クリスチャンみたい&母がちょっと変!

2022年12月02日 23時17分50秒 | 精神世界

 

 

 今朝は一層寒かったです。

最高気温が11.2℃、最低気温が3.2℃。

 

 

 今朝の果物

ごみ捨ての為に外に出るとハロ現象。

今朝の朝が青は微妙~。

昨日のしわしわ朝顔がまだ残っていて、次のお花は寒さのせいか咲き切らず。

 

 

 今日は金曜日でしたので、10時からの御ミサに行きました。

シスター方が渋滞に巻き込まれて少し遅れられるということで、神父様が「教会の祈り」(昔の『聖務日課』で修道者は必ず時間ごとに唱える)をしましょうと言われました。

何と驚いたことに、神父様がスマホにリンクを送って下さいました。

今はそういう時代になったのだ~とつくづくびっくりした次第です。

 

待降節の1週目ですので、ロウソクは1本。

広島から神学生がいらしていました。

韓国の教会で大きな御ミサ(インターナショナルだったのかな)に与った時に、この司祭団の一員となって自分もそこに居たいと思われたそうです。

あとで「お好み焼き屋さん」でお聞きしたお話では現在25歳。

哲学科が終わって、あと6年間は東京の神学校で学ばれるそうです。

何と一人っ子だそうですが、ボーンクリスチャンでご両親も快く許して下さったそうです。

なかなかのハンサムボーイでいらして、しかも優しいので、きっともてたはず。

ガールフレンドとかいらっしゃらなかったのかなな~んて思ってしまいました

 

御ミサの後、神父様が「何か簡単に食べた後、お好み焼きでも食べに行きましょう」ということで、お好み焼き屋さんに行きました。

又、「明日はこの教会の守護の聖人『フランシスコ・ザビエル』の祝日なので、ミサをしてその後で皆で食事をしましょう」

 お好み焼き屋さん

すでに常連さんのようで、スタッフから歓迎されていました。

1人の女性スタッフはハートマークを作っておられましたので、ファン

しかもシスターはスタンプカードを持っていらした

 

他の方はお葬式とか仕事の途中とかで帰られて、参加者は6人。

しかも、そのメンバーがベトナム人の司祭2人、神学生1人、シスター2人と私。

一般ピープルの凡人は私だけでした~

ちょっとない体験でした。

それをお話したら、皆さんが笑われていましたが、神父様は「でも、救われるのは一人だけ(私だけ)かもよ」と言われて、まさか、まさか

6人なので二手に分かれて座りました。

私の横にはお姉さんのシスター。

前には神学生。

 

ここのお好み焼きは大阪風でした。

岡山は広島風ですが、これはこれでやわらかくて美味しかったです。

 

掘りごたつでしたので高齢のシスターには座りやすかったのですが、立つ時に立てず、若い神父様と神学生がお二人を後ろから抱き上げて立たせて差し上げていたのが何ともほほえましかったです

お会計は神父様が全部払って下さいました。

この間から頂いてばかり

いつかお弁当でも作って差し上げようと思った次第です。

 

その後、シスターと私は赤磐の修道院の近くにあるお勧めの整形外科に行きました。

ここは真庭の魔女姉さまも勧めて下さっていたクリニック。

妹さんのシスターの車の後を付いて行ったのですが、結構スピードを出されるので付いて行くのが大変でした~。

 

 整形外科は大きな施設で、しかも丁寧で親切。

関節リウマチとかそっち系の病気ではないとはっきり言われました。

主に今の痛みのほとんど、例えば肩こりと首の痛みは頸椎から来ていて、両足や膝の痛みは腰椎から来ているそうで、今の段階ではお薬とリハビリ。

お薬も嫌なら飲まないと死ぬような薬ではないので、飲まなくていいと言われました。

通院は週に2回のリハが望ましいけれど、ここは遠いから近所で通った方がいいのではないかと言われました。

でも、リハをして下さった女性の先生が週1回40分と電気治療をして、後は家で出来る体操をするという方法もあると言われました。

首の形が理想形のCではなく、Sだそうです

しかも、骨が少し突起していました。

この部分については今までどこでも指摘されたことがありませんでした。

頸椎にしろ腰椎にしろ変形したものは治らないそうですが、でも、これ以上進行させず、痛みを取ることは出来るようです。

(気長なリハビリが必要)

 

 

 

 

 2時の予約でしたが、やはり初診でしたので、待たされることはありませんでしたが、2時間はかかりました。

お姉さんのシスターもここにかかっていらして、今日も治療を受け、待っていて下さいました。

そして、赤磐の家へ。

 

  

 

畑が広~い。

神父様と神学生がいらして農作業をされていて、私に気が付き、神父様が畑を案内して下さいました。

 

 

日曜日にはべトナムの人達がたくさん来て農作業をするそうです。

これらのお野菜は売っているそうです。

 

