駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

移動の疲れ

2011年12月11日 | 小験

 法要があり日帰りで田舎に帰ってきた。たかだか片道三時間なのだが疲れた。電車移動で、車中はずっと座っており、しかも半ば寝ていたのに疲れる。どうも距離の移動が人を疲れさせるような気がする。私の感覚では移動そのものが疲れをもたらす。

 サラリーマンなどは東京大阪などの日帰り出張があるようだから、随分大変に思う。プロスポーツなどは遠征しても碌に休養もなく試合がある。メジャーリーグなど時差もあるし、移動時間も長いので大変だろう。それでもみなさん、疲れも見せず頑張っている。旅慣れると移動の疲れが少なくなるのだろうか。

 移動そのものが人体に疲労をもたらし、それには慣れがある程度有効で旅慣れると移動疲れが減るというのが私の仮説。旅行医学などという分野も出来てきたらしいので、この辺りも研究があるかもしれないが、一般の医学誌にはまだ登場しないので、よく知らない。

 

 絵がもう少しで完成というところで、遅々として進まない。どうも完成に近づくと進行が遅くなる。

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月天心貧しき国を照らす

2011年12月10日 | 自然

         

 急に寒くなった。これぞ師走の寒気の中、家の近くでタクシーを降りて自宅まで数分歩く。月と思しい月が中空にくっきりと浮かんでいる。明るい。電気のない昔、満月の光は夜の街並みを近隣の山々を青白く浮かび上がらせたであろう。地上を見れば霜が降りたように一面がほの白く見えたのはよくわかる。今日は皆既月食だという。大都会の人も空を見上げて、改めて月の存在に気付くのだろうか。

 満月を見上げると、いつの間にかウサギを探した子供の頃の故郷や月を詠んださまざまな詩歌が思い浮かび、幽明を超えて時空が広がる。月面に足を付けて歩んだアポロの人達が居ると知っていても、その思いは変わらない。月を踏みしめた彼らこそ、地球を見上げて、何とも不思議な宇宙の存在にしびれるような感慨を持ったと聞く。

 子供達は地球の陰に隠れて起こる月食の原理を学びながら、月光の不思議も感得するだろうか。

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思わぬ高齢化

2011年12月09日 | 診療

  

 後期高齢者の女性が半年くらい前から両腕が重くて動かしにくい、整形外科に通っているがよくならないと来院した。それは整形の病気じゃなさそうだと神経内科を紹介したところ、進行性筋委縮性側索硬化症と思われますので精査中との返事が来た。えー、進行性筋委縮性側索硬化症は中年の病気で遅くとも六十くらいまでには発症すると思っていたので驚いた。

 昨日、勉強会で病院の先生方に会ったのでその話をしてみたところ、先生この頃は病気が高齢化して、高齢者の重症筋無力症とかも居ますよ。横から膠原病の専門家がこの頃は高齢発症の全身性エリテマトーデスも居るんですよ、と教えてくれた。(全身性エリテマトーデスは一般には若い女性の病気)。

 そうか四十年前に刻印された確固たる貴重な知識も修正を余儀なくされるのかと、思わぬ高齢化に驚いた。四十数年前なら、膠原病の大家であった某教授の口頭試問で六十歳女性の関節痛の鑑別診断に全身性エリテマトーデスを第一に挙げれば、じろっと睨まれ、背中でS君が小声で助け船を出してくれただろう。

 病気の好発年齢は臨床医がいつも頭に置いている大切な指標で、それが変更を余儀なくされているわけだ。病気の高齢化と言うより高齢者の若年化と言った方が適切なのかもしれないが、二十年ほど前から小児科の向こうを張って老年化を立ち上げてきたO先生たちも思わぬ伏兵にたじろいでいるかもしれない。

 要するに昔の年寄りと今の年寄りは違ってきたのだ。二十一世紀の高齢者は古いけれども新人類なのかもしれない。

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アラブの春

2011年12月08日 | 世の中

     

 久しぶりにクローズアップ現代を見た。国谷裕子さんがカイロのタハリール広場からアラブの春を総括してリポートしていた。

 血が流れる激しいデモを見れば春と言うより春の嵐の方が正確な表現に思えるが、この地域の長期独裁政権打倒から民主化への動きがどのように展開収束するのかは非常に気懸かりである。

 総括の前にトルコ首相主席補佐官のインタビューがあったのだが、思慮深く時空を見極めながら、この春の嵐を共栄へ収束させようとする強い意志を感じた。日本の外相には到底語れない哲学的でさえある表現力と説得力に、ひょっとしてトルコが牽引してこの危機を実りある前進に導けるのではないかとさえ思った。

 勿論、国谷さんのインタビューが適切であるのも手伝ってはいるが、力強く思慮深い返答には恐れ入った。重箱の隅をつつく質問に慌ててとちる日本政府要人のお粗末が連想され、うらやましく感じた。日本の野党質問者も答弁する大臣もトルコ首脳の爪の垢を煎じて飲むといい。

 十年見ぬ間にトルコ豹変、エルドアンは二十一世紀のアタチュルクなのかもしれない。

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冬の夜空

2011年12月07日 | 小考

    

 二十年前に比べれば出席する忘年会は半減した。時代の流れもあるし年も少し取った。それでも五つばかりの忘年会に出席する。非公式の医師会主催でない友達との集まりが楽しい。

 どうも医者は話題が狭いようで、保険点数、医師仲間や病院医師会大学の人事の噂が多い。おまけに行政の長を呼んでおいてあいつは馬鹿だとか、誰それの息子は三浪だとかアルコールと身内の気楽さがあるにしても、びっくりするような発言が出てくる。業界と言うのはこうした世界なのだろうか、あるいは私の座った席が悪かったのか。ちょいと毒気に当てられてしまった。

 帰り道、オリオンが東の空に輝いていた。子供の時見上げた星空より幾分くすんでいるが星座の形は寸分違わない。リゲルの音のしないささやきが聞こえた気がした。悠久の宇宙の運行に心が洗われる。

 

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