ラドミル・エリシュカ先生を大阪フィル定期にお迎えするにあたり、独eBayにて落札したレコードが届いた。
ドヴォルザーク「6番」の前プロとして演奏される「テ・デウム」をメインとしたヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル&プラハ・フィル合唱団(合唱指揮: リュボミール・マートル)によるスプラフォン盤である。たまたま、YouTubeでこの演奏を知って魅せられ、何としてもレコードで聴きたくなったのである。
1984年というから、チェコとスロヴァキアが分裂する9年前の録音。この時期にデジタル録音が行われているのは、スプラフォンと日本コロムビアの長年の深い関係ゆえであろう。
このとき64歳のノイマンはまさに円熟の極地にある。ただ、そこにチェコ・フィルが居て、ノイマンが指揮台に立つだけで、素晴らしいドヴォルザークとなってしまうという風情が堪らない。もちろん、彼らが何もしていないわけではない。音楽的な必然事項がクリアされた上で、立ち上る独特の空気が美しいのだ。
2人のソリスト、ガブリエラ・ベニャチコヴァー(S)、ヤロスラフ・ソウチェク(Br)の歌声からも、イタリアやドイツの歌手とは違う何かを感じ取れる。
そう、これこそ、エリシュカ先生をお迎えする前に全身全霊に浴びておきたかった本場の音。もちろん、日本人である我々には及ばない音楽的語法や言葉の響きはあるに違いないが、だからといって、開き直って関西弁訛りの歌唱を良しとするのは愚の骨頂である。チェコ本場の音を徹底的に聴いて、我が肉体と精神というフィルターを通した上で、エリシュカ先生の御心に適う合唱を提供をしたい。
その意味で、この文章を読んだ大阪フィル合唱団員には、CDやYouTubeでもよいので、積極的にノイマンの録音を聴いて、感化されて欲しい。ほかにスメターチェクやアーノンクールの録音でもよい。チェコのコーラスがどのようにラテン語を発音するのか、どのようなハーモニーをつくるのかを確かめることができるだろう。
ところで、ドヴォルザーク「テ・デウム」は、同じテキストによるブルックナー作品ほどの知名度はない。演奏機会や録音も多くはない。かくいうわたしも、今回、定期演奏会で採り上げる曲をオーケストラ事務局と協議する過程で知ったのだから、お恥ずかしい限り。
正直のところ、第一印象は「やけに祝典的で華やかだなぁ」というもので、内省的な深みなどはあまり感じなかったのだが、スコアを眺めたり、繰り返し聴いたりするうちに、ジワジワとその美しさが分かってきた。いまでは紛れもない名曲と断言できる。
この作品からは、ドヴォルザークが、本当はオペラ作曲家としてもっと成功したかったのだな、という想いも伝わってくる。そこここに、ヴェルディ「オテロ」の影響(パクリとにも近い?)が見られるのだ。しかし、ドヴォルザークの素朴でハッタリの効かない性向により、劇音楽としては洗練されきれない。しかし、その木訥さこそ、ドヴォルザークの魅力であり、スターバト・マーテル、ミサ曲二長調が広く愛される所以なのである。
エリシュカ先生最後の来日となる大阪フィル定期演奏会にご来場予定のお客様には、是非とも事前にドヴォルザーク「テ・デウム」をお聴き願いたい。当日一度聴いただけでは、聴き逃してしまうドヴォルザークの愛に気付いて頂きたいからである。