子らの出現を待ちわびているとある。つまり、人が罪を犯したために呪われた、地球そのものを含む被造物全体が、創造当初の状態に回復されるのを待っているということである。