ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

①韓国文学②韓国漫画③韓国のメディア観察④韓国語いろいろ⑤韓国映画⑥韓国の歴史・社会⑦韓国・朝鮮関係の本⑧韓国旅行の記録

外国人(日本人も含む)にはホントに不便な韓国サイトの会員登録手続きや、ネット通販

2014-11-29 19:54:48 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
   日帝時代の朝鮮映画「授業料」(1940)をパソコンで観たいのですが・・・

 韓国映像資料院が今年6月中国電影資料館で日帝時代の朝鮮映画「授業料」(崔寅奎監督)の35ミリプリント複写本を入手したことは、9月韓国のTVニュース(→動画)や新聞(→東亜日報日本語版)等で報じられました。
 韓国最初の児童映画というこの映画については、<下川正晴研究室>の記事(→コチラ)を参照してください。
 韓国映像資料院は早くも10月に上映会を開催しました。そればかりか、ブログ<confuoco Dalnara>の11月3日の記事(→コチラ)によると「12月末まで無料でオンライン鑑賞できる朗報!(*˘︶˘*)」とのこと。
 そーか! やれうれしやと(←古風な表現?)さっそく韓国映像資料院のサイト(→コチラ)にアクセスして、首尾よく→コチラの「授業料」の画面にたどりつき、ウキウキと<감상하기>(鑑賞する)のボタンを押したら「로그인 후 이용하세요」(ログイン後利用して下さい)との表示が・・・。
 ああ、そういうことね、と気を取り直して会員加入手続き画面へ・・・、と開いてみれば恐いカニ。 「なんじゃあ、こりゃ?」というのが→この画面
 「i-PIN」がどーだかーだ? →ウィキベディアにあるように、「韓国におけるサイバー身元確認番号体系(一種のインターネット仮想住民登録番号)」です。見てみるとこの「i-PIN」は「住民登録番号」を持っている韓国人でないと取得できず、またこれ以外に提示されている本人認証方法も外国人登録番号を求められたり、外国在住では韓国籍でないとダメのようだったりと、つまり私ヌルボのような外国在住の外国人ではどうすることもアイキャンノットなのか・・・、と1時間以上悪戦苦闘の末、最上段に<English>表示ボタンがあるのに気づき、押してみると→コチラの画面で、「外国人は氏名・E-mailアドレス等々をメールで知らせればOK」みたい・・・というところまでやっとたどりつきました。で、今返事待ち。
 ハングル画面の方でも外国人向けに一言書いてくれていればよかったのに・・・。英語よりも韓国語の方がマシ、という外国人がいることは想定外なのかな?
 ・・・というわけで、もし会員登録できてこの映画をパソコンで観られるようになったらいずれ記事にするということにします。

   「住民登録番号」という厚いカベ

 それにしても、ずっと前から思ってきたことですが、いや、体験してきたことですが、韓国サイトで会員登録しようとして上記の「住民登録番号」のカベにはね返されたことが何度もありました。
 中でも、古書店のサイトで欲しいと思った本がリストにあっても買うことができないというのはとくに残念なことでした。

 昨年、「朝鮮日報」のウェブサイトの記事が一部有料化し、<プレミアム朝鮮>という名で別枠が設けられました。(→コチラ。)
 連載コラム「萬物相」のバックナンバーもソチラに移されました。その時ヌルボが会員登録した時の記憶では、(外国人の場合として)本人認証のための資料を求められたので、パスポートの画像をメールで送って登録しました。うーむ、なんだかなー、だなー。

 で、いよいよこのブログ記事の本論に入っていきますが(・・・って、今までのは全部前置きだった!?)、それはつまり韓国サイトを通じてのオンラインショッピングの不便さのこと。及び韓国内のカード問題とかも・・・。
 この話題、直接的には4日ばかり前からの→コチラの過去記事のコメント欄でソウル一市民さんとのやり取りでいろんなことをを思い起こしたのがキッカケです。

   外国人には「閉じられている」韓国のオンラインショッピング

 じわっと本論、・・・の導入として、2013年9月2日の「中央日報」(日本語版)の記事(→コチラ)を紹介します。
 見出しは「ネット天国の韓国で、外国人が体験する困難」。筆者は在韓英国大使館スポークスマン、つまり韓国にいるイギリス人です。
 彼は、インターネット天国の韓国で「外国人はインターネットワールドへの門が堅く閉じられている」と告げています。その理由は3つ。言語クレジットカード、そして外国人登録証番号
 「英国のマスターカードでは韓国の航空会社での決済は不可能」だったり、ウェブサイトの英文サービスが不十分だったり、「外交官の身分証や外国人登録証は、韓国人の住民登録番号とは数字配列システムが違う」ため「一生懸命に努力してこの最後の段階であきらめざるをえなかったことが何度もあった」等々。
 ・・・私ヌルボ、イチイチよ~くわかります、とうなずきながら読みました。

