小学生攻略法

このブログも10年目。久しぶりに担任復帰です。

4日後に研究授業だから… 「研究授業の心得 3」

2011-10-27 22:03:03 | 教師力UPの攻略法

今日は,本校に来ている教育実習生の評価授業がありました。

「評価授業」っていう響き自体がなんか懐かしいです。

とても初々しい算数の授業で,自分が実習生だったときのことをうっすら思い出したりしました。

学生のころ,教育学部にいながらまだまだ全然教員になることなんかに意識がいっていなくて,教育実習自体もあまり身が入ってはいなかったような気がします。

「毎日徹夜だよ!」

なんて先輩たちからいろんな体験談で脅されながらも,自分は実習中でも大学の部活に顔をだしたりしていたことを覚えています。

授業などもあまり記憶にないのですが(本当に情けない)一つだけはっきりと覚えていることがあります。

4年生の社会科の授業をすることになって,「お店の人の工夫や努力」を授業するという前の日の夜,町の大きなスーパーに行って,売ってる歯ブラシの本数を必死に数えたことがあります。

100種類以上あって驚きました。

今思えば,何をやってるんだか…

そのことを次の日の授業でどう取り扱ったかは覚えていませんが,大した授業もできなかったことは間違いありません。

当然,附属小学校の先生方からの評価は低かったことでしょう。。。

そんな自分と比べれば,今日の実習生なんてどんだけ立派だったことか!

きっと,いい評価を大学に持ち帰ることができるんでしょう。

そういえば,いつから「教員になろう」なんて本気で思ったのだろうか…

もちろん,今は本気ですよ!

こんなブログを書いているぐらいですから(笑)

でも,立場が人を変えるんですねぇ

私もまさにそうなんでしょう。

あらあら,出だしから話が変な方向へ行ってしまってます。

すみません,研究授業の心得です。

研究授業の本番は本時ではなく,それ以前の授業にある!

要するに,その単元がスタートしてからの授業,そして前時,前々時あたりがすでに研究授業そのものだという意識をもつことが大事だと思います。

研究授業本番だけのその一時間だけをもって,何か特別な指導をすることは絶対にできません。

その一時間だけに,いつもにはない成長した子どもの姿を出すことなんで絶対にできません。

めざしているものに向かって,すでにその前の授業から取り組みはスタートしなくてはいけないはずです。

だから,指導案に書いたたくさんの指導法は,研究授業以前の授業の段階で繰り返し繰り返し実践しておきたいです。

そして理想としては,研究授業本番でまたその指導法を使うときには,当たり前のように子どもたちの間にも浸透していて,子どもたちのリアクションも自然に返ってくる感じがいいですね。

またそういった意識で授業にのぞめると,お客さんの目がたくさんあって緊張する本番が,いくらか緊張もほぐれ,自信がもてます。

子どもたちの反応もある程度予想ができるようになっていて,土壇場で慌てることもなくなります。


六日後に研究授業だから… 「研究授業の心得2」

2011-10-25 06:35:30 | 教師力UPの攻略法

研究授業を「やる」と感じるか

研究授業を「やらされる」と感じるか。

もちろん前者の方が理想的なのは言うまでもないのでしょうが,後者の意識で行われている研究授業も少なくないのではないでしょうか。

研究授業を控えている先生と話をすると,うれしそうに話す先生はほとんどいませんものね。(笑)

校内で「一人一研究授業」などとうたっているところでは,(研修に対する前向きな姿勢はいいのですが)「やらされる」と思っている先生もいることでしょう。

冷静になって考えれば,授業をすることが先生の一番の仕事だから,それを磨くのは当然の作業だと誰もが承知できることなのに,研究授業に消極的,批判的な人が意見が上がる研修を,私も何度か経験しました。

研究授業をするとなると,大変な仕事量になるわけですから,気持ちがおっくうになるのは分からなくはないですが,先生という仕事の大義を忘れたくはないですね。

さて,

私も研究授業が六日後に迫ってきました。

来年に公開を控えている体育のテーマ研修の一発目です。

それに向けて子どもたちに,あーだこーだ毎日言うだけでなく,自分自身にも喝を入れたいと思います。

その心得2つ目は

授業で何かを提案する意識をもつ!

