うっかりユーザのパソコン奮闘記

パソコンを使っていて感じたあんなこと、こんなこと、気ままに書いていきます。

PC腕力コンテストのお誘い

2014年07月31日 | 千差万別

使っていてイライラを起こさないパソコン、自分のパソコンに持っていてほしい腕力の目安を知るにはどうしたらよいでしょうか。

PC腕力コンテストをやってみたらどうかと考えました。
まず、PC腕力として、どういう力を比べればよいかということから始めようと思います。

これだろうということを思いつかれたら、コメント欄に書き込みをお願いします。
カウンターパンチは用意してないので、ご安心ください。

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見えないところにあったのは空だった

2014年07月30日 | 千差万別

デスクトップの壁紙、机の面に壁紙を貼る、これは変な言葉です。
もとは水平であったデスクの面が立ち上がってくると壁のようになる、だから壁紙、という理屈も立つでしょう。
まあここは呼び方の話ではないのでどうでもよいのですが、その壁紙を、時々刻々変えて楽しむ人がいらっしゃるようです。
デスクトップは、元来ずっと見続けているものではないのに、そんなところをお好み次第で図柄も入れ替え、時間も調整できるようになると、さも進化したOSであるような錯覚を呼び込みます。
煩わしさを楽しみに変えてくださいという、目くらましも商法の一つです。

ブラウザのホームページに、その手を使ってやろうと考えれば、起動する都度ホームページが入れ替わって、こんどはどのサイトが現れるだろうか、それが楽しみと思わせてしまうこともできるでしょう。
どうすればよいか、うっかりものの吾人は、そんなことを楽しみとは思わないので、方法を工夫するつもりもありませんが。


ブラウザを起動すると、初手に「接続できません」というメッセージが出てくるようないたずらを仕掛けられることがあります。
それを見て、インターネット回線に接続できていないのだと早とちりし、接続チェックを何度もやってみますが、同じことは何度やっても同じなのです。
何をしていたのか、役者のいない楽屋に向かって「時間です」と声をかけ続ける間抜けなスタッフと同じことをしていたのです。
ノックに返事がなかったら、空き部屋のドアではないかと確かめなければなりません。
ためしに Google を呼んだらパッと出てきたので、回線接続の不具合でも、ブラウザの故障でもなかったのです。

ブラウザのインターネットオプションで、「ホームページ」に空の指定がされた状態だったのかもしれません。
どうしたらそうなるかは、ハッカー技術を持っていないのでわかりませんが、「空白を使用」とはまた違う、空を呼び出す状態ができていたのでしょうか。

見せない収納というのがはやりのようですが、いつも使うものは、いつでもはっきり見えたほうがよさそうに思います。

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見えなくてもあるものはある

2014年07月29日 | 千差万別

ブラウザを起動すると、同じ検索サイトが一度にいくつも呼び出されて、アドレスバーが満員になってしまうというトラブルを抱えた方がいらっしゃいました。
店を開けたとたんに常連客でいっぱいになる、あまりありがたくない状態です。
ぐるぐる客が入れ替わってこその商売繁盛、あっちを見こっちを見、また戻るときに便利でこそのアドレスバーです。
呼び出さないのに居座られては大いに迷惑、何とかならないかと、アドレスバーに出てきているサイトを順に終了させても、いったんブラウザを止めて次に起動するとまたずらっと並んでいます。

ブラウザの「ツール」⇒「インターネットオプション」の [全般]タブにある「ホームページ」欄は、URLを書き込み、そのURLを指定して [現在のページを使用]ボタンを押しておけば、そのページが最初に開かれ「ホームページ」となる仕組みになっています。
問題のパソコンでは、その欄を見ても、検索サイトのURLは一つしか表示されていません。

この指定を取り消したらどうだろう、そのためには欄内に書き込まれているURLを消してみようと、表記文字をすっかり Derete して、ふと欄の右端のスクロールバーを動かしてみると、おやおや、それまで見えていなかった下のほうからまたURLが出てくるではありませんか。
なんだこいつかと、隅から隅まで探して全部を消去し、いったん [空白を使用] に切り替え、ブラウザをあらためて起動してみたら、最初に居座る常連さんはすっかりいなくなっていました。

そこで常用の検索サイトのURLを「ホームページ」欄で指定し、 [現在のページを使用]ボタンを押して一件落着に至りました。

ホームページ欄の見えないところに、いたずらURLが書き込まれていたのです。
見えないところに、いつ誰が忍び込ませたか、それと、ここまでの過程でおかしなことがいくつかあるので、暑気払いに想像してみてください。

