「桜の木の下、」より
風流を解さない性格のせいか、あまり桜を意識することがなかった私が、ワンコがトボトボと歩くようになった頃から、桜を苦手とするようになった。
「来年もワンコと桜を見ることが出来るだろうか」と怖れながら過した春が終わり、今年はワンコのいない三度目の春だった。
ようやっと私のなかで、桜と死の距離にある種の均衡が生まれたのか、今年はただただ桜に見惚れる春だった。
そんな桜と私の距離にふさわし本を読んだ。
「崩れる脳を抱きしめて」(知念実希人)
医療系の小説が好きなので、医師でもある作家さんの本はほぼ読んでいるのだが、最近新刊がでるのを楽しみにしているのは、この作家さんだ。
医療系・ミステリー・恋愛もの、いずれかのジャンルに分類しようとすると、知念氏の作風は微妙に物足りないが、これが混然一体となり描かれると、その物足りなさが、なかなかいい味わいを出している。
そんな知念氏の「崩れる脳を抱きしめて」の最終場面に、満開の桜の木の下の描写があった。
本書は、大賞の発表を5日後に控えた「2018年 本屋大賞」にノミネートされている、発売から間もないミステリーなので、内容を記すことは控え、本の帯を記すにとどめようと思う。
が、(最近の傾向として、いつも思うことだが)これほど大仰な煽り文句を打たないと売れないと(出版社が)思い込んでいること、この煽り文句が読後感に悪影響を与えうると関係者が思わないこと、この二点の方が私にとってはよほどミステリーだと一言書いておきたい。
それは兎も角、本の帯より引用
『圧巻のラスト20ページ!
驚愕し、感動する!!!
愛した彼女は幻なのか?
どんでん返しの伝道師が描く、
究極の恋愛×ミステリー!!
広島から神奈川の病院に実習に来た研修医の碓氷は、脳腫瘍を患う女性・ユカリと出会う。外の世界に怯えるユカリと、過去に苛まれる碓氷。心に傷をもつふたりは次第に心を通わせていく。実習を終え広島に帰った碓氷に、ユカリの死の知らせが届く。彼女はなぜ死んだのか? 幻だったのか?
ユカリの足跡を追い、碓氷は横浜山手を彷徨う。そして、明かされる衝撃の真実!?
希代のトリックメーカーが描く、今世紀最高の恋愛ミステリー!!』
医師である作家さんが、余命いくばくもない女性と研修医の物語を書くのだから、全編にそこはかとなく死は漂っている。
まして最終場面で描かれる桜は、墓地とホスピスに生えているのだから、桜と死は切っても切れない関係にある。
だが、知念氏が意識し、そのような作風にしておられるのかは分からないが、知念氏は死をただ忌み怖れるものとしては描いていない。
それは、ホスピスで大活躍した死神犬レオの物語「優しい死神の飼い方」(知念実希人)でも明らかだ。
そのレオが、本書「崩れる脳を抱きしめて」の最終場面でも桜の木とともに登場する。
研修医が謎解きを終え 訪ねたホスピスで、道案内をするレオ。
ホスピスの小高い丘に雄々しく広がる満開の桜は、『まぶしさをおぼえるほどに艶やかだった。』
レオに連れられ辿り着いた満開の桜の下で、研修医が見つけたのは、愛する人。
ミステリーの種明かしになるので、これ以上は書かないが、眠りながら笑いながら眠っていったワンコを思う時、死を必要以上に忌み怖れない知念氏の作品は、私には受け容れやすい。
そんなことを思いながら桜の木の下から天を仰ぎ、、、桜の木の下を見つめてみた。 空一面を桜色に染めるような満開の木の根元に、次の代の準備をするかのような小さな枝がつき、そこにも天に咲き誇る桜と違わぬ桜が咲いていた。
そんな桜を下から見守るように、お日様色のタンポポが笑っていた。
ワンコがしっかり胸に住みついてくれた三度目の春は、美しい。
追記、
知念氏が、医療ミステリーを通じて伝えたいのは、病や死に対して徒に不安を煽ることではなく、医療の在り方だと思う、それも極々さりげない表現で、それについては又つづく
参照、
優しい死神の飼い方」につき 「心つばげ!」 「我が主様 ワンコ」
風流を解さない性格のせいか、あまり桜を意識することがなかった私が、ワンコがトボトボと歩くようになった頃から、桜を苦手とするようになった。
