市谷亀岡八幡宮の几号水準点(水鉢台座)が新宿区の登録有形文化財(歴史資料)に指定されましたので、4月30日のフィールドワークには説明をしました。
『几号水準点(几号高低標)とは、明治初期に用いられたイギリス式の水準点で、明治初期の東京を中心に「不」の字に似た記号が刻まれた几号水準点が各地に設置されました。
市谷亀岡八幡宮の几号水準点は、参道右脇に設置されている水鉢の台座に刻印されており、刻印された年代は、内務省地理寮による関八州大三角測量が開始された明治8年(1875)頃と思われます。
現在台座の上には、昭和26年(1951)に八幡講によって奉納された水鉢が置かれていますが、材質や大きさから推測するに、もともとは社務所前に置かれている、越前屋吉兵衛によって奉納された宝暦7年(1757)の水鉢とセットであったと思われます。
『江戸名所図会』(天保5・7年間刊、1834・1836)には、現在と同じ位置に水屋が描かれており、また「東京実測図」(明治20年、1887)に記された標高(水準点94.8尺、約28.7m)が現在とほぼ変わらないことから、水準点の位置が、設置当初から移動していないことが分かります。
水準点は全国に340ヶ所設置され、現存するものは154ヶ所、新宿区内では3ヶ所が現存しています。設置当初と位置が変わっているものも多く、移動のない市谷亀岡八幡宮の几号水準点は希少です。』
新宿区教育委員会サイトより
東京旧市内で一番の標高は、44・8㍍の都立戸山公園内「箱根山」ですが、尾張徳川家下屋敷「戸山山荘」として整備された時の築山「玉円峰」です。
よって牛込台地36㍍の余丁町が一番高く、33㍍の本村町が二番となります。
境内の陸軍境界石
八紘一宇石碑
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