最近読んだ中では、特に印象に残る本となった。
美術教師らしい美しい絵に勝るとも劣らない美しい文。
旧字が多く、学のない私には少し読みにくいが、それを差し引いても余りある文章についつい引き込まれた。
作者(加藤泰三)は南方戦線で無くなられたので、戦前に残した唯一の本となった。
手元にあるのは、昭和34年の復刻版だが、表紙は初版と変わっていないようだ。
【雪原】
空は蒼すぎて暗く、山は白すぎて眩しい。
影は濃すぎるのに透徹り、空気は新しすぎて生物のようだ。
雪面に明滅する無数の耀きはダイヤの七彩、歩く僕を取巻き、両側に流れて僕を送る。
僕の真赤な筋肉の塊は、烈しく血潮を汲み高らかに僕の命を刻んでいる。
炭酸水に立昇る気泡のように、僕の胸に沸沸と湧くものがある。
『あまり美しい景色を見た時は、どんな気がする?』
『…死にたくなる』
あの答をしたのは誰であったか、あんな会話を交したのは、何時であったか。
此処を真直行けば、谷へ墜ちる。
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