母の容態(入院36日目)&百寿者&牛窓

2024年09月15日 21時17分00秒 | 生活

 昨夕から珍しく雨が降り続きました。

今朝のお散歩中もポツポツ。

 

 

明日の早朝、岡山に帰ろうと思っていますので、しばらく見納めかなと思い来ました。

 

 

 

 

この「赤屋根」は元々は「清風亭」と言い、戦前からこの地に立っていたそうです。

知りませんでした。

佐竹徳画伯のお家だったと思っていました。

「昭和34年から約40年間、牛窓オリーブ園の風景に魅せられた佐竹徳画伯は、この赤屋根のアトリエを拠点に絵を描き続けられました」だそうです。

 

山の中腹より

 

ホテルリマーニ周辺

潮位は1.48m

 

今朝はコンビニに行こうと思って降りてきました。

今まで気が付きませんでしたが、ちゃんとコーヒーマシンもありました。

先日の退院カンファレンスのあとで、Rちゃんが「お母さん、先にお金を払うんですよ。コンビニと一緒ですよ」と言ったあのコンビニのコーヒー

近所のコンビニにはあることは知っていましたがそもそもコンビニに行く機会があまりなくて・・・

それに家ではコーヒーメーカーで淹れるし。

ということで、今日はコンビニコーヒー初体験をしてみました

ホテルリマーニ

 

昨日もここの宿泊客の皆さんが海岸に日の出を見にいらしていました。

前島フェリー

 

山頂までにいくつか山の横断道があり、民家や別荘が結構あります。

西寺と呼ばれています。

 

随分立派なお寺です。

ここは「ミティリニ広場」

「姉妹都市であるギリシャ・レスボス島のミティリニ市と、縁組15周年を記念して作られた広場。ギリシャの神殿跡をモチーフに作られたこちらからは、牛窓の海が望める最高のスポット。」とありますが、草茫々となっています

 

いろいろな別荘エリアがあります。

  

お寺の前は広い道路ですが、他は狭いです。

ここで、鹿や猪、昨日の朝はタヌキ を見かけました。

 

 

ほんの一部ですが・・・

ホテル旬香にも多くのお客様の車が停まっていました。

主に京阪神が多く、多くはワンちゃん連れ。

 

帰って、ワンプレートの朝食

 

明日が敬老の日なので特集をしていました。

「百寿者」約92000人

(今年はもう少し増えているかも)

 

百寿者の秘訣3つと性格3つ

母に当てはめてみて「確かに」と思ったり「これは違うわ」と思ったり。

 

でも、これは一緒かも

 

戦争時代や食べ物もろくに食べられなかったり貧しい時代を経験し、家社会や男性優位で仕事上でも不条理なことが多くあったりで、母もよく「今が一番自由で幸せ」と言っています。

 

ただ、この入院中、どう思ったか。。。

それにしてもこの上の102歳の方々、お若い

 

 

 

 

 お昼頃から晴れてきました。

 

ふと見ると、干潮で道が出来て、昨日よりも多くの人達が歩いていました。

ネットによりますと

「ロマンチックな砂の道が恋人たちのパワースポット


瀬戸内市牛窓沖に浮かぶ黒島では、潮がよく引く干潮時にロマンチックな砂の道が現れます。
3つの島が弓形につながった黒島ヴィーナスロードは恋人たちのパワースポット。
自然が作り出す神秘的な全長800mの砂の道を歩いて2人で触ると恋愛が成就すると言われる「ハートの石」を探してみてください。」

 

 

又、一艘ボートが近づいてきました。

 

 

どこまで行くのだろうと見ていると

 

 

 

Uターンして船着場へ。

 

 

 

 今日の山小屋ワンプレートランチとおやつ 

今日はハンバーグ。

昨日は缶詰の「オイルサーディン・トマト味」を開けました。

 

午後からはバラ十字会お勉強デー

 

明日も雨が降るのかな

 

 

 

 

 明日はイタリア帰りの友人と会うことになりました。

母が帰ってくると会う時間がしばらくなさそうですので。

昨日はラーメンを食べて、今日は温泉に行って・・・イタリアで出来なかったことをしているようです

 

 

 

 

 

 

・°*100歳までのカウントダウン

母100歳まであと239・°*

 

 

 

 

 

 

 

★致知一日一言【今日の言葉】2024.9.15

 

シスター鈴木秀子先生の言葉

 

縁ある人々の幸せを
心を込めて祈ることは
周囲を明るくするだけでなく、
自身も安心感、幸福感に
包んでくれます。
━━━━━━━━━━━━━━
鈴木秀子(国際コミュニオン学会名誉会長)
○月刊『致知』2024年10月号
連載「人生を照らす言葉」より
━━━━━━━━━━━━━━

『致知』創刊46周年に際し、
鈴木秀子先生からは
下記のメッセージをいただきました。


「四十六年にわたり、
『致知』は物質中心の価値観を超えて、
自然環境、社会的公正を重視しながら、
人間の真の幸せ、人間の魂のあり方を
追求する生き方を、読者と共に
求め続けてきました。

これからも激変する今の時代に、
最も必要とされる叡智を
伝え続けてくれるのが、
『致知』であると確信しております。」

 

 

 

 

 

★[ECCJ] 今日(9月15日)の珠玉のリーディング


エドガー・ケイシー


父に対するように神に話しかけなさい。神は、あなたを愛する父のようにあなたに答えて下さるだろう。

Speak to Him as to thy Father; He will answer thee as thy Father who loves thee.
(2811-3)

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母の容態(入院35日目)&牛窓で読書

2024年09月14日 22時00分00秒 | 本、読書

 熱帯夜とはなりましたが、日中には35℃にはならず、夕方には雨も降りました。

ここのところ眠くってうたた寝しつつ打っています。

 

 

 

 今朝h、4時20分に目が覚めましたのでPCのコードを取りに岡山に帰ってきました。

そして、牛窓にとんぼ帰り。

ちょうど日の出時刻でしたので、海に行ってみました。

牛窓海岸

 

  

 

心地よい風が吹いていましたので波がありました。

瀬戸内海にしては大きな波。

砂浜に降りて、しばし佇んで波の音を聞きました。

 

 

しばし波の音を聞きながら・・

 

 

キャベツ

 

 

フルーツ&動物園

 

家からの景色

 

今日の果物

 

 

少し時間が経つと、この青空。

 

 

 

 

しばらくすると干潮に。

ボートが島に近づき

 

 

道が現れました。

 

 

人が降りました。

 

雑穀米を入れたご飯を炊いて卵ご飯を食べつつ、この様子を眺めながらお昼ご飯を食べました。

(お味噌汁なし)

デザートはフルーツヨーグルトとざくろジュース。

ふたりの人が歩いているのが見えました。

 

岡山の家に居るとあれこれしないといけないことが見つかるものですが、ここでは海を眺めながらただただのんびり出来ます。

やはり、来て良かったと毎回思います。

今日は心地よい風に吹かれながら、「天涯の花」を読み終わりました。

とても清々しい気持ちになりました。

いつか剣山でキレンゲショウマのお花を見てみたい。

 

 

 

 

 

 友人が無事に帰国しました。

10時半頃、到着し10時45分頃「無事、着いているからね~」と。

無性にラーメンが食べたいと言っていました。

最後の機内食を送ってくれたのですが、半分残したと言っていました。

イタリア料理に飽きてしまって

機内食がなぜか動画になっていて、写真として取り込めないのが残念。

又、ゆっくり旅の話が聞けるのを楽しみにしています

 

 

 

 

 

 

 

・°*100歳までのカウントダウン

母100歳まであと240・°*

 

 

 

 

 

 

★致知一日一言 【今日の言葉】2024.9.14

 

『JALの奇跡』の著者、待望の最新刊

 

【6つの精進】
1.誰にも負けない努力をする
2.謙虚にして驕らず
3.反省のある毎日を送る
4.生きていることに感謝する
5.善行、利他行を積む
6.感性的な悩みをしない

━━━━━━━━━━━━━━
稲盛和夫(京セラ名誉会長)
○『運命をひらく生き方ノート』
(大田嘉仁・著/最新刊)より
━━━━━━━━━━━━━━


「尊敬する稲盛さんの生の言葉が
いまここに聞こえてくるかのようだった」

永守重信氏ご推薦!!
(ニデック代表取締役グローバルグループ代表)


戦後最大の負債を抱えて、
2010年に倒産したJAL。
そのJALの再建に、
稲盛和夫氏とともに携わり、
わずか2年7か月で再上場。
その奇跡の再建劇の一部始終を記した
『JALの奇跡』
の著者・大田嘉仁氏の最新刊が
まもなく発売となります。

タイトルは、
『運命をひらく生き方ノート』
~約30年、稲盛和夫氏のもとで学んだこと~

たぐいまれな経営手腕と哲学を通じ、
産業界のみならず広く
市井の人にまで感化を与えた
日本を代表する経営者・稲盛和夫氏。

京セラ時代には稲盛氏の秘書を務め、
JALが経営危機に陥った際にはともに
第一線で再建に携わるなど
約30年間にわたり稲盛氏の側近として
薫陶を受けたのが、本書の著者です。

著者は、稲盛氏が常日頃から
語っていた言葉や教えを
逐一ノートに書き留めていたといいます。
その数、実に約60冊。

稲盛氏に関する書籍は
多く出版されていますが、
著者のみが知り得る稲盛氏の実像が
ありありと浮かび上がってくるのが
本書の大きな魅力です。

「はじめに」で著者はこう述べます。

「稲盛さんは最初
『お前はメモ帳のようなものだ。
便利だから同席させているんだ』と
話していたのですが、
途中から『この場で勉強し、
大成してほしいから、
お前を同席させているんだ』と
言うようになりました。

私が京セラの役員になった頃は
『いつまでも俺の陰に隠れずに、
出しゃばれ。
これまで学んだこと、
自分で成し遂げたことに
自信をもって、皆に伝えなさい』と
発破をかけられるようにもなりました」

著者ならではの視点で
まとめられた
稲盛氏の生の言葉と、
そのリアルな体験談を読むと、
稲盛氏と著者における
魂と魂の呼応が感じられ、
より一層、言葉が胸に迫ってきます。

1991年から2018年の
28年間に及び記された貴重なノート。
多くの人にとっての
仕事と人生の教科書となることでしょう。

ニデック代表取締役
グローバルグループ代表の
永守重信氏も、

「尊敬する稲盛さんの生の言葉が
いまここに聞こえてくるかのようだった」

と推薦の言葉を寄せておられます。
ぜひご予約をおすすめします。


≪目次≫
第1章 いかに生きるか
1 生き方
2 考え方
3 成長の原理

第2章 リーダーのあるべき姿
1 リーダーのあり方
2 リーダーの条件
3 リーダーの役割
4 リーダーの心構え
5 リーダーとして気を付けるべきこと
6 リーダーの最も大切な仕事

第3章 経営の要諦
1 正しい経営をする
2 正しい数字で経営する
3 新しいことを始める
4 事業を成長させる
5 明るい職場を作る
6 大きな愛を持つ

第4章 素晴らしい未来のために
1 明るい未来を信じる
2 善きことを思う
3 心を磨く

――――――――――――――

『運命をひらく生き方ノート』
~約30年、稲盛和夫氏のもとで学んだこと~

大田嘉仁・著
定価=2,200円(税込)

 

 

 

 

 

 

★バラ十字会メールマガジン(毎週金曜日配信)

 

(昨日、アップ出来ませんでしたので・・・今はアップしていますが今日のブログにも簡単アップ)

 

 

アイスマンの入れ墨と古代の医学


バラ十字会日本本部AMORC

 

 

こんにちは、バラ十字会の本庄です。

今日の東京板橋は、再び厳しい残暑が戻ってきています。

本格的な秋が待ち遠しいですね。いかがお過ごしでしょうか。

 

今回は、アイスマン(古代の氷結したミイラ)と古代の医学について、作編曲家でベーシストの私の友人から寄稿がありましたので、ご紹介します。


━…………………━

文章を以下に転載していますが、アイスマン(古代人の氷漬けミイラ)の写真、様々な生薬、ハーブ、鍼治療を受ける人の写真などが掲載されていますので、ぜひ下記のリンクをクリックして、公式ブログでお読みください。

https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M1147745&c=3304&d=ed84

(アイスマンの入れ墨と古代の医学|5300年前のツボと生薬の知識)

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母の容態(入院34日目)&介護練習へ&牛窓へ&友人のイタリア旅行(プロチダ島)

2024年09月13日 23時06分00秒 | 医療、病気

 昨夜も熱帯夜でしたが(26.1℃)、何だかもう驚かなくなってきました。

それにしても「夏」が長いです。

 

 

 今朝のお散歩より

 

これくらい幅広いと朝顔も伸び伸びしますね。

畑の「サムライ」が咲きました。

今日は西側の紫色の朝顔が過去最高の17輪咲きました。

マゼンタは1輪。

紫は咲き始めがかなり遅かったので、今、最盛期のようです。

  

南側も全色揃いました。

 

白色が5輪咲き、マゼンタが3輪、ピンクと空色は各1輪ずつ。

 

 

 

ジャスミンは最後のお花です。

今日の果物

何故か色が悪い

母の退院の準備が整いました。

午後2時、福祉用具の方が2人来て下さって、エアマットが入りました。

試しに寝てみようと思っていますが(福祉用具の方も遊んでみて下さいと)、今日は牛窓に来ましたので、帰ったら寝て見ます。

かなり大きく揺れます。

3時半頃、面会に出かけようとしたところ、病院から電話がありました。

若い看護師さんが「帰られてからの体位移動や口腔ケアの練習が必要なら」とわざわざお電話を下さいましたので、喜んでお願いしました。

この景色も今日で見納めかな。

 

3時のお薬を飲ませないで待っていて下さったようです。

お姫様抱っこのようにして、お尻はおむつあたりを持って右側に向けて、約40度~45度で飲ませる。

その後の口腔ケアも丁寧に教えて下さいました。

今までもしてはいましたが、正式には習ったことがありませんでした。

今日のことは若い看護師さんが独断でお電話を下さったようでした。

そして、「又、プリントにまとめておきますね」

こんな看護師さんもいらっしゃるのですね

母には「次に来る時は退院だからね」としつこいくらいに言って帰りました

希望が湧くかと思って・・・。

 その後、お婿ちゃんの要望で、住民票やらあれこれ取りに行きました。

その件もあって、今朝は2時間くらい娘と話しました。

やはり異国で仕事をするということは大変なようです。

とにかく、すべては「体験」なのだから楽しむように言いました。

お金も時間も無駄なものは何一つないと母は思うよと。

 

 

 夕方になって、いつもの如く出掛けるのが少し億劫ではありましたが、母が退院したら当分来ることは出来ないので、牛窓にやってきました。

月の光が綺麗です。

 

右の上の方の光は高松の街です。

 

瀬戸の海は今夜も静かです。

 

 

友人のイタリア旅行

ポジターノからナポリへ

 

ナポリから船で40分くらいのところにあるプロチダ島

とても可愛らしい島のようです。

 

 

夜はナポリでピザ。

そしてナポリからローマへ。

15時の飛行機で帰国します。

到着は日本時間、明日の10時半頃です。

友人のおかげで私も旅を楽しませてもらいました。

「帰ったらいっぱい話がある。話、聞くからね」

お互い積もる話があります。

 

 

 

 

 

パソコンの電源が切れてしまったので、また明日追記します。

 

 

 

追記

友人が毎回飲んでいるので笑ったら、「日本ではなかなか出来ないからね~」と。

今回の旅は次女さんからのプレゼント。

娘さんとは喧嘩もしたけれど、本当にいい旅だったと。

娘さんが色々考えてくれて頼もしかったと言っていました。

ホテルもいいホテルだったし、専用車も助かったと。

昨日の写真ですが、「ポジターノの景色見ながらワイン🍷飲んでる時泣けてきた😂」と。

「こんな素敵な所で食事してワイン飲んでる〰︎と思ったら酔いが回ってたのか涙が出てきた」そうです。

コロナもあったし、年も取ったし、いろいろと感慨深くて込み上げて来るものがあったのでしょうね。

 

 

 

 

 

・°*100歳までのカウントダウン

母100歳まであと241・°*

 

 

 

 

 

★致知一日一言 【今日の言葉】2024.9.13

 

日本人が忘れてはいけないこと

 

日本人としての正しい歴史観を持ち、
日本の国を守るために
命を捧げた人々に対する
感謝の思いを忘れないこと。
これが日本を自立させる一番大事な柱
━━━━━━━━━━━━━━
中西輝政(京都大学名誉教授)
○月刊『致知』2024年10月号
連載「時流を読む」より
━━━━━━━━━━━━━━

●国際政治学、国際関係史研究の
第一人者として知られる中西輝政氏。
隔月の連載「時流を読む」は、
激動する国内外の情勢の本質を捉え、
日本が、そして私たちが
どう進むべきかという示唆を与えられます。

 

 

 

[ECCJ] 今日(9月13日)の珠玉のリーディング


エドガー・ケイシー


理想とは、誰かがあなたに何を為すかではなく、あなたが誰かに対して何を為すかです!

IDEAL is not so much what others may do for you, but what you may do for others!

(1646-2)

 

 

 

 

 

 

★バラ十字会メールマガジン(毎週金曜日配信)


アイスマンの入れ墨と古代の医学


バラ十字会日本本部AMORC


【ぜひお友達にもこのメルマガを教えてあげてください】⇒

https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M1147744&c=3304&d=ed84

 

こんにちは、バラ十字会の本庄です。

今日の東京板橋は、再び厳しい残暑が戻ってきています。

本格的な秋が待ち遠しいですね。いかがお過ごしでしょうか。



今回は、アイスマン(古代の氷結したミイラ)と古代の医学について、作編曲家でベーシストの私の友人から寄稿がありましたので、ご紹介します。


━…………………━

文章を以下に転載していますが、アイスマン(古代人の氷漬けミイラ)の写真、様々な生薬、ハーブ、鍼治療を受ける人の写真などが掲載されていますので、ぜひ下記のリンクをクリックして、公式ブログでお読みください。

https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M1147745&c=3304&d=ed84

(アイスマンの入れ墨と古代の医学|5300年前のツボと生薬の知識)

━…………………━


▽ ▽ ▽

記事:『古代の医学』


バラ十字会日本本部AMORC下部組織(大阪)役員

渡辺篤紀



◆ アイスマン

皆さんは、「アイスマン」のことをご存じでしょうか?


