アイマスアニメを見て改めて思ったことがある。
千早と美希は、実にいい好対照だなって。
千早は、アニメ第1話の時点、ゲーム開始直後の時点で、どうだったか。
千早はすでに自分を厳しく律していて、プロデューサーの助言がなくともすでに遥か高いところを見ている。
しかしその反面、自分がボーカリストであるという事が人生の全てになっていて、そこに自ら捕らわれてしまっていて、人生を楽しむ余裕が全くない。
美希は、アニメ第1話の時点、ゲーム開始直後の時点で、どうだったか。
美希はすでに才能や多くのものを持っていて、誰に言われなくても人生楽しく気楽に生きる術をすでに知っている。
しかしその反面、努力しなくても人一倍できてしまう才能が徒となったか、目標に向かって何かをすることに対しての意義を全く理解できていない。
彼女たちがトップアイドルを目指すのは、それは単に今アイドルだからという事だけではない。
彼女たちはトップアイドルを目指す過程で彼女たちに足りなかった何かを見つけることが真の目的なのだ。
結果的には、765プロ所属のアイドルたちはトップアイドルにならなくても良いのかもしれないとすら思う。
よく考えてみればわかる。
765プロ所属のアイドルたちの中ではじめから
「トップアイドル目指してます!」
と公言する者は実は少数派である。
千早はボーカリストとして大成することが当初の目標であり、それはトップアイドルを目指す路線とは明確に違うと答えてプロデューサーと対立する場面もある。
美希の覚醒前は惰性でトップアイドルを目指しているようにしか思えないし、あれは間違いなく本気ではない。
あずささんにいたっては、運命の人その1人だけをとりこにできれば、トップアイドルほどのファン数などそもそも必要としない。
雪歩なんて引っ込み思案や男性恐怖症さえ治ればアイドルしなくてもいいんじゃないかとすらなってしまう。
アイマスとしては正史ではないが、アイドルアルティメイトでは敗れたアイドルは全員引退するとされている。
それは敗れたアイドルには引退命令が下るという意味ではないかもしれない。
そこでトップアイドルを目指す過程で彼女たちに必要な何かを見つけることができたから、もうトップアイドルにこだわる必要がなくなった・・・という意味なのかもしれない。
アイマスのアニメが我々の望むものであるならば、それはトップアイドルになる過程を描くだけの単なるアメリカンサクセスストーリーには終わらないはずだ。
きっと彼女たちの精神面での成長物語になる。
わたしは、たった一人で歌を極めんとして悲壮な顔つきで歯を食いしばって生きるアニメ第1話の時点の千早も好きだが、それは千早の魅力のわずかな側面にしかすぎない。
美希の魅力も覚醒しなければ第1話の時点では半減、いや半減の半減である。
彼女たちはこれからもっと魅力的になっていくのだ。
そう期待して放送を待っていよう。
千早と美希は好対照なところがもう1つある。
なにを隠そう、おっぱいだ。
いや、おっぱいは隠すものか?
まあそれはいいとして(笑)。
巨乳中学生の美希は好対照のうちの「好」に間違いなく含まれる。
では千早はどうか。
貧乳では好対照のうちの「好」には含まれないのか?
否!
我輩は千早のおっぱいのほうが好きだ。
だから千早と美希はおっぱいも好対照でいいんだよ。