うっかりユーザのパソコン奮闘記

パソコンを使っていて感じたあんなこと、こんなこと、気ままに書いていきます。

無用無害

2011年05月31日 | 忘れかけていたこと

 

「○○○○て知ってるかい」から始まる問答型CMが近頃目立つ。

初めから「こうだ」と言われると、それが何だという思いが先に立つ斜臍族でも、「知ってるかい」と言われると、では調べてやろうかという気になる。
そこですでにCM戦略に引っかかっているのだが、そいうときにネット検索はまことに手早く有用さを示してくれる。

目当てのサイトを開いてみて、ああそうだったのかと、とりあえず気が済む。
とりあえず型の生物にとっては、知ってどうなることでもない、有用でもない有害でもない情報なのだが。

そんな毒にも薬にも、腹の足しにもならない情報を、瞬時に目の前に示してくれるが、享受できるのは過程の有用性だけという奇妙な性格を、パソコンは持っている。

 


有用有害

2011年05月29日 | 忘れかけていたこと

パソコンで得られる情報は、有用であり有害である。

何でもすぐわかるところが有用で、知らなくてもよいことまで知らされるところが有害。

Twitter はむやみやたらに何でも書き込めるようになっているから、有用有害度の筆頭ではないかと思う。

なかには、何も考えずにただ思いつきで退屈しのぎに書くのもいる。
運動具店の女子店員が書く。スポーツ選手が連れて来店した女性の悪口を書いて流す。
ファストフード店のことを書く。ゴキブリを揚げていたと、ありもしないことを書いて流す。

こうなると、いたずらの域を超えた犯罪行為なのだが、大体が謝罪で収まる。

この種の軽的重犯罪は、謝罪ぐらいでは済まないようにしたほうがよいのではないかと思う。

こういう行為の根底にあるのは、なんだろうかと考えた。

あぐら
うえから
おかまいなし

あ行に問題がありそうだ。

何でもやってしまえる境遇に「あぐら」をかいて、商いやスポーツで身を立てている人には「上から」見下ろす態度、何をしても許される野放図な「お構いなし」に慣れきった生活態度の総体がそうさせるのだろう。

ネット犯に課するネット罰はないものだろうか。


毎日

2011年05月28日 | 忘れかけていたこと

Office 365 というのが出ているらしい。

いま出たようなニュース記事を見たが、米国では2010年10月に発表されている。

「あらゆる規模の組織が利用できるクラウド サービス」という宣伝文に誘われて覗いてみた。

365 という名前は、毎日使ってくださいと言いたいのだろうと推測。
毎日では、線香と新聞の名前しか思いつかないが。

動画のデモも見ることができるので、もし興が湧かれたらどうぞ。

http://www.microsoft.com/ja-jp/office365/online-software.aspx


サポート共存症

2011年05月27日 | 忘れかけていたこと

複数の精神症状を混在して抱えている状態を「共存症」と呼ぶそうだが、パソコンのサポートには、症状は言い過ぎにしてもこれに似た状態に陥りやすいところがあるのではないかと思う。

ヤキにダシにトリ、屋台の味の勘どころの符丁のように聞こえるが、この三つは、自分でも気をつけねばと思いながらつい度を超して、しまったを繰り返してしまうのだ。

ヤキ 世話の焼き過ぎ、面倒見過ぎ

ダシ 口の出し過ぎ、手の出し過ぎ

トリ させずに取り上げ、やって見せればつい夢中

サポートはされるほうが主役なのだから、ヤキ・ダシ・トリに注意が肝心。
自分で出すイエローカードを考えなければ。

この間見た「共存症」をテーマにしたTVドラマで、お医者さんが言っていた。
「過保護の犯罪者は、親が先にダメになっていて、それに自分で気づいていない」


漸進

2011年05月26日 | 忘れかけていたこと

漸進≠後退
漸進=前進

わずかずつでも前に進めば、それは後退ではない。
下り坂を選ばない限り、いつかは頂上にたどり着く。

無理に走れば、息が切れ、転ぶこともある。
転がり始めれば頂上に向かって再び歩き出すことは、まずむずかしい。

足の弱い人を急がせてはならないのだ。
ペースメーカーが有効なのは、練習を重ねてきたランナーに対してのみで、昨日初めて走り出した人には、ペースブレーカーになってしまう。

近頃はやり出した脱ゆとりと呼ぶソレヤレ教育は、負荷に耐える力をこれからつけなければいけない子供相手のことなのだ。


作表練習

2011年05月25日 | 忘れかけていたこと

エクセルはたいそう便利、表もグラフもすぐできる。

その説明を聞いて、目の輝く人と、何のことかわからない人がいる。

定規を持って線を引き、表を作り上げたことのある人は、エクセルを素晴らしいものと思う。

表を作ったことのない人、表というものがあることは知っていてもじっと見たことのない人、数値を並べ比べてみたことのない人、世の中にはそういう人もいるだろう。
表という四角の枠と、生活上の付き合いがなければ、作ってみること自体無意味になる。少し譲っても、行かない旅行の行程表のように、作ってみるだけの意味しかない。

