なんとなく囲碁夜話

私は囲碁が好きだ。初めはなんとなく、ニアミスを繰り返し、深みに嵌ってしまった。

縁台の話

2007-07-08 17:18:09 | Weblog
 昔、縁台というものがありましたね・・・こういう表現は年配の人には失礼だし、「今だってあるし、使っている所もある」のだから言い方が間違っていますが、使われているとしても状況というか景色と言うかそういうものが全く昔とは違ってきている。
 住んでいる所・例えば首都圏の”マンション”という名前の集合住宅などではお目にかからないものなんです。
 だから大げさに言えば、こういうものも民俗・風俗博物館みたいな所に展示されそうな感じ・・・イメージとして小学生が団体で見学して博物館の館員が「これが縁台というものですよ」と説明しそう。
尤も縁台に緋毛氈と言うか赤い布をかければ時代劇の茶店の台に見えると思うから、縁台を知らなくても「ああ、アレかとは分かるでしょう」
 「夕涼み よくぞ男に生まれけり」の世界で、昔のジイサマがクレープとか晒しのロングパンツ(ステテコ)に七分袖の下着かなんかで団扇を持って座っているイメージです。
 蚊取り線香が足元に合って、冷たい麦茶かなんかが傍らにおいてある。
  子供が近くで線香花火かなんかやっていたり、お盆にスイカが出ていたり
 知り合いが通りかかると「涼んでいきなさい」と声が掛かる。

 さて、私などの子供の頃田舎では当然ながら当たり前の物
  縁台の縁は縁側の縁でしょうか?
 子どもの頃は縁側のある家が「いい家」みたいな思い込みがあって、自分の住んでいる社宅には縁側などというものは無いから、縁側があこがれでしたね。
 それで縁台なるものも、縁側の無い家のその代わりみたいなものみたいに思っていました(多分間違った思い込み)。
 その代わりと言っては変ですが、社宅は川っぷちに建っていましたから、窓を開ければ直ぐ下が川で、京都の鴨川の川の横の風情と言えば・・・
 落語に出てくる「眺めれば我が家の景色に風情あり 質の流れに借金の山」だったでしょうか、あんなようなものです。
  
 夏になると、扇風機だってろくに普及していない時代ですから、日が落ちれば縁台を出して団扇で風を送りながら涼むのですよね。
 足元に蚊取り線香は定番
  縁台の置く場所ですが、縁側のある家で庭に面している家では必要が無い。
 これは通りに面していて縁側が無いか、あっても昼間の暑さを耐えた分夕方は表で涼みたいというものでしょう。
  だから通りに面している家の前に置かれていることが多かった。
 昼間は立てかけてあって通行の邪魔にならないようにしてあって、夕方打ち水などして、日が落ちてから、あるいは夕方日が翳ってからです
 
  話が飛びますが
 老人が縁台に座って、表通りを眺めている・・・こういう風景がなくなりましたね。
 いや少なくとも都市部ではなくなりました。
  でも地方に行くとまだ残っているのかな・・・老人が昼間家の外に座っていて通りを眺めていて、知り合いが通りかかると世間話やら・・・ともかく暇潰しなのか表を見ている・・・
 現代では「なんの為に」というものが無いとやらないのでしょうね
  昔はTVなどという楽しみは無かったから、居間TVの前に座っている必要は無いし、扇風機、エアコンなど無いから外の方が涼しいわけです。
 もしこういう風俗が生きていたら、表を通る人を見ている人がいるのですから地域の犯罪みたいなものはかなり減るでしょうね。
  更に通る人と縁台の人とのコミュニケーションもあるでしょうね
 ところで日本では激減してしまったこのような風景も外国の取材番組などでは結構見ることができます・・・アジア、ヨーロッパでも都市ではない所に多い様に感じます・・・縁台ではなくて椅子に座っていますが。

 さて私の囲碁のきっかけに関して、縁台は大きな意味がありそうなんです。
  厳密に言うと縁台ではなくて、木製の長椅子なんですが。
 風が吹けば桶屋が儲かるではないけれど、私が囲碁を憶えるきっかけとなったのは将棋を覚えたことに始まります。
 将棋といえば縁台将棋という言葉があるでしょう
  父が勤めていた工場の休憩室にフリーパスで出入りしていた。
 マア工場長の所の餓鬼でしたから誰も何も言わなかったのでしょうね。
  そこの休憩室に幅25cmくらいで長さ1間くらいの木製の長椅子がありまして、これは座ってタバコタイムだったりお弁当を摂るためですが、寝そべって本を読む事も出来ますが何と言ってもこれは将棋を指す場所でした。
 オジサンたちのことですから、これに跨って間に将棋盤を置くスタイルです。
  私はというと、こういうおじさんたちの間にまぎれて、将棋を指している人をピッタリマークしてくっついていた。
 おじさんたちが夢中で遊んでいる「将棋」というゲームに興味を持ったのでしょうね
 門前の小僧と言うか、習うより慣れろの世界でしょうか、いつの間にか一応は駒を動かせるようになっていた・・・マア矢倉戦法の初歩しか知りませんでしたが。
 
 囲碁将棋と一まとめに言いますがこういう縁台的な情景はやはり将棋の世界でしょうか、よく言えばオープン。
  縁台にただ座っているのも芸が無いから、誰か通りかかったら呼び止めて、涼みながらの一番・・・涼みが熱くなるかも知れませんが
 但し、見物人から野次が入ったりして煩いのも「縁台将棋」の特徴でしょうね。
  囲碁の場合は、静かな座敷で正座して打つ・・・あくまでもイメージですが
   もし囲碁ですと、何処かのご隠居さん同士が座敷で打っているイメージですから、これは他の人の目に触れるという意味では、縁台将棋とは格段の差があります。
 
 
 最近不思議な光景を目にします。
  いや、私が目にしたのが最近であって、始まったのはいつかは知りませんが
 勤め先の近くにある団地・・・そこの一角の建物の1Fが大型スーパーで、そこの前の広場に藤棚がある。
 その下が将棋の会場になっているようです
  団地内の施設で証明はない藤棚ですから日が完全に落ちればお終いでしょうが、良い日陰だから夏は当然ですが冬もやっています。(相当薄暗くても指している)
 そして、こういう表での対戦も余り違和感なく見えるのも将棋だからでしょうか
囲碁の場合はかなり違和感がありそうですね。
 3組くらいが並んで指していることもあれば、1局を皆が見物していることもあります。
 将棋のオープン性から言えば、相当見物人の言葉が飛び交うかと思うのですが、意外と静か・・・
 
 ところで、こういう風に室内のボードゲームが表に出ているのに、子供など周りの反応はどうなんだろうか?
 私の見る限りでは、年配者だけのグループに留まっているようだ。
  ともかく囲碁ファンとしては、表でも違和感無くやれる「オープン」な面は羨ましい
 囲碁というゲームを生活の場所で何かの形でもっと露出させられるといいですね。