シスターの家の御聖堂

和風で素敵でした。

その後、シスターが教会でローズマリーを切って下さって、アドヴェントクランツに加えて下さったのでそれらしくなりました。

神父様が収穫して下さったベトナム野菜と大きなへちま(食べられるそうです)。

「本当は収穫させてあげたかったけれど暗くなったからね」

シスターもお土産を下さいました。

 

シスター方はお部屋を見せて下さったり(シスターのお部屋に初めて入った)しきりに泊まって行くように言われました。

それでもいいかなと思ったのですが・・・

「近くのコンビニやスーパーで何でも間に合うでしょう」とシスター。

でも、窓を全開で出て来ていました。

これからは特にシスターと動く時には窓を閉めて出ることにします。

「近いうちにお泊りセットを持って泊まりに来ます」とお約束をして6時にお暇しました。

もうあたりは真っ暗。

少し2号線が混みましたが、1時間で帰ることが出来ました。

 車の中で歪んでしまったので、明日直して飾ります。

それにしても、「シスターと懇意にさせて頂くようになってすっかりクリスチャンらしくなってしまった気がします」と今日、お話ししたら「離れちゃだめよ」と。

明日も御ミサがあり、日曜日もありますので、シスター達はこちらに(あるいは我が家に)泊まられるかもしれません。

毎日1時間の距離を通うのは大変です。

 

 

 

 

 ちょうどリハ中に母から3回電話が入っていました。

その後、何回も掛けたのですが出ず

又、掛かって来たのは7時40分頃。

その後、ゆっくり話をしましたが、前の入院の時にもそうでしたが、変なことを言い出しました。

病院の人が殺そうとしていると・・・

「そんなことわけあるはずがないじゃない。大体そんなことになったら病院だって困るじゃない」

と言いますと

「だからよ。わからないように殺そうとしているのよ」

・・・・・・・・・

昨日まではそんなことはなかったのですが、多分、環境が変わったのと、個室で刺激もなくTVも観ていないようですので、TVを観るように言いました。

それ以外は普通で、リハもし、お食事も食べ、学生さんも来てくれたようです。

身体が何となくだるいようです。

母曰く、明日からは7時半に連絡を取り合うことにしようと言いました。

多分、この時間帯が一番都合がいいのでしょう。

看護師さんもお手すきかも。。。

 

 

 

 

 

 

★致知一日一言 【今日の言葉】

JALはいかに「奇跡の復活」を成したのか

どれだけ多くの人の共感を呼んで、
どれだけ多くの人を巻き込み、
一緒に目標に向かって進めるか、
経営はそこに尽きるんです

━━━━━━━━━━
大西賢(経営破綻後の新社長として、
難しい経営のかじ取りを担った日本航空元社長)
月刊『致知』より
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【最新号pickup記事】

「JALの奇跡はかくて実現した」


大西賢氏(日本航空元社長)
×
大田嘉仁氏(日本航空元会長補佐 専務執行役員)

............................


総額二兆三千億という事業会社として
戦後最大となる負債を抱え、
2010年に経営破綻した日本航空(JAL)。

そのJALを奇跡と言われる再建に
導いたのが、
2022年8月に逝去された
京セラ創業者の稲盛和夫氏です。

破綻後の新社長として
難しい経営の舵取りを担った
大西賢氏。

稲盛氏の側近として
JAL社員の意識改革に奮闘した
大田嘉仁氏のお二人に、
知られざる再建の軌跡、
稲盛氏に学んだ経営の要諦、
リーダーシップの神髄を
語り合っていただきました。

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★バラ十字会メールマガジン(毎週金曜日)


バラ十字会日本本部AMORC


COP27と太陽光線の手

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こんにちは、バラ十字会の本庄です。


━…………………━

文章を以下に転載していますが、できれば、下記のリンクをクリックして、古代エジプトの遺物や現地の写真が掲載されているブログでお読みください。

https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M993510&c=3304&d=ed84

━…………………━


サッカーの日本代表が、ワールドカップでスペイン代表に勝ちましたね。

まさかと思っていました。興奮しました。

決勝トーナメント進出おめでとうございます。


寝不足の皆さんも多いことと思います。



さて、皆さんもご存じのことと思いますが、先月、エジプトのシャルム・エル・シェイクという都市で、気候変動の対策について話し合う国連の会議、COP27が開かれました。

