なんとなく囲碁夜話

私は囲碁が好きだ。初めはなんとなく、ニアミスを繰り返し、深みに嵌ってしまった。

赤灯台のある風景

2008-05-06 16:05:20 | Weblog
 突然「灯台」ですが・・・これは住んでいる土地柄い銚子の犬吠崎とか房総の先の野島崎と言いたいところですが、そういう全国区の有名な灯台ではありません。
 名前の無い小さな灯台です。
 いや、管理している人が居るのですから、管理上名前はあるはずです
 仮に記号だとしても、それも名前の一種で、他のものと区別しているという意味で名前ですね。
 イメージとしては特定の灯台が頭に浮かぶのですが、、、実は「灯台」という存在が重要な感じですから、何処の灯台でもいいし、強いて言えば「あそこ」かなという程度かもしれない。

 落語のお題話みたいなもので「囲碁」「GW」と来ると「灯台の灯り」かな
 ただいまGWの真っ最中で、スケジュールとしては最後の5連休です
 自分でも不思議なんですが、さぞや連休中はネットでもリアルでも打ち捲くるくらい打つだろうと思っていたのですが、実際は4月末から数えても対局数はネットの2局のみです。
 体調不良による自粛でもありません。
  開き直って言うと「体調良好」はほぼ無いようなものですから「不良」は問題外です。
 うんと悪いか、いつも通りに悪いかの違いだけですから。
  では、何故打たないのか?
   打たないというより”打てない”に近いかも知れない・・・マアハッキリした理由は無いのですが。
 あえて言えば気力が充実してこない感じ
  いや、普段気力に満ちているわけでもないけれど、ともかく誰かが打っていれば、それを観戦するのが精一杯の感じ。
 要するにGWで身も心もだらけてしまって、ネット碁で打つ程度、あるいはリアルで碁石を持つ程度には回復していないらしい。
 要するに暇だから趣味の碁を打つのではなくて、打ちたいときはどんなに忙しくても時間を作って打っているのですね、、、今は丁度その反対の現象が自分に関して起きているようです

 そして対局した2局
  勝敗こそ1勝1敗ですから、贅沢は言えませんが、内容が酷い。
 1局目は序盤で躓いて、大きなハンデを背負っての中盤で、止むを得ない捨て石作戦から、ロングスパート的逆転。
 例えばマラソンで序盤に1000mくらい離されたのを残り30kmで、1kmにつき33mくらいづつ差を詰めていったような碁
 これは「ウサギと亀」ウサギの昼寝、大差で有利の気の緩み・・・そういうものが無くては実現しないはずで、結果勝利でも喜べる内容ではない。
 まして2局目は全くひどい碁で、序盤の躓きを挽回しようが無い形
 相手の方も緩んだ手を打たないから付込む隙もない、、、
  ですから、2局を通して考えると全く見えていない感じでです。
 ですから、気の緩み、体の緩みと同時に碁盤を照らす灯台の灯りが消えてしまっている状態なのです。

 一言で言うと「見えない」状態・・・普段から見えている訳でもないけれど「見えている」と思い込むことが出来ない状態です。
 こういう時に、ふと故郷の灯台を思い出したのです。
  有名な有人の大きな灯台とは比較にならないミニ灯台です
  小さなタンカー専用の入り江があって、そこの入り口の水路の波を消すために100mくらい海に突堤が出ていてそこの先端に7,8くらいのミニ灯台がありました。
 海とか港の専門家から見たら灯台と言うかどうか・・・単なる水路標識かもしれませんが、ともかく俗称は「赤灯台」
 高校時代はよく夜中に家を抜け出して、明け方まで一人でクロダイ釣りをした場所です。
 目の前の水路を越えて向こうのテトラポットの根っこがポイントで、目の前を小さなタンカーが通過したら、暫くお休み。
 週末の夜は遠くから来る人も居ましたが、平日は大体私一人の世界です
  2段になった突堤に座っていたものです
 周りは護岸から伸びる突堤の付け根の水銀灯と、突堤の先の赤灯台の灯りだけ
  もしも第三者がこの風景を見て、絵になるとは思えないけれど、、、
 スペインだったか灯台の絵の風景がとか、韓ドラで灯台が出てくる話・・・そういうものを見ると、その赤灯台が浮かんできます。
 大して明るくも無い水路灯ですが、今の私の碁にはそれさえない!