これができている授業は見ていておもしろい。

いわゆる「視点」のある授業になります。

校内研修で掲げられているテーマのもと,目標に迫るために指導法を工夫し,それを他の先生に見てもらうのですが,

「こんな指導を試みています!いかがでしょうか!」

って感じで,話題を投げかけるつもりでできるといいですね。

しかもその提案は,目新しいもの,斬新なもの,であるほどおもしろい。

あまりに王道なもの,繰り返し実践がなされているものだと,見ていても

「あぁ,それは知ってるよ」

となっちゃいます。

もちろん,いい授業をつくるためにそれらを使うこと自体は決して悪いことではなく,むしろいいことなのですが。

ただ,せっかく他の先生にあつまってもらって見てもらえる研究授業なので,少しチャレンジしてみるといいでしょう。

そして,それが効果的である場合も,そうでない場合もあるでしょう。

そうでない場合,だから「悪い授業だった」なんて言う先生はレベルが低い。

そうでない場合も,なぜよくなかったを深く検討することで研修はまたぐっと深まり,それは授業者の先生のおかげとなります。

研究授業となると「いい授業をしなきゃ」ってなっちゃいますが,それは先生の何かを評価する授業だったり,研究公開の本番だったりするときは必要でしょう。

それ以外の,勉強会としての研究授業ならば,視点があり,おもしろい話題を生む授業を期待します。


一週間後に研究授業だから…「研究授業の心得 1」

2011-10-22 10:22:19 | 教師力UPの攻略法

27日(月)に研究授業があります。

体育に関するテーマ研修で,来年度には公開を予定しています。

今回は,それに向けた一発目の授業になります。

4月に手を挙げて引き受けちゃいました。

残り一週間になって,当然ですが慌ただしくなってきました。

残り少ない時間で授業の準備をできるだけ進めるのは当然ですが,同時に「研究授業の心得」を考え,自分に言い聞かせてみようと思います。

初任者研修や○年目研修,個人的な研修などといった単発の研究授業の場合はのぞき,一般的な校内研修の一環として行われる研究授業について考えます。

こういった授業の場合,まずは,

テーマに沿った授業をする!

これが大前提でしょう。

研修部を中心に研修の計画が立てられ,そこには大きなテーマが掲げられています。

そして,研究の目標,仮説,構想,内容と続いているはずです。

それを受けての研究授業なわけですから,そこから逸れては絶対にいけません。

例えば,算数の研究で,研究目標に

「子どもが自分の考えを積極的に表現できるようになる」

とあれば,じゃあそのために今回の授業では

→発表話形を用いて指導する

→ノートに書かせ,発表の準備をさせる

→隣どうし,グループで,と発表の場を少しずつ広げ,自信をもたせる

などと目標にせまるための方法をもりこんでみます。というのが研究の形です。

そして研究授業で実践して,多くの先生方に見てもらい,どうだったか検討する。

そこで成果と課題が出て,さらに研修も深まり,次へのステップとなる。

研究授業は,校内全員で取り組む研修という大きな枠の中の,一部分である認識をもっていたいですね。

ときに,一人よがりな研究授業を見ることもあります。

自分のやりたいようにやって,テーマなんてほぼ無視している授業です。

テーマを意識する余裕がないのか,テーマに反発してしているのか分かりませんが,研修部からすれば残念な授業です。

さて,私がしようとしている授業は大丈夫だったかな…

もう一度チェックしてみます。。。


「マーフィーの法則」を教室に持ちこんで

2011-10-20 21:33:51 | 学級生活の攻略法

前回の記事に続き,「マーフィーの法則」を引用させていただきます。

前回は職員室に持ち込みましたが,今回は教室に。

こんな法則が目に留まりました。

ハンマーを持つ人には,すべてが釘に見える!

例えですね。

「得意な何かをもつ人は,それをすべてに当てはめようとする。」

「強力な何かをもつ人は,危険な自信に溢れている。」

「強い立場の人は,弱い立場の人のことを理解できていない。」

そういった意味にとらえられるでしょうか。

いずれも,いい意味ではありません。

同じ道具で,同じたたき方で,すべて同じように打ち込んでいくことができると思っている ,という愚か者。

マーフィーの法則らしく,皮肉をこめて,人を嘲笑う感じです。

でも,ズバリ的を得ているように感じます。

この法則を教室に持ち込んで,それがしっくり当てはまる先生は,もちろん危険な先生と言えるでしょう。

先生が「ハンマーを持つ人」で,子どもたちが「釘」だとすれば,これは危険です。

しかし,多かれ少なかれ,そんな一面をもつ先生って少なくないように感じます。

「体育が専門だからといって,クラスを体育一色に染めようとする先生」

「経験が長いというだけで,誰にも耳を貸さず我流で学級経営をする先生」

「『子どもなんて結局はみんな同じ』と,個別に心を寄り添うことをしない先生」

身近なところにも,思い浮かびませんか?