「アイスマン」は、1991年にアルプス山脈の氷河で見つかった、約5300年前(紀元前3300年頃)の男性のミイラです。


発見された場所にちなんで「エッツィ」という名前でも呼ばれています。



最初は遭難者の遺体だと思われていたのですが、所持品を考古学者が調べたところ、ヨーロッパの青銅器時代前期のものであることがわかり、今はイタリアの研究所の冷凍庫の中で保管されています。


このアイスマンは死後すぐに氷漬けになったため、極めて保存状態が良く、当時の人類を研究する上で非常に重要なものになっています。


(写真:アイスマン(エッツィ)-古代人のミイラ)


◆ 皮膚にある入れ墨

アイスマンには、背中や脚に入れ墨の跡があります。


そして、その位置が「足三里」(あしさんり)をはじめ、「胃兪」(いゆ)、「三焦兪」(さんしょうゆ)、「腎兪」(じんゆ)、「崑崙」(こんろん)などのツボの位置と一致します。

これらのツボは腰痛に効果のあるツボで、研究によってアイスマンは腰痛持ちだったことも知られています。


しかし、それだけではなく、所持品からは消炎作用のある乾燥キノコなども見つかっており、当時の人は人体の理解と共に、生薬などに対する人体の反応などもある程度知っていたようです。


以上のことから、アイスマンが生きていた時代には、腰痛などを治療するためにツボ治療や生薬を用いており、5300年前のアルプス山脈付近では、高度な医療技術があったのではないかと考えられています。


(写真:様々な生薬)


◆ 鍼灸治療

ツボ(経絡)を使用した治療といえば、鍼灸治療などがあり、ツボや経絡の考え方は、主に中国で発達してきたものと考えられてきました。


伝説によれば、紀元前2600年頃に戦争に参加した兵士に矢が刺さった時に発見されたとも言われており、また、道具や植物が偶然体に当たったときの人体の反応から、その効果の研究が始まったともされており、古くは鋭利な石などを使ってツボを刺激していたと考えられています。



しかし、アイスマンの研究から、古代のヨーロッパでも、ツボの効能は知られていたと考えられるようになってきました。


そして、生薬についても、ヨーロッパのネアンデルタール人の人骨の歯に残っているプラーク(歯石)などから、日常的にハーブなどを使用していた痕跡も見つかっています。


(写真:様々なハーブ)


◆ 東洋医学

いわゆる「東洋医学」は、日本には5~6世紀に大陸から伝来したと考えられ、民間療法、温泉療法などとしても広がっていったようです。


そして、江戸時代では「漢方医学」とも呼ばれていましたが、これはオランダから伝わった「蘭方医学」と区別するために生まれた名称です。



明治時代には、西洋医学を学んだ者のみに医師の資格が与えられることとなり、漢方医学は衰退に向かうわけですが、この頃に「西洋医学」に対する概念として、「東洋医学」という名称が登場したようです。


ですから、漢方や東洋という呼び方からすると中国発祥の医学のようなイメージになりますが、近代の西洋医学以前の医学的な知識は、ユーラシア大陸を通して、似たようなものをベースにしていたのかもしれません。



ちなみに、中国語で「東洋」というと「日本」を指すため、「東洋医学」という言葉は中国ではまったく通じず、中国では特に自分たちの医学に名前を付けていなかったため、2017年になってようやく「中医」という名前を付けたそうです。


ですから、東洋医学、漢方医学という言葉も外から見た言葉で、古くは単に「医学・医術」という概念しかなかったのでしょう。


(写真:針治療を受ける人)


◆ 体のバランス

現在の東洋医学における健康とは、季節やストレス及び生活環境に対して、自己治癒力でバランスが取れている状態をいい、そのバランスが崩れた状態が「未病」とされています。


そして、治療としては、漢方薬や鍼灸などを用いて、もともと取れていたバランスを取り戻すように働きかけます。


漢方薬は、病原菌などに直接作用するわけではなく、人体の自己治癒力を高める信号などを、人間の免疫細胞自体に送るように作用しているとされます。



ですから、漢方薬の効果はそれぞれの人の腸内環境にも左右され、副作用が少ない代わりに効かない人もある程度存在します。


しかし、この場合は腸内環境を改善すれば効果が出るので、腸内環境を改善する漢方薬を服用してから、本来の漢方薬を服用すれば効果が出るようです。


また最近では、西洋医学と漢方薬をミックスして治療を行うことも多いようで、今後の新薬の研究にも漢方薬が大きな役割を果たすと考えられ、新たな研究も始まっています。



この記事の最後の話題として取り上げますが、人体のバランスを整えるもう一つの方法に呼吸法があります。

最近は呼吸法の重要性がたびたび取り上げられています。バラ十字会にも、様々な場面で活用できる数種類の呼吸法が伝えられています。

バラ十字会の提供している通信講座では8~11ヵ月目に学習することになり、多くの会員が日常的に実践しています。


参考記事:通信講座「人生を支配する」-教材の内容


https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M1147746&c=3304&d=ed84



体のバランスを整えるために、まずは呼吸について調べ、呼吸を整えることをお勧めします。


△ △ △

再び本庄です。


鍼灸治療が話題になったので、前々から気になっていた「針」と「鍼」という漢字の違いについて調べてみました。



白川静さんの字典「字統」によると、細い金属の道具を表すおおもとの文字は「鍼」だったそうですが、字義的にはこの2つには、本来は意味の違いがないとのことです。


しかし現在の日本では、鍼治療に用いる道具を鍼と書き、衣服や布を縫う道具を針と書きます。



針の右側の「十」は、もともと「辛」という漢字であり、これは入れ墨をするための取っ手のある針のことだそうです。


ここにも今回の話題との接点があります。ご興味をお持ちの方は次の記事をご覧ください。


参考記事:「右という文字には、なぜ口が含まれているのでしょう

https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M1147747&c=3304&d=ed84



下記は前回の渡辺さんの記事です。


記事:『脳に眠る無限の可能性|サヴァン症候群とラベリングからの右脳の開放』

https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M1147748&c=3304&d=ed84



では、今日はこの辺で。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。


また、お付き合いください(^^)/~


==============

■編集後記

ベランダのアサガオが初めて咲きました。酷暑のせいか、今年はとても遅かったです。
https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M1147749&c=3304&d=ed84

==============

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母の容態(入院33日目)&退院カンファレンス「緊急時、救急車を呼びたいですか?」&友人のイタリア旅行

2024年09月12日 23時02分00秒 | 医療、病気

 昨日よりは少しマシでしたが、今朝もお台所は29.8℃、湿度73%

今日も日中は35℃を超えて、35.4℃。

最低気温は昨日より低くなり25.8℃。

今朝のお散歩より

朝顔って今頃よく咲くものなのでしょうか。

 

 

我が家の朝顔も西側に紫色が15輪も咲きました。

 

 

 

ちょっと薄い紫色も9輪。

 

 

南側は白色が2輪、ピンク色が1輪。

 

昨日、Rちゃんがくれたベトナムのラーメンとお菓子

珍しい卵を見つけましたので買ってみました。

瀬戸内レモンと牡蠣。

殻が硬めでした。

今日の果物

 11時から退院カンファレンスがありました。

その前に10時からクリニックとの契約がありましたので、家を出たのは9時半過ぎ。

帰宅したのは3時半過ぎでした。

 まずはRちゃん宅経由で病院へ。

契約にはクリニックからおふたり。

ソーシャルワーカーさんと確か看護師さん。

いろいろとお話しつつ・・・

小笠原先生の御本2冊を持って行っていました。

看護師さんが読まれて「同じ方向だと思います」と言われました。

 その後のカンファレンスにはこの看護師さんは帰られましたが別の看護師さんが参加。

総勢18名と思っていましたが、21名

来られなかったのはクリニックの理事長先生とヘルパーステーション1か所。

並んでいらした順番から思い出しつつ・・・

入院中の病院から担当ドクター、(看護師?後で考えたら記録を取られていた方かも。帰宅時プリントを下さいましたので)、MSW(医療ソーシャルワーカー)、言語聴覚士、担当看護師、実習生

新しい訪問診療のクリニックからは担当ドクター、看護主任、看護師、SW(ソーシャルワーカー)

訪問看護ステーションから代表取締役社長、管理者代理看護師、看護師、事務、先日のヘアマネおふたり(主任と担当)

ショートステイから1名(ヘルパーさん?事務?)

介護福祉用具から担当者

ヘルパーステーションから管理者代理のヘルパーさん

そして、Rちゃんと私。

司会進行は病院のMSWで、各自自己紹介後、彼女はそれぞれの病院スタッフの方の補足説明もなさっていました。

まずは担当ドクターから入院時の病名やその後の経過についての説明があり、「これ以上の改善は難しい」。

続いて、言語聴覚士さんより今までの取り組みと状況説明。

続いて、担当看護師さんからの日々の母の様子について具体的なお話。

その後、皆さんから活発な質問。

まずは担当ケアマネさんが退院時の車移動、ポータブルトイレの利用について、私が気になっていてお話していたことを聞いて下さいました。

続いても主任ケアマネさんが食事時間について質問されました。

疲れず食べることが出来る時間は10~15分。(完食で15分)

訪問看護師さんから水分ゼリーやとろみについて。

ここで、私も質問させて頂きました。

気になっていたのは血圧のテープ。

ドクターが決められることですが、今まで、乱高下で低くなり過ぎることがあったので止めた経過があるので、どのくらいで推移していて、今後も必要なのか伺いました。

ドクターからのお返事は動かないからかもしれないが、大体110~150で推移しているとのことでした。

ドクター同士は難しいお薬の名前について話されていましたが、これについてもあとで頂いたプリントに記載がありました。

続いても担当のケアマネさんが、考えられる急変について質問・・・誤嚥とのことで、言語聴覚士さんが誤嚥予防の継続について話されました。

その後、私はこの情報共有の場に眼科医がいないので、眼についての現在の様子と服薬について、又、今後、眼科医とも情報を共有して頂きたい旨をお願いしました。

そして、ショートが使える状況かどうか、ショートの受け入れが可能かどうかもお聞きしました。

ショート先は受け入れたいと言って下さいましたが、緊急時の対応についての不安があり、いつドクターや看護師に連絡するか指標がほしいと言われていました。

このショートの問題はなかなか難しいと言いますか、ショートは介護保険、ドクターや看護師は医療保険。

ショート先へ医療は行くことが出来ず、急変時でも連れて帰らないといけないか等、あれこれ話が出来ました。

結局、訪問看護の方は条件によっていくことが出来ると言われました。

その条件は癌であること。

業務委託契約があれば行ける。

その為にはショート先がお金を払わないといけないっようで、その請求はクライアントへ来るとか

施設の母体が民間か医療法人か社会法人か、又、病名によるということのようです。

訪問診療(ドクター&看護師)はショートの受け入れ態勢がOKならこちらは行くことが出来ると言われました。

熱が出ても受け入れOKなら行きますということでした。

施設の基準によるようです。

結論はショート先で何かがあれば連絡は訪問診療へ。

自宅で何かあればまずは訪問看護へ。

・・・ということです。

福祉用具の方もエアベッドか、車椅子はリクライニングか等などご質問。

退院は9月17日(火)10時になり、私が病院へ行き書類や支払いを済ませ、母はリクライニング用の車で帰宅。

帰宅時に合わせて、看護師さん、ケアマネさんが待っていて下さり、午後からドクターの往診。

大体の一日のスケジュールも決まりました。

臨機応変に変えて行くということで。

訪問看護師さんからの提案で、「21時に最後のチェックの行きます(誤嚥チェック、必要なら吸引、尿路感染予防等)」

看護師さんが日に2回来て下さいます。

あと3回はヘルパーさん。

訪問診療も訪問看護もまさに24時間、325日対応で、夜間でも電話、ライン等受け付けて下さるそうです。

又、薬局も同じく24時間、325日対応でですが、薬箱も無料で置いて下さるそうです。

その中には座薬などあれこれ入っていて、ドクター指示で使うことが出来ます。

訪問診療にはドクターが10数名、訪問看護にも看護師が15名いらっしゃるそうで、それぞれ担当や担当グループがあるそうですが、緊急時は一番近くにいるスタッフが駆けつけると言われましたが、救急車ではないので到着時間は確約出来ないとのこと。

最後に訪問看護の代表の社長さんが、

「一番大切なことをお聞きします。緊急時、救急車を呼びたいですか

しばし考えました。

状況に寄るかとは思いました。

それに長く生きてほしいのも事実。

でも、無駄に苦しめたくない。

「呼ばないことはむごいことではないですか」と伺ってみると

「呼ぶ方がむごいです」と言われました。

今まで500人くらい看取っていらした経験からだそうです。

それにしても訪問診療の方か患者数500人以上。

子供から高齢者まで。

訪問看護でもそれは同じで、人数は230?250?名くらいと言われていました。

 その後、(この時点で1時半)会議などの延長で時間が延びていた管理栄養士さんからのお話を病棟で伺いました。

(昨日も今朝も病棟の看護師さんがお電話を下さっていました)

流石、病人食のプロ。

色々と質問させて頂きました。

MSWさんがカンファレンスでも言われていましたが、一日のカロリーは700kcal(MSWさんは650と言われていましたが、平均)とのことでした。

パンには注意が必要で、一番窒息しやすいそうです

介護用を買うか、やわらかいパンの耳を取って、もちろんミキサーにかけて食べさせること。

 明日は2時に福祉用具の方がエアマットとベッドの方向変換に来て下さいます。

「その他、今使っているものは様子を見てから考えましょう」

  

 それからショートは当面、安全性からも病院のレスパイト入院を使う方がいいということになりました。

すでに、MSWさんがお願いして下さっているようです。

その後安定したらショート再開を考える。

レスパイト入院はショートと違って使ったことがないので様子がわかりませんが、連続で90日使うことが出来て、その後は3ヵ月間は使用出来ないとか。

ロングショートのことかなと思ったりしました。

ちょっと気楽には使えない気がしますがわかりません。

大きな病院の経営なので、安心は安心

管理栄養士さんのお話のあとで、学生さんが作った資料を下さいました。

12枚のプリント。

 

母の好きなものが書かれてありました。

この学生さんは卒業後もこの病院への勤務が決まっていますので、又、お会い出来る機会があるかと思います。

真面目で優しい美人さんでした。

最後に病棟に上がる前にお別れしたのが担当のケアマネさんでした。

本当にひとりの為にこんなに沢山の方が関わって下さり真剣に議論して下さって感動しました。

もちろん、私の母だけではなくすべての患者さんに対して同じです。

カンファレンスルームを出る時にそのことをお話しすると「そうよ。だからひとりではないですよ」と言われました。

今日の母はやはり、昨日眠剤を飲まされたそうで、もうずーっと寝ていました。

朝も食べず、お昼も辛うじて1~2口。

家だとこういう状況には陥りません

嚥下の状態を見るために訪問看護の事務の方?看護師さん?が11時4分に病棟に上がられて、ビデオを撮って下りて来られました。

このビデオは又、ラインに送って下さるそうですが、これを欲しいと言われたのがヘルパーステーションのヘルパーさん。

いつも我が家に来て下さる優しく熱心な男性の方です。

大阪出身のサーフィン好き。

その為高知でしたか(徳島だったかも・・・県境です)へ引っ越し。

息子さんを亡くされた方です。

このお話は以前、ブログにも書きました。

ひとまず、母が帰って来て、日常生活が始まってみないと全く様子がわかりません。

すべてはそれからです。

母のお部屋から

2時半になってしまい、とにかく何か食べようとレストランに行きましたが、2時35分だったので閉まっていました。

(2時半まで)

外はあまりにも暑いので院内で食べて帰ることにしましたので、仕方なく売店へ行きましたが、お弁当などすべて売り切れ。

お茶とおにぎりとサラダとナッツタルトとアイスコーヒーという、Rちゃんへのお礼にしてはあまりにも質素なランチ

このアイスコーヒー、Rちゃん曰く「コンビニと一緒ですよ、お母さん」

しかし、私、コンビニでコーヒーを買ったことがない

昨日と同じように岡山の北の方は雨が降ったようですが、こちらは又降りませんでした。

 

真夏よりもダイナミックな入道雲です。

 

 今日も友人が1時半前に写真を送ってくれていました。

会話が出来ませんでしたので詳しくはわからないのですが、ここはカプリ島

 

 

 

友人からのメッセージによりますと

「昨日は晴天だったけど波が高くて青の洞窟は入れなかった」そうです。

残念ですねぇ。。。


「ポジターノは落ち着いた感じのいい街で、やはりアマルフィーの印象はこちらの感じ」だったそうです。

私にはどれも同じ素敵な景色に見えるのですが・・・

ウェルカムフルーツの🍎を食べているのはカプリ島の港らしいです。

「ワイン🍷を飲んでる後ろの景色はウィンドウに映った景色」ってどれかな

上の写真か下の写真かどっちと思いましたが、同じ場所のようです。

 

 

どの写真がカプリ島かポジターノかわかりませんが、どちらかです。

次はいよいよ最終章でしょうか。

ナポリに行って、その近くのプロチダ島へも。

この島はいつも行く宝石店の方が行かれて良かったという話をされていたので組み込んだ場所です。

そして、ナポリからローマ。

そして、14日(土)帰国だったと思います。

・°*100歳までのカウントダウン

母100歳まであと242・°*

★致知一日一言 【今日の言葉】2024.9.12

社員のやる気を引き出す経営

当社は創業者の
「常に考える」から生まれた
独自の社風、
他が真似できない商品があったからこそ、
ここまで生かされ、
歩んでくることができました
━━━━━━━━━━━━━━
山田雅裕(未来工業相談役)
○月刊『致知』2024年10月号
特集「この道より我を生かす道なし
この道を歩く」より
━━━━━━━━━━━━━━

●「常に考える」を標語に、
社員の主体性や提案力を
ぐんぐん引き出すユニークな社風で、
「日本一社員が幸せな会社」
と称される未来工業(岐阜県)。
相談役の山田雅裕氏に
社員のやる気を引き出す方法や
創業精神の継承についてお聞きしました。
概要はこちらから

★[ECCJ] 今日(9月12日)の珠玉のリーディング


エドガー・ケイシー


すべてのビジョンや夢は、それらを正しく解釈しさえするならば、その人に恩恵をもたらします。

All visions and dreams are given for the benefit of the individual, would they but interpret them correctly
(294-15)

★[ECCJメルマガ]中国と日本の超古代文明


*********************************************************************
■□■ 中国と日本の超古代文明 □■□ 0427号
---------------------------------------------------------------------


------------------------------------------

少しずつ涼しさが増して、ようやくホッとできる季節に近づきました。

気持ちの良いこれからの時期に、身体のケアを行っておきたいですね。


さて、このところ超古代文明に接する機会が続いたので、アジアの超古代文明について調べてみ
ました。

きっかけは、中国の講座での、「中国の古代遺跡に対するリーディングはありますか?」という
ご質問でした。

実はリーディングには、「ゴビの地」呼ばれる、現在のゴビ砂漠にあった黄金都市が出てくるの
です!