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ときどきは拭き掃除を~パソコンの美しい使い方:2

2014年07月28日 | 忘れかけていたこと

パソコンにはゴミがよく溜まります。
だいじにとってあるつもりはなくても、溜まります。

ときどき拭き掃除をおすすめします。

どこを拭くのか、ディスプレイやキーの表面も、拭けばきれいになって気持ちがよいものですが、パソコンの場合中の拭き掃除が、使い心地におおいに効き目があるのです。

デスクトップのごみアイコン一掃、フォルダー整理、これらも拭き掃除のついででもよし、これが拭き掃除と思ってもよし、区別分類名目などどうでもよいのです。

こんなサイトもありますのでご参考に。
「パソコンを使うために欠かせないメンテナンス」
 ⇒ http://jump.cx/maintns

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お気に入りはかたくなの現れ

2014年07月27日 | 千差万別

ブラウザには、「お気に入り」という機能があります。
ブラウザ以外にもときどき見かけて、そこに入れておくとブラウザの「お気に入り」に保存されるのかと勘違いしないかと気がかりになることもあります。
「お気に入り」という呼び方がお気に召さないブラウザでは、「ブックマーク」と名づけられています。
保存しておくページには、気に入ったわけではないけれども、参考のためにすぐ見られるようにというものあるので、「お気に入り」という言葉はおかしいという理屈のようです。

「お気に入り」は、いろいろな意味である種の偏狭性を抱えています。
平たく言えば「かたくな」です。

「お気に入り」の場所に、スクロールしないと全部が見渡せないほど、なんでもかでもボンボン詰め込んであるパソコンをときどき見かけます。
入れてあったサイトが見つからずに、何度もURLをカタカタと入れなおす、つながったらまたお気に入りに入れる、名前が一字変われば別モノとみなされいくつでも入る、また数が増える、これが繰り返されることもあります。
一度置いたら動かさない、ゴチャゴチャの中からのほうが探し甲斐がある、こんなかたくなさもあります。

ブラウザのお気に入りは、いつもひと目で見渡せるようにしておきましょう。
これが不肖うっかりユーザーのお気に入りの使い方、いや使い方のお気に入りです。

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ときどきは思い出してほしいドライバー

2014年07月26日 | 忘れかけていたこと

乗れば走りだすクルマにしか乗らないと、ドライバーというだいじな存在を忘れてしまいます。
無人電車は走っていますが、走る場がはっきりした境界で区切られていないバスやタクシーに、無人のものはまだありません。

パソコンで見られる場、パソコンを使える場は無境界ですから、そこではドライバーが必ず活躍しています。
お抱え、住み込み、通いと居場所はさまざまです。
「パソコンのドライバーって何?」という方のためにこんな記事がありました。

「ドライバー」という言葉は、パソコン用語の中でも耳にする機会が多いかと思います。でも、いったい「ドライバー」って何なのでしょうか?
何のために必要なのでしょうか?聞いたことはあるがよくわからない、という方に、「ドライバー」の役割をご紹介します。
 ⇒ http://jump.cx/drv

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パソコンの美しい使い方

2014年07月25日 | ソフトいろいろ

将棋には美しい勝ち方があるようです。
少ない手数で勝つということです。

物の使い方にも、美しい使い方と、汚らしい使い方があります。
パソコンにもそれがあるかもしれません。

パソコンの美しい使い方とは、数学の解の求め方に似たところがありそうです。
1.最小の手順
2.わかりやすい

美しい使い方には、美しいプログラムが必要です。
ああやって、こうやってと、メモを取っておかなければすぐに忘れてしまいそうな手順、あるいは、画面の隅々をさがしまわったり、裏側に隠れているマークをつつき出したりしなければ先に進めない手順を強いるOSやアプリケーションは、美しいプログラムとは言えないでしょう。

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頼んでおいて忘れていることもある

2014年07月24日 | 忘れかけていたこと

古いパソコンでは動作が追い付かず、投稿も例日閲覧もやめてしまったSNSに、ある方から、記事が続いて載っていると知らされたことがあります。

投稿の覚えがないのに記事が載っているのでは、止めたやめたと言いながら記事を載せている、あいつは大うそつきだと思われたことでしょう。
全く生真面目で、嘘のかけらもつけない神様のような方は、ネット投稿などできません。
テレビに神様が出演されることはないのと同じ原理で、システム自体が虚構なのですから、出た途端に真性無虚ではなくなります。
それでも、大うそつきではないつもりに疑いをかけられたままではいまいましいので、載せたつもりがないのになぜ記事が載るのかをひとこと、これは自分でも忘れていたことなのです。

犯人、ではなく、やってくれていたのは自動投稿でした。
ブログに投稿すると、こういう記事を載せたというおしらせが、何もしなくてもSNSに載るという仕掛けです。
自分の記事は自分では見にいきませんから、頼んでおいて忘れていたのです。

