日々、あんのん。

からだの育ちの凸凹、学習のスタートラインにつけない人のもっと学びたい、発達したいを応援します。

やってみなくちゃわからない!

2016-09-15 22:21:41 | 発達応援
 今日は中秋の名月ですね。
満月はあさってですね。

 高校生のとき住んでいたところでは、
高校の教員をしていた父のところには、毎年毎年、
お供えを取りにくる高校生がいました。

 里芋、団子、さつまいもと、珍しいものがあるわけではない我が家のお月さんへのお供え物。
同じくらいの年の男子が
「せんせー、お供え物〜〜〜〜」とやってくるのを、どちらかというと冷ややかに見ていました。

 高校生が好きそうな袋がしなども準備して渡していたように思います。
なんだか、ハロウィンみたいですね(笑)

 やりたいな、やってみたいな、と思うことがあったらどうしますか?

 私は、まずはやってしまうタチです。
そのことが、なんの役に立つのかとか、今やっていることとの関連性はあるのか、とか
何はどうで、あれはどうなのか…と考えるよりも前に、
「やりたーい!やっちゃえーーー!」という風に動くタイプです。

 なので、正直、
「やりたーい、でもーーー」と思考力全開で考えている人や
「やろうと思ってるんだけどー、まぁ、」と時期をうかがっている人に対しては、
そんな人もいるんだね、ふーん、くらいで、
気持ちがわかるとか、共感できる〜とかいうことが一切ありません。

 だからといって、その人たちとは嗜好性というのか、思考性が違うだけなので、
イヤだ、と思う感情もないし、やったら良いのにーというようなプッシュする気持ちも沸きません。

 ただ、そうなのね、という現実があるだけの話しで終了です。

 大人対大人なら、それで良いのですが、
ここに子どもさんを交えるとなると、ちょっと話しが違ってきます。

 自身のお子さんの役に立つかもしれなくても、なぜか、動けないor動かない。
自身の感情の機微にはものすごく敏感なのに、お子さんに対しては鈍麻に振舞う。
ときとして、子どもよりも無防備に佇む保護者さんと出会い、驚くことがあります。

 ただ、私のタチとしては、
動けない、動かない理由があるんだよね、鈍麻に振舞うのも訳があるんだよね、
と、それは私自身の問題ではないので、特に深追いすることもなく、
保護者さんのことはご本人にお任せする、として、
お子さんにのみ照準を合わせるという風にやってきました。

 でも、ちょっと、違うやり方もあるのだよ、ということを
今日は教えてもらう機会に恵まれました。

 どうなるのかは、私もわからないけれど、
まぁ、やってみなくちゃわからない。

 責任ある試行錯誤を重ねる毎日です。
ありがたいことです




 
コメント
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