ケイシーのリーディングは圧倒的にアトランティスに関する情報が多くなっています。

なぜなら超古代文明のほとんどは、個人のライフ・リーディングで言及されたものだからです。

そして北米に転生した人の多くがアトランティスでの過去生を持っていたので、アトランティス
での人生が出てくるものは600件近くあります。

アトランティス以外の地域は、それらの過去生を持つ人の数がアメリカ人に少ないため、情報も
少ないのです。


アジアの超古代文明にはレムリアとゴビがあります。

(ムーというのはレムリアの一部だったようです)

リーディングを調べますと、レムリアは19件、ムーは7件、ゴビは27件しかありません。。

アトランティスに比べると、本当に少ないので、文明の全貌を明らかにするのは難しくなってい
ます。

もしアジア系やポリネシア系の人たちがケイシーのリーディングを行っていたなら、レムリアや
ゴビの情報も多くなっていたかもしれません^^


レムリアは太平洋にあったと言われ、日本の祖先もレムリアに属しているようです。

以前、与那国島の海底遺跡をシュノーケリングで潜ったことがあります。

皆様はご存知でしょうか?

実際に目にしてみると、海底にありながらあまりにスケールの大きく、直線の美しさに目を奪わ
れます。。。確実に人工の建造物、遺跡だと思いました!

どのくらい古いかはわかりませんが、以前はきっと陸地だったはず、と素直に受け入れられます

他の超古代文明と共通して、この海底遺跡でも多くの巨石が使われており、本当に興味深い限り
です。

沖縄諸島から台湾にかけて、他にも海底遺跡と呼ばれる場所があり、「大きな島が沈む」伝説や
言い伝えが数多く残っているそうです。

ぜひインターネットで検索して写真を見てみてください^^


さて、黄金都市ゴビに関する、印象的なリーディングをご紹介いたします。

占星術と数秘術の著者であった58歳の女性は、アメリカ人でありながらゴビの過去生を持って
いました:

「その前に、実体は、現在砂漠またはゴビの地として知られている土地にいたことがわかる。

そこで、この実体は権力を握っていた。そうだ、その土地の王女たちの間で。そしてまた、この
経験において、物事とその関係性が、その適切な領域で、今回の実体の経験に物質的な富、物
質的な利益をもたらすかもしれない。
その力を正しく使用すること。

『黄金の神殿』 ーまだ発見されていないかもしれないー で、実体は人々の要望に応え、数、
軟膏、ローション、香りなど、多くの土地で神殿と祭壇の礼拝の一部となったそれらの物で、
奉仕を行っていた。」(1402-1)


ゴビ砂漠に、繁栄した「黄金都市」や「黄金の神殿」があったとリーディングは教えています!

リーディングの当時、1937年に、その神殿は「まだ発見されていないかもしれない」と言っ
ていたのです。

いつの日か砂漠の中から「黄金の神殿(Temple of Gold)」が発見されるのでし
ょうか。。。ワクワクしますね!


常識的な解釈とは全く違うケイシーの超古代文明に触れると、壮大なロマンを味わえると同時に
、人間の儚さも感じずにいられません。

数十万年前の超古代から現在までの栄枯を知る地球の上で、わたしたちが「今の自分」として生
きられる時間はほんの数十年です。

改めて、どう生きるべきなのかを見つめ直したいと思いました。


(文責:岩隈 幸恵)

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母の容態(入院32日目)&友人のイタリア旅行(アマルフィ)

2024年09月11日 22時23分30秒 | 医療、病気

 今朝とても蒸し暑かったです。

5時前にお台所に降りると窓を開けていてしかも北に面しているのに、すでに30度あり、湿度も83% ありました。

夕方のお天気のニュースによりますと、最高気温35.3℃、最低気温27.1℃。

真夏並みです

 

 

 朝のお散歩

朝からモクモク入道雲

 

偶然気が付いたのですがいつもはカメラのモードをPにしていますが、たまたまAUTOにするとこんなに色が違いました。

こちらがAUTO。

2枚目がP。

 

ご近所のこのモミジアオイが我が家のモミジアオイの親です。

今朝は南側の朝顔が4輪咲きました。

マゼンタ色が1輪、白色が2輪、ピンク色が1輪。

 

西側はまだ開き切っていませんでしたが5輪。

この紫色、全然咲きませんでしたが、今頃になって毎日咲いてくれています。

 

 

 

今日の果物

 

 

 今日は孫(娘のところの長女)の誕生日でしたので、朝、教会のベンチに座ってメッセージを送ると、すぐに声のメッセージが届きました。

「ノンナ〇〇さん(何故かさん付け)、ありがとう。お誕生日を覚えてくれてありがとう。11歳になったよ。プレゼントはパパに言っておくね(パパが10月に帰国しますのでその時に好きなものを買って託けようと思っています)。大好きだよ。愛しているよ。I love you. 会いたいよ」

何ともかわいい

母にも聞かせたいと思って「キラキラばあば」(母のこと)にもメッセージをくれるように頼みましたら、この子と下の弟から届きました。

特に下の子には笑えました。

パパそっくり

「大好きだよ。んま、んま、キス~、う~~~んまっ・・・」

 

 

 

 4時、面会に行きました。

母は気持ちよく眠っていました。

今日はお昼ご飯も8/6食べたそうです。

学生さんが本当によくして下さっているみたいで、「口腔ケアなどもマメにしてくれているからよく食べられるようになったのかも」と言われていました。

しかも、帰ってからも役立つように注意点などを書いて下さっているようです。

本当にありがたいです。

彼女のおかげで母も随分助けられたと思います。

看護師さんが母を何とか起こそうとほっぺを触られたりしていましたが、なかなか。

看護師さんによりますと、昼夜逆転

昨夜、起きていたようです。

「今夜もそうなら睡眠導入剤を使ってみます」と言われ、「それでもだめならドクターに相談してみます」

今日の看護師さんは優しくていろいろお話を聞かせて下さいました。

その後、ひ孫達の声を聞かせなくちゃと思い、耳元で呼び掛けるとびっくりしたように目を覚ましました

誕生日のことは昨日も話しています。

母はこの子を一番かわいいと思っていますので嬉しそうでした。

2人のメッセージを聞きながら、ひとつひとつ答えていました。

そして、下の子のキスには笑っていました。

「母に2人にメッセージを送ったら」と勧め、録音しました。

「おめでとう。」

私「99歳になったよは」と言いますと「11歳じゃが」

確かに

それから母の写真を撮って送りました。

今日の窓からの風景

 

南は晴れですが、北や西方面は雨雲。

母と眺めました。

 

AUTOとP

 

又、お相撲のTVを付けて帰りました。

 

雲がすごいのでちょっとドライブ。

岡南飛行場近くの河津桜通り

 

東方面

 

南方面

 

北方面

 

西方面

 

北方面

 

きっと北区方面は降っているに違いないと思っていたら、北区の友人から「猛烈な雨」。

でも、この周辺は18時から降る、19時から降る、21時から降る・・・結局、全く降らず。

 

児島湖

 

児島湾

その後、スマートウオッチの返却に行きました。

早いもので2年経過。

歩数とか電話を取って話せる、メッセージの確認など便利な面もありましたが、使いこなせないのでなくてもいいかなと思って返却しました。

2つ、スマートウオッチを借りていましたので、1つを知人にお貸ししていました。

結局、使えないということで早い時期に返していらしたのですが、多分、この時すでにロックがかかっていたのでしょう。

返しに行った時、ロックがかかっているから、それはお店では出来ない。

「修理センターに送ってロック解除に22000円要ります」

え~~~でした。

お貸しした方ももう随分前のことになりますし、まさかロックがかかっているなんてご存じないとのことでした。

お店の方もあれこれされましたが、ダメ。

続いて私もしてみましたがダメ。

そこで、困った時の聖ミカエル頼み

ふっと、知人はすごく頭のいい方だから左に廻してみようと思って左に廻すと、なんとロック解除

わぁすごい聖ミカエル

しかし、続いて、「もう1回必要です」

え~~~

そんなこと、覚えていません。

しばらくやってみましたがダメでしたので、再び、聖ミカエルに頼みました。

すると、又、解除

聖ミカエル、凄すぎます

もう感動しました

 途中でRちゃんから電話があり、ふるさと納税について助けてほしいということで、帰ると待っていました。

もうほぼほぼ出来ていましたが、心配だったようです。

今、岡山には税金を払っているので、律儀に前に3年間居た高知のお米に決めていたようです。

ベトナム語と日本語で、ここまで難しいことをするなんて大したものだと感心しました。

でも、Rちゃんは「お母さん、ありがとう~~~。」と抱きついて来て「お母さん、良い香り」。

人懐っこいです

しかも、明日、母の退院カンファレンスについてのアドバイスをくれたのですが、結局「Rちゃんも一緒に行きます」

今日が夜勤明けでしたので、明日、お休みだそうです。

ということで、明日はRちゃんも一緒です。

 

 

 

 続いて、友人のイタリア旅行、アマルフィ編です。

日本時間13時半頃でしたから、現地は6時半でしょうか。

ですから、昨夜のことです。

 

ホテルのお部屋から見た景色だそうです。

 

お部屋、かわいいです。

ウェルカムドリンクにワイン1本が付いていたようで、夕食はテイクアウトで乾杯したそうです。

ビーチサンダルも。

 

シーフードフライセット

お部屋からの夜景

今日は7時からの朝食後、カプリ島〜ポジターニに行くと言っていました。

「ポジターニは日本人がアマルフィと思ってるところらしい」と言っていましたが、意味がよくわかりませんでした。

 

 

 

 

 

 

・°*100歳までのカウントダウン

母100歳まであと243・°*

 

 

 

 

 

★致知一日一言【今日の言葉】2024.9.11

 

大切なのは
かつてでもなく
これからでもない
一呼吸 一呼吸の
今である
━━━━━━━━━━━━━━
坂村真民(「念ずれば花ひらく」で知られる祈りの詩人)
○月刊『致知』2024年10月号
特集総リード【創刊46周年記念号】より
━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

★[ECCJ] 今日(9月11日)の珠玉のリーディング


エドガー・ケイシー

 

ゴシップ(うわさ話)に口を閉ざしなさい。それよりも、立場が逆転していたなら、自分がどのように言われたいか、しばしば考えなさい。

Hold thy tongue from gossip, then, oft, and think what you would like to have said about thee if circumstances were reversed.

(2798-1)

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母の容態(入院31日目)&御礼&友人のイタリア旅行(アルベロベッロからマテーラへ)

2024年09月10日 21時55分00秒 | 医療、病気

 もう毎日本当に暑いことです。

でも、こんなに暑いのに夕方の「お天気コーナー」で今日の最高気温を聞いて、びっくり

今日の最高気温33.7℃、最低気温26.9℃。

今朝は風があったので、良かった~。

でも、最高気温は35℃を超えていると思いました

 

 

 

 最近、真面目に歩いていますので(痛いのでゆっくり)、それに面会にも毎日行きますので、その他は家の中にいても8000歩くらいにはなっています。

あ、テレビ体操も始めて1週間になりました。

 

ポプラちゃんにきのこ。

雨が降るとすぐににょきにょき。

でも、降らないのに

 

 

この雲、まるで頂いた百日紅みたいだわって思いました。

ふわっふわもこもこ感が。

 

秋の空です。

 

久々にママ友ガーデンに行きましたが、今年は暑かったのでお花を植えられていないです。

 

 

しばし公園のベンチに座って日の出を眺めました。

 

 

 

こちらの2枚はスマホ撮影。

なぜか光線が入ります。

 

我が家の朝顔は西側に5輪も咲きました

 

これが雲に似ていると思った百日紅。

 

今日の果物

頂いたものを少しずつ切って毎日頂いています

 

 午後3時頃、病院から電話があったのでドキッ

でも、入れ歯の件でした。

「痩せて入れ歯が合わなくなってご飯を食べるのを諦めるので、歯科医の往診をお願いしてもいいですか」とのとこでした。

もちろんお願いしました。

 今日の面会は4時から行って来ました。

母は起きていましたが、私が行っても無反応。

「わかっているのかな」と思いましたが、わかってはいるようです。

手のひらが窪んで細くなってしまっているので「痩せたねぇ」と言うと「15日間食べていないから」と言いました。

と思っていると、入院してから15日間食べていなかったので痩せたということのようで、やっぱりしっかりしていると思いました。

 

母の病室からの眺め。

青い空が美しい

いつのように母の写真も撮ってこれと一緒に見せましたら熱心に見ていました。

カーテンが閉まっていましたので開けて、TVも付けました。

お相撲をしていました。

母は興味を示して見始めました。

「明後日はみんなで退院後の打ち合わせをするからもう少しだからね。帰ったら何が食べたい

「多分、おはぎ、バナナ、いなり寿司かな

それに、昨日学生さんが「コロッケが食べたいと言われていました」と教えてくれました。

母は炭水化物と油物が大好き。

ぐるっと撮ってみました。

 

 

 

その後、「今日はこれから○○クリニックにお礼に行ってくるね」と言って「又、明日来るからね」と言って帰りました。

 帰宅途中で又、病院から電話がありドキッ。

今度は「明後日は訪問医療のクリニック(病院等の建物はない)との契約があるので、11時ではなく10時に来れますか」とのMSWさんからのお電話でした。

 

ケーキ屋さん

クリニックとかケアマネさん、庭師さんやご近所のお水を遣って下さった方にも買いました。

母にもお芋プリン

そして、クリニックへ。

前もって先週、担当の看護師さんにはご連絡をしていました。

看護師さんは外来中のドクターの所へも案内して下さいました。

「最期まで面倒を看て頂こうと思っていましたのにすみません」とお詫びしました。

「最初は何かと大変だと思うけど、新たな選択もいいかもよ。やってダメだったら又その時考えたらいい」ということと「お母さんの場合は本当に急にガクッと悪くなる時があるからそこを注意して。それから、何かあった時、病院に行っても治療後は帰らせてもらいようにするとか、そのあたりをはっきり決めておくこと」

「とにかく自分の要望だけははっきり伝えるように」と言われました。

ドクターも看護師さんも良い選択だったと思うし、今後もショートや空いていたら病棟も使ってくれたらいい(万が一の入院)と言って下さいました。

「万が一やってみてダメで、出戻っても大丈夫」みたいな。

リハの方などもいらして他の看護師さん方ともお話しました。

「又、会いに行くからね」と訪看さん達。

今生の別れではないのですが、何だかやはり別れは辛い

 その後、ケアマネさんにはまだ会えていないのですが、ケアマネさんも「新しいケアマネさんに失礼になってはいけないけど、又、何かあったらいつでも連絡して下さい。○○姫(私のこと)を産んで良かったと、お母様はお幸せだと思いますよ」

皆さんに感謝です

 

 

 

Rちゃんが昨夜持って来てくれたいんげんの種

初めてですが、植えてみようと思っています。

 

 

 

 

 今日はイタリア旅行中の友人から2回連絡がありました。

最初は朝の5時半頃。

2回目も日本時間の夕方5時半頃。

 

アルベロベッロ

 

 

そして、「今日はアルベロベッロからマテーラへ迎えに来てくれた車で移動」

「アルベロベッロもよかったけどマテーラは絶景で感動❣️ 夜も賑やかだから歩き回ってさっき帰った」

「ホテルも昔の洞窟住居をリノベしてとても素敵」

 

要塞都市みたいです。

 

ホテル

石で出来ているそうです。

「マテーラは山だけど少し歩くと色々なお店があり賑やか」なのだそうです。

ここは「1度人が居なくなったけど2019年に世界遺産に認定された」そうです。

知人の知人に建築士さんがいて、ここの写真を見せてもらって以来、来たいと思っていたようです。

 

涼しくてエアコンなし。

でも、やっぱり冬は寒いみたい。

彼女にしては珍しく食べ物の写真がないので聞くと送ってくれました。

毎回ビールやワイン飲んでいるそうです。

さぞ極楽でしょう~

 