七曜の入力がマウス操作で簡単にできると聞いても、「そんなの使うところがない」と二度も言う。
だが、パソコンの操作を教える人には、その言い分を封じることはできない。

表が手軽にできれば、きっと喜ばれるだろうと思って講習を始めても、表の存在価値を知らない人は、ただ面倒な練習をさせられているだけに終わる。


作表の練習には、大雑把に言って、見本の表をただ書き写す方法もあれば、その計算が必要になったことを頭に描きながら計算表を作っていく方法がある。

さて、365日、計算とは無縁に暮らしている人には、エクセルの何から教えていけばよいのだろうか。


教材の型

2011年05月24日 | 忘れかけていたこと

パソコンは、使って覚えるものと思っていたが、これが誰にも当てはまるかどうか、あやしくなってきた。

頭のよい人は、ことによると使わなくても覚えてしまうのではないか、そんな疑問がわいてきたからだ。

吾輩のように、あたまのトロい人間は、手で動かすものは手を使って、眼で見て覚えるものは実際にそれを見なければ、覚えられない。

だが超越的記憶力をそなえた人は、手本をひと目見ればその通りのものを作り上げてしまうかもしれない。
手本の出来がよければ、そっくりまねるとすぐできあがる。

手本のように見せて手本ではない、どこか違うところを作ったものがあったとしよう。それはクイズに属するものだと思うが、クイズ型にはまた特有の効果があって、頭の働きに引っかかりがついて、そこの印象が強くなれば、スラッと覚えてしまったものより記憶の密度が増す。

さて、初心者向きの教材には、手本型とクイズ型と、どちらがよいのだろうか。

メルトダウン寸前のわが頭に、また難題の津波がやってきた。


マウスのおけいこ

2011年05月22日 | 忘れかけていたこと

マウスの操作は、パソコン初心者の苦手の一つだが、なかでもドラッグ操作はむずかしい。

たとえばエクセルで、複数のセルを四角く切り取って、他のセルの位置にデータを移動したり、コピー貼り付けをしたり、これがドラッグ操作でできるのだが、それを難なくやってのけられる人と、なかなかうまくいかない人がいる。

最初の範囲指定で、左上隅のセルのクリックさえうまくいかない。
目当てのセルにやっとたどり着いて、範囲指定のドラッグを始めようとしたら、初めのセルだけが左隣へ動いてしまう。
ワッしまったと思うから、その後がまたうまくいかない。
頭は混乱、指はブルブル、涙さえ出てくる。

こういう人が、やはり私にはパソコンは向かないか、などと思ってしまわないうちに、マウス操作の基礎練習をしてもらう何かよい方法はないものだろうか。


名刺:2

2011年05月21日 | 忘れかけていたこと

「名刺 ペット」で検索してみたら、出てくる、出てくる。
だが、みな印刷承ります、もちろん有料。


この程度のものなら、エクセルで簡単にできる。

用紙に合わせて周りとすき間の寸法を調整しなければならないが、シートの書式を一度決めてしまえば、あとは同じ用紙を用意するだけ、文字も絵も、位置替え入れ替えは容易。

イラストは「FOTOSEARCH」からお好みのものを見つけられる。
http://www.fotosearch.jp/illustration/


名刺

2011年05月20日 | 忘れかけていたこと

人と会う仕事もなくなって、名刺を使わなくなった。

「名刺配り」という仕事があるという。
名刺は、私はこういうものですと面談の前に差し出すものかと思っていたら、配るものという使い途もあったのだ。

配ってどうするのか。訪問の証拠、足あとのようなものにするらしい。
顔はともかく、名前だけでも覚えてもらえればよい。

少し譲って、名前さえどうでもよい、会社名が書いてあって私の会社の者がお伺いしましたということがわかってもらえればよい。
訪問したことを認めてもらえるのかどうか、わざわざ聞くわけにはいかないから、効果があると思い込まなければ、やっていられない。
自分で足を運ぶのが無駄のような気になってくる。

そういうときには、効率というありがたい言葉を思い出す。
置いてくるだけなら、自分が行かなくてもよいではないか。
自分がしないですませるには、人に頼めばよい。
人と言っても、自社の社員では、時間の無駄は同じことだ。
そう、外部委託という方法がある。

そこで「名刺配り」という仕事の誕生ということになる。
業務名称は、まさか「名刺配り」ではないだろうが。
委託契約書の標題は、当事者にしかわからない。

 

配られない名刺もある。
それは、作って楽しむ名刺だ。
作るだけなら、ペット用でもよいではないか。

名刺には、あまりゴテゴテとしたイラストは向かない。
着色を嫌う人さえある。
入れるなら、すっきりしたロゴマークぐらいか。

ワンちゃん用、ニャンちゃん用なら、いろいろありそうだ。


むかし風

2011年05月19日 | 忘れかけていたこと

宮部みゆきの「平成お徒歩日記」という本を見つけた。

江戸の時代の道を、平成のこの世に歩いてみようという、小説家の書いた小説でない読み物である。
「お徒歩」を「オトホ」と読んだ人もいるという話から始まっている。

 

