LA CAFFETTERIA DI RETROSCENA舞台裏カフェ

テノール芹澤佳通の日常系ブログ (・∀・)

オペラ【クリストフォロス、あるいは「あるオペラの幻影」】解説③

2024年06月08日 | クラシック音楽
【あらすじ】
プロローグ(弦楽四重奏かオペラかクリストフォロス伝説の作曲)
舞台は作曲教師ヨハンの音楽室。
伝統的価値観を持つヨハンは学生たちに、聖クリストフォロス伝説を題材にした弦楽四重奏曲を書くという課題を与える。しかしシュレーカーの思想を代弁する気鋭の新進作曲家アンゼルムは、伝統的で純粋な音楽形式としての弦楽四重奏を拒み、同じ素材に拠るオペラを企てる。それは彼自身がオペラを書いているという筋立てである。この劇中劇にはアンゼルムとは対照的な、因習に捉われた作曲技法に甘んじる、凡庸な才能の同僚学生クリストフが登場する。


第1幕1場(アンゼルムとクリストフ - リーザの選択):劇中劇
師ヨハンの娘でファムファタール的な性質をもつリーザは、作曲を断念して妻子への愛情に生きると宣言したクリストフと結婚する。


第1幕2場(モダニズムオペラの再現 心象風景の中のアンゼルムとリーザ)
リーザはアンゼルムへの恋心を鎮めることができず、劇中劇のアリアを官能的な舞踊と共に歌う。二人の距離が縮まり音楽が盛り上がったところをクリストフに見とがめられ、リーザは射殺される。


第2幕(クリストフの覚醒と救済アヘン窟で瓦解したオペラ構想)
アンゼルムはクリストフの逃走を幇助し、二人はキャバレーに身を沈める。
クリストフは、霊媒の口寄せでリーザの声を聴くうちに覚醒して、劇中劇の構想を超越し、象徴的な死という救済に邁進する。長い間奏曲に続いてエピローグ(老子が説く素朴と純音楽―アンゼルムの回帰するところ)。「男の力を知りつつ女の弱さに留まる者」たるべしと諭す老子の『道徳経』の一節が歌われたのちヨハンの音楽室が現れる。劇中劇が破綻して、劇中の人物ではなくプロローグの作曲学生に戻ったアンゼルムは、自身の妄想の中のクリストフと話して劇の破綻を痛感し、オペラを諦めて弦楽四重奏を作ると師のヨハンに伝える。幕

【道徳経28章】其の雄を知り、其の雌を守れば、天下の谿(たに)と為る。天下の谿と為れば、恒徳離れず。恒徳離れざれば、嬰児に復帰す。其の白を知り、其の辱をまもれば天下の模範となる。天下の模範となれば恒徳離れず無極に復帰する[…]。⇒すべてのものには二面性があり、柔軟に対応するべきという中庸、素朴への回帰。



屈折した劇中劇(芸術家の自己意識としてのひとつの形)→劇中劇中劇

「劇」という虚構に複層的な構造が与えられている。しかし各虚構間の境界線は曖昧で、明解な設計図は提示されない。




劇中劇という入れ子(Mise en abyme)の形をとっているが、その劇中劇もまた、作曲家アンゼルムが登場してオペラを書くという内容である。前者をアンゼルム①、後者をアンゼルム②と整理する。
虚構1は舞台上の現実といえる水準だが、劇中劇の水準である虚構2は単純に第1・2幕の全てではなく、虚構1から移行したと明確に判断できる箇所と、断言し難い箇所がある。さらに虚構2と虚構3の往来は、アンゼルムの妄想ないしは潜在意識の度合いから感じ取れる不明瞭なものである。
虚構1のアンゼルム①は虚構2の劇中劇の展開を次第に制御できなくなり、虚構3であるアンゼルム②のオペラは結局瓦解する。そのことは虚構2と3両方のオペラが崩壊したことを意味し、虚構1に戻ったエピローグへ繋がる。

「登場人物が作曲するオペラ」がマトリョーシカ人形か合わせ鏡のように重なり、台本を読むと果てしなく次元が深化する錯覚にとらわれる。
虚構のレベルが深まるにつれて、舞台上で演じられていることはオペラの中の現実(虚構1)を離れ、主人公の妄想へと転換してゆく。すなわちアンゼルム②の作品と推測できる箇所は、オペラの場面という設定をとりながらも、むしろアンゼルム①の心象風景の露呈ということができる。しかし展開がよどみないために、可視化された妄想を聴衆は、妄想ではなく虚構2で起こる現実と受け止めることになるだろう。あるいはアンゼルム②を想定せず、通常のオペラの次元として単純に虚構1だけが矛盾なく認識されることも少なくないと思われる。

→アンゼルムはウィーン時代の門下生で前衛的なエルンスト・クルシェネク(1900-1991)、アロイス・ハーバ(1893-1973)等がモデル。

→古典にこだわる老師ヨハン、因習的で平凡な作曲家クリストフ等とアンゼルムを並列させている。

→作曲家が3人登場し、自己言及的(自伝的)作品ながら、シュレーカー自身の役をあいまいにすることで自身の苦悩を表現する。3人すべてにシュレーカーが投影されている。
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オペラ【クリストフォロス、あるいは「あるオペラの幻影」】解説②