今夜(もう現地の昨夜)の夕食

お値段はパスタ2皿とワインで7500円だそうです。

 

サービス料金はいるけれども、チップは要らないそうです。

パンやオリーブが出るからかなと言っていました。

円安なのでかなり何もかもが高いようです。

それにしてもどれもボリューミーですよね。

海外に行くと量にまず驚きます

 

「明日朝もう少し散策して昼間にアマルフィへ向かう。」

「もう歩き過ぎて足が痛い💦」と言っています。

 

 

 

そして日本時間夕方5時半(現地時間10時半)

アマルフィへ向かう前かな。

 

もう一度夜の写真を送ってくれました。

 

今頃はもうアマルフィかな~

 

 

 

 

・°*100歳までのカウントダウン

母100歳まであと244・°*

 

 

 

 

 

★致知一日一言 【今日の言葉】2024.9.10

 

迷い抜き、悩み抜き、
目の前の仕事に一所懸命立ち向かう
━━━━━━━━━━━━━━
小路明善
(アサヒグループホールディングス会長)
○月刊『致知』2024年10月号
連載「二十代をどう生きるか」より
━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

★致知一日一言 【今日の言葉】2024.9.10

 

銅メダリスト・道下美里さんを支えた言葉

 

「耐えるもの必ず志を得る」

どんな逆境に遭っても、
投げ出さずに耐え忍べば、
必ずその先に光が見えてくる
━━━━━━━━━━━━━━
道下美里(パリパラリンピック 女子マラソン銅メダリスト)
○月刊『致知』2022年5月号
特集「挑戦と創造」より
━━━━━━━━━━━━━━

8日に行われた
パリ・パラリンピックの
陸上女子マラソンで
銅メダルを獲得された
道下美里さん。

リオデジャネイロ大会の銀メダル、
東京大会の金メダルに続いて
3大会連続のメダル獲得という
偉業を成し遂げられました。

中学生の時に病気で右目の視力を失い、
その後、左目にも障害を負った道下さん。
自分の生きる意味、役割とはなんだろうと、
思い悩む日々が続いたといいます。

そんな折、盲学校卒業後に勤めた
鍼灸院の先生に教えてもらったという
のが冒頭の言葉でした。

「ブラインドマラソンだけでなく、
日常のいろんな不自由、困難が
あった時に、院長先生の言葉を
思い出して耐えていきました」

日本中に勇気を与えてくれた
道下さんの言葉を
私たちも噛みしめていきたいものです。


▼おすすめの記事はこちら

対談「誠の花を咲かせる生き方」

浦田理恵(東京パラリンピック ゴールボール女子銅メダリスト)
×
道下美里(東京パラリンピック 女子マラソン金メダリスト)

 

 

 

 

★[ECCJ] 今日(9月10日)の珠玉のリーディング


エドガー・ケイシー

 

(問)私の仕事と日常生活を一番助けてくれるのは誰ですか?
(答)神です!

(Q) Who will aid me most in my work and daily life?
(A) God!

(2444-1)

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母の容態(入院30日目)&ペインクリニック㉓

2024年09月09日 23時06分00秒 | 医療、病気

 岡山はここ2日間、真夏日だったようです。

今日も暑かったです。

その暑い中、落とし物をしたりして行ったり来たりし、多くの時間を無駄にしました。。。

 

 

 昨夜は10時前にベッドに入ったところ、「すっきり目が覚めた~」と思って目が覚めたらまだ11時半

その後、ゴロゴロして又いつの間にか寝ていました。

お散歩へ

ちょっと龍ちゃんっぽい。

 

5時15分頃、東の空が真っ赤に燃える時間帯があります。

日の出タイムは5時43分位ですから、その30分前。

その後、普通の空に戻って、6時過ぎ、太陽が昇って来ているのが見えました。

 

帰ってみると、苗で頂いたモミジアオイがまだ丈は大きくなっていないのですが、咲いていてびっくり

今年はまだ咲かないと思っていました。

ニラの花も咲いていました。

 

西側の朝顔は3輪。

昨日も2輪咲いたようです。

南側はマゼンタ色とピンク色が1輪ずつ。

 

バラも四季咲きのせいか途絶えることなく咲いています。

 

 

こちらはコキア。

母が前回クリニックに入院した時、2苗40円で買ったものです。

これからが楽しみです。

 

ここからは頂いたもの。

庭師さんが木の枝が伸びてしまうと切るのが大変なのでということで、留守中から剪定しに隙間時間に来て下さっていて、その時見切り品などを持って来て下さっていました。

 

これは少し前に頂いたもの

 

今日の果物

9月のカレンダー。

前から気になっていたものの~、やっとアップです。

 

 

 今日は2時から5時まで35℃予報でしたので、1時過ぎに面会に行きました。

母は足に点滴をしていて、背もたれを起こして寝ていました。

実習生さんがずっと居て下さっていろいろ教えて下さるので助かります。

今日のお昼は主食4、副食3。

熱が37.3℃くらいあり、どうも籠り熱だったようです。

今にでもベッドから降りようとするような日もあれば今日のような寝るばかりしている日もあるようです。

これは今までと同じです。

 帰りに地域連携室に寄りました。

どの位足に力が入るかとか車椅子への移動とか、また、そのようなリハは退院までないのかお聞きしたら、看護師さんが怖がるということで出来ないしそのようなリハもしないと言われました。

もう寝たきりで退院させる方針のようですが、何だか悶々。

大体、帰る時車椅子に乗せないとどうして連れて帰ることが出来るのか。

続いて、ショート先のお返事はまだないですかと伺うと「ない。ここまでないと受け入れられないということだと思うよ」

そうなのかなあ。。。

何回かお電話を下さった時はそんな感じではなかったのですが。

そして、もうひとつは聞き忘れてしまったのですが、もうケアマネさんに言われたのかどうか。

このことについては程なくしてわかりました。

5時過ぎにMSWさんよりお電話があり、退院カンファレンスが12日の11時に決まったので参加するように言われました。

又、ショートのようの毎週行くことは出来ないが、家族が疲れた時レスパイト入院という制度があって(これは医療保険)、母を預かって下さるとのこと。

比較的近所に大病院の分院があり、そこが引き受けて下さるそうです。

この2つのご連絡でしたがケアマネさんのことを伺うと「もう話したから、お礼とか言ってくれても大丈夫よ」

そこで早速、お電話しました。

ケアマネさんは「私ももう巡回型がいいと思っていたので良かったわ」と言われました。

「ショートステイは受け入れがダメだったんですね」とお話すると「えそんなことないよ。夜中に看護師がいなかったりするけど、それでも良ければこれからもお受けしたいと言われていましたよ」

あら。。。お話が違う。

ケアマネさんは心配されて「ちゃんと伝わっていないのかもしれないから今からMSWさんに電話を入れておくね」と言って下さいました。

が、そのあとショートメールが来て、「MSWさんは医療のちゃんとしたところをと考えておられるみたいだからきっといいところを考えて下さっているわ」

明日、もう1回確認しようと思います。

ショートがなく(もちろんデイはもう無理)、ずーっと家では多分私の限界が来ると思います。

薬局で頂きました。

 

 

 その後3時にネット予約をしていたペインクリニックへ5時半くらいから行きました。

1時間位待ち時間がありました。

右膝に水が溜まっていましたので20ccのみ抜いて、いつものヒアルロン酸注をしました。

膝に負担をかけないように坂道ではなく平坦な道を歩くように言われました。

筋肉が付いてくれば治っていくと。

 その後、お買い物をして帰ったわけですが、車のキーを落としたり、クレジットカードを落としたり・・・。

それを受け取りに再びお店へ。

その都度きちんと仕舞っていればいいのですが、後ろの人をお待たせしてもいけないので、バタバタしていると余計に余分な時間が出て行ってしまいました

母の今後のサービスについて考えたりもしていたので気もそぞろ

ブログアップもすっかり遅くなってしまいました。

 

 

 

 

 

今日出会った言葉「相手がどんな気持ちになるのかは、相手の価値観による」

これは自分にも当てはまりますね。

 

 

 

 

 

・°*100歳までのカウントダウン

母100歳まであと245・°*

 

 

 

 

 

★致知一日一言 【今日の言葉】2024.9.9

 

「可能性の扉は自動ドアではない」

 

可能性の扉を開けられるのは
「何としても扉を開けたい」という
強い意志であり、行動なんです
━━━━━━━━━━━━━━
及川美紀(ポーラ社長)
○月刊『致知』2024年10月号
連載「第一線で活躍する女性」【創刊46周年記念号】より
━━━━━━━━━━━━━━

「B.A」「リンクルショット」といった
化粧品ブランドを多数手掛け、
2029年には創業100周年を迎えるポーラ。

同社初の女性社長に抜擢された
及川美紀さんに、幾多の逆境を
乗り越えてきた歩みと共に、
経営理念を浸透させ、
社員の可能性を最大限引き出し、
幸せな経営に導く秘訣を伺いました。

10月号ピックアップ記事
連載「第一線で活躍する女性

『可能性の扉を開けられるのは強い意志と行動』
及川美紀(ポーラ社長)

 

 

 

 

 

★[ECCJ] 今日(9月09日)の珠玉のリーディング


エドガー・ケイシー

 

あなたはどれだけ人を許す心を持っているだろうか?それに答えたならば、あなたは自分がどれだけ許されてきたかを知ることになる。

Then how forgiving art thou?
Answer this, and ye will know just how ye have been forgiven.

(3376-2)

コメント (6)
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母の容態(入院29日目)&牛窓から岡山へ&友人のイタリア旅行(アルベロベッロ)

2024年09月08日 19時02分30秒 | 生活

 昨夜は早くからお布団に入って読書していたらいつの間にか寝て、又読んで~。

窓を開けていたら暗闇の中で何やら物音が・・・。

高くなっているので上がってくることは出来ないとは思いつつ。

(多分、猪ではないかと言われました~

怖いので閉め切って寝ました。

その後も何となく目が覚めたりしてなかなか熟睡って難しい。

 

 

 

 朝のお散歩に行こうとしたら、階段の途中にユリが

嬉しいサプライズでした

いつもの坂道を登っていると、岡山の我が家周辺ではまだ沢山咲いている夾竹桃ですが、牛窓ではもう終わっていて、たった一輪だけ見つけました。

2週間前までは歩けていた歩道ですが、草で道が無くなっています。

野生の朝顔でしょうか

 

オリーブ園の上では獅子ゆずが又大きくなっていました。

 

 

この大きなカエデ

ずーっと昔家族6人でしし座流星群を見た時の木。

秋になったら紅葉が美しいそうなので楽しみですが、来ることが出来るかな

 

桜も銀杏もあるのできっと秋には綺麗でしょう。

 

今朝は更に曇っていました。

 

 

6時過ぎ

 

元ペンションのオーナーさんが来られておしゃべり。

今日はちょっと「姿勢を見て」と言われたので、後ろから横から見てみましたが、全然曲がっていらっしゃらない。

カメラで撮って見て頂いたらご本人もよくわかるのではないかと思い提案しました。

「じゃあ、撮って」

ご本人は肩が後ろ過ぎ(巻き肩ではない)なので「まだ良くないわ~」

健康意識高いです。

朝はパン食で、コーヒーは飲まず。

バナナと卵は毎日食べた方がいいわよ」

卵は毎日4個茹でてご主人と2個ずつ食べられるそうです。

あと、キャベツもいっぱい食べると言われていました。

「面倒な時には袋入りを買ってくるのよ」

その他にもサプリメントをあれこれ。

「飲んでる」と言われて「特には」と答えましたが、微量栄養素はサプリメントで補っていらっしゃるとか。

体操や歩き方も教えて下さいました~。

私よりもひと廻り以上も上の80歳ですが、発する言葉も前向きでお元気そのものです。

少し前まで整形外科に入院なさっていたそうで、回復してきたので又旅を再開されるそうです。

「もう国内ね」

あとで年齢表を見ながら考えたら、母は84歳の時にハワイ、86歳(その年に87歳)の時にアルゼンチンに行ったんだわと今更ながらびっくり

 

「これから1週間は33℃だそうよ」と言われていましたが、岡山では猛暑日のようです。

昨日の瀬戸内市は33.2℃(エアコンは入れなくても大丈夫だった気もしますが1時半に入れました)、最低気温は22.7℃。

岡山は最高気温35.5℃、最低気温24.1℃。

 

 

 Google先生によりますと「ヤブラン」

こちらは「葛」。

葉っぱが大きいですね。

 

今日も見えない

帰って来ました。

今日は6時40分頃。

チーズリゾットを作りました。

今朝の果物

 

今日も心地よい風が吹いて来て、午前中、本を読みながら早くもお昼寝

今夜、岡山に帰ります。

明日から多分とても忙しくなると思いますが、もう1回、週末に牛窓に来ることが出来るかな

 

 

 

 

 今日も午後1時半過ぎに友人が写真を送って来てくれました。

「昨日はバーリ空港にイケオジがベンツで迎えに来てくれた」そうで、アルベロベッロまで約1時間のドライブ。

「色々説明してくれて感じの良い人だった」そうです。

ビデオも送ってくれて、それを聞いていると「レモンチェッロ」や「レモンアイスクリーム」「レモンサラダ」などの🍋レモン製品を勧めてくれていましたが、これはアマルフィーのことらしく、アルベロベッロはオリーブの木がいっぱいだそうです。

(英語はカナダやニュージーランドに滞在していた娘さんが流暢に対応)

私にとっては「レモンチェッロ」はアルゼンチン滞在中の10日間(2週間)くらい、毎日皆さんが飲んでいたので懐かしかったです。

甘くて美味しいのですがすごく強いお酒ですし、私は飲めないので残念でした

 

 

 夕食のレストラン前で。

私としたことが~~~と言いますか、イケオジって名前のことかと思っていました(爆笑)。

イケメンおやじさんのことだったのね

友人にめちゃくちゃ受けていました

このレストランでワインを1本空けて酔ったとか。

1人で

不明です。

トゥルッリは夏涼しくて冬寒いそうです

 

ここに日本人が居るお土産屋さんがあるそうです。

彼女がひとり旅をしている時に、ここの店主さんにみそめられて結婚したらしく(旅番組でたまたま会ったとか)、今は息子さんと3人でしているそうです。

「以前TVで見て会いたかったんよ」と言っていました。

「そう言えばナイアガラの滝の近くにもそういう人がいたね」とお互いに別の年ですが、同じ行程を行ったので話が出ました。

「誰かいい人がいたらイタリアにお嫁に行くからって言っといて」と頼みましたら又、バカ受けしていました

 

 

出国時に買ったヴィトン。

スリが怖くて持ち歩けないと言っていました。

「羽田限定シール可愛い🩷」

よく見ると2枚目の写真の上に飛行機マークがありました。

 

「今日は1日アルベロベッロをゆっくり堪能して」、「明日11時出発してマテーラへ」。

あちらもかなり日中は暑いそうです。

こちらも少なくとももう1週間、猛暑日

 

 

 

 その後も今日は地元のスーパーに行ったりしてのんびりしているようで何回かライン交換をしました。

早くもお土産の心配も

お水は基本的に買っているようですが、ローマにはたくさん給水所があったようです。

マグネシウムの多い硬水なので、お腹が緩くなる人もいるそうですが飲めますね。

 

 

 

 

 

18時からの「光る君へ」を観ましたのでこれから岡山に帰ります。

 

 

 

 

 

・°*100歳までのカウントダウン

母100歳まであと246・°*

 

 

 

 

 

★致知一日一言 【今日の言葉】2024.9.8

 

93歳を迎えた道場六三郎氏の言葉

 

「これが日本一か」
これ以上のものはない
というくらいの
レベルでやらなきゃダメ

自分で創意工夫して、
自分がうまいぞと思って
つくった料理でないと嘘だと思う。
━━━━━━━━━━━━━━
道場六三郎(銀座ろくさん亭主人)
○月刊『致知』2024年10月号
特集「この道より我を生かす道なし
この道を歩く」【創刊46周年記念号】より
━━━━━━━━━━━━━━

人気番組『料理の鉄人』で
全国にその名を轟かせた道場六三郎さん。
93歳にして仕事に向かう意欲は衰えず、
なおも自己の料理に革新の芽を探しています。

本誌5月号で掲載したインタビューに
球界のレジェンド・王 貞治さんが感動し、
なんと『致知』最新号で
お二人の対談が実現しました。

若い頃の栄光に安住せず、
まさに一道を極め続けるお二人の言葉には
一生をイキイキ生きるための
秘訣が詰まっているように思います。

ぜひ、最新号をご覧ください

▼記事はこちら

10月号ピックアップ記事

対談『この道より我を生かす道なし この道を歩く』
王 貞治(福岡ソフトバンクホークス会長)
×
道場六三郎(銀座ろくさん亭主人)

 

 

 

 

 

★[ECCJ] 今日(9月08日)の珠玉のリーディング


エドガー・ケイシー

 

理想を持たない者はさ迷う。また、その理想が物質的なところに据えられたなら、それはすぐに疲弊し、衰える。理想は、霊的なことになければならない!

He that is without an ideal is a wanderer; and if the ideal is set in material things it will soon play out and fade. The ideal must be in spiritual things!