上に挙げたものはかなり強烈で極端ですが,普段は繊細な学級経営をする先生でも,長い1年の中で,あまりに忙しい時期が続いたりすると,「ハンマー」のような先生になってしまうものです。

常に先生は,どんなに得意な分野があっても,どんなに長い経験があっても,子どもと過ごす時間にどんなに苦労を感じても,ハンマーにはなってほしくないですね。

まずは,ハンマーと化してきている自分に気付くことからでしょう。


「マーフィーの法則」を職員室に持ちこんで

2011-10-16 07:55:03 | 教師力UPの攻略法

「マーフィーの法則」という本をご存知ですか?

かなり前に人気となった本です。

「失敗する可能性のあるものは,失敗する」を代表として,人にまつわるいろんな事象を法則化して紹介しているものです。

それもかなり皮肉っぽく。

「集中しなければならないときは,注意をそらすことが必ず起きる」

「風力は髪のセット代に比例する」

「歯が痛みだすのは往々にして土曜の夜である」

「犬や猫はドアのどちら側にいようとも,邪魔な方にいる」

どれもひねくれた感じですが,どこか

「だよね~」

って納得してしまったり。

「帰り道に食べようと思っていたチョコレートは,買い物袋の一番下に入れられている」

なんかは,思い切り共感してしまいそうで,思わず笑ってしまいます。

この本は単なる皮肉ではなく,人という生き物をいろんな角度から見つめ,純粋にその特性を見出そうとしているようにも思えます。

笑って読むもよし。

考えて読むもよし。って感じの本でしょうか。

私は,ずっと前(中学生ぐらいだったかなぁ)におもしろがって読んでいたこの本を,ふとしたことから取り出して,読んでみました。

今でも笑顔で読める本でしたが,中に1つズバッと来るものがありました。

「賢者は真理を発見して喜び,凡人は間違いを発見して喜ぶ」

という法則です。(今回はそのまま引用で申し訳ないですが…)

あぁ,これって仕事でもろにあてはまるなぁって瞬時に思いました。

私が頭に浮かんだのは,職員室での会議や研修の場面です。

彼らは「凡人」と表現していますが,そういう人たちって多いですよね。

間違いを発見して喜んでいる人たちです。

会議の提案の中の矛盾や誤記,不適切な内容などを発見して指摘しては,満足そうな顔をしている先生たち。

研修では,研究授業のよくなかった点ばかりを挙げて,もっとこうしたほうがよかったと我が物顔で言っている先生たち。

あたかもその場で自分が役目を果たして,自分の力をアピールできたかのように。

会議や研修が「上げ足の取り合い」のようになってしまいそうです。

同時に,そんな間違いを見つけられる先生のことを

「あの先生鋭いなぁ」

なんて思っている周りの先生も同様のレベルです。

いつか自分も間違いを発見して喜んぶことになるでしょう。

間違いを発見すること自体はもちろん悪いことではなく,それも必要なことは十重に承知なのですが,それを一番だと思わないことですね。

彼らは,一番は「真理を発見する」ことだとし,それができる人を「賢者」と表現しています。

「真理」って奥が深く,会議や研修の場では何を言うのかは難しいですが,

○その仕事の本当の意義

○そこから生まれる理想的な子どもの姿

○関わっている先生の努力や知恵

そういったものだと考えてはどうでしょうか。

それらを見出すように会議や研修にのぞんでいる先生って,レベルが高いですよね。

とても前向きで,積極的で,かつかなりの知性を感じます。

そういった見方から意見を出し,討議がなされれば,それ自体がとても賢い中身になりそうです。

私的に,久しぶりに読んで目にとまったこの法則を,しばらくは職員室に持ちこんで仕事をしてみようと思います。