修司は小学校三年生だ、両親と幼稚園の妹の明菜の四人暮らしだった。
おとうさんは、都内の会社に勤めている。おかあさんは、結婚してからずっと専業主婦だった。
おかあさんは筋金入りの専業主婦で、家事にはなんでも熱心だった。特に、料理はもともと大好きなので、いつも手作り料理で、家族の健康に気を配っていた。
「おいしーい」
おかあさんがオーブンで焼いた手作りのピザを食べた修司は、思わず大声で叫んだ。
「そーお」
おかあさんが満足そうにうなずいている。本当におかあさんの作るピザは、焼きたてのせいもあるかもしれないが、宅配のピザよりもおいしいのだ。
おかあさんは、家族の健康のために食材にも気を配っている。オーガニック食品が手にはいるときは、多少値段が高くてもそれらを買うようにしていた。
そのころは、それで良かったのだ。
ところが、おかあさんは、しだいにオーガニック食品にはまってしまうようになった。
初めは、
(家族に体にいい物を食べさせたい)
という純粋な気持ちから始まったのだ。
でも、凝り性な所のあるおかあさんは、オーガニック食品にすごく熱中してしまった。家には、通信販売で買ったオーガニックの野菜やその他の食品であふれるようになった。
「値段は高いけれど、安全で体にいいのよ」
おかあさんはみんなにそう説明して、家で出される食事は、だんだんそういった物しか使わないようになってきた。
「ほんと、おいしいね」
修司もうなずいた。確かに野菜も肉も新鮮で、普通の物よりおいしい気がするのだ。もちろん、おかあさんの料理の腕がいいおかげもあるだろうけど。
そんな時、近所にオーガニック食品の店ができた。
「やったあ! これで、自分の目で選んで買える。通販もいいけど、自分では一個一個までは選べないからね」
さっそく、おかあさんは、修司や明菜を連れて買い物に行った。
そこのお店では、普通のスーパーよりも、野菜も肉もはるかに値段が高かった。
それでも、おかあさんは大喜びだった。そして、だんだんそこでしか買い物をしないようになった。
修司の家では、
「外食は、材料に何が使われているかわからないから体に悪い」
と、おかあさんが言っているので、絶対に外のお店には連れていってくれなった。
どうしても外食をしたい時には、オーガニック食品だけを食材に使っているレストランに行っている。近所にはそういうレストランがないので、車でわざわざ遠くまで出かけていた。
そういうお店では、メニューに材料の産地などが書かれていた。
「うわー、すごい!」
オーガニック野菜のサラダバーに、おかあさんが歓声をあげた。
修司は、クラスのみんなみたいには、マックや吉野家なんかへは絶対に行かれない。コンビニでの買い食いも、同じ理由で禁止されていた。
(マックに行ってみたいなあ)
修司は、一度でいいからそういった店で、おかあさんが「ジャンクフード」と呼んで軽蔑している食べ物を、たらふく食べることを夢見ていた。
おかあさんがオーガニック食品に凝りだしてから、しだいに食費がすごく膨らんでしまって、家計は大幅な赤字になった。エンゲル係数がすごく高くなってしまったのだ。
「ちょっとやりすぎだよ。おれは普通のもっと安い食べ物でもかまわないぜ」
おとうさんは、おかあさんがつけている家計簿を見ながら言っている。
「だめよ。そんなどこで作られたかわからない物なんか。それに農薬や添加物はすごく怖いのよ」
「でも、このままじゃあ、家計がパンクしちゃうよ」
家計の赤字をめぐって、おとうさんとおかあさんは口論が絶えなかった。おとうさんは、オーガニック食品もいいけれど、ほどほどにして欲しかったみたいだ。
「いいわよ。それなら私が働くから。健康は何物にも代えられないのよ」
おかあさんは、家計の赤字の補てんのために、パートで働くようになった。
「自分で稼いだお金で買うのならいいでしょう」
そう言われて、最後にはおとうさんが屈服して何も言わなくなった。
これを境に、おかあさんのオーガニック食品熱はますますエスカレートしていった。
まず、おとうさんに、オーガニック食品で作ったお弁当を持たせるようになった。
それまでは、おとうさんは社員食堂で食べていた。
「社員食堂でも、けっこうオーガニック食品を使っているんだけどね」
おとうさんはそう言っていたけれど、おかあさんは納得しなかった。
明菜の幼稚園でも選択性の給食を断り、オーガニック食品のお弁当を持たせるようになった。
「うわーい」
明菜は、おかあさんが作った物が食べられるので喜んでいた。
おかあさんは、とうとう修司の学校の給食を断り、オーガニックな弁当を持たせようとした。
でも、義務教育の学校側では、簡単には認めてくれない。
「アレルギーとか、特殊な事情がない限り認められません」
「それなら、給食の食材をすべてオーガニック食品に代えてくれますか」
「予算も限られていますから、それは無理です」
おかあさんと学校とが、給食のことでもめ始めた。
「それなら、うちの子だけはオーガニック弁当を認めてください」
「みんなと同じ物を食べることの教育的効果も大事ですから」
と、学校側は主張した。
学校側の意向を無視して、おかあさんが無理やり修司にオーガニック弁当を持たせた。
給食費はそのまま払い続けているので、修司の分も給食は準備される。
その給食を無視して、修司は一人だけオーガニック弁当を食べなければならない。
修司は、だんだんみんなにからかわれるようになってしまった。オーガニック弁当の「オーガくん」と、呼ばれるようになったのだ。
みんなにからかわれるのが嫌で、修司はとうとう登校拒否になってしまった。
修司は、家にこもるだけでなく、おかあさんの作る食事を食べることも拒否するようになった。自分でコンビニへ行って、お小遣いでカップ麺を買ってきて、それだけを三食とも食べている。
「そんな、何が入っているかわからない物を食べるなんて」
なんとかやめさせようとするおかあさんと、修司はもめている。
ついにおかあさんも、修司の給食をやめさせることはあきらめた。それならば、修司も「オーガくん」と呼ばれることもないだろう。
修司も登校拒否をやめて、また学校に通い出した。こうして、修司のオーガニック戦争は終了した。