2024年06月06日 | クラシック音楽
3.台本の特徴
習作の《炎》で当時の恋人ドーラ・レーンの台本を用いたが、出世作となった《遥かなる響き》以降の全ての作品は台本を自作した(最後のオペラ《ヘントの鍛冶屋》以外は原作ストーリーも自作)。第一作の《グラントラム》の自作台本が失敗して以降、文学者に台本をゆだねたR.シュトラウスとは対照的である。ワーグナー以降の作曲家はしばしば自作台本に挑んだが、継続的に成功作を仕上げた例はシュレーカーの他にはほとんどない。
台本自作は、作曲家を主人公とした二作(遥かなる響き、クリストフォロス)に留まらず、全ての作品において、登場人物にシュレーカー自身が投影されていることの基盤となっており、強い自己言及性を形成している。


・題材の特異性
《遥かなる響き》で作者の自画像である作曲家フリッツは、芸術の為に恋人グレーテを顧みず、彼女はやがて娼婦に身を落とす。《烙印を押された者たち》では主人公の貴族アルヴィアーノが私財を投じて芸術の理想郷を作るが、せむし、性的不具という障碍を恥じて自らは近づかない。どちらも濃厚な官能や酒池肉林の騒ぎなど、直截な性描写に臆するところがなく、人物と場面の設定はR.シュトラウスのオペラよりも踏み込んでいる。またオペレッタに反映されていた当時の爛熟したキャバレーの文化も、オペラの中で躊躇いなく再現されている。他にも異常性欲者やいかがわしい霊媒師などの極端な設定は各作品にみられる。

・様々な先行作品の融合。
参照作品の多さと多様さは際立っている。時代も文化圏も易々と超えて縦横無尽に材を求め、筋立て、人物像、心理背景などを自作品に取り入れることに躊躇いがなかった。ことに《烙印を押された者たち》においてこの傾向は以下の通り顕著にみられる。

・「人物設定と劇的構成の概略」が取材された作品
《王女の誕生日》(ベラスケスの絵画《ラス・メニーナス》に基づくオスカー・ワイルドの絶望した小人の死という童話)、シェーンベルクの音楽付きドラマ《幸福な手》(黎明期の表現主義)、フランク・ヴェーデキントの戯曲《小人の巨人カール・ヘットマン》(ブルジョワ批判)など。

・「ディテールが採用された」作品(ダールハウスの分析)
《深き淵より(獄中記)》(オスカー・ワイルド。屈折した人格のモデル) 、《フィオレンツァ》(トーマス・マン唯一の戯曲。ルネサンス期フィレンツェで展開した抗争)、《ボッロメオ家の人》(フェルディナント・フォン・ザールの戯曲。豪華な洞穴(グロッタ)を持つボッロメオ宮殿が舞台であること)。《ペレアスとメリザンド》(メーテルリンクの戯曲。三角関係、女の移り気、男二人の決闘などの筋立て等)、ワイルドの《サロメ》とヴェーデキントの《地霊》(ファム・ファタールとしてのサロメとルルの人物像など)


・台本の精神的背景として参照された哲学・心理学文献
カール・クラウス、オットー・ヴァイニンガー、シグムント・フロイト、フリードリッヒ・ニーチェ等の著作(これらの思想は《烙印》以外の作品にも色濃くみられる)。


2. 《クリストフォロス、あるいは「あるオペラの幻影」》という転機

【クリストフォロス伝説】
大男レプロブスは、強きものに仕えることを望み皇帝のもとに居たが、皇帝が悪魔を恐れたことから、悪魔に従って悪行を重ねた。しかし隠者から奉仕することを諭されて、川を渡る人々を助けていた折、一人の少年を背負ったところ、川の中で際限なく重みが増してゆく。少年は自らがイエス・キリストであり、全世界の罪を背負っているため重いのだと明かし、レプロブスを祝福して、今後はキリストを背負ったものという意味の、クリストフォロスと名乗るよう命じた。
表題のとおり、このオペラはキリスト教の聖人伝説を念頭に置いている。しかし伝説自体は、オペラの筋書には組み込まれていない。聖人クリストフォロスを「同名の祖先」と呼び、強きものを希求する登場人物、クリストフの人物像にシュレーカーは伝説を象徴させた(劇中劇の中にのみ登場する架空の人物)。その対極をなす弱きものには、作曲学生のライバルであるアンゼルムをあて、強きものは凡庸、弱きものは才能豊かと設定した。
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オペラ【クリストフォロス、あるいは「あるオペラの幻影」】解説①

2024年06月04日 | クラシック音楽
いよいよ公演が今月末に迫って来ましたオペラ【クリストフォロス、あるいは「あるオペラの幻影」】(以降【クリストフォロス】と表記)

先週日曜には公演に先立ちプレイベントが開催され、お越しいただきました方々と我々出演者も共に作品の理解を深めました。

僕も以前よりX(旧Twitter)やFacebook、Instagram、そして芹澤公式LINEでも紹介して来ましたが、正直、内容の理解が乏しく実のある説明は出来ませんでした。
そうなると案内を受け取られた方も「うーん・・・どうしよっかな~」と迷われていると思います。


心の声「よくわからないオペラに8000円も払うのはね~」


はい、その通りです゚゚゚(´・ω:;.:......