正式名は「第27回気候変動枠組条約締約国会議」と少し長いですね。


そのロゴを見て、びっくりしました。


下記URLのWikipediaのページでご覧ください。

https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M993511&c=3304&d=ed84



このロゴの中央には、地平線を表す緑色の線が引かれていて、その上方には、太陽の光を表す黄金色の線が放射状に描かれています。

そして下方には、やはり太陽の光を表している線が描かれているのですが、こちらは青色をしていて、その一本一本の先端が、人の手の形になっています。


太陽の光線の先が手になっているこの図案は、古代エジプトに由来する古いものです。


議長国のエジプトが、文明発祥の国のひとつである自国をアピールしたのだと思いますが、それだけでないように私には思われます。


そしてそれが、今回ご紹介したいことです。



この写真は、ドイツのハノーバーにあるアウグストケストナー美術館(旧ケストナー美術館)が所蔵している、太陽神アテンとスフィンクスが描かれたレリーフです。

このレリーフが作られたのは、古代エジプトの新王国時代です。


太陽神から伸びて、スフィンクスに降り注いでいる光線の先が、COP27のロゴに見られるのと同じように人の手の形をしています



人類は、世界と人生にまつわる謎を、三千年以上にわたって研究してきました。

新王国時代の第18王朝期の初期、紀元前1450年頃にはすでに、このような謎を探究する人たちの集団である「神秘学派」(mystery school)が整えられ活動をしていました。



参考記事:「人生の目的、人生とは何かを探究する」

https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M993512&c=3304&d=ed84



その約100年後、エジプトのこの神秘学派にアメンホテップ4世という天才が現れます。

当時のエジプトの主流であった多神教に代えて一神教を唱えた改革者として、広く知られています。



当時のエジプトでは、数多くの男神と女神が崇拝されていました。

多神教の神官たちは、神殿に生け贄となる動物などを奉納すると、幸運や、現世や来世での幸福が約束されると人々に語り、莫大な富を集め、それを背景に絶対的な権力を振るっていました。


そして、これらの神々の頂点に立つ神が「アモン・ラー」(Amon-Ra)でした。

アモンは元々テーベ(現在のルクソール)地方の豊穣神だったのですが、その後太陽神「ラー」と一体となり、アモン・ラーという名前で、太陽そのものが最高神とされていました。



アメンホテップ4世は、アトン(Aton)という太陽神を信仰する一神教を唱えました。

「アメンホテップ」は「アモンを崇拝する」を意味するので、彼は即位後に自分の名前を「アトンの弟子」を意味する「アクナトン」に変えています。



しかし、彼以前から太陽はそもそも最高神だったので、何が変わったのかと感じる方も多いのではないかと思います。


歴史家の一部は、このことを権力闘争という見方から説明しています。

当時、ファラオを中心とする王族と、エジプト全土に広がっていた神官たちの組織は権力を争っていました。

ファラオ・アクナトンは、アモン・ラーをアトンにすげ替えることで、従来の信仰から力を奪い、アトン神を信仰する新しい宗教の中心にファラオを据え、王家に権力を取り戻そうとしたという解釈です。



しかし、おそらくそれは真実の一方の面であり、神秘学(mysticism:神秘哲学)からは、別の見方をすることができます。


当時の多くの人の精神の発達段階は、呪術・神話的と呼ばれる段階にありました。

現代人の目から見ると、生けにえ、おまじないなどは、とても非科学的で愚かな行いに思えますが、当時の人にとってはそれが、将来への不安を静め、心の安らぎを得る方法でした。

また、それらを基盤にした当時のアモン神中心の宗教によって、人々の道徳心も維持されていました。


アクナトンもそう考えたためか、アトン神以外の神々を信仰することを禁止していません。



しかし、人々の内面がこの段階から先に進むためには、新しい哲学的な枠組みが必要でした。

当時の神秘学派の最先端の考え方によれば、宇宙と自然界と人間の秩序と調和は、「あらゆるところに存在する知性」(Universal Intelligence:普遍的知性)によって保たれています


この知性がアトンです。アモンが人間に似た姿をした人格神なのに対して、アトンは抽象的な知性であり、人間とは似ても似つかないものでした。

人間には直接は知ることができないとさえ考えられていたのです。

そして、太陽はアトンそのものではなく、アトンの象徴であると、アクナトンは考えていました。


アトンと太陽の象徴的な関係は次のように説明されます。

太陽の光が、地上の生きものの全てに分け隔てなく、エネルギーと暖かさを与えるように、アトンは、すべての生きものの内部に「ある崇高さ」を与えています。

そして、人間の心の内部にある「この崇高さ」を表す言葉としては、英語では「スピリチュアリティ」(spirituality)がよく当てはまり、日本語では「真善美」という言葉がよく当てはまります。



科学者が新しい発見をできるのも、芸術家が斬新な着想を得られるのも、そして、すべての人がものごとの善悪を、自分自身で感じ取れるのも、心の奥のこの「崇高さ」が働いてくれているおかげだと、考えることができます。


