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He who laughs last laughs best

悲しみと悪の素 万能感

2016-12-22 22:42:04 | ニュース
年の瀬も押し迫っているというのに、とんでもない事件がおこっている。

<保育園のさゆに高濃度塩素=警視庁に被害届―東京都江東区> 時事通信2016/12/21-23:33配信より一部引用
東京都江東区は21日、区立辰巳第三保育園で19日に乳児3人が口に含んだポットのさゆに、塩素剤と思われる異物が混入していたと発表した。乳児のうち1人は吐き出し、2人は飲み込んだが、体調不良などは起きていないという。
区保健所が、さゆを20日に調べた結果、1600ppmの濃度の塩素が検出された。学校のプールの消毒などで使っている塩素の濃度の約16~32倍に当たる。
19日午後5時ごろ、コップに移した状態でさゆを与えたところ、嫌がったり吐き出したりした。職員が確認すると、塩素系の臭気があったという。
同日午後3時ごろにも、同じポットを使って乳児にさゆを与えたが、異常は無かったという。
同保育園では、保育室に消毒用として液体の塩素剤を置いていた。棚に鍵は掛かっていなかった。
同保育園は21日、同署に被害届を提出した。同署は事件と事故の両面で調べを進める。

事件と事故の両面で調べを進めている現在進行形の出来事なので、これについて言及することは避けるが、これで思い出したのが、あの和歌山毒カレー事件の毒物鑑定をした医師を主人公とする本であったと書けば、事の顛末が明らかになったときに、支障がでるだろうか。

「悲素」(帚木蓬生)

’’この作家のBest3!’’を考えるとき、おそらく私が大いに悩む作家さんの一人が、帚木氏だと思う。
先進医療と倫理の問題を提起する「臓器農場」「受精」「授名」「インナーセックス」には、自分が知らないだけで、現実にはここまでイッてしまっているのではないかと思わせる怖さがある。
名も無き立派な百姓と心ある武士や庄屋に焦点をあてた「水神」「天に星 地に花」は感動を呼ぶし、私の大好きな安曇野と卑弥呼の繋がりを何代かにわたる使譯の目を通して伝える「日御子」も良かった。
だが、迷うと云いながら、キッパリ選ぶであろう三冊は、「総統の防具」「逃亡」「聖灰の暗号」だと思う。
この三冊は、私的帚木氏のBest3というよりは、私が選ぶBest10(こっそり訂正 古今東西すべてを網羅すると、Best30)に入る名作だ。

昨年は新年早々、ある殺人事件を端緒に名大生の過去のタリウム混入事件が次々と明るみにでて、世間を震撼させたが、それから半年後に帚木氏が書いたのが、あの和歌山ヒ素混入事件を鑑定受託者の立場から描いた「悲素」だった。(今、本が手元にないので正確なことは書けないが、読書備忘録と記憶に頼るしかないが、内容から鑑定人ではなく鑑定受託者であったと思う)
本書を読むことで、事件が起こった当初は青酸カレーと云われていた毒物が、いつのまにかヒ素に変わっていた理由などは分かったのだが、毒物専門の医師を主人公にした専門性の高い内容を、同じく医師が専門的かつ淡々と書いているため、かなり読みづく、ここに記すことができないままとなっていた。

だが、読みづらい理由は専門性の高さだけでなく、おそらく作者が、そして読者も、毒物混入を繰り返す人間の心情を理解しがたいからだと思う。

本書では、和歌山ヒ素事件を追う過程で、ヒ素以外の毒物や、古今東西の毒物混入事件についても詳しく書かれている。
作者がそれを追えば追うほど、読者が読めば読むほど、毒に見せられる人間の謎は深まるばかりだ。
帚木氏は、『十年にわたって裁判の真偽を続けたにもかかわらず、カレー事件に関する小林真由美の犯行の動機については不問のままであった。動機を詳らかにしないまま死刑判決を言い渡している』と怒りを露わにしているが、かといって、本書の中で動機が詳らかにされたとは思えない。

ただ、古今東西の毒物事件を検証することで、一つの答えには到達している。

『毒を手にした人間は、知らず知らずのうちに万能感を獲得する。
 万能感とともに、神の座に昇りつめた錯覚に陥る。
 こうなると、毒の使用はもはや一回ではやめられない。ましてその毒が誰も知らない秘薬となれば、なおさらである。
 こうして毒の行使がまた次の行為を呼ぶ。やめられない嗜癖に達する。』
『嗜癖状態にあると、人はそれ以外の事柄には無感動になる』

和歌山ヒ素事件を検証することで得た帚木氏の答えは、その半年前にまだ19歳という年齢で殺人や複数のタリウム混入事件を起こしていた名大生に通じるものがあるだけでなく、人の心の奥底に潜む究極の悪意にも通じるものと思われる。

人の命を左右できるというのは神と錯覚させるほどの万能感を与えるのだろうが、人はときに命よりも大切なものがある。
自分らしく生きる選択権を有すること、名誉を重んじ誇り高く生きること。
だからこそ、これらを思うがままにできる’’力’’を持つことは、毒物にも勝る万能感を与えることになるだろう。

その害悪が、近年あちこちで跋扈して世をすっかり悪に染めつつあることを、感じている。

来るべき新しい時代が、善を追求する人で成り立っていくことを、心から祈っている。

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