平成20年2月10日に、熊大の中にある「五高記念館」に行った。当時のことが少なからず理解できた。
昔は、中学を卒業して(中学が5学年まであり、小学校1クラスから2~3人程しか、進学しなかった)高校に進むわけだが、全国共通試験で、合格数は、今の東大生の1学年の数よりも少なかった(高校とは、今の大学の教養部にあたるのか?)。全寮制で、五番目の校区という意味で、九州で初めて熊本に高校が出来た(その後、九州では、七高や福岡高校や佐賀高校が出来ている)。
中学に進学できない人は、出来る人に、自分の代わりに頑張って進学して日本の為に役に立つ人間になってくれと声援していた。
高校生の数が少ないだけに、ホントのエリートであり、高校に入学しても落第することも多く、厳しかった様である。
五高の数学の問題があったが、英語以外も全て問題が英語でなされている。世界に通用する人間を養成する為に、如何に語学に力を入れていたかが分かる。
佐藤栄作氏も池田勇人氏も、五高出身で、池田勇人氏が太鼓を寄贈していたが、それを見ることなく亡くなられている。
夏目漱石が、五高の10周年記念式典の祝辞で、教育総代として述べた内容に、「・・・夫レ教育ハ建国ノ基礎ニシテ師弟ノ和熟ハ育英ノ大本ナリ・・・」とある。(そうですよね、教育は、教師と生徒の和があってこと、成り立ちます)
第3代目の嘉納治五郎先生が書かれた言葉が、写真にある様に、「順道制勝行不害人 みちにしたがえば かちをせいし ゆいてひとを そこなわず」とある。
Following the natural course leads to good results.
(そうですよね、道に外れるから、摩擦を起こすことになるのです)
又、ハーン教授が(明治27年1月27日に職員を前に)言った次の言葉も、とても含蓄のある内容と思います。
「・・・日本の将来が・・・質素で善良、簡素を愛し無用な贅沢、浪費を憎む心如何にかかっている・・・」。(今も、充分に通じる立派なお言葉だと思います)
http://blog.m3.com/syumi-syounikai/20080212/3
昔は、中学を卒業して(中学が5学年まであり、小学校1クラスから2~3人程しか、進学しなかった)高校に進むわけだが、全国共通試験で、合格数は、今の東大生の1学年の数よりも少なかった(高校とは、今の大学の教養部にあたるのか?)。全寮制で、五番目の校区という意味で、九州で初めて熊本に高校が出来た(その後、九州では、七高や福岡高校や佐賀高校が出来ている)。
中学に進学できない人は、出来る人に、自分の代わりに頑張って進学して日本の為に役に立つ人間になってくれと声援していた。
高校生の数が少ないだけに、ホントのエリートであり、高校に入学しても落第することも多く、厳しかった様である。
五高の数学の問題があったが、英語以外も全て問題が英語でなされている。世界に通用する人間を養成する為に、如何に語学に力を入れていたかが分かる。
佐藤栄作氏も池田勇人氏も、五高出身で、池田勇人氏が太鼓を寄贈していたが、それを見ることなく亡くなられている。
夏目漱石が、五高の10周年記念式典の祝辞で、教育総代として述べた内容に、「・・・夫レ教育ハ建国ノ基礎ニシテ師弟ノ和熟ハ育英ノ大本ナリ・・・」とある。(そうですよね、教育は、教師と生徒の和があってこと、成り立ちます)
第3代目の嘉納治五郎先生が書かれた言葉が、写真にある様に、「順道制勝行不害人 みちにしたがえば かちをせいし ゆいてひとを そこなわず」とある。
Following the natural course leads to good results.
(そうですよね、道に外れるから、摩擦を起こすことになるのです)
又、ハーン教授が(明治27年1月27日に職員を前に)言った次の言葉も、とても含蓄のある内容と思います。
「・・・日本の将来が・・・質素で善良、簡素を愛し無用な贅沢、浪費を憎む心如何にかかっている・・・」。(今も、充分に通じる立派なお言葉だと思います)
http://blog.m3.com/syumi-syounikai/20080212/3