小学生攻略法

このブログも10年目。久しぶりに担任復帰です。

4年生「ごんぎつね」に期待しています

2017-10-15 09:16:27 | 授業中の攻略法
4年生の国語で「ごんぎつね」に入ります。
自分の中では「一つの花」に続き、子どもの心を、そして私の心を揺さぶるかもしれない、価値ある作品との出会いになればいいなと思っています。
そうなるかは、もちろん授業次第です。

私なりに教材研究をして授業に入りましたが、単元全体を通してどう展開するかは、鼻から確立されているものではなく、最初の子どもたちの反応によって柔軟に変えていくべきものだろうと思っています。
だから、私としてある程度の展開の形は描いていても、今回の第1時の子どもたちの反応をまずは見てみようと思っていました。

そして、昨日の第1時。
20分ほどに及ぶ範読を聞かせた後、初発の感想をノートに書かせました。
書くのに、悩んだ、悩んでない、時間がかかった、かかってない、の差はそれぞれにありましたが、クラスの全員が書けていたので、内容を理解できていない、全く関心がないという子はいなかったようで、そこにまず一安心しました。

さて、その中身ですが…
結論を言うと、
「ごんがかわいそう」
これが9割でした。
まあ、予想通りです。
教科書の読み物としては珍しくバッドエンドで終わる(これ自体も色んな見方はあると思いますが)衝撃の結末に、強い印象を受けた子がほとんどのようでした。

しかし一方で
「ごんが悪い」
が、いました。
一人。
その中身をまだ詳しくは聞いていませんが、たった一人でも、この見方をしている子が、いるのといないのでは今後の展開として大違いです。
たった一人のこの小さな声を、どう扱っていくか、どう広げて深めていくか、じっくり考えてみたいと思いますが、これは私にとってすごく楽しい作業です。

そしてもう一つ
「ごんは最期に、安心したんだろう」
というのがいました。
これも一人。
これは私にも驚きの感想でした。
たった一回の読みで、そうとらえる感覚は、なかなか貴重なものを持っていると言えるでしょう。
火縄銃で撃ち殺されて倒れた最期の場面に、「安心」を当てはめるとは…
この声も、必ずや授業の刺激的なスパイスにしてみせようと思います。

第2時以降が楽しみです。

初任先生の意外な悩み「家に帰るのが早くなって不安」

2017-10-11 20:19:00 | 教師の仕事術の攻略法
隣のクラスの初任者先生はいつも一生懸命です。
毎日朝早く学校に来ては、夜遅くまで残って仕事をしているようです。
(そうじゃない私はその姿を見ることはないのてすが)

そんな先生が、こないだふと私に言ってきました。
「先生、私最近変わってきたんですよね…」
「なにが?」
「なんか、帰るのが早くなったんですよ」
「ほぉ」
「やることが済んで、時計を見たら、いつもより…あれっていうぐらい時間が早くて」
「ほぉ」
これはナイスなことです。
仕事が早くできるようになるにこしたことはありません。
「いいことじゃん」
でも先生はこう言います。
「なんか、すごく不安なんですよ」
「なにが?」
「やり忘れてることがあるんじゃないかって。もう少し仕事して帰った方がいいんじゃないかって」
その気持ちも分かりますね。
若手ならなおさらそういうことを思うでしょう。
「他の先生たちもまだ残ってたりするし…」
ズバリ言ってあげました。
「早く帰っていいんだよ。早く帰った方がいいんだよ。」

実は同じ頃、教頭先生に言われました。
「先生、隣の初任者先生が最近帰るのが早くなったよ」
やっぱり教頭先生はこの手のことは気付いているんですね。
「いいよ~この調子でいこうね~」
教頭先生にとっては、職員が早く帰るのは大歓迎です。
(逆に遅い先生は困りものです 笑)
「やっぱり組むペアが違うと変わるんだね~ 先生のおかげだよ」
私が極端に早いので、自然とペアの先生も早くなってるということです。
私が「早く帰りなさい」なんてことは言ったことはありませんが、仕事の仕方については、私なりに「モデル」を示すという意識はあります。
もちろんモデルといっても模範のモデルなんてなれませんが、1つのスタイルとしてのモデルですね。
「こんな仕事の仕方もあるよ」
という意識です。
そのモデルが真似したくなるかどうかは、本人次第でいいわけです。
そのモデルを真似してやってみて、生産性が伴う、自分に合っていると感じたら、自然とそのモデルをさらに追求するようになるものでしょう。
他にもベテランの先生たちはたくさんいて、モデルはたくさんいますから。

「帰るのが早くなった」
というのは、少なからずそれにつながる仕方が変わったということであり、もし私のモデルが採用されているのであれば、私も幸いです。
あと半年、一緒に仕事をして、また変容を見守りたいと思います。

日直さんの声を聞けるクラスと聞けないクラス

2017-10-08 20:50:05 | 学級生活の攻略法
クラスには「日直さん」がいますね。
二人でするクラスが多いかな。
私のクラスもそうでしたが、この2学期からは一人でさせています。

朝の会や帰りの会になると、日直の子が前に立ち、進行をします。
私は、このときのクラスの様子をかなり大事にしています。
時に、日直が前に立ったにも関わらず、おしゃべりをやめないクラスがあります。
日直に注目しないクラスがあります。
日直が立ったことすら気付きもしないクラスがあります。