「来年もワンコと桜を見ることが出来るだろうか」と怖れながら過した春が終わり、今年はワンコのいない三度目の春だった。
ようやっと私のなかで、桜と死の距離にある種の均衡が生まれたのか、今年はただただ桜に見惚れる春だった。
そんな桜と私の距離にふさわし本を読んだ。
「崩れる脳を抱きしめて」(知念実希人)
医療系の小説が好きなので、医師でもある作家さんの本はほぼ読んでいるのだが、最近新刊がでるのを楽しみにしているのは、この作家さんだ。
医療系・ミステリー・恋愛もの、いずれかのジャンルに分類しようとすると、知念氏の作風は微妙に物足りないが、これが混然一体となり描かれると、その物足りなさが、なかなかいい味わいを出している。
そんな知念氏の「崩れる脳を抱きしめて」の最終場面に、満開の桜の木の下の描写があった。
本書は、大賞の発表を5日後に控えた「2018年 本屋大賞」にノミネートされている、発売から間もないミステリーなので、内容を記すことは控え、本の帯を記すにとどめようと思う。
が、(最近の傾向として、いつも思うことだが)これほど大仰な煽り文句を打たないと売れないと(出版社が)思い込んでいること、この煽り文句が読後感に悪影響を与えうると関係者が思わないこと、この二点の方が私にとってはよほどミステリーだと一言書いておきたい。
それは兎も角、本の帯より引用
『圧巻のラスト20ページ!
驚愕し、感動する!!!
愛した彼女は幻なのか?
どんでん返しの伝道師が描く、
究極の恋愛×ミステリー!!
広島から神奈川の病院に実習に来た研修医の碓氷は、脳腫瘍を患う女性・ユカリと出会う。外の世界に怯えるユカリと、過去に苛まれる碓氷。心に傷をもつふたりは次第に心を通わせていく。実習を終え広島に帰った碓氷に、ユカリの死の知らせが届く。彼女はなぜ死んだのか? 幻だったのか?
ユカリの足跡を追い、碓氷は横浜山手を彷徨う。そして、明かされる衝撃の真実!?
希代のトリックメーカーが描く、今世紀最高の恋愛ミステリー!!』
医師である作家さんが、余命いくばくもない女性と研修医の物語を書くのだから、全編にそこはかとなく死は漂っている。
まして最終場面で描かれる桜は、墓地とホスピスに生えているのだから、桜と死は切っても切れない関係にある。
だが、知念氏が意識し、そのような作風にしておられるのかは分からないが、知念氏は死をただ忌み怖れるものとしては描いていない。
それは、ホスピスで大活躍した死神犬レオの物語「優しい死神の飼い方」(知念実希人)でも明らかだ。
http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334929145
装幀 谷口博俊(next door design) 装画 くまおり純
そのレオが、本書「崩れる脳を抱きしめて」の最終場面でも桜の木とともに登場する。
研修医が謎解きを終え 訪ねたホスピスで、道案内をするレオ。
ホスピスの小高い丘に雄々しく広がる満開の桜は、『まぶしさをおぼえるほどに艶やかだった。』
レオに連れられ辿り着いた満開の桜の下で、研修医が見つけたのは、愛する人。
ミステリーの種明かしになるので、これ以上は書かないが、眠りながら笑いながら眠っていったワンコを思う時、死を必要以上に忌み怖れない知念氏の作品は、私には受け容れやすい。
そんなことを思いながら桜の木の下から天を仰ぎ、、、桜の木の下を見つめてみた。 空一面を桜色に染めるような満開の木の根元に、次の代の準備をするかのような小さな枝がつき、そこにも天に咲き誇る桜と違わぬ桜が咲いていた。
そんな桜を下から見守るように、お日様色のタンポポが笑っていた。
ワンコがしっかり胸に住みついてくれた三度目の春は、美しい。
追記、
知念氏が、医療ミステリーを通じて伝えたいのは、病や死に対して徒に不安を煽ることではなく、医療の在り方だと思う、それも極々さりげない表現で、それについては又つづく
参照、
優しい死神の飼い方」につき 「心つばげ!」 「我が主様 ワンコ」