(323-1)

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母の容態(入院28日目)&牛窓&友人のイタリア旅行(ローマ)

2024年09月07日 20時50分00秒 | 生活

 牛窓で朝を迎えました。

窓を少し開けて寝たところ、朝方寒かったです。

瀬戸内市の気温よりもここはもう少し低いです。

昨夕も岡山を出た時には33℃、瀬戸内市に入った頃には28℃でした。

その後、27℃、26℃・・・。

 

 

 

 ゆっくり寝ていいのですが、早くから(暗いうちから)目が覚めます。

少し明るくなってお散歩へ。

 

北の旧塩田跡。

 

今朝も霞んでいます。

 

今日9月7日(土)から、立秋の前日9月21日(土)まで白露(はくろ)」。

まさに露が降りていました。

この時期海水温との差が大きいので霞んでいるとか。

 

 

 

だ~れもなかなか来られませんでした。

 

 

この景色独り占め。

 

 

サンロードが美しく、今日も瀬戸内の海は穏やかです。

 

しばらくして、元ペンションオーナーの方が来られました。

「最近、皆、遅いのよ」

台風は「全然何ともなかったわよ。ここはいつもそう」

しばらくして、ろくちゃんが~

覚えてくれていたのか走って飛びついて来そうでした

 

 

もうユリの時期は終わっていましたが、いくつか新しいお花を発見

古墳が本当に多いです。

 

朝の陽が射して猫じゃらしがキラキラと綺麗でした。

そして、緑のクラデーションも

 

 

平地では見ないお花に出逢えました。

 

 

今はこのお花の最盛期。

このオレンジの小さなお花もたくさん咲いていました。

そして、これも。

Google先生で調べたら良かったのですが、段々と皆さんとおしゃべるする時間が長くなって。

「牛窓は少し不便だけど、この景色がそれらを消して余りある」と今日もろくちゃんちのお母さんが言われていました。

 

霞んでいましたので、何も見えない

我が家のお庭

 

たくさんのバラを植えたり、ヒバの木もたくさん前面に植えていましたが、お貸ししている間に全部枯れてしまいました。

 

 

まるでアイスクリームのようなサボテン。

1ヵ月以上過ぎてしまいましたが、今日、たっぷり水をやって、陽の当たる場所に移動させました。

昨日の病院での話し合いではもう1回、来週末に来ることが出来そうなので嬉しいです。

今日は窓を開けて本を読んでいたらいつの間にはうとうと。

こんなことが出来るなんて最高の贅沢~

 

昨夕、出がけに果物を頂いたので持ってきました。

今日の果物

🍉すいか、🍈メロン、🍐梨、🍎リンゴ、🍌バナナ、🍍パイン、🍇ピオーネ、🍇オーロラブラック。

🍇ぶどうが❤型しています

 

夕方5時過ぎの瀬戸内海

 

 

  母の入院ももう28日。

長くなりました。

週末は面会が出来ませんし、実習生も来ないので、母は多分退屈かも。

今年はまだ暑いですから、病院の方が身体は楽でしょうが、早く帰りたいよね

昨日の話し合いでは、母の状態から考えて24時間家にいることになりますので(ショート先のお返事もまだ)、もう牛窓に泊まりに来ることはもちろん、私の通院も難しい状態です。

通院のことは今度の課題として残っていてパーキンソン病なので障害者の使えるヘルパーさんの制度が使えることになるようですが、申請からしばらく日にちがかかりそうですので、その場合は自費となります。

訪看さんの時間と続けるなどして時間の確保を当面はしていくことになりそうです。

ただ24時間ずっとの介護はきっときついと思いますので、ちょっと息抜きの日は欲しいですね。

牛窓で少しリラックス出来る日が少しでもあれば嬉しい。

(あくまでも希望的観測)

 

 

 

 

 お昼過ぎ、イタリア旅行中の友人から「たくさん撮ったけど1部だけ送るわ」と写真が届きました。

「昨日は朝9時〜夜9時までローマ観光して25000歩歩いた💦
疲れてシャワー浴びて11時前にばたんきゅーだったけど4時前には目が覚めて6時頃までゴロゴロしたりストレッチしてた」そうです。

7時間の時差なので現地は朝の6時半位だったと思います。

1日乗降り自由なバスで2廻りしたと言っていましたが、このバスかな

今ハイシーズで凄い人のようです。

多分、最初に行ったのはコロッセオ。

懐かしい~。

向かって左側に十字架がありました。

ここで多くのクリスチャンがライオンの餌食になったので。

 

真実の口

私も手を入れました~。

2人の写真は中国人の1人旅の女の子に撮ってもらったとか。

それから、市場に行って、昼食にピザを食べたらしいです。

ヴァチカン市国

 

左右の回廊の柱は二重になっていますが、それが1本に見える場所があります。

広場に白い円の印がありましたが、今でもあるのかな

 

ミケランジェロのピエタとかペトロのお墓(と言われている)とか、中央の天井とかペテロのすり減った足の像(皆がキスするので)とか多分、写真を撮っているだろうと思います。

下の2枚目はキリストの出現を受けた聖女マルガリタ・マリア・アラコックだと思いますが、最初の写真は聖書の中のお話かな

 

システィーナ礼拝堂へ行けていないので次回は是非、行ってみたいです。


彼女達はヴァチカンからバスでもう一周して夕暮れの街並み見て、スペイン広場とトレビの泉へ。

 

スペイン広場ではイベントをしていたようで、階段の方には行けなかったようです。

昔はここの階段に座ってアイスクリームを食べることが出来ましたが、確か今は立ち止まってはいけなかったような・・・

アイスクリーム屋さんも長蛇の列だったようですが、それを考えるとすぐにアイスクリームを買えたり、お花屋さんがそばにあって「買わない」なんて言われたり昔はのんびりしていました。

(お花は確か赤いカーネーションだった気がします)

 

「トレビの泉は泉に降りれないくらい人だかり」だったようです。

私が行った時も多くの人がいましたがここまでではありませんでした。

この泉に後ろ向きでコインを投げると再びローマに来ることが出来ると言われているようですが、私の時はちょうど市職員が水換え中で泉の中は空。

仕方がないので横の小さな泉にコインを入れました。

再び行けたらいいのですが~

 

この後、彼女は朝食へ。

今日は午後からアルベロベッロに行くようです。

 

 

 

 

・°*100歳までのカウントダウン

母100歳まであと247・°*

 

 

 

 

★致知一日一言 【今日の言葉】2024.9.7

ああ、私は運がいいなあ、
なんて運がいいんだろうと思って
いるとね、運がよくなる。

━━━━━━━━━━━━━━
宇野千代(作家)
○『人生百年時代の生き方の教科書』(致知出版社刊)より

━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

★[ECCJ] 今日(9月07日)の珠玉のリーディング


エドガー・ケイシー

 

自分自身について心配するよりも、他の人のことを心配しなさい。そうすればうんと良くなる!

Worry more about somebody else than you do about yourself, and you'll be a lot better off!

(540-11)

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母の容態(入院27日目)&友人のイタリア旅行&ケアマネさんとの顔合わせ&牛窓へ

2024年09月06日 22時06分00秒 | 医療、病気

 今日も暑かった(34.8℃)ですが、もう夏もエンディングに向かっていると思うと気分的に違います。

母の面会や用事でどうしても外出しないといけないからでもありますが、「籠る」ことがなくなってきました。

 

 朝のお散歩より

 

何となく秋の雲

 

今日は4周歩きました。

 

薬品がかかって椿が枯れています。

工事はまだ10月末までかかるようで、そばに立っているポプラちゃんが気になります。

 

今日は西側と南側と、大きな朝顔が1輪ずつ咲きました。

 

 

毎日暑いので、朝は蕾のバラも昼には咲いて、一日で終わりです。

 

 

 

今日の果物

 

 

 

 朝5時、友人から写真が届きました。

無事にローマのホテルに着き、これからシャワーをして寝ると言っていました。

フライト時間は14時間。

「疲れた~」

私、機内食、大好き

 

🍙おにぎりが冷え冷えで硬かったようです。

どのあたりかな

私がヨーロッパに行った時はまだアラスカ経由でした。

伊丹から羽田までエールフランス。

ブリティッシュエアウェイズがなぜか飛ばなかった為です。

それから羽田からアラスカまでが8時間、アラスカで2時間の給油があり、それからロンドンのヒースロー空港まで更に8時間だったように思います。

マッキンレーが美しかった

アラスカには大きな白熊のはく製が置いてありました。

まだあるかな

テルミニ駅の近くのホテルのようです。

印象を聞いたら

「教会かな。立派な建物が見えたよ」

シスターが1人飛行機に乗られていたそうで、ローマ空港にお迎えのシスターが来られていたと言っていました。

 

何だかローマらしいホテル

 

私が泊ったのはサンラザール駅の近くで、目の前の教会の中に普通にミケランジェロの「モーゼ像」がありびっくりしました

今日は一日、ローマ観光のはず。

日本との時差は7時間です。

 

 

 

 私の方はZoomでカウンセリングのお勉強をし、3時半過ぎに病院に行きました。

母は昨日師長さんから言われていた通り、お部屋移動していました。

何でも朝方、おしゃべりをするらしく。。。

今回のお隣の方はお耳が遠いそうで

 

母は今日も良い表情でした。

3時まで実習生さんとおしゃべりをしていたそうです。

お食事もまずまず食べたようで、今日はとても活発で、ベッドから落ちるのではないかと思えました

 しばらくすると、MSWさんに連れられておふたりのケアマネさんがご挨拶に見えました。

その後、4人で今後のことについて打ち合わせをしました。

一番びっくりしたのがMSWさんが「看護師さんは日に何回まで来ることが可能ですか」と聞かれると何と3回だそうです

でも、緊急時の為に1回は取って置きましょうということで、日に2回、午前と午後に来て下さることになりました。

それ以外をヘルパーさんに来て頂くわけですが、これも驚いたことがあります。

今までのヘルパーさんではなく「定期巡回」というのがあり、何度でもヘルパーさんが来て下さるそうです。

この方がまるめで安いと言われました。

私さえ良ければ介護でも看護でもどちらを使っても23時とかでも訪問OKとか

夜勤の看護師さんも待機しておられ、文字通り24時間365日のサポートです。

又、嬉しく思ったのが訪問診療のドクターの方で、訪問言語聴覚士さん、訪問管理栄養士さん、訪問リハを派遣して下さるとのこと。

情報共有のネットワークも積極的に使っていらっしゃるとお聞きして、嬉しく思いました。

それから退院までに、もう1回病院の言語聴覚士さん、それに管理栄養士さんに会わせて頂くことにしました。

「ムース食を自宅で作ってもいまいち上手く出来ない」と言いますと「そんなことする人はまずいないから、泣いて喜ぶわ」

私も一応管理栄養士なので~~~

同じ24時間365日でも随分と差があります

これがクリニックを持たない訪問診療です。

母は難病指定のパーキンソン病なので医療費の上限が決まっています。

ですから「可能な限り医療を使いましょう」と言われました。

又、昨日の障害者用の介護サービスはやはり使えるそうです。

昨日は詳しく知っている職員がいなかったとか。

ですから、このサービスを使ってヘルパーさんに長く滞在してもらうことによって、母がショートに行けなくても「(私が)通院出来ますよ」と言われました。

ショート先からはまだお返事がないそうですが、何とも手厚い介護体制。

ずーっと母が家にいることで私が外出することが出来なくはなりますが、あんまり疲れた場合は母が1週間ほど入院ということも可能で、大きな病院は大抵この制度を持っているそうです。

ショートに行けない場合、お風呂も訪問入浴を週に2回入れて下さるようです。

人の出入りが今まで以上に多くなります。

 予定では来週の11日~13日の間に退院カンファレンス予定です。

(ケアプランが出来次第)

参加者はすごい人数になるので病院ですることになっています。

病院からはドクター、看護師さん、言語聴覚士さん、MSWさん、この4人は最低でもいつも参加されるそうです。

それにもしかしたら管理栄養士さん。

訪問診療の方からは、ドクター(理事長さん・・・牛窓繋がりの)、看護師さん、ソーシャルワーカーさんを始め、訪問言語聴覚士さん、訪問管理栄養士さん、訪問リハ。

訪問看護ステーションからは看護師さん(何名かは不明)

ケアマネさん(今日のおふたり

福祉用具の方

各ヘルパーステーション(今は2社)

ヘルパーさんは今まで通りにしてみて、限界を感じたら定期巡回に変えましょうと言われました。

(そうじゃないと義理が立たない~

今までと違って私は何もしなくていいそうです。

 退院は再来週の月曜日。

火曜日が大安でその日にされる方が多いそうですが。。。来週末でも退院出来ないことはないようですが、ちょっとバタバタになり連休にも入るのでそのように決まりました。

来週はまだ暑いのに忙しくなりそうです。

・・・ということで、病院からの帰りに買い物をして、牛窓に来ました。

やはり涼しいですし、虫の声がすご~~い。

 

 

 

 牛窓に来る途中で、前の訪看さんに電話をしました。

「私達がいつも十分なサポート出来なくてごめんなさいね」と言われましたが、やはり外来があると物理的に無理とよくわかりました。

ですから、それは仕方がないですし、私もご迷惑をおかけしなくて済みます。

看護師さんに今度のサポート体制をお話するとびっくり仰天されていました。

訪問診療ってそんなことが可能なのぉ~~~

「絶対、そっちの方が安心だしいいわ」と言われていましたが、とにかく、お礼に伺いたいので来週の火曜日以降で行くことにしました。

(この方が月、金はお休みなので)

 

 

 

 顔合わせの途中で、ヘルパーステーションから電話がありました。

ケアマネさんが何も言われないから直接かけていらしたようです。

「実はケアマネさんにはまだお話していないのですが、ケアマネさんも変わられるんですよ」とお話したらびっくり

MSWさんが、今日顔合わせが出来たので来週の月曜日にケアマネさんに言われるそうです。

その後、又、私もお詫びとお礼のお電話をします。

 

 

 

 

 

 牛窓に来るまでは準備もありますし、少々大変と思うのですが、来たらやっぱりここはいいわ~と思います。

暗いので街の灯りと小豆島の灯りがちらちらしか見えませんが、明日の朝は又、素晴らしい景色が見られるでしょう

 

 

 

 

 

 

 

 

・°*100歳までのカウントダウン

母100歳まであと248・°*

 

 

 

 

 

 

★致知一日一言 【今日の言葉】2024.9.6

 

一番より尊いビリ

 

一番はもちろん尊い。
しかし
一番よりも尊いビリだってある
━━━━━━━━━━━━━━
東井義雄(教育者)
○月刊『致知』1999年11月号
特集「本物は続く、続けると本物になる」より
━━━━━━━━━━━━━━

●「いのちの教育の探求者」として
ペスタロッチー賞や教育功労賞を受賞した
東井義雄氏の言葉です。

東井氏は子供の頃からスポーツが苦手で、
師範学校時代はマラソン部に入ったものの、
いつもビリで恥ずかしい思いをしたといいます。
しかし、この時、ビリにはビリのよさがあると
目覚められました。

ビリの子の心がわかってやれる教員でありたい。
勉強の分からない子、跳び箱が跳べない子の
悲しみを分かってやれる教員であろうとされたことは
東井氏の教育者としての原点でした。

 

 

 

 

 

★[ECCJ] 今日(9月06日)の珠玉のリーディング


エドガー・ケイシー

 

愛の、希望の、忍耐の、辛苦の、親切の、優しさの法則こそが成功をもたらし、然るべき季節にその実を結ぶ。

For it IS the law of love, of hope, of patience, of longsuffering, of kindness, of gentleness, that WILL succeed, that WILL bring its fruit in due season.
(1497-1)

 

 

 

 

 

 

★バラ十字会メールマガジン(毎週金曜日配信)

 

タゴールの詩「ひとりで進め」


バラ十字会日本本部AMORC


【ぜひお友達にもこのメルマガを教えてあげてください】⇒

https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M1145882&c=3304&d=ed84

 

 

こんにちは、バラ十字会の本庄です。


━…………………━

文章を以下に転載していますが、ヒマラヤの山々とタゴールの写真、タゴールの歌のYouTubeリンクが掲載されていますので、下記のリンクをクリックしてお読みください。

https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M1145883&c=3304&d=ed84

(詩人ラビンドラナート・タゴールについて|「ひとりで進め」などの有名な詩歌と名言を紹介)

━…………………━


ここ数日、東京板橋では朝晩がやや過ごしやすく、いよいよ秋が来たかという感じです。


いかがお過ごしでしょうか。



今回は、タゴールを話題として取り上げたいと思います。



◆ ラビンドラナート・タゴールについて


ラビンドラナート・タゴール(1861-1941)は、インドの西ベンガル州の州都コルカタ(旧名カルカッタ)に生まれた詩人、劇作家、哲学者、作曲家です。


詩集『ギーターンジャリ』でアジア人として最初のノーベル文学賞を1913年に受賞しています。



ラビンドラナートの父デベンドラナートは、インドの伝統的宗教であるヒンドゥー教の熱心な信者かつ研究家でした。


ラビンドラナートは彼の14番目の末子で、とても甘やかされて育てられたとのことです。



タゴール家はコルカタの大財閥であり、ラビンドラナートは英国に2回留学しています。


しかし、当時の英国の教育は彼の肌に合わなかったらしく、いずれのときも卒業できずに帰国しています。(*1)



ラビンドラナートは1901年に、息子などの教育のために青空学校を創設しましたが、ノーベル文学賞の賞金をこの学校に発展のためにすべて注ぎ込み、この学校は彼の死後の1951年に国立のビシバ・バーラティ大学(タゴール国際大学)になっています。



タゴールは特に詩人として有名ですが、音楽家として2000曲以上のベンガル語の歌を残しています(*2)。


インドの国歌「ジャナ・ガナ・マナ」(人々の意志)はタゴールの作詞・作曲であり、バングラデシュの国歌「我が黄金のベンガルよ」はタゴールの作詞です。


(写真:タゴールとヒマラヤの夕焼け)


◆ ベンガル分割法とタゴールの詩「ひとりで進め」


1905年にインドを植民地統治していた英国は、ベンガルの人々の間に広まっていたインド独立運動の力を削ぐために、ベンガル州をヒンドゥー教徒の多住地域とイスラム教徒の多住地域に分ける法律を出します。