ラジコにも、毎朝欠かさず全く同じ記事が載っています。
放送とは無関係なので、はじめは何だこいつと思っていましたが、この人も自動投稿にしておいて忘れているのでしょう。
ある状況を変えたいという要望文なのですが、このままでは状況が変わっても投稿がずっと続くかもしれません。

それを見ていて変なことを思い出しました。
公衆トイレで、だれも使ってないのにときどき勝手に流れている、あのいかにも空虚な水の音です。

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便利で厄介なPDF:2

2014年07月23日 | ソフトいろいろ

PDFの Word への直接読み込みに失敗したので、Adobe Reader で開いてそこからコピペを試みました。

むずかしい文字ではないところが抜け落ちます。
欠落率は約10%でした。

本来PDFファイルは、内容を見せるためのもので、何行分も一度に引っ張ってきて落とし込むようなW式ロンブン作法は相手にしなくてよいのでしょう。
どうしても引きたければ、少しは編集のまねごとでもしておきなさいと言いたげな、これはむしろ上出来ではないかとさえ思います。

コピペドクター嘲戦者にはよい戒めになるので、これはバグではなく、ドラッグ、聞こえが悪ければメディシンとでも呼んでおきたいところです。

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ウイルスの二重防護は有効か

2014年07月21日 | ソフトいろいろ

ウイルス対策も防犯措置ですから、厳重さを求めればキリがありません。
Windows8には、ディフェンダーというウイルス対策ソフトが組み入れられました。
Windows7ではスパイウエア対策機能だけだったディフェンダーが、Windows8からはそれにウイルス対策が加わったとされています。
 ⇒ http://jump.cx/def

オプションばやりの販売様式に慣れ親しんでしまうと、人々は標準装備は不完全という妄信にとりつかれます。
標準装備を、正規のものと見ずに、タダでついてきたもの、タダのものにろくなものはないと思ってしまうのです。

錠前のセールスマンは、既存の錠前の不完全さを責め立てます。
OSの標準装備にウイルス対策のなかった時代に、ウイルス対策ソフトを作って成功したメーカーは、標準装備、あるいはOSメーカーのウイルス対策の不完全さを責め立てます。
しかし、完全無欠な錠前が存在するはずのないのと同様に、完全無欠なウイルス対策などありえません。
どんな対策がたてられていようと、それをかいくぐって侵入するのが、泥棒であり、ウイルスなのですから。

玄関扉の錠を二重三重に取り付けて、窓は網戸の虫よけだけという、お笑いの舞台のような涼しい仕掛けをしたおうちも、どこかにあるかもしれません。
ウイルス対策も、OS標準装備のほかにもうひとつソフトを入れておけば、より完全に近くなると思いたくなるのが人情です。
人情につけこむのがセールスマン技法の基礎であることを、心優しい人々はすぐに忘れます。

錠前をいくつも取り付ければ、出入りが不自由になりますが、ウイルス対策ソフトの重ね置きは、別々のところについている錠前を順位外していくことより、もっと無駄なことをしなければなりません。
一度で済むウイルスチェックを、また繰り返し行わなければならないのです。
液体をろ過するとき、フィルターを重ねれば不純物の捕獲度は上がります。
そのかわり、目づまりの度合いも重ねた枚数に応じて増え、漉し終えるまでじっと待たなければなりません。

こんなことを考えていて、とんでもない盲点に気づきました。
追加装備したウイルス対策ソフトが、標準装備のウイルス対策ソフトより、フィルターの目の粗いものであったら、何をしているのかわからないではありませんか。

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間仕切り空き部屋作りは実用に役立つように

2014年07月20日 | 千差万別

ハードディスクに仕切りを設けて、システム領域 C:とデータ領域 D:を別にしておけば、システム領域に故障があってもデータ領域は大丈夫という、実用価値体験機会の滅多に到来しない方法が推奨された時期がありました。
Windows 98 あるいは Windows Me という、しばしばサボタージュを起こすOSに困っていた時代の名残だったのでしょう。

いまはよほどの悪運か暴挙でなければ、OSが全く動きが取れなくなったという話は耳にしません。
D:にデータを集めてあったとしても、ディスクが回らなくなったり全く読み取り不能になったりすれば、助かる見込みは立ちません。
分割領域の都合のよい範囲にだけ、ディスクの故障が起きることはありません。

