賢治が生前に出版した唯一の童話集(他に詩集の「春と修羅」がありますが、いずれも自費出版です)の序文です。
短い文章ですので、全文を引用します。
わたくしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。
またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かわっているのをたびたび見ました。
わたくしは、そういうきれいなたべものやきものをすきです。
これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。
ほんとうに、かしわばやしの青い夕がたを、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるえながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。ほんとうにもう、どうしてもこんなことがあるようでしかたがないということを、わたくしはそのとおり書いたまでです。
ですから、これらのなかには、あなたのためになることもあるでしょうし、ただそれっきりのところもあるでしょうが、わたくしには、そのみわけがよくつきません。なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。
けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。
大正十二年十二月二十日
宮沢賢治
この短い文章の中に、詩人で童話作家であった賢治の創作の秘密が語られています。
それと同時に、九十年以上前に書かれたにもかかわらす、読者である子どもに対して児童文学者のあるべき姿をこれほど端的に表した文章を私は他に知りません。
注文の多い料理店-宮沢賢治童話集1-(新装版) (講談社青い鳥文庫) | |
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