この法律には民族運動支持者の多くが猛反対し、かえってインド独立の機運が高まることになりました。

「ひとりで進め」は、この法律の施行と同じ年の1905年にラビンドラナート・タゴールが作詞したベンガルの愛国歌です。



この時期ラビンドラナートは政治運動に加わっていましたが、暴力や党派争いに幻滅し、1907年に故郷に戻り、瞑想と教育に専念する生活を始めます。(*1)



彼はこの時期に書いたベンガル語の詩集「ギーターンジャリ」を自身の手で英訳し、この英訳詩集が理由で1913年にノーベル文学賞を受賞します。



その後、人間性の重視と国際平和を主なテーマとして評論、詩作を行ったほか、世界中を講演して回りました。

そして、1941年に病気で亡くなっています。



1947年にインドが独立を果たすと、タゴールは、マハトマ・ガンジーと並ぶ、その功労者と見なされるようになります。


◆ 「ひとりで進め」について


「ひとりで進め」は、1905年にラビンドラナート・タゴールが作詞したベンガルの愛国歌であり、数多く人々、そしてマハトマ・ガンジーが愛した歌でした。



調べてみるとこの歌の詞にはいくつかのバージョンがあります。


それが、ベンガル語から日本語への翻訳の際に生じたのか、もともといくつかの種類があるのかは私には分かりません。


以下の歌詞はYouTubeチャンネル「Vリリカル」(VLyrical)にアップロードされている、インドの歌手シュレヤ・ゴシャル(Shreya Ghoshal)さんの歌の英訳の歌詞(*3)を筆者が日本語訳したものです。



・ 歌詞「ひとりで進め」(全文)


あなたの呼びかけに、もし誰も答えないなら、ひとりで進め

ひとりで進め、ひとりで進め

あなたの呼びかけに、もし誰も答えないなら、ひとりで進め



もし皆が口を閉ざすなら。おお、不運な我が友よ、もし皆が、あえて語らないなら

誰もが恐れで、見て見ぬふりをするなら

心を開き、できるだけ大きな声で、あなたの考えをそのままに、ひとりで語れ


あなたの呼びかけに、もし誰も答えないなら、ひとりで進め

あなたの呼びかけに、もし誰も答えないなら



もし皆が離れていくなら、おお、不運な我が友よ、もし皆が逃げ出すなら

困難な道に沿って歩いているとき、誰もがあなたを見捨てるなら

道が茨に覆われていたとしても

それを踏みつけて、足を血で濡らしながら、ひとりで進め


あなたの呼びかけに、もし誰も答えないなら、ひとりで進め



もし誰も光を掲げないなら、おお不運な我が友よ、もし誰も光を示さないなら

もし雷雨の暗い夜に、皆があなたの前で扉を閉め切るなら

まさにその稲妻で胸に火を灯し、ひとりで道を照らせ



あなたの呼びかけに、もし誰も答えないなら、ひとりで進め

ひとりで進め、ひとりで進め

あなたの呼びかけに、もし誰も答えないなら、ひとりで進め



タゴールの詩をもう一作紹介させていただきます。詩集「ギーターンジャリ」に収録されている作品です。(*1)

・ 『私はその日が来るのを知っている』


私はその日が来るのを知っている


――そのときはこの地上を見る私の視力は失われ、生命は無言で暇乞いをして、最後のカーテンを私の眼の上にひくだろう


それでも星たちは夜眺めているだろうし、朝は前と変らずに明けて、時間は海の波のようにもりあがって喜びと苦しみを投げつけるだろう



この最後の時を思うとき、時間の堤は破れて、私はあなたの世界とその投げやりにされた宝を、死の光の中に見る。


最低の席というものもなく、一番卑しい生命というものもない。


私が空しく求めてきたもの、私が手に入れたもの


――そういうものはどうでもいい。ただ私に本当に所有せしめよ、私がこれまでないがしろにし、見すごしてきたものを。

(出典*1)

以下に、バラ十字会の研究家が書いたタゴールについての記事を紹介します。


▽ ▽ ▽


記事:『タゴールのメッセージ』(Tagore’s Message)


インドの偉大な哲学者の詩と言葉は今も心を燃え立たせる


ヴィンセント・エドワーズ(by Vincent Edwards)


(写真:タゴールと雪に覆われたヒマラヤ)


インドの偉大な詩人で哲学者であるラビンドラナート・タゴール(1861-1941)がまだとても若かった頃、彼の父親はタゴールに、本を置いてヒマラヤの山々に登ることを強く勧めました。


細かい経緯は分かりませんが、ヒマラヤの雪に覆われた威厳ある山並みの光景から、この若者は新しい世界観を得ることになりました



この地で彼は、その後の人生でずっと忘れることなく大切にしたビジョン(vision:理想像)を手に入れました。

それは自由な世界というビジョンであり、この世界では愛と理解に、国境よりも深い意味があるとされます。

ここでは男も女も兄弟姉妹のように支え合って暮らし、科学者は人々の役に立つために研究を深めることができます。

この世界では人を疑う理由などありません。というのも、戦争は人々の友情と愛によって禁止されているからです。



おそらくラビンドラナート・タゴールほど平和を愛し、戦争を憎んだ人は、誰一人としていなかったことでしょう。

やがて彼の母国では、彼の名前を誰もが知るようになり、裕福な人々にも、とても貧しい人々にも、彼の詩が知られるようになりました。

彼の歌は、人々が集まる街角でも、そして国を遠く離れた隊商(caravan:キャラバン)の列でも歌われていました。

世界平和の夢を歌った彼の詩に、無数に多くの人々が心を揺り動かされました。


・ ノーベル文学賞

Nobel Prize in Literature


(写真:若い頃のタゴール)


1913年にタゴールにノーベル文学賞を受賞するという栄誉がもたらされました。

アジア出身の人がノーベル賞に選ばれたのはこれが初めてのことでした。

そしてインドの偉大な天才の受賞は、あらゆる方面からの称賛をもたらしました。



ラビンドラナートに惹きつけられた英語圏の読者の中に、インドの人々と同じくらい熱烈な一人の信奉者がいました。

それは、アイルランドの詩人ウィリアム・バトラー・イェイツです

彼は、このインドの詩人の詩集のひとつに序文を贈っています。

その中でイェイツは、この著名なインド人の作品を見いだしたときの驚きがいかに大きなものであったかについて述べています。



しかし、イェイツがこのことをベンガル人の医師に語ったとき、医師は少しも驚いた様子を見せませんでした。

医師は言いました。「私は毎日ラビンドラナートを読んでいます。彼の詩の一行は、世界中のすべての厄介事を忘れさせてくれます。



1916年にタゴールは、アメリカへの旅をしました。

それは、多くの人の思い出に残る旅となりました。彼はどこに行っても多数の人々の注目を集めました。母国の盛装を身につけて歩く、穏やかな眼をした男性は、人々の記憶に長い間留まり続けました



彼は長い茶色のローブをまとい、長老のようなあご髭と、鉄灰色の髪が印象的な人物でした。

彼がほほ笑むと、顔全体が人間への深い愛に照らされているように見えました。



1916年の日本への訪問の際も、彼は同じように人々に深い印象を与えました。

あるときラビンドラナートは、若い人々のグループに講演をするために招待されました。

その少年少女たちは、心を動かされ、そして彼を敬慕するようになりました。

というのも彼らは、この礼儀正しい訪問者から、愛嬌(あいきょう)のある告白を聞いたからです。



「私のことを怖がったり、私が皆さんに長々と話をするつもりだとは思ったりしないでください。」

「私は、自分が灰色のあご髭と白い髪をしているために、そしてゆったりとした長いインド風のローブを着ているために、いくぶん恐ろしく見えることを存じています。」

「そして外見から私を知った人たちは、私が老人であるというばかげた誤解をして、私に上座を譲り、少し距離を置いて敬意を払ってくださることも存じています。」



「しかしもし私が皆さんに、自分の心をお見せしたら、実は未熟で若いことがお分かりになるでしょう。」

「おそらくは私の前に立っている皆さんのうちの何人かよりも私の方が若いかもしれません。」



「そして皆さんは、私がとても子供じみた人間であるのを知ることでしょう。」

「優れた知恵のある現代の大人が信じているとすれば、きっと恥ずかしいと思われるようなことを私が信じているからです。」

「というのも、私は理想的な人生があることを信じています。」

「また私は、小さな花の中に、その美しさに隠されてはいるけれども、強い命の力が存在していて、その力は、機関銃などよりも強いと信じています。」

「また、鳥のさえずりの中には〈自然〉が自体の力を表わしていて、その力は、激しく続く砲撃の、耳をつんざくような轟音(ごうおん)に現れている力よりも強いと、私は信じています」。



何と驚くべき、そして深く考えさせられる言葉でしょうか。


ラビンドラナート・タゴールが、実際にどのような思想家であり、詩人であったのかを、この言葉ほど明らかにしてくれるものはないでしょう。

さらに、すべての大国が強力な軍備を築きつつあった時代に、彼は恐れることなく、人間が友愛で結ばれている世界を夢見たのです。



それはひとりの詩人の愚かな夢に過ぎないのでしょうか。

おそらく、私たちにそのように信じさせようとする、地位の高い政治家もいることでしょう。

しかし、思慮深い人々はよく知っています。

もし、美と善が永遠の存在であるとすれば、この偉大なベンガル人の詩人の理想は、必ず実現します。

忍び寄ってくる不信感が国々の間に築いた壁は、必ず崩されることになるでしょう。



ラビンドラナートの死が発表されてから70年以上が過ぎました。

しかし、彼の声は今も私たちのもとに届いており、むしろ以前よりもはっきりと大きく聞こえます。

それはあたかも、国際的な緊張が新しい局面を迎えたこの時代に、彼が特別なメッセージを運んでいるかのようです。



彼の詩の多くで、彼は、世界中の「子供たち」と自分を重ね合わせています。

彼はいつも、自然や魂に関することを詩にしました。

花や山や雲が、そしてあらゆるものが〈創造主/神〉の存在をそれとなく示しています。



こんなにも分かりやすく〈創造主/神〉の愛について語った詩人が過去にいたでしょうか。

彼の思いを表す詩のいくつかを読んでみてください。

そして、あなた自身で判断してください。



◆ タゴールの名言(7選)


・ 私に考えさせてほしい。未知の暗黒を貫いて私の人生を導いてくれる〈一なるもの〉が、あの星々の中にあるかどうかを。


・ 悪は敗北を受け入れることができない、しかし正義にはそれができる。


・ 人が知恵とともに子供らしさを取り戻すことを、神は待ち望んでいる。


・ 瞬間の騒々しさは、永遠の音楽をあざ笑う。


・ ああ我が神よ、全てを手にしながら汝自身を失った人々が、汝自身以外には何も持たない人々をあざ笑うのです。


・ 裕福な人が、神からの恩恵だと財産を自慢するとき、神は恥じる。


・ 神は偉大な王国に退屈するようになるが、小さな花々には決して退屈しない。


△ △ △


下記は筆者の前回の記事です。


参考記事:『渦巻きのスピリチュアルな意味|古代人が生命の象徴とした螺旋の模様』

https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M1145884&c=3304&d=ed84



今回も最後までお読みくださり、ありがとうございました。


また、お付き合いください。(^^)/~



参考文献:
*1 タゴール/山室静訳「タゴール詩集」、2004年、グーテンベルグ21
*2 佐々木美佳著「タゴールソングス」、2022年、株式会社三輪舎
*3 https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M1145885&c=3304&d=ed84 、2024年9月6日閲覧



==============

■ 編集後記

クレロデンドルム(ブルーエルフィン)という花のようです

https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M1145886&c=3304&d=ed84

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母の状態(入院26日目)&愛する人達の動向

2024年09月05日 22時07分00秒 | 医療、病気

 朝が涼しくなってきました。

家の中よりも外の方がさわやかで気持ちが良かったです。

スマホによりますと家の中は24℃でしたが、今日の最低気温は22.7℃でした。

 

 ポプラちゃんの近くなので切られたりしないか心配。

 

椿の新しい葉っぱはつやっつや。

桜の葉っぱは朝の陽に透けてきれいです。

 

今日は2周少々しか歩けませんでしたが、このくらいが今はちょうど良さそうです。

我が家のバラ

「ステファニー・ドゥ・モナコ」と「プリンセス・ドゥ・モナコ」(グレースケリー)

 

「ドフトゴールド」

今日の朝顔は南側に白いお花が4輪咲きました。

今日の果物

ブルーベリーを散らしたのがあまり美しくなかったようです

最近のサラダ用。

少し前まではオリーブオイルとピンクの岩塩と胡椒でした。

 

3時半頃、MSWさんよりお電話がありました。

「もしかして病院内に居る

「いえいえ、これから家を出るところです」

ケアマネさんと訪問看護ステーションが決まったようです。

明日の4時に顔合わせになりました。

 

 その後、病院に行くと母が冷えピタをしてるもしや又発熱と思ったら、母が隣に移動になっていました。

今日の母はとってもいい表情をしていました。

「眺めがいいねえ」と言うと「うん」

師長さんによりますとレントゲンの結果、肺炎ではなかったようです。

ほっとしました。

でも、一体何だったのかまだわかりません。

そこへMSWさんが来られて、もう一度詳しくお話を聞かせて下さいました。

ケアマネさんと訪看さんは同じ事業所だそうです。

訪問診療のドクターのご紹介かと思いましたが「ううん。うちによく出入りしているところ」と。

又、私が「ショートもデイも使えなくなると病院に行けなくなるのでどうしよう」と言っていたので、パーキンソンは難病なので、今の介護保険以外に障害者の認定を受ければ24時間サービスも受けられるから、私の通院時間も確保出来ると言われました。

すご~いと思い、必要な書類を持って福祉事務所に行きました。

うちではない、2階です。

いや、うちではない1階です。

等と言われあちこちへ。

「事務員なので詳しいことがわからないので聞いてきます」と言われ待っていましたが、「詳しい方」は出て来られなかったり。

その度にMSWさんに電話し、代わってもらいました。

長い時間かかりました。

ふと多くの人が一斉にお部屋から出て行かれ始めたので時計を見ると5時16分。

流石、お役所。

(私も人のことは言えません。そういう時期もありましたので~)

結局、障害者手帳を受けとらないといけないようですが、その為には4~5ヵ月はかかるそうです。

もう定時を過ぎていましたので、又、明日以降MSWさんに電話をして下さることになりました。

MSWの方は明日、ケアマネさんがいらっしゃるので何かいい方法はないか聞いて下さるとのことでした。

「手ぶらで帰すことになって申し訳ないです」と福祉事務所の方が言われましたが、「いえいえ」。

でも、面会に行って、一旦帰って書類を持って再び出かけて暑い中を(一時よりはいいですが)バタバタしたので疲れました~

 明日も結構忙しいです。

もう今までお世話になっていたクリニックのソーシャルワーカーさんにMSWさんは話されたそうです。

「仕方ないですね」と言われていたとか。

クリニックへお礼に行こうと思っていますが、明日の顔合わせが4時からですから、多分5時までには帰れないので明日は行けそうにありません。

「前のケアマネさんには明日顔合わせをして正式に決まってから話します」と言われていましたので、こちらは来週初め。

いずれにしても、お礼に伺うのは来週のことになりそうです。

 明日は金曜日ですので、母の調子がこのまま良ければ、当分もう行けないかもしれないので牛窓に行こうと思っています。

サボテンを持って帰らなくちゃ。

 

 

 

 今朝、歩いている時にお婿ちゃんから手術が無事に終わって、これが今日の「朝ご飯」とメッセージが来ました。

右のボトルはスキムミルクのようです。

はちみつトースト

シリアル

スキムミルク

アップルゼリー

この袋の中身は何

歩きながらチャットをしていたら、今日こそは6時25分にはテレビ体操しようと思っていましたが、又出来ませんでした

お婿ちゃんはマメに連絡をくれます。

初めはERからでしたので、「一体何が起こった」という感じでした。

ベッドに寝ているし、モニター画面の写真もあるしで・・・。

何もかもが日本とは違うと言っていました。

こうして海外の病院食を見ることはないので興味津々。

私が海外で病院に行ったのは1度ありますが、患者としてではありません。

娘がハワイの病院で研修していた時、1日オフがあり、遊びに出かけました。

すると目の前でオートバイが事故。

救急車に乗るまでお世話して、「じゃあ、行こうか」

すると今度は病院から緊急呼び出し。

ちょうどアメリカの男の子と一緒に研修していたので彼が迎えに来てくれることになりました。

急ぐし方向は反対だしで「じゃあ、一緒に行く」となって一緒に病院に行って私は終わるまで外来で待つことにしました。

4時間位待った気がします。

結局、夕方になってしまい、夕食を食べて帰った気がします。

 もうひとつ、医療の面から言いますと、インドでドクターにお世話になりました。

この旅はネパールで単身がんばっていらした神父様に物資を持って行き、インドではマザーテレサの「子供の家」に行こうという旅でした。

近所の教会の数人が行くと言うことで私もこの神父様とは懇意でしたので、一緒に行くことにしました。

このメンバーは面白い人が揃っていて、とにかく、教会関係には泊まらず他の宗教の施設でお世話になろう計画を持っていました。

インドでお世話になったのはお寺。

ヴァーナーラシーのサールナート(お釈迦様が最初に説教なさった場所)の近くでした。

和尚さんがどこかのお寺に行かれて不在。

しかも、インド熱(勝手に私がそう呼んでいる)に罹って帰って来られずにいらっしゃるとのことでした。

何日かして帰っていらしたのですが、私達のグループ5人のうち2人が感染。

そのうちの1人が私

高熱と嘔吐と下痢が続き、死ぬかと思いました。

その上、インドの夜って(当時)、漆黒。

何にも見えません。

手探り状態で、雨期の最後でしたから、スーツケースの中までびしょ。

もう1人の方は高齢ではありましたし、本当に死にそうで、お坊様がドクターを読んで下さいました。

ここあたりからは以前にも書いたと思いますが、ドクター曰く「明日の午前中には行く」

お坊様曰く「多分、12時間後の午後だと思う」

流石です、お坊様。

ドクターが歩きながらゆったりいらしたのは次の日の午後。

日本から持って行っていたお薬は全然効きませんでしたが、郷に入っては郷に従えです。

ドクターがポケットからお薬をいくつか出して、手で割って、口の中へポン

遠巻きに見ていた近所の人たちがその辺の木の葉っぱも摘んで飲ませてくれました。

すると何と30分後には熱が引きました

そして次の日にはガンガー(ガンジス川)に沐浴に行きました。

屋台のチャイをお坊様が買って下さいました。

美味しかった

ヒンズー教のお坊様は額にティカを塗って祝福して下さったり、お花売りの子供達に囲まれながらガンガーへ。

でも、流石に病み上がり。

浸かるのは足だけにしました。

そのそばでは死体を焼く煙が絶えることなく立ち昇っていました。

薪代だけ持って死を待っている人達もいました。

 ちなみにネパール(ポカラ)ではどこかの宗教(創価学会だったような)の信者さんの経営するホテルの広~いお部屋を1室ずつ提供して頂きました。

ご親切に市内観光にも連れて行って下さいました。

他の場所にも泊まりましたが、ここはアンナプルナの真ん前。

本当に美しい光景で、忘れられません。

もう一度、ヒマラヤを見たいというのがバゲットリストにあります。

 

