四代目桶屋金之助の世界

おろかなるひとり言
胸を張れるような自慢話などはありません。
照れくさい話や恥ずかしい話ばかりです。

チェリッシュ 『なのにあなたは京都へゆくの』

2020-06-02 10:08:20 | あの頃の名古屋フォーク界
「あの頃の名古屋フォーク界 其の参」

名古屋を代表するフォークグループで全国区になったのがチェリッシュ。
デビュー曲が『なのにあなたは京都へゆくの』

♪私の髪に 口づけをして
 「かわいいやつ」と 私に言った
 なのにあなたは京都へゆくの
 京都の町は それほどいいの
 この私の 愛よりも

初期のメンバーは5人。
松崎好孝 さんを中心に松井悦子さん、奥山敬造(ギター)さん(現・奥山圭三)
藤田哲朗(ベース)さん、桑原宏司さん(ドラムス)

この歌も深夜放送から流れてヒットした。
当時、東海ラジオだったか、CBCラジオだったか忘れたけど
全国放送の番組で、各地区のヒット曲のベスト10を発表するコーナーがあった。
北海道、東北、関東、東海、関西、中国・四国、九州地区の
各アナウンサーが毎週、その地区のベスト10を発表していた。
おもしろい事に東海地区以外は、チェリッシュの名前すら出なかったのに
東海地区だけは、チェリッシュの『なのにあなたは京都へゆくの』が
1位と何週間か続いていた。

やはり、東海地区の人は地元愛が強かったのか。
地元の人を応援しようとしていたのかな・・・。
予想以上に売れたとラジオで聞いたことがある。

しかし、奥山敬造さん、藤田哲朗さん、桑原宏司さんが脱退。
奥山敬造さんと桑原宏司さんは、昨日紹介した欲求不満フォークソングボーイズへ。

2曲目の「だから私は北国へ」は新たなメンバーを加え再出発。
しかしそのメンバーも脱退。

3曲目の「ひまわりの小径」からデュエットで再々スタート。
どちらかというと歌謡曲ぽくなってしまった。

チェリッシュも地元ラジオ局の公開番組にも出演していた。
だから何回か観に行った覚えがある。

あの頃の音楽の情報はやはりラジオだった。
ラジオから流れる音楽はテレビと違って新鮮だった。
そして地域密着で地元のシンガーやグループを応援していたと思う。
だから名古屋のフォーク界も盛り上がっていったのだろう。

コメント (5)
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