これは極めて進んだ考え方で、現代の神秘学も、ほぼ同様の考えが基礎になっています。


ちなみにアクナトンは、エジプトの首都をテーベからアマルナ(現在のテル・エル・アマルナ)に遷(うつ)し、この地に芸術家を集め、その活動を後援しました。

そのためこの時期には芸術がとても栄えました。写実性が特徴のこの芸術は、アマルナ芸術と呼ばれています。



この写真は、カリフォルニア州サンノゼ市にある、当会の古代エジプト博物館が所蔵する石灰岩のレリーフです。


左側には、太陽光線の手を見ることができ、右側には、頭を下げて草を食べているガゼルが見られます。


ガゼルの首は優美な曲線を描いており、自然界とその美しさに対する繊細な感受性がよく表れています。アマルナ芸術の代表的な遺物です。



こちらは、カイロのエジプト考古学博物館にある、「アクエンアテンと彼の家族がアテンを信仰している姿」というレリーフです。


やはり太陽光線の手が見られます。

また、描かれている人体とハスの花が、写実的な美しい曲線を描いています。



話をCOP27に戻しましょう。この国際会議のロゴに描かれた太陽光線には、地球温暖化の防止のために、再生可能エネルギーを積極的に活用しようという主張が、もちろん込められているのだと思います。


しかし、光線の先が手になっていることには、より深い思いが表れているように、私には思われます。



二酸化炭素やメタンガスの排出の削減や、生態系の保全を人類全体で進めなければならないことは、誰の目にも明らかであるにもかかわらず、先進国と発展途上国の立場には、いまだに大きな隔たりがあります。


この隔たりを乗り越えるためには、どのようにしたら良いのでしょうか。

自身の心の深くの声に耳を傾け、太陽光線の手が表している、私たちの心に与えられている「崇高さ」が働くようにすることが重要なのではないでしょうか。


この「崇高さ」が多くの人の心の中で十分に働いたとき、先進国で暮らす私たちのような一部の人たちが手にしている既得権よりも、将来の世代の人たちすべての幸せや、地球全体に対する人類の責務が優先されるということが、世界の常識になってくれるように思います。



最後は、やや話しが大きくなりました。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


またお付き合いください。(^^)/~



参考記事:「人生の目的、人生とは何かを探究する」

https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M993513&c=3304&d=ed84



◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇

■編集後記

サザンカが咲いています

https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M993514&c=3304&d=ed84

◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇


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4 コメント

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こんばんは! (fuji3386)
2022-12-02 23:33:51
楽しいくて刺激的な一日ですね。神父様や神学生、シスターなんて、雲の上のお方みたいに思っていましたが(今も思ってる)お好み焼き食べるんだ~っ(笑)そしていい病院に巡り合えて良かったー とか思ってたら、・・・まさかのお母様の発言!。お母様はドラマの脚本書けそうです。
ことり
返信する
ことりさんへ (ピエリナ)
2022-12-02 23:49:06
こんばんは、ことりさん(^^)/

そうなんです。
楽しくて刺激的な一日だったんですよ。
お好み焼でもラーメンでもなんて言われていました。
私よりもよくお店をご存じのようです。
しかも、シスターはポイントカードまで

クリニックは想像以上に良かったです。
ドクターも詳しく丁寧に説明して下さり、リハの方もそうでした。
遠いのが難点。

母はやはり高齢だから急な環境の変化はやはりヤバい。
母の人生は本当にドラマチックですので、一代記を書いたらいいのにと言っていました。
退院したら、母が話すことを私がPCで打とうかなどと考えています。
返信する
Unknown (risukurumi48)
2022-12-03 07:00:33
ピエリナさん、
おはようございます。リコです。

お母様の変な言動は手術前に説明がありませんでしたか。
麻酔をして手術をすると、暴力的になったり、荒々しい言葉を吐くことがあります。と私は説明を受けました。
主人とは面会が出来ないのでそんな言動に、会うことはありませんでした。
貴女は恵まれてますね。電話を貴女からかけられて。
他の患者さんや看護師さんの邪魔にならないように(治療中かもしれないので)、私からはかけませんでした。
97歳と高齢なのでお母様の変な言動が酷くなるようだったらお医者さんが対応してくださるはずなので、観察するしかありませんね。
返信する
リコさんへ (ピエリナ)
2022-12-03 23:55:57
こんばんは、リコさん(^^)/

それについては説明はありませんでした。
以前も入院中おかしなことを言い出しましたし、もう術後日にちも経っていますので、環境の変化によるものかなと思います。
しかも、単調な日々ですから。

私も一応母から電話があるまでは何をしているかわかりませんし電話はかけないようにはしていますが、母にとっては唯一の私と繋がる手段ですので、高齢ですから大目にみて頂いています。
事前にお願い事項の欄にも書いています。

今日は話せませんでしたし、週末ですし、症状が悪化しなければいいのですが。。。

なかなか心配は尽きません。

コメント、ありがとうございした。
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