 

 

 

 続いて、もうひとつ。

今日の12時25分発のイタリアエアウェイズでローマに旅立った友人。

昨日は銀座周辺で大学時代の友人と串カツとビール、大きな抹茶のかき氷を食べてご機嫌な写真を送ってくれました。

今日はこれ。

ついに念願のヴィトンを買ったようです

11時45分には搭乗口へ。

「後ろに大谷翔平が写ってるよ~」

 

彼女にとっては初めてのヨーロッパ。

この飛行機を見た時、イタリアの飛行機って変わったんだと思いました。

「いつの話」ということになりますが、私が乗ったのは今はもうないアリタリアでした。

(行きと帰りはブリティッシュエアウェイズ)

 

 

 

 

もう10時が来てしまいました。

今、お婿ちゃんが袋の中身はコーンフレークだと~~~

今日は退院にはならなかったようです。

 

 

 

 

 

・°*100歳までのカウントダウン

母100歳まであと249・°*

 

 

 

 

 

★致知一日一言【今日の言葉】2024.9.5

 

【編集長取材手記】心に響く「世界のホームラン王」の名言

 

どんな世界でも、
いまはすぐに答えを求める、
答えを出そうとするのが流行りのようです。
しかし、答えを出すまでの過程で
努力することが大事なんですよね。
常に「もうこれでいい」ってことは
ありませんから
━━━━━━━━━━━━━━
王貞治(福岡ソフトバンクホークス会長)
○月刊『致知』2024年10月号
特集「この道より我を生かす道なし
この道を歩く」【創刊46周年記念号】より
━━━━━━━━━━━━━━

●【編集長取材手記】
王貞治さんが語った大谷翔平選手の
「成功の秘訣」
こちらからお読みいただけます

 

 

 

 

 

★[ECCJ] 今日(9月05日)の珠玉のリーディング


エドガー・ケイシー

 

あらゆる種類の癒しは、内からの波動を変えることにあるということを--生きた細胞組織の内にある聖なるものを、神の創造エネルギーに同調させることに他ならない。

Know that all strength, all healing of every nature is the changing of the vibrations from within, - the attuning of the divine within the living tissue of a body to Creative Energies.

(1967-1)

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母の容態(入院25日目)&発熱&友人イタリアへ

2024年09月04日 19時53分45秒 | 医療、病気

 今朝も涼しく歩きやすい季節になりつつあります。

(昨日は23.4℃、今日は22.3℃。明日は21℃予報です)

日中はまだ暑いですが、今日の最高気温は33℃なので、気分的にも少し違ってきました。

とは言うものの、この残暑はまだ2ヵ月続くと天気予報が言っていました

 

 

まるで秋みたいですが、雨が降らないので枯れているのだと思います。

テニスコートと歩道の間に網が張られていました。

ボールがよく飛んで民家の方に行ってしまうからかも

 

日の出

太陽が昇ると暑くなります。

今日は5周歩きましたが、やっぱり膝に水が溜まって来てます

 

我が家の朝顔は南側の白色が8輪。

 

よれよれ~

西側の紫が3輪とマゼンタが2輪。

 

まだがんばって咲いてくれています。

 

「ラ・マリエ」

 

「プリンセス・ドゥ・モナコ」

 

「シェヘラザード」

そして、ジャスミン

今朝の果物

ブドウはピオーネとオーロラブラック。

ピオーネはとても甘く、オーロラブラックは甘さの中に酸味もある感じです。

午前中用事があって外出しましたのでついでにぐるっとドライブ。

河津桜の通りです。

 

阿部池の向こうのゴルフ場があるのですが、暑くても多くの方々がラウンド中

 

岡南飛行場の滑走路

広々としています。

 

 

こちらサイドは児島湖

 

 

 2時過ぎ、まだ暑い最中でしたが面会に行って来ました。

母は寝ていました。

そこへ看護師さんがいらして、お熱が出たと

看護師さんのお話によりますと、昨夜母は元気で夜中におしゃべりをしていたらしいです。

(何を言っていたかは不明)

そして、今朝の朝ご飯は完食

この時お熱は37.5℃くらい。

その後、10時に実習生さんが測って下さったら38.5℃

私が行った時には解熱剤で下がっていました。

お昼ご飯は全く食べず、ずっと寝ているとのことでした。

明日、レントゲンや血液検査があるそうですので原因がわかると言われましたが、今の予想では誤嚥性肺炎か尿路感染かと言われていました。

病院に居てさえお熱が出るなんて、家に連れて帰るのが不安です

 

 

 

 今朝、友人が次女とイタリア旅行に行くために東京に行きました。

「可能な限り、写真を送るね~」ということで、今日は飛行機の写真を2枚。

岡山桃太郎空港

始発 JAL 7時10分発 東京着 8時25分

偶然彼女も私も昨夜10時半に寝たようです。

私はなぜか3時に目が覚めて、その後目が冴えてしまいました。

友人は2時半に目が覚めたそうです。

彼女のところからですと瀬戸大橋線に乗って、岡山駅から6時のリムジンバスで空港へ。(6時半着)

羽田着

8時35分頃

その後ホテルに荷物を置いて、大学時代の友人が千葉に住んでいるので銀座で待ち合わせて夕方までおしゃべりすると言っていました。

これから、気持ちだけでも一緒に旅出来ることが楽しみです

 

 

 

 

・°*100歳までのカウントダウン

母100歳まであと250・°*

 

 

 

 

 

★致知一日一言 【今日の言葉】2024.9.4

 

モスバーガーの創業精神

 

その気になって見れば、
仕事を教えてくれる「先生」は
周りにたくさんいます。
周りの先生から
どれだけ積極的に学んでいくか。
その姿勢が自分を成長させていく。
━━━━━━━━━━━━━━
櫻田 厚(元モスフードサービス会長)
○月刊『致知』2024年10月号
特集「この道より我を生かす道なし
この道を歩く」【創刊46周年記念号】より
━━━━━━━━━━━━━━

日本を代表する
ハンバーガーチェーン
モスフードサービス。
その創業期から経営に携わり、
今日の発展を牽引してきたのが
櫻田厚さん、73歳です。

最新号では、創業者の教えや
モスで学んだ経営発展の神髄を
余すところなく語っていただきました。

●試し読みはこちらから!
「人を喜ばせたい、その一心が我が経営人生を導いてきた」
櫻田 厚(元モスフードサービス会長)

 

 

 

 

★[ECCJ] 今日(9月04日)の珠玉のリーディング


エドガー・ケイシー

 

わたしの意志ではなく、おお主よ、あなたの御心が、わたしの内に、わたしを通して行われますように。わたしがさまざまな形で接するすべての人に対して、わたしを今日、いま、祝福の水路としてください。

NOT MY WILL BUT THINE, O LORD, BE DONE IN AND THROUGH ME.
LET ME EVER BE A CHANNEL OF BLESSINGS, TODAY, NOW, TO THOSE THAT I CONTACT, IN EVERY WAY.

(262-3)

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母の容態(入院24日目)&着々と

2024年09月03日 21時30分00秒 | 介護

 明け方、土砂降りの雨が降りました。

雨が降ると植物が喜ぶので嬉しい

その後も、○○時から雨が降りますと予報は出ましたが、延び延びになって結局は大して降らず

 

 今朝の空

朝顔の下の千日紅がかわいいです

 

今日はがんばって6周も歩きました。

膝が痛くなって初めてではないかと思います。

今朝は涼しかったので歩きやすかったのですが、膝はやはりなかなか治らず

 

 

 今日の果物

我が家の朝顔

西側は合計6輪。

明日も咲きそうです。

 

  

 

 

南側も白色が6輪。

明日も咲きそうです

 

「ラ・マリエ」と「ステファニー・ドゥ・モナコ」

 

ジャスミンの大輪が咲きました

 

皆、ある部分神経質や気になる部分があるかと思います。

人口の15~20%がセンシティヴな人のようですが、私も当てはまると思っていましたが、あまり当てはまりそうにないような

久々のお抹茶が飲みたくなって、朝一の眼科の帰りに和菓子を買って帰りました。

もう多分、お茶のおけいこにも行けないだろうな~と思いつつ。

 

お菓子も随分と小さくなりました。

「淡雪」と「葛桜」

先日に続いて、簡単な夏寿司が食べたくなって作りました。

Rちゃんが眼科に居る時に「お母さん、どこですか Rちゃんは夜勤明けでお母さんの家に来ていますよ」

結局、一寝入りして、一緒に母の面会に行き、帰りに我が家に来ることになりました。

そこで、お寿司をパッキング。

きゅうりはぬか漬けです。

 4時、Rちゃんち経由、病院に行きました。

母は点滴の針を抜いたようで、腕を包帯でぐるぐる巻きの途中。

でも、顔色は良さそうでした。

昨日のプリンが気に入ったということを聞いて、初めて、あっと思い出しました。

昨日の帰りに毎日持って行こうとヨーグルトを買ったのでした~

忘れてきたので又、売店に階に降りました。

 今日もお昼には言語聴覚士さんが来て下さったようです。

実習生がメニューを置いてくれていました。

昨日は朝7/3

昼5~7/5

ハンバーグのペーストは全部食べたようです。

マンゴープリンは1~2口。

今日は実習生さんが3時までなので聞けませんでした。

 帰りにMSWさんがナースステーションにいらしたので、プリンを置いていることと、爪切りをお願いしたいこと(結構のびていて危ない)、ショートがダメならデイなどはどうかと伺ってみました。

まず、訪問診療のクリニックが受け入れて下さったようです。

ショートは今、打診中で、施設内で相談後お返事があるようです。

デイは休む場所がないので、ナーシングホームなどのデイを探さないといけないかなと言われていました。

と言いますのも、母が一日中家に居るとなるとペインクリニックとか病院関係も行くことが出来なくなります。

今日の眼科はコンタクトレンズでした。

相変わらず入れるのが下手

2週間近く入れずに過ごしたりもしましたので、ワンディにしょうかと悩みました。

ハードの4シーズンは市内に1軒のみ。

なんと母の眼科医さんのところでした、

今回2ウィークがあと1個になりましたので、行こうかと悩みましたが、ちょっと遠いので涼しくなって次回に又考えようと思います。

 ちょっと話が脱線しましたが、母は家に帰ったら食欲も出てもっと元気になるのではないかと思います。

好きな時間に食べさせることが出来ますし。

ただ、誤嚥や尿路感染のリスクは高くなりますが

 面会の帰りにRちゃんが寄った時いろいろ話しました。

最近、施設で2人の方が亡くなったそうです。

しかも、Rちゃんが夜勤の時に。

スタッフの皆さんが「Rちゃんの夜勤の時を待っているんよ」と言われたとか。

確かに母もRちゃんが大好きで今日も満面の笑顔。

母がまず気に入ってその後担当部署が変わって、個人的にお付きするようになったわけです。

Rちゃんに母が帰ってからの配置の相談をしました。

又、今日はRちゃんから、亡くなってからお葬式までの日本の風習について一杯質問を受けました。

ベトナムとの違いに興味津々のようでした。

 

 

 

 お婿ちゃんが痛みで救急で病院に行ったようですが、今日、入院になって手術をするようです。

胆石だったとか。

でも、10月に帰国するのでお好み焼きやお寿司を食べたいと言っていました

 

 

 

 

・°*100歳までのカウントダウン

母100歳まであと251・°*

 

 

 

 

 

★致知一日一言 【今日の言葉】2024.9.3

 

禅のトップが語る仏教の根本

 

禅に限らず仏教の教えの根本は
「自未得度先度他(じみとくどせんどた)」、
つまり「自分は未だ(彼岸に)渡らざるに、
まず他を渡す」ということだと思います
━━━━━━━━━━━━━━
山川宗玄(臨済宗妙心寺派管長)
○月刊『致知』2024年10月号
特集「この道より我を生かす道なし
この道を歩く」【創刊46周年記念号】より
━━━━━━━━━━━━━━

●全国3,300の寺院を擁する臨済宗妙心寺派。
5月にその管長に就任された山川宗玄師の言葉です。

 

 

 

 

★[ECCJ] 今日(9月03日)の珠玉のリーディング


エドガー・ケイシー


あなた自身の中に、体を癒すためのすべてのものが備わっているのです。

Know that there is within self all healing that may be accomplished for the body.

(4021-1)

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母の容態(入院23日目)&DrとMSWと母の今後についての話

2024年09月02日 21時50分00秒 | 医療、病気

 生活を立て直そうと思いつつ、自分に甘い私はなかなか出来ないのですが、最近ブログを早くアップするようにし、10時はベッドに入り、寝ている間のゴールデンタイムを有効活用し~~~と、簡単な時間割(時間配分)みたいなものを作ろうとしています。

とにかく睡眠時間の確保が大切。

どうしても4時半とか遅くても5時には目が覚めるのですから、寝る時間を早くする以外にはありません。

母は入院中の今、健康の為にちょっとルーティン化(ゆるゆるですが)を試みようとしています。

なぜかあれこれしていたら、一番大切なことをする時間がなくなってしまう結果になってしまって

 

 

 

 5時前に目が覚めて、窓を開けたりあれこれして、家を出たのは日の出タイム頃。

(今は5時38分頃

昨日の母の同い年の友人の方はすでに5人くらいのグループの中にいらして公園の出口方面を歩かれていました。

このグループは1つは80代~90代。

もうひとつは70代でしょうか。

朝、大体待ち合わせていらっしゃるようです。

このグループの中のメンバーは随分と変わりました。

かつて母もこの中に居ました。

 

こちらの朝顔はまだ綺麗に咲いています。

咲き始めが遅かった気がします。

 

 

我が家の朝顔

西側には3輪咲いていました。

1輪は一番下に隠れて咲いていました。

昨日も咲いたようです。

明日も咲きそうです。

 

こちらは一番上に咲いていました。

ちょっと色が違います。

青とマゼンタのミックス

 

そして、マゼンタ色

南側には白が4輪咲いていました。

 

 

 

暑かったので肥料をやらなかったせいで小さめですが、「ラ・マリエ」と「シェヘラザード」。

 

ジャスミン~

 

今日の果物

 

 今日はドクターからのお話と病院の地域連携室の相談員さんとの話し合いの日でした。

2時からでしたが、とても暑くなるので少し早めに行って病院でご飯を食べながら自分の考え等まとめようと思って、12時ぐらいに家を出ました。

食欲がないので、ミニうどんとかおにぎりにしようかなと思いつつも、タンパク質を食べなくちゃと思って、ハンバーグにしご飯を小盛りにしてもらいました。

が、何のことはない

全部食べてしまいました🤣

1時15分頃になったので、まず母に面会してからドクターのお話を聞こうと思って病棟に上がりました。

母は寝ていました。

この福者カルロ・アクティスの写真を持っていきました。

 

目を覚まして「喉が渇いた」。

ナースコールを鳴らしましたが、来て下さった時には又寝てしまっていました。

岡山市街と国際ホテル

 

そこへ、今日から母に実習生として付いて下さる看護師の卵さんが来て下さいました。

本当にありがたい

母もどんなにか慰められるかと思います。

その後2時になってもご連絡がなく、しばらくすると検査のためにドクターは30分間ぐらい遅れられるので、その前に地域連携室の相談員さん(正式には、この方はMSW・メディカルソーシャルワーカーと言われる方のようです)とお話することになりました。

本当にこの方と話をするとはっきり言われるのでドキッともするのですが、覚悟も決まると言いますか。

それに情報も多く、しかも現場に即しているのでとっても有能な方だなぁといつも思います。

MSWさんのお話によりますと

「今日は退院の話です」と言われたあとで、

・母は食事にムラがあり波があるので今後は分食がいい。朝、10時、お昼、3時、夕食みたいに。

・現在、栄養剤を点滴をしているが必ずしも必要ではない(お部屋に来て母に2回エンシュアを飲ませて下さった認定看護師さんは水分が足らなくなるからしっかり家では水分補給をするように言われました)

・現在、吸痰は日に1回。Spo2はいいので今後はスポンジでOK。

・食事は全介助(これは以前ほぼからそうでした)

・(リハをしていると実践生さんにお聞きしたので伺うと)現在、午前中にしているのは口腔リハのみ。

・ESBLという抗生剤が効きにくい金を1年前も持っていた。これは繰り返す。細菌性肺炎や尿路感染症になった場合もやっつけにくい→仲良くやっていく、重症化しやすいか仕方がない、大量の抗生剤を投与すると身体も弱るが、余計な耐性菌が出来る。

