明鏡   

鏡のごとく

『あるもの』

2014-07-23 18:38:00 | 小説
  男は、ひょんなことから、「あるもの」を調べるように言われていた。

 定期的に「あるもの」について報告することが男の仕事となった。

「あるもの」は、視野狭窄が過ぎていき、しまいには視力を奪うように、息苦しいものであった。

「あるもの」があることで、男は飯を食うことができていたが、「あるもの」は男の眠りを奪ってもいた。

「あるもの」をなきものにできないか。

 男は考えた。

「あるもの」があるために、おれは生きづらい毎日を送らねばならない。
 しかも、「あるもの」はおれにとって邪魔な存在である。
「あるもの」さえなければ、おれも少しは楽になるというものだが、「あるもの」はいっこうに目の前から消えようとはせず、ときおり、嫌味まで言いやがる。

 仕事をしないものにはありません。などといいやがる。
 おれは「あるもの」を調べる仕事をしているというのに。
 なにもわかっておらん。

 いっそのこと、「あるもの」をなきものにしようか。
 などと思う時、おれの仕事に予算がつかなくなるのは困りものではあるが、いまよりも、ずいぶん楽になるかもしれない。と思うと、死んだような目で「あるもの」をないもののようにみていたりする自分を見つけるのであった。

「あるもの」は横柄で、このおれにギャンブルをするなという。
人生は勾玉ではなく、禍々しい玉のように騒がしく動きまわるだけの遊びの中にあること、それを「あるもの」は忌み嫌うのだ。

 そんなものはなくてもいい。という。

「あるもの」のほうこそ、なくてもいいのだが、遊びを知らない「あるもの」は、一体何を楽しみに生きているのであろうか。と時々思う。

「あるもの」を調べているうちに、「あるもの」が「ないもの」を作っていることを突き詰めた。

 そこにありそうで「ないもの」を探して、「あるもの」に変えていくのが、「あるもの」の仕事であると気づいたのである。

 男はいつのまにか「あるもの」に気づいた。

 今までなかったものが、男の中に巣食っていくのを感じたのだ。

 重くて重くて吊り下げることができないほど大きくなった蜂の巣のように、家の床下の真っ暗闇で知らぬ間に大きくなっていくように「あるもの」は日に日に大きくなっていったが、男は「あるもの」の重みに耐えられないように足取りが日に日に重くなっていった。

「あるもの」のせいだ。

 男は思った。

「あるもの」のせいでおれは、蜂の巣を突かれるような思いをしているのだから。

 男は「あるもの」に言った。

 おれの判断次第で、おまえがあがるかさがるか、いきるかしぬかがきまるのだ。

「あるもの」はなにもいわなかった。

 力を見せつけようとしても、「あるもの」には力など「ないもの」にしかみえないのであった。

「あるもの」はにやりとわらうだけであった。

 またある時、男はいった。

 もし、禍々しい玉のように騒がしく動きまわるだけの遊びで、もうけたら、二人でどこかにいこうではないか。

 「あるもの」はみんなでいこうといった。

 「あるもの」はやはりわらうだけであった。

 男は、ズボンの前を開けて、平気で椅子に座り、「あるもの」を「ないもの」のように扱うようにした。

「あるもの」は気でも違ったかと驚いていたようだが、男は仕事にかこつけて、「あるもの」を「ないもの」にする為になのか、何のためになのか分からなくもなっていた。

 気に食わない。

 おれをないがしろにしやがって、許せない。

 男は「あるもの」のあることないことを吹聴するようになった。

 周りは「あるもの」をないことのようにするようになった。

 そうして、「あるもの」は「あるもの」について語ることにした。

 男のすることはなくなった。

「あるもの」を調べる必要もなくなったのだ。

「あるもの」が語ることに耳を傾けさえすればよくなったのだ。

 それが「あるもの」のそこでのすべてであった。