女はひどく男が嫌いであった。
女が好きなわけでもなかったが、とにかく男が嫌いであった。
特に、気色の悪い目で、女を舐めまわすように見る男が嫌いであった。
つけ回す男も嫌いであった。
壁に近づく男も嫌いであった。
上から見下ろす男も嫌いであった。
女はなぜ、男が嫌いになったのか。
よくわからなかった。
愛想がよく器量がいいわけでもなく、人と話すことが苦手で、口ごもるくせがあるので、自ずと人を避けるようになったせいかもしれないが。
ある女の子の言葉から、ふと自分の中に巣食っている、あることに気づいたのである。
夏の日の午後、暑さにやられてぼんやりと公園のベンチに座っていると、近所に住むボール遊びをしていた小さな女の子が、女の方にボールが転がってきたのを取りに、ちっちゃく走りながら、女を一目見て、やっと玉を見つけたみたいに、不意に打ち明け話をされた時のことであった。
あのね、わたし、きのう、こわいゆめをみたの。
泥棒がちいさな女の子を連れて、うちにやってきたの。
本当に、こわかった。
女の子は、それを誰かに伝えたかっただけなのか、ボールを拾うと、また無邪気にむこうにいってしまった。
知っていた女の子であった。
以前、風のうわさで、この辺りに変質者が出て、女の子に悪さをしたというので、近所の者達が血眼になって犯人を探したことがあった。
その甲斐があってか、犯人は捕まったのであったが、それ以来、女の子が一人でいると、気が気でなくなる、一種の強迫観念が、近隣界隈にはびこっていた。
女の子が、一人で壁打ちをしている。
夕暮れの間延びした影と一緒にキャッチボールしているみたいに見えた。
あの壁には近づかないほうがいい。
女は、不意にそう思った。
そっちに行ってはいけない。
女の中の、小さな何かが叫んでいた。
そっちに行ってはいけない。あいつがやってくるよ。
女は、白日夢にうなされているような気になった。
この暑苦しい夏の日に、あの女の子が壁に向かって投げつけている影。
あの影こそが、彼女の言う夢にでてきた泥棒であり、それがいなくなるように、執拗に、それに向かって打ち付けているようにも見えた。
その時、女は、女の子と一緒にその影が何だったのか見つけたのであった。
かつて、少女であった女が、家の影につれていかれて、男に無理やり口に押し付けられたものが、なんであったのかが、蘇ったのであった。
男が嫌い。気持ち悪い。出て行け。近寄るな。
ボールが打ち付けられるごとに、女は寝言のように吐き出した。
男が嫌い。気持ち悪い。出て行け。近寄るな。
女の子は、夢の中から引きずり出してきた泥棒の影に、薄らぼんやりとした影に、女の中の女の子と一緒に、その影に復讐しているようでもあった。
女が好きなわけでもなかったが、とにかく男が嫌いであった。
特に、気色の悪い目で、女を舐めまわすように見る男が嫌いであった。
つけ回す男も嫌いであった。
壁に近づく男も嫌いであった。
上から見下ろす男も嫌いであった。
女はなぜ、男が嫌いになったのか。
よくわからなかった。
愛想がよく器量がいいわけでもなく、人と話すことが苦手で、口ごもるくせがあるので、自ずと人を避けるようになったせいかもしれないが。
ある女の子の言葉から、ふと自分の中に巣食っている、あることに気づいたのである。
夏の日の午後、暑さにやられてぼんやりと公園のベンチに座っていると、近所に住むボール遊びをしていた小さな女の子が、女の方にボールが転がってきたのを取りに、ちっちゃく走りながら、女を一目見て、やっと玉を見つけたみたいに、不意に打ち明け話をされた時のことであった。
あのね、わたし、きのう、こわいゆめをみたの。
泥棒がちいさな女の子を連れて、うちにやってきたの。
本当に、こわかった。
女の子は、それを誰かに伝えたかっただけなのか、ボールを拾うと、また無邪気にむこうにいってしまった。
知っていた女の子であった。
以前、風のうわさで、この辺りに変質者が出て、女の子に悪さをしたというので、近所の者達が血眼になって犯人を探したことがあった。
その甲斐があってか、犯人は捕まったのであったが、それ以来、女の子が一人でいると、気が気でなくなる、一種の強迫観念が、近隣界隈にはびこっていた。
女の子が、一人で壁打ちをしている。
夕暮れの間延びした影と一緒にキャッチボールしているみたいに見えた。
あの壁には近づかないほうがいい。
女は、不意にそう思った。
そっちに行ってはいけない。
女の中の、小さな何かが叫んでいた。
そっちに行ってはいけない。あいつがやってくるよ。
女は、白日夢にうなされているような気になった。
この暑苦しい夏の日に、あの女の子が壁に向かって投げつけている影。
あの影こそが、彼女の言う夢にでてきた泥棒であり、それがいなくなるように、執拗に、それに向かって打ち付けているようにも見えた。
その時、女は、女の子と一緒にその影が何だったのか見つけたのであった。
かつて、少女であった女が、家の影につれていかれて、男に無理やり口に押し付けられたものが、なんであったのかが、蘇ったのであった。
男が嫌い。気持ち悪い。出て行け。近寄るな。
ボールが打ち付けられるごとに、女は寝言のように吐き出した。
男が嫌い。気持ち悪い。出て行け。近寄るな。
女の子は、夢の中から引きずり出してきた泥棒の影に、薄らぼんやりとした影に、女の中の女の子と一緒に、その影に復讐しているようでもあった。