なんとなく囲碁夜話

私は囲碁が好きだ。初めはなんとなく、ニアミスを繰り返し、深みに嵌ってしまった。

故郷は遠いような近いような・・・

2008-05-03 18:13:26 | Weblog
 「故郷は遠きにありて・・・」みたいな感傷は無いのですが・・・現実に直ぐ側とは言わないまでも車で2,3時間で行くことが出来ます。
 ただ、子供の頃に済んでいたところは、跡形も無いような変貌を遂げ、幼馴染は誰もそこには居ないだろうし、多少の甘酸っぱさを含んだ感傷も湧きにくくなっているようです。
 が、しかし13才の中1まではその町で暮らしていた。
 海の直ぐ近くで、川のコンクリート護岸の直ぐ横に家がありました。
 満潮になると潮が川上まで上がって行き、あたり一面は潮の臭いに包まれた町
  いつも日に焼けて真っ黒な子どもだったはずです。
 そういえば、私が初めて囲碁らしきものを打ったのは、その家の直ぐ横のある廃工場の軒先です。
 製紙工場の原料となるパルプを作るための工場でした。
  木材を集めるのに都合のいい場所にパルプ工場置き、それを本社工場で紙に仕上げていた・・・父がそこの工場長だったから、その工場の直ぐ横の社宅で暮らしていた。
 しかし会社はもっと効率よく生産をするために、全ての工程を一箇所で出来るように、分かれていた工場を統合したので、ここは廃工場となったのです。
 廃工場と言っても、暗い大きな工場というイメージとは違います。
  ここはパルプを作る工場ですから、木材の集積場、木材加工の工場があります
 大きなスペースがぽっかりと空いてしまったので、がらんとした寂しさはありましたが、逆に静かで日当たりの良い空間が生まれたともいえます。
 その大きな木工加工工場の、大きな軒先の庇の下で、縁台みたいな台を置いて生まれて初めて碁を打ったのです。
 今にして思えば「碁」と言えるような代物かどうか怪しいものです。
  相手をしてくれた友人も彼のジイチャン仕込みとはいえ、それほどたくさんは打っていないはずですし、私は正真正銘の最初の1局。
 後にも先にも生まれ故郷ではこの1局しかないのです

 ところで後年大学生の頃だったか社会に出て出て数年後だったか、雑誌の「囲碁クラブ」で地方の碁の特集があって・・・私の出身市の紹介があった。
 「Iのジイチャン」というらしいのですが、支部を纏めて面倒見の良い人で地方では有名人らしい・・・
 もし田舎に住んでいれば、その方と出会えたかも知れないなと思ったものです。
 但し、大学に行かず地方に住み続けていたならば、果たして囲碁を打っていたかどうかは分からないわけで、、、何やら不思議な感じですね。
 もし打たないならば「囲碁クラブ」も購読しないはずで、そうなら同じ市に住んでいても存在も知らないわけで・・・さてさて

 ネット碁で気になる人が2人居ます。
 一人は高校の時の同期の友人と同じ名前・・・同姓同名の可能性は高いけれど、私の出身県の在住ですから可能性はある。
 もう一人は高校時代の数学の先生と同じ・・・勿論同姓同名かも知れない
  しかも首都圏の在住です
 もしかしたら、先生は大学を出てこちらで高校教師になり、定年後また出身地に戻って悠々自適の生活と考えれば可能性は0では無い・・・都合よすぎる?
 でも確か将棋では歯が立たないくらい強かったから、囲碁も強いのかも
 今、ネットで対局するとしたら私が2子置くことになるはず
 せめて先になったらチャレンジしようとは思っている
  さて、彼の先生!?から見たら、もし先生なら私は直ぐに分かるはずなんだけれど・・・私は同姓同名というニアミスが起き難い名前なのです

 故郷からみの思い出と、今の話が絡み合って続きます・・・また明日も