今日もいいお天気になりました。
朝のひんやりもマシになりました。
日中は暖かくなりそうです。
さて、今朝の新聞を読んでいると、12年前のあの震災の記事が載っています。
震災の遺構の保存について、経費がかさむことや住民の意識のことで、無くなっていっているのも現状のようです。
私が訪れたことがあるところ。
そして、大槌町。
2011年6月30日~7月10日まで、行っていた大槌町。
新聞の写真の役場にも手を合わせてきました。
ただ、私が行った当時の周辺は下の写真です。
旧役場も写っています。
まだ、想像を絶する世界が広がっていました。
当時を忘れないためにも、「ぼたもちの記事を読み返しました。」
今回、縁あって東北は岩手県大槌町へ行ってまいりました。
6/30~7/10、町のほとんどが壊滅してしまった大槌町内で活動をさせていただきました。
被災をされた町民の方、ボランティアで全国各地から来られている方、町・社協の職員の方、自衛隊・警察の方、復興工事に従事されている方など、
大変多くの方々と出会い、悲しみ、辛さ、不安、人間力、日本の良さを体感することができました。
テレビ等で知っていた面は、ごく一部であって、もっともっと大変な現状が数多く残っています。
失ったたくさんの悲しみは、消え去ることは無いでしょうが、少しずつでも笑顔が増えるようになればと思います。
大槌町での約10日間は、ここ最近の私にとって、とてもイイ刺激となりました。
町づくり、就労、住宅、健康など、再興への課題が山積みですが、三陸のきれいな大槌町の姿を取り戻されていくことをお祈りいたします。
その後、翌年の2012年9月に再訪。
毎日通っていたプレハブのボランティアセンター。
お世話になった社協の方々と再会。懐かしかったです。
吉里吉里海岸の清掃をしてきました。
女子高生たちと仲良く励ましあいながら作業を頑張りました。
震災1年半後の旧大槌町役場。
復興商店街
そして、こちらは有名な南三陸町の防災庁舎。
当時は、すぐそこまで行けました。
それから月日は流れて、2019年9月にまたまた東北へ。
大川小学校です。
こちらは、震災遺構として残されています。
こちらは、南三陸町の防災庁舎。
当時は、公園整備工事中でした。
今は、綺麗になっていると思います。
陸前高田の奇跡の一本松。
今は、広大な公園になっています。
そして、閉鎖されていた大槌町ボランティアセンター。
町も再興が進んでいました。
ということで、あれから12年、まだまだ忘れていません。
そして、話は変わりまして、福島県富岡町です。
こちらは、長男の奥さんの実家があります。
ご両親がお住まいです。
私も訪れました。
こちらは原発の被害です。
今も避難が続いてます。
そんな中、今朝の記事。
なるほど、避難解除の地域が増えるとのこと。
ただ、町に戻られる方々が非常に少ないようです。
まだ、1割ちょっと。
仕事先、住居、病院、学校などなど人口が戻らないと課題は進まない。
課題が進まないから戻らない。
イタチごっこ。
とにかくまだまだ2011年3月以前の姿は遠いようです。
月日が経っても忘れてはならないことです。
さて、私は冬用タイヤの交換をしましょうかな。