私はこんなクラスは大嫌いです。

日直の子は、たった一人、大勢の前に立ち、緊張しています。
うまくできるだろうかと、ドキドキしています。
なのに、目の前のみんなが自分に気付いてもくれないなんて…
かわいそうすぎます。
私のクラスでこれまでにも何回かありましたが、こんな状況になったら、私は激怒します。
「なぜ日直の気持ちを分かってあげない」
「きみが日直のとき同じ状況だったらどうする」
「一人の友達の努力を無視するようなクラスは大嫌いだ」

日直の声は絶対に無視しない。
日直にみんなで協力する。
この姿勢をクラスみんなで一貫することは、朝の会や帰りの会のときのみならず、クラスのあらゆる場面に影響があるように思います。
結局は、
「みんながみんなを大事にする」
そんなクラスであろう、ということを貫くことになるように思います。
朝の会、帰りの会は毎日必ず訪れる一場面です。
そこに、学級経営の核となる姿勢を貫こうとすることは、意義があるように感じています。

自分の実感として、やはり帰りの会の方がクラスは騒がしくなりやすいですね。
もう子どもたちも集中力が残ってないって感じで。
でも、そんな状態でも、大事なことは譲れません。

「面白くない授業」に賛成?

2017-10-04 19:58:29 | 授業中の攻略法
教師たる者、子どもたちのために面白い授業をしたいと思うものです。
子どもの意欲を高める題材を扱う授業
活発な意見交換が行われる授業
ICTをうまく活用した授業
グループで協働的に活動する授業
学習の成果を発表し合う授業
ゲーム的な要素を取り入れた授業
ゲストを招いたり校外に出たりする授業
体験的な活動のある授業
などなど。
「どうすればあの子たちが生き生きとできる授業ができるだろうか」
と、いつも授業作りに力を注ぎます。
その成果があって、ねらい通りの面白い授業ができたときは、それは当然うれしいものです。

しかし、こうも思います。
「授業は常に面白くあるべきだろうか」
そして
「面白くない授業だって必要じゃないか」

私が思うのは、学ぶことに「耐性」も必要なんだということです。
子どもたちは自分の手を離れてからも、これから先、長い時間をかけて、色んな環境において、色んな指導者のもとで学び続けていくものです。
その学びのすべてが「面白い」ということはあり得ないでしょう。
ときには全く面白いとは思えないこともあるはずです。
しかし、そこでも全力で学ばなくてはいけない、そんなときはおおいにあるものです。
受験に向けた勉強などはまさしくそんなものでしょう。

だから「自分にとって面白いと思えなければ、やらない」なんてぜい弱な子にしてしまってはいけない、そう思います。
ときに、小学校においてだって、
ひたすら計算問題に取り組む授業
漢字の書き取りを繰り返す授業
丁寧に視写する授業
先生の説教染みた授業
重苦しいと感じる道徳の授業
奉仕作業に汗をかく授業

こんな授業を避けずに行って、その授業においても45分はがんばれる子を育てなければいけないと感じています。
ときに、こういった授業に「ご褒美」をセットにする先生がいます。
「できたらカードにシール」とか「宿題なし」とかなして、なんとかがんばらせようとするやり方です。
確かに、低学年など、発達段階によってはそれが必要なこともあるでしょうが、
やはり将来的にはそんなのだってなしにがんばれる子をめざしたいです。
もちろんバランスをとることは大事です。
こんな授業が連続するようでは子どもたちは疲弊してしまいます。
そこら辺のうまいバランスのとりかたに、教師の腕が試されます。

運動会反省用紙に何と書こうか迷っています

2017-10-02 07:21:21 | 教師の仕事術の攻略法
運動会が終わりました。
途中少しだけ小雨が降りましたが、ほぼ予定通りに実施できました。
私にとってはトータルで15?16?回目ぐらいの運動会。
そしてこの学校では初めての運動会でした。

運動会が終わると、「反省用紙」が配られます。
運動会を通して、各職員が気付いたこと、来年度改善したいことを書いて体育主任に出すわけですが、ここに何と書こうか迷っています。
初めての運動会を経験して、思うところは多々ありました。
私なりの視点から、よさも課題も見えました。
それらを、どれくらい全員が目にするものとして上げるか。

自分が昨年度まで教務主任をしていた立場上、こういう反省の場では、自分から細かいことは出さず、周りが出す細かな意見をできるだけ広い視野から見てさばく、調整するようなスタンスをとっていました。
そういう立場になると、学校にとって「有意義な意見」と「不毛な意見」とを見分けられるようにもなりました。

そして今回、自分も細かな意見を出せる立場になりましたが、自分の立場を超えて、やはり広く考えようとしてしまいます。
「気付いたことでも、ここでは言わない方がよい」
そんなものもあるんです。
学校の伝統
体育主任の努力
運動会に関しては、これらに勝るものはありません。
そして何より私は今年は初心者です。
たった一度経験しただけで、すべてを分かったようにあれこれ言うのもふさわしくないと思います。

ちょっと考えすぎかもしれませんが、そういうわけで反省用紙の記入に時間がかかっています。
自分なりに、学校にとって有意義な意見を出せる、有意義な役目になりたいと思っています。