「替天行道」の旗を掲げ,「梁山泊」を拠点として,宋の腐敗した政治を一掃し人民のための新しい国をつくろうと戦った英雄たちの登場する「水滸伝」(北方謙三著)は,私にとって今でも心に残る物語でした。その英雄たちが志半ばにしてこの世を去っていく場面は,涙なくしては読めませんでした。それだけ,登場する一人一人の人物が人間的にも魅力的に描かれ,志をもって生きる姿に心を打たれたからだと思います。一人の力には限りがあっても,志を同じくする仲間が集まれば,理想の世界をつくることができる……その熱い思いが伝わってきて,私自身も,「梁山泊」の一員として物語の中に入っていたような感じがしました。しかし,最後の戦いで梁山泊が陥落し,頭領の宋江も死んでしまいます。
その続編が,「楊令伝」です。単行本ではすでに発売されていたのですが,待ち望んでいた文庫での発売が実現し,さっそく購入し読み始めました。
先の戦いの3年後,生き残った英雄たちが,「替天行道」の志を忘れることなく,再度宋と戦うために着々と準備を進めていたのです。しかし,大きな問題がありました。戦いの柱となる頭領となる人物がいなかったのです。そんな時に,北にある女真族が新しくつくった「金」という国で,帝のそばで騎馬隊を率いて活躍する幻王と呼ばれる人物がいることが分かります。そして,その人物こそ,かって「梁山泊」の英雄として活躍し,敵の謀略によって戦死した「楊子」の息子「楊令」でした。楊令は,騎馬隊の黒騎兵隊長として活躍した英雄「林沖」の後を継いで,黒騎兵を率いて戦った有能な戦士でもありました。そして,官軍に包囲され炎上した梁山泊で,瀕死の宋江から「替天行道」の旗を託された人物でもあったのです。
幻王を探し求めて金にやってきた武松と燕青(生き残った英雄)は,「この時期が,来てしまったのだな」とつぶやく幻王(楊令)の言葉を耳にします。
次号からは,この楊令を中心に物語は新たな展開を見せることになりそうです。
大なり小なり,人は誰でも志と呼べる理想や夢を持っているのではないでしょうか。この物語を読みながら,改めて志を持って生きることの大切さを感じています。