ここまで伺ったところへドクターが来られました。

今後、誤嚥性肺炎や尿路感染症を何度も併発しながら弱っていくというパターンではないかということでした。

今日の血液検査では炎症の数値も正常になっていたが、良くはならず繰り返す。

嚥下が悪いので栄養が取れず動けなくなっていくだろうと言われました。

それから「トイレを言わなくなった」ので今後はポータブルトイレではなくおむつになる。

・機能ではなく病状的にはOKだがリハも厳しい。

・ショートはご飯が食べられない状態なので、受け入れてくれるかどうか。

・誤嚥した場合は熱、痰、Spo2が下がる

そして、今後これから良くなることは見込めないということと、選択肢としては老健のような施設に入るか、病院に入院するかと言われましたので、家に連れて帰って家で看たいという希望を伝えました。

ドクターちょっとびっくりなさっていたようでしたが、「分かりました。」ということで、もう先生の方からは特に何もおっしゃることがないようで退席されました。

その後、MSWと活発な意見交換をしました。

MSW・メディカルソーシャルワーカーとは「社会福祉士資格、または精神保健福祉士資格という国家資格取得者の総称として「ソーシャルワーカー」という呼称があり、その中でも医療機関で働いている人たちのことを、医療ソーシャルワーカー、メディカルソーシャルワーカー(MSW)と呼んでい」るそうです。(ネットより)

まず、ショートは万が一受け入れてくれたとしてもご飯が食べられなくなった、その他等で救急車を呼ぶのではなく、何かがあったら自宅に連れて帰ること。

続いて、共通の合意事項としてはドクターのたくさんいらっしゃる訪問診療のクリニックを探すこと。

それから、なるべくたくさんのナースが在籍している訪問看護ステーションを探すこと。

これはクリニックのドクターに紹介して頂くそうです。

私としては言語聴覚士さんやリハ、管理栄養士などの他のスタッフがも入って下さる方ががありがたいので、そのことを話しましたが、そのクリニックはやはりドクターが1人しかおられないので、それはやはり心もとないということで選択肢は3つのうちの2つに絞られました。

そしてどちらがいいかという話になった時に、

①の方はサバサバ系、体育系

②の方は呼吸器や癌などが専門でマメで細かい。

私としては②かなと思ったのですが、「小笠原先生は①のタイプよ」と言われました。

はっきり言われるから勝負(決断)も早い諦めも早い覚悟も早く付く (これはわかりません)

①の方は元々牛窓の建築士さんから話を伺い、牛窓繋がりのドクターで何回かお電話したところです。

②の方はケアマネさんおススメ。

結局、馴染み深い①にしました。

どちらもいいけれども我が家には①の方がいいのではないかなとMSWさんも思われたようです。

MSW曰く、小笠原先生のところはある意味、理想。

在宅を選ぶと言うことは「諦める判断力」を持たないと家で死なせられないと言われました。

病院で抗生剤を4本打っていても家では無理。

病院では生きる日数は延びるかもしれない。

在宅は「たった一人で死ぬことを納得出来るかどうか」

小笠原先生の患者さんはその覚悟が出来ている、割り切っている人達だと思う。

私の母はかなりの淋しがり屋だと言われたので「どうしてわかりました」と思わず聞き返しました。

やはり看護師さん達に居て欲しいみたいです。

「お母さんには娘さんがいた方がいい。それは家族しか出来ない」

・・・ということでクリニック(診療所や外来)を持たない訪問診療①のクリニックに決めました。

そして、訪問看護ステーションはそこに任せるとして、ケアマネさんをどうするかという話になった時に「もう切りましょう」という話になりました。

全てMSWさんが「私が先に話をします」と言われました。

「どのように言われるのですか」と伺うとカクカクしかじかとおっしゃって、「これでどこか間違ってませんか」とおっしゃったとので、いや、もう私としてはびっくり

もうパーフェクトでした。

私の気持ちが本当にそのまま、適切に簡潔にまとまっていました。

「まずクリニックとかが決まって全てが整った後でこちらにお断りの電話をするので、娘さんの方からもその後お世話になったので、一言お礼を後から伝えて下さい。」ということでした。

皆さん、最期まで診ようとして下さっていたのでどんなにびっくりなさるか。

でも、どう考えても今のクリニックでは無理です。

外来があるのでドクターすぐの対応出来ませんし、代わりに他のドクターが往診に来られることも出来ない。

それは訪問看護もそうです。

訪問看護は2.5人いればいいそうです。

今のクリニックは2.5人ではないですが、もういっぱいいっぱい。

あと、ヘルパーさんはこのまま続行。

それから、福祉用具も続行。

様々な質問したのですが、まず第一にトイレを作った方がいいかどうか

母の部屋の近くに。

そうでないと、私は今、仮寝の状態なので寝ることが出来ないと言いますと、「もう改修とかという段階ではなく配置の問題だと思うよ」と言われました。

つまり、もうポータブルトイレを使うということはあり得ないだろうということです。

その代わり、おしめ対応になるので臭いのしないゴミ箱か臭いのしないナイロン袋等があれば十分。

それから、ベッドの位置について前から考えていたのですが、今は台所に頭を向けて南に足が向いてる状態でテレビが見えるようになっていますが、母の顔が見えないのでどうかなと考えていたところそのお話をすると、そこに同席されていた実習生さんに「テレビ見られるかしら」と聞かれました。

彼女が「見られません」と答えられたので、「多分、お母さんは台所で動かれてる娘さんを見てる方がいいと思うので、向きを変えてもらいましょう」と言われました。

なるほど、なるほどと思いました。

また、ショートに関しては先ほども書きましたが「ご飯が段々食べられなくなる状態だけれども、その時点で救急車を呼んだりされないという上で受け入れて下さるところならいいけれども。ケアマネさんもショートも今の状況がわかっていないから、全てこちらの病院から連絡します。」とおっしゃいました。

何とも心強い。

これら、今まで全部私が連絡をしないといけなかったことです。

そして、退院はこれだけの大がかりなことを決めて、退院カンファレンスも開かないといけないので、2週間後の週末ぐらいになるかなという感じでした。

「もしその間に急変してしまったらどうなりますか」と一番心配なので伺うと、「どうしても家で最期を迎えさせてあげたい 例えば段々食事が出来なくなって、数日間の命ということになれば頑張って私(MSWさん)が体制を整えて新しいところに要請して家に帰れるようにします。でも、数時間の命となると病院で亡くなることになります」と言われました。

「急変するというのはどういう場合ですか」と尋ねますと、心筋梗塞。脳梗塞、くも膜下出血などだそうです。

これはもうどうしようもないと言われました。

そして、最後に「お母さんはすごく寂しがり屋だから、娘さんがそばにいるのが一番いいと思いますよ」と言われました。

先程も書きましたが、なぜ母が寂しがりやだということが分かったのか、本当にびっくりしました。

恐らく度々病室を訪問して下さり、看護師さんがいたら嬉しそうだったりした母を見て来られたのではないかと思います。

そういったことも考えられた上で、ベッドの位置を反対にした方がいいのではというアドバイスを下さったわけです。

「今後、私は家に帰ったら今のようなストレスフリーなサポートが受けられるのでしょうか」と伺うと「まず無理」と言われたのでがっくり来ましたが、もうそれはケアマネさん次第だと言われました。

あと、私の導入して欲しかったこととして、THP とか THP + などの情報共有とかいざという時のテレビ通話などの機器についてです。

けれどもこれは多分、岡山はまだそれほどを普及してないということと、多分機器の問題ではないと思うと言われました。

「電話1本でも大丈夫よ。すぐに行くからとか全ての情報が共有されていれば、今のように不安になることはないので、心配いらない」と言われました。

それから最後に私自身やっていけるかどうか。

これからショート使わなかった場合、ずっと毎日死と隣り合わせでやっていけるかどうか心配だということをチラッとお話ししたところ、「よく寝ることが出来たら大丈夫」と言われました。

そして睡眠時間とかあれこれ聞かれたのですが、結局今朝の最初のお話に戻りますが、母が寝てる間には絶対寝るとか睡眠時間の確保することが大事になってきます。

これから3日間ぐらいのうち、彼女が全てマネージメントして下さいます。

その後今までのところにお断り、お礼の電話が行き、それから退院カンファレンスが行われます。

帰りにまた母のところに寄りました。

母は喉が渇くと又、言いましたので、看護師さんを再び呼びましたが、そのネームの上には特定看護師という「特定」という文字が入っていました。

今日はこの方がいつもお茶やエンシュアの補給をして下さっていました。

やはり看護師の上の資格を持っておられる方で、もしかしたら ICU とかでも働かれていて注射などもドクターの代わりに出来る、そういう方なのかなと思ったりしました。

「水分不足になる可能性があるから注意するように」とのことでしたが、訪問診療になれば点滴も可能です。

 

 実習生さんは私が介護ノートに食事のメニュー表を貼ってるの見られて、「これからは私が取っておきますね。」とおっしゃって下さいました。

何かと心強い

 

 

何とかブログアップが10時に間に合いそうです

 

 

 

 

 

・°*100歳までのカウントダウン

母100歳まであと252・°*

 

 

 

 

 

★致知一日一言 【今日の言葉】2024.9.2

 

【免疫力を高める三つのスイッチ】

 

一、皮膚に氣持ちのいいことをする
二、笑うこと
三、感謝すること

━━━━━━━━━━━━━━
吉丸房江
(健康道場・コスモポート主宰)
○月刊『致知』2008年6月号
特集「人生の道標」より
━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

★[ECCJ] 今日(9月02日)の珠玉のリーディング


エドガー・ケイシー

 

人にではなく、神に認められるような生き方をしなさい。

Study to show thyself approved unto GOD - not to man!

(294-198)

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母の容態(入院22日目)&母の同級生&イタリア巡礼

2024年09月01日 20時20分00秒 | 精神世界

 今朝、久々に母と同い年の方に公園の入口でばったりと会いました。

「お母さん、どう」と聞かれ、今日はおひとりでしたのでしばらくご一緒に歩くことにしました。

彼女は正式には大正15年2月生まれなのでまだ98歳なのですが、何がすごいと言って一人暮らしで、しかも大雨以外363日(元旦と2日は休むそうです)毎朝公園に散歩に来られており(少し前までは10周から12周、12000~13000歩歩かれていましたが、今は6周だそうです。それでもすごい)、ほとんど何でも一人でこなし、介護保険を一切使っておられません。

血圧が少し高くて耳が聞こえにくいぐらいで、あとは全く健康。

内科の先生が「2階にデイサービスがあるから来たら」と言われるらしいのですが、「何もかも一人でできるのにどうしてそんなところに行かないといけないの」と答えたそうです。

公園1周が人によりますが5、600歩ぐらいですが、6周歩かれ、そして帰ってからご飯の準備をしたり、ご主人のご仏壇を拝んだりなさるそうですが、「抱負というか希望というか、生き甲斐とか目標とかありますか」と伺ったら「そんなものはもう何にもなくなった」と言われましたが、「そうだ。毎朝、主人の仏壇に、朝起きたら死んでいるようにしてちょうだいと、それだけはお願いしている」と言われました。

「もうそれだけが望みなんよ」

娘さんが今は月に1回(以前は月に2~3回)、赤穂からいらっしゃっているようです。

何度も赤穂に連れて行こうとなさったみたいですが、ご主人と建てたてた今の家がどうしていいし、一人暮らしが安気でいいということで、一人で暮らされてます。

スマートフォンも「ガラケーを持ってる」と言われて、電話をかけることは出来ないけれども取ることは出来るそうです。

「ご近所周りはいかがですか」と伺うと、「近所はなあ。今頃の風潮は自分たちさえよければいいという風潮でしょう。世の中が」と言われました。

「だから、誰もとも話はしない。ただ会ったらおはようとか、こんにちはぐらいは言うけれども、皆家の中に居て出て来られもしないし、今回でも台風どうだったですかと言うことも誰にも言われたりしない」と言われていました

「一人暮らしが安気でいいけれども、今回のような台風の時はサッシじゃないから、家がガタガタと鳴ってちょっと怖かった。不安だった」と言われていました。

今でもクリニックに行くのは公園を歩いた後行かれるそうで、バスで言うと3つ目ぐらいの停留所くらいの距離でしょうか。

そうすると8000歩以上にはなると。

それから、お買い物にも歩いて午前中に行かれるそうです。

私だったら車で行っちゃうのですが、彼女は歩かれます。

そして、今日も帰ってから台風後の庭木や草などの掃除をすると言われていました。

何もかも人に頼らず、一人でするのが彼女の信条です。

「毎朝歩くのが面倒の思われることはないのですか億劫になることはないのですか」と伺うと「そんなことは一度も思ったことがない」と言われました

やはり、豆腐のような根性(もろくも崩れ去る)の私とは違います。

「折角来たのだから雨が降っていても1周でも多く歩いて帰ろうと思って歩いていると大体5、6周にはなってる」と言われていました。

本当に何もかも一人でするということと、自分を甘やかさない強さみたいなものが、毎度のことながら健康で長生きの秘訣なのかなとつくづく思います。

それにしても私と比較してすごい方だなと驚きで本当に目が点となってしまいます

「ちょっと腰が曲がったんよ。最近」と言われていましたが、確かに背中が少しだけ丸くカーブはなさっていましたが、普通に矍鑠と歩かれており、「今日はもう6周歩いたから帰るね」と言われてお別れしました。

とにかくすごい

どうしたら彼女にのようになれるのかと思い色々とお話を伺った朝でした。

 

 

 それから教会へ。

神父様がアメリカから無事に戻られて、教会のドアは開けっぱなしになっていました。

ふとロビーを見ると巡礼のパンプレットがありました。

イタリア

2コースあって

どこがちがうのだろうとみて見ると(B)の方はサン・ジョバンニ・トロンドへも行くようです。

これって何があったかしたとあとで調べると、聖ピオ神父の聖地でした。

 

この方も遺体が腐敗していません。

ちょっと経年劣化しているかな

そして、(A)プランは良く見ると、なんと福者カルロ・アクティスの眠る教会巡礼ではないですか~

 

この福者’(間もなく聖人に列聖されるようです)は少し前にとりなし(取次ぎ?)を祈ったら母に効果があった(気がする)方です。

このあたり

母の面会⑫&【福者カルロ・アクティス(Carlo Acutis)】

 

この方はまだ最近なので遺体が綺麗。

ちなみに遺体が腐らないから「聖人」になるのではなく、調査などの為にお墓を掘り返したら腐っていなかったという結果論で、聖人ではなくても世界には100~150位の腐っていない遺体があると聞いたことがあるような。。。

カトリック教会で有名なのはやはりフランス・ルルドの聖ベルナデッタでしょうか。

 この巡礼、メインはアッシジ

アッシジは私の保護の聖人の聖フランチェスコの聖地ですから、いつか絶対に行きたいと願ってきましたし、行きた~~~い

何だか急に熱心なカトリック信者になった感じです、私

こちらは長崎&津和野と島原、天草&長崎

 

イタリア、行きたい。。。

今日は朝顔は咲いていませんでした。

 

 

ジャスミンは変わらず美しいです

 

今日の果物

今朝は台風が行ってしまったと言うことで、町内清掃がありました。

班長さんが後からご丁寧に門に掛けて下さっていました。

今日のおやつは白桃

 

 ホスピス仲間の一人が今日、ご主人と牛窓に行ったようです。

私が言っていたホテルはどことラインが来ました。

そこで、牛肉の赤ワイン煮込みを食べたかったよですが、11時半からだったので、11時からOKだったスパイスカレーにしたとか。

牛窓の写真を送ってくれましたが、今日の牛窓はお天気が良くてとても美しかったです

 

 

 

 

 

 

・°*100歳までのカウントダウン

母100歳まであと253・°*

 

 

 

 

 

★致知一日一言 【今日の言葉】2024.9.1

 

この道より我を生かす道なし
この道を歩く
━━━━━━━━━━━━━━
武者小路実篤(作家)が
色紙などに繰り返し書いた言葉

○月刊『致知』2024年10月号
特集「この道より我を生かす道なし この道を歩く」より
━━━━━━━━━━━━━━

昭和53年に産声をあげた
『致知』は、おかげさまで
創刊46周年を迎えました。

記念すべき創刊号の
表紙を飾っていただいたのは、
世界のホームラン王・王貞治さん、八十四歳。

共に長年の『致知』愛読者である
道場六三郎さんとご対談をいただきました。

ぜひ、誌面でご覧ください!

◎対談「この道より我を生かす道なし この道を歩く』
王 貞治(福岡ソフトバンクホークス会長)
×
道場六三郎(銀座ろくさん亭主人)

●詳細はこちら

 

 

 

 

★[ECCJ] 今日(9月01日)の珠玉のリーディング


エドガー・ケイシー


あなたの理想を知り、その理想にかなった生き方をしなさい。なぜなら、すべての人は自分自身について釈明しなければならないからです。

Know thy ideal, and live to that.
For, each soul must give account for its own self.
(2803-2)

 

 

 

 

★バラ十字会メールマガジン(毎週金曜日配信)←また、忘れていました

 

 

(フルバージョンは8月30日(金)のブログ

母の容態(入院20日目)&台風10号

に貼り付けましたのでご興味のおありの方はご覧下さい。

 

 

 

下駄屋のおばさんの思い出


バラ十字会日本本部AMORC


【ぜひお友達にもこのメルマガを教えてあげてください】⇒

https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M1144244&c=3304&d=ed84

 

こんにちは、バラ十字会の本庄です。


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文章を以下に転載していますが、赤い鼻緒の下駄、白装束の巡礼さん、山形県村山市の林の中の道の写真が挿入されていますので、下記のリンクをクリックしてお読みください。

https://a07.hm-f.jp/cc.php?t=M1144245&c=3304&d=ed84

(下駄屋のおばさんの思い出|赤い鼻緒と白装束・御高祖頭巾の巡礼さん)

━…………………━

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