それでもなお、間仕切りをしないと空間の多い1ルームでは落ち着かないというときには、どういう間仕切りをしたらよいのでしょうか。
こんな記事がありました。
 ⇒ http://jump.cx/dospara
このサイトの「パーティション分割」という、念のいった見出しのついた項目です。
これによると、搭載メモリ容量の3~4倍は、システム領域に用意しておいたほうがよさそうです。
むやみに狭くすると、データを一時保管仮置きしたとたんに足の踏み場もなくなってしまって、動きが取れなくなるからでしょう。
やはり、役に立たせない空き部屋なら、つくっておくだけ無駄ということらしいです。

データーの安全保存を望むなら、外付けドライブにバックアップをとったほうが賢明でしょう。
それでも「ほぼ安全」としか言えませんが、1枚のディスクに押し込めておく「相当不安全」よりはましなのでしょう。

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Windows8と7を1台のPCに入れると

2014年07月19日 | 千差万別

Windows8と7は、パソコンの使い方の趣向が、まったく違うように思います。
7から8へは、「する」から「見る」への大きな様式転換だったので、いずれは8が目指す方向にユーザーが引きずられていくにしても、おいちょっと待てという人がまだ多いはじめのうちは、パソコンを売るほうも、どちらかを選択できるようにしておかなければなりませんでした。

Windows8も、正規版リリースから2年経ちました。
その1年後には修正版8.1も提供され、もうそろそろ落ち着いてきたので、これからパソコンを使ってみようかと新しく買い求める人は、わざわざ7を選ぶこともないでしょう。

旧バージョン追放作戦展開中に7から始めた人が、8を望まれるなら、また買い換えるのが最上策です。
乗り換えるときは、頭も手の動きも転換させてしまえばよいのです。
ただし、Webを眺めるだけで、自分で作るのは年賀状や家計簿程度ならば、転換の煩わしさをあえて求めることもなさそうです。

ひとむかし前に、やはりたてつづけに Windows の新バージョンが出たとき、共用パソコンで、二つのOSからどちらかを選択して動かせるような方法がとられたこともありました。
自分のパソコンを持たない人が多い時代に、用意できる台数に限りがある講習会用などには、一つのパソコンをいろいろな人が使えるようにしておくと便利だったのです。

できることは何でもやってみようと、7と8を1台のパソコンに押し込んで、使い分けできるようにすることを考えた人もいます。
しかし、個人用のパソコンで、今日は7、明日は8という日替わり用法は、よほどもの好きでなければしないでしょう。
犬小屋が大きくて余裕があるからといって、それを2分割して犬と猫を一つ屋根の下に入れてみても、大して面白くなさそうです。
使う目的が、動画、ゲームのように大量のデータをやりとりするものになれば、ディスクもメモリーも、余裕がありすぎるほどでちょうどよいのです。

何でも詰め込めば、やがてはゴミになります。
ゴミをつくらないこと、溜めないこと、さっぱりした生活環境を保つには、それがいちばんのようです。

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預ける利点はなくならないだけ

2014年07月18日 | 忘れかけていたこと

ブログの挿絵に使えそうな、前に撮ってあった写真を思い出し、預けてあったXXXXXボックスから取り出そうとしましたが、とうとう見つからずにあきらめました。

自分のディスクに余裕を持てるので、使い始めるときには、これは助かると思ったのですが、フォルダーの整頓をしっかりやっておかないと、溜め込んでからではどうにもならないというわかりきったことを、知っていて実行しなかったツケが回ってきました。

画像データは、見なければ中身がわかりません。
何でも片端から放り込む投げ入れ式では、ごみ箱を大きくしたのと変わりないのです。
どこに何が入っているのかわからないのでは、なくなっていないというだけの、役に立たない安堵感が得られる効用しかなかったのでした。

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乗り越しは戻れても乗り過ぎは戻れない

2014年07月17日 | 千差万別

Hさんもフェイスブックに書いておられますが、「米フェイスブックが投稿を操作 感情伝染の実験」という記事があります。
 ⇒ http://jump.cx/fbng

明るい話題の投稿があっても、それを減らすと、暗い話題の投稿が増え、暗い話題の投稿を減らすと明るい話題の投稿が増えるという、「ソーシャルネットワークを介した大規模感情伝染の実験的証拠」の話です。

光化学スモッグで、校庭でバタバタ生徒が倒れる現象も、どこか似ているところがあります。
誰かが倒れたり、おかしな行動に走ったりすると、その人の異状ではなく、その場が異常なのだと思ってしまうのです。
どこかで設備事故が起きると、その設備のそのときの状況によって事故に至ったのではなく、その設備を持っている会社がおかしいと思ってしまうのも、同様な感情伝染でしょう。

感情伝染は、危険察知には役立ちますが、危険への誘導にそれが使われると、とんでもないことが起こります。
「いいね」も「そうですね」も、元のところをよく見極めないタダノリは、迷惑の掛け合いになってしまいます。

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