日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

卒業式・・・

2008-03-03 16:03:37 | Weblog
 上天草看護専門学校で、13:30から29期生の卒業式があった。形式的な挨拶と、心を込めた挨拶と極端に別れている感じがしたのは、自分だけだろうか。
 2年生の送辞、3年生の答辞、涙をこらえていた人、多かった。答辞の人の内容は、かなり含蓄のある内容で、多くの人のお陰でここまで来れていること、多くの人に感謝していること、友達は生きる上で最も大切なもの、失敗は大したことではないこと、ムー、知識以外に多くのことをここで学んで来ているなあと思い、頼もしく思えた。
 昨日、福田総理が、イージス艦のことで遺族に侘びていたが、防衛省が逃げ腰で嘘を言いながら言い訳をしているのと対照的に、一漁師の遺族が、「最後まで探すと悲しみがずっと続くから捜索を打ち切って欲しい、国が同じ様な過ちを繰り返さない様に、大臣は辞める必要はない、総理が誠意を示した事に関して感謝している」などと、日本人として立派に答え低ているのを見て、すがすがしさを感じた。
 学歴や職業や地位何て、ホント、人間性と関係ないなあ!!!

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為になるかも知れない本(その291)

2008-03-03 08:55:16 | Weblog
○昭和63年7月12日(火)晴。
 ○代先生に健診をしてもらって、ワコちゃんと大入島のサイクリングに行った。自分はノンストップだがゆっくりした感じで50分で回った。ワコちゃん、疲れて途中から帰りたいと言いだし、困ってしまった。自然に親しむことが一番大切だなあ。
○昭和63年7月14日(木)晴。
 略盆、出来た。自分でもビックリする位、上手になった。自分ほど練習した人も少ないと思う。早く柄杓を使える様になりたいなあ。それが出来れば、どんどん道が広がっていくって感じだ。お茶は、基礎が基礎が大切だ。割り稽古がちゃんと出来ることだ。釜田社中の人達は、家元が来ての指導の時には、基本的なことで注意を受けることは、まずないとのこと。皆、凄いなあ。
○昭和63年7月15日(金)雨。
 今日がボブさんの最後の英会話の日とだった。もう会えないかと思うと何か信じられない感じだ。雨が降っていた。握手をして別れた。又、別の外国の人になるが、慣れていただけに、お名残惜しい。
○昭和63年7月17日(日)晴。
 病院に行ったら、○代先生が診療していたので帰った。それにしても、この病院、断ることなく24時間診れる様になったなんて(夜は、出来れば、20時~21時にと、当初から口伝えに言っていたが)、すごいと思う。自分のしたい医療を○代先生が全面的に協力してくれている。助かる。又、彼は腹部の超音波が得意だ。すい臓をエコーでしっかりと見ている。これを自分もモノにしなくていけない。(○代先生が来てから、エコーを本格的に勉強する様になった)
○昭和63年7月19日(火)晴。
 エコーの勉強で一生懸命で、サイクリングどころでなかった。それにしても、エコーって面白いなあ。○代先生、スゴイなあ。いろんなこともどんどん覚えて行っているって感じだ(現在開業医で、とても忙ししそうだ)。
○昭和63年7月21日(木)晴。
 お茶に行った。先生、とても嬉しそう。自分もお茶が点てられる様になってとても嬉しい。この2日間、練習らしい練習をエコーの勉強でしてこなかったのに、忘れていなかった。お茶をする人は、品があって、謙虚で、礼儀正しいなあ。この盆略、普通は出来るまでに4ヶ月掛かるというのに、何と2ヶ月で終わってしまった。予習の力だと思う。

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