それとは関係はないが、「和風素材」という名で、むかしの絵柄を並べて、さあさあ使ってくださいというサイトがある。
江戸の職人図、江戸の古地図、浮世絵壁紙ほか、あらためて描くには大変な絵の素材がたくさん集められている。

興味のある方はどうぞ。 ただし満員お断りのときもあり。
「和風素材.com」(吉田淳氏紹介)
http://www.adachieve.info/wafu.html


ボタンの押し違い

2011年05月18日 | 忘れかけていたこと

あるサイトで、ラジオ放送を始めたとメールが来た。
それでは早速と、そのサイトに行ってみる。

横向き三角のスタートボタンを押せば何か始まるかと、ポインターを合わせてみるがマークが手の形に変わらない。そこでボタンを押しても無効なのは当たり前。
すぐ下に「音声が再生できない方はこちらをご覧ください」と書いてある。文字に色がついているから、ここは間違いなくどこかにリンクしている。

押してみる。
画面入りの手順案内が出てきた。

「赤×印ならこうしなさい」と書いてある。
そこに出ている画面には、確かに赤×印がついているので、てっきり吾輩も赤×かと思い込んでしまう。
こうしなさいのとおり、素直にやってみようかと思っても、さあ、その先がわからない。
こうしなさいの「こう」が何のことかわからないのだ。

そのサイトのFAQに尋ねてみると、早速返事が来た。

「パソコンの設定は皆さん違うので、出来ない時はどんな画面が表示されているかを書いて下さると回答がしやすい」
確かにそうだ。

こういうとき、 Skype ならこちらの画面を見てもらえるから便利なのだが、と思いながら、もう一度はじめのスタートボタンの付近をうろついてみる。
なんと、最初に見たスタートボタンは、こういう印が下のほうにあるからそこを押しなさいという解説の絵だったのだ。絵に描いたボタンを押しても動くはずがない。

ボタンの掛け違いという言葉はよく聞かれるが、ボタンの押し違いとはあまり言わない。
ばかだなあ。


触っては

2011年05月17日 | 忘れかけていたこと

エクセルの操作中にとんでもない窓が現れる。

初心者はそこで当惑に陥り、使う人のほうがフリーズしてしまう。

それが一度や二度でない。そのうちに当人が気付いた。ここに触ってしまうらしいと。

そこはタッチパッド、私の嫌いな部位である。
好きな人もいる。どこにでもパソコンを持ち歩いて、ちょっと置く場所か座る場所があればそこで見たり書き込んだりする。活用自在のそういう使い方をする人には欠かせない部位だが、マウスしか使わない者には邪魔でしかない。

触っても動作しないようにする方法はあるだろう。
初心者にそれがよいか悪いか、動いていた原発を無理やり止めたのと、似てはいないが、大げさに言えば決定すべき意思を問われる。

さて、触っても問題ない状態は何と呼ぶのだろう。
アンタッチャブルは不可触、触っても大丈夫とは意味が違う。可触という言葉はなさそうだ。さあこまった。


情報流出

2011年05月16日 | 忘れかけていたこと

情報はしばしば流出する。

流出するのが情報の本質なのだから、流れ出ないようにしてしまえば、もうそれは情報でなくなる。

情報をたくさん持っているなどと言って、自分だけがいろいろ掴んでいるような自慢話は、偽札をいっぱい財布に詰めて胸をたたいているさまに見えて滑稽である。

流出を本分とする情報が、流出するとなぜ問題になるのか。
それは、問題にしたそのことを情報として使いたい人間がいるからだろう。

ひと口に流出と言っても、秘密、機密の垂れ流しというたちのよくないのもある。
引きずり出しておいて「洩れた漏らした」と騒ぎたてれば、やられたほうを悪者に仕立てることができる。

問題を仕立てるには、それなりの手間暇がかかる。趣味だけではできない。
ヒト、モノ、カネで勝ち目がないとみれば、情報の持つ力に訴えて、商売がたきをやっつけるという、情報の二次活用がはじまる。

企業のヘソもナキドコロも、みな信用という細胞で成り立っているから、それを破壊したり強度に衰弱させたりしてしまえば、再起までには永い永い時間がかかる。
このときに、仇役をやっつけて死滅させてしてしまうのは、競争相手がなくなるから失敗なのだ。競争相手がなくなれば自分のところの社員は働かなくなる、頭も使わなくなる。そんなわかりきった末路はごめんだから、仇は傷めつけるだけで再起不能にはしない。

情報でやっつけるには情報のシステムが狙いどころになる。
ついこの間、あの会社がまたやられたが、今度は何をどうされたのか、そんなことが書いてあった。

「ソニー情報流出の原因」
http://www.yomiuri.co.jp/net/security/ryusyutsu/20110502-OYT8T00702.htm