「未完成ってわかりますか?」
居酒屋さんのカウンターで隣り合わせたおじいさんが聞いてきた。
シューベルトの第八番ロ短調の別称「未完成交響曲」。
「この曲終わらざる如く、我が恋もまだ終わらざるべし」
その中の詩だそうだ。シューベルトが亡くなる直前、第二章までしか書かれなかったため、この名前がついたらしい。
皆から「先生」と呼ばれるそのおじいさんは、たぶん80歳は過ぎているだろうか? 上品なグレーのコートにエンジのマフラー、グレーのニット帽をかぶり、焼酎のお湯割りをぐいぐい飲んでいた。
話していると、所々英語が交じるので「英語の先生ですか?」と聞くと、アジアの歴史の「先生」だそうだ。
突然店から出て行くと、森永のキャラメルを二箱買ってきてカウンターのお客さんに配りだした。私も三つ分けてもらった。「不二家」のキャラメルはやめておいたという。
伝票の切れ端に先生の名前を書いてもらうともの凄く達筆で、聞くところによると先生の本気の「字」は100万円くらいで売れるらしい。
私がキャラメルの包み紙を折り紙にして遊んでいると、隣の先生も真似して何か折りはじめた。でも手先が震えて思う様に小さな紙は形にならない。
諦めた先生の代わりに私が「鶴」を折ってあげると、大事そうに眼鏡ケースの中にしまった。
「人間も未完成な方がいい」小さな目をしょぼしょぼさせながら、先生はそうも言っていた。
居酒屋さんのカウンターで隣り合わせたおじいさんが聞いてきた。
シューベルトの第八番ロ短調の別称「未完成交響曲」。
「この曲終わらざる如く、我が恋もまだ終わらざるべし」
その中の詩だそうだ。シューベルトが亡くなる直前、第二章までしか書かれなかったため、この名前がついたらしい。
皆から「先生」と呼ばれるそのおじいさんは、たぶん80歳は過ぎているだろうか? 上品なグレーのコートにエンジのマフラー、グレーのニット帽をかぶり、焼酎のお湯割りをぐいぐい飲んでいた。
話していると、所々英語が交じるので「英語の先生ですか?」と聞くと、アジアの歴史の「先生」だそうだ。
突然店から出て行くと、森永のキャラメルを二箱買ってきてカウンターのお客さんに配りだした。私も三つ分けてもらった。「不二家」のキャラメルはやめておいたという。
伝票の切れ端に先生の名前を書いてもらうともの凄く達筆で、聞くところによると先生の本気の「字」は100万円くらいで売れるらしい。
私がキャラメルの包み紙を折り紙にして遊んでいると、隣の先生も真似して何か折りはじめた。でも手先が震えて思う様に小さな紙は形にならない。
諦めた先生の代わりに私が「鶴」を折ってあげると、大事そうに眼鏡ケースの中にしまった。
「人間も未完成な方がいい」小さな目をしょぼしょぼさせながら、先生はそうも言っていた。