ですので、この【クリストフォロス】というオペラの解説をお送りしたいと思います。

といっても、インターネットで検索しても情報は非常に少ないので、プレイベント当日に配布されました資料を引用・・・というか、そのままコピーする形で数回に分けて、皆様にお伝えして行きます(`・ω・´)ゞ

まず、出典元を明確にしておきます。

このプレイベント当日に配布された資料は、今年3月に主催者である田辺とおる氏が《2024年3月19日芝浦港南区民センター 第2集会室 日本アルバン・ベルク協会における発表資料》として作成したものを基盤とし、一般の方が理解しやすいように文章、レイアウトを変更した《2024年6月2日19時 大泉学園ゆめりあホール プレイベント資料》となっております。

これ以降の解説は全て、上記資料からの引用となります。

【解説】
シュレーカーは当時のドイツオペラ作家で唯一、R.シュトラウスに並ぶ公演数を誇りま
したが、1920年以降は差し迫るナチスの圧力と、映画やジャズなど新しい潮流との対峙を余儀なくされ、苦悩の日々を送りました。ユダヤ系の出自に加えて、音楽と台本の双方を自作した彼の躊躇なくエロティックな表現に踏み込む作風は、早くからナチスに忌避されていたのです。 この時期に《クリストフォロス、あるいは「あるオペラの幻影」》は書かれました。初期作品から一貫する後期ロマン派音楽と、様々な新しい手法が融合されて、現実と幻想の両面からオペラ創作の心理に切り込んだ近代的な冒険作です。

【響きと管弦楽法】
作曲にあたって最も重視している。響きの多彩さは同時代の作曲家の中でも傑出しており、管弦楽の楽器、音量、和声などの組み合わせ方は極めて広範に及んでいる。なかでもオーケストレーションを厚く構成し、音価を長めに引き延ばした壮麗なクライマックスを作り上げ、官能的な音響を創出していることは特徴的。

子供の頃から既に私は、かの「ワーグナー的」和音をピアノで弾くことを愛し、その残
響に没頭していた。[…]例えば、チェレスタがそのまま、そのものとして聞こえてきた
り、クラリネットやオーボエが、下品な競争をして歌声を蹂躙し、時には、管弦楽全体
の波よりも「覆いかぶさったり」してしまうよりも、邪魔なことはない。[…]私が否定
するのは、あまりにも明解すぎて聞き分けが可能な響きであり、そしてオペラという仕
事の中では、ただひとつの楽器だけを認知したいのである。オーケストラそのもの、と
いう楽器だけを。
※1
(※1Schreker, Franz. „Meine Musikdramatische Idee.“ in: Musikblätter des Anbruch Nr.1 (Universal Edition), 1.Jg,November 1919: 6-7. 「私の音楽劇的発想」。)

【豊麗かつ繊細なオーケストレーション】
細分化された弦楽器、巧妙に使われる打楽器、そして個々の楽器のアイデンティティーを覆い隠す絶妙の重複によって、プリズムを通したかのような多彩な色彩を生み出すに至っている。※2
→ 特にドビュッシーの和声と管弦楽法の影響に言及している。しかしさらに踏み込んで無調音楽を展開する事もあり、攻撃的な無調性を巧みに覆い隠す効果に寄与している。
(※2 クリストファー・ヘイリー「はるかなる響きの復活」翻訳者:岡部真一郎. 『藝術学研究』10巻 [明治学院大学文学部藝術学科], 2000: 45頁])

【自己分析 (音楽観について)】
私は、印象主義者、表現主義者、国際主義者、未来主義者、ヴェリズモ音楽家である。[⋯]
私は、響きの芸術家、響きの夢想家、響きの魔術師、響きの唯美主義者であり、旋律の軌跡は持ち合わせていない[…]。私は最も純粋な血統の旋律家であり、和声家としては、貧血症で変態だが、しかし純血種の音楽家である!私は、(惜しむらくは)色情狂であり、ドイツの聴衆に対して害悪へと作用してしまう[…]。
私はしかし(幸いなことに!)、理想主義者、象徴主義者でもあり、最も急進的なモダニズム(シェーンベルク、ドビュッシー)を好むが、さほど急進的には指向せず、私の音楽においては害にはならない。三和音はおろか「通俗的な」減七和音まで、いまだに使用して、ヴェルディ、プッチーニ、アレヴィ、マイアベーアなどに寄りかかっている[⋯]。



次回「台本の特徴
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