 ところが、今年3月の「朝鮮日報」のコラム「記者手帳」では「不便極まりない韓国のネット通販」と題した記事(→コチラ)で同じ通販の話題で「いっそのこと、自分も外国人になりたい」という韓国人の声を紹介しているのですから、一体何がどうなっているのか?

 いやー、この件についてはこれまで累計何時間ムダに費やしたことか? いろいろ考えるだけでアタマにキノコというか、腹立たシイノキというか・・・。

 ・・・ということで、続きはまた今度。

 → 韓国のネット書店(yes24)で本の購入、やっとカード決済に成功 ★本人認証サービスの利用が必須だった!
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[韓国:修能試験の第二外国語] 「日本語」選択者は「ベトナム語」「アラビア語」に次いで3位とは意外!

2014-11-16 16:21:22 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 1994年度(1993年実施)にスタートした韓国の大学修学能力試験(修能)で、英語以外に<第二外国語 領域>が導入されたのは2001年度(2000年実施)からです。
 ただ、自由選択なので、この科目の受験者数は2014年度(2013実施)の場合60,209人で、修能全受験生のちょうど1割といったところです。

 選択できる言語は、当初はドイツ語・フランス語・スペイン語・中国語・日本語・ロシア語の6科目でした。
 日本語は、中学校生活外国語(通常1年間履修)と高校文系のカリキュラムで学ぶ第2外国語科目で教えられています。
 高校の第二外国語の中で、日本語履修者の数は2008年の時点では431,837人(63.4%)で圧倒的1位を占め、2位の中国語履修者179,285人(26.3%)をはるかに上回っています。
 韓国人にとって学びやすく、日本アニメ等に関心を持つ「オタク」もけっこういて、修能の<第二外国語 領域>の中でも2008年頃までは毎年最多の3万~5万人程度が選択する科目でした。
 ところが、2005年度からアラビア語・漢文の2科目が追加されて様相が変わってきました。
 アラビア語は最初の受験者はわずか541人だったのがその後どんどん増えて、2009年度には29,278人にまで達し、日本語の27,465人を抜いて最多となったのです。アラビア語言語圏で暮らしてきた受験生も少なく、ふつうの学校はおろか外国語高校でもほとんど教えていないのになぜこんなにわずかの間に激増したのかというと、「文字と基礎的な単語をいくつか覚えれば高得点が取れる科目」という見方が広がったからです。
 一方、日本語は、レベルの高い受験生が多く、相当がんばっても全9等級中の1等級・2等級レベルに達するのは容易ではないということで、かなり減少しています。

 そして2014年度(2013年度)からは基礎ベトナムが新たに加わりました。韓国人とベトナム人との国際結婚はとても多く、ドラマにもなったりしていますね。
 で、2014年度(2013年実施)の受験者数を多い順に並べると次のようになっています。

①基礎ベトナム語22,865人 ②アラビア語9,969人 ③日本語7,884人 ④漢文6,329人 ⑤中国語5,782人 ⑥フランス語2,007人 ⑦スペイン語1,894人 ⑧ロシア語1,745人 ⑨ドイツ語1,734人 

 ・・・つまり、少し前のアラビア語ブームにとってかわってベトナム語ブームが到来したというわけですね。今回(11月13日実施)も基礎ベトナム語の受験生が多かったようです。

 1つ前の記事で、今回の修能「日本語」の出題内容&分析を近々(明日か明後日?)アップするつもりと書きましたが、それはちょっと後で・・・。
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昨日(2014年11月13日)実施の修能試験(韓国版・大学センター試験)について

2014-11-14 22:29:28 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 昨日(11月13日)、韓国では日本のセンター試験に相当する大学修学能力試験(대학수학능력시험)が実施されました。※韓国では、ふつう「修能(수능.スヌン)」という略語が用いられています。

 修能試験の規模はいろんな面で日本のセンター試験より「盛大」で、2014年1月実施の平成26年度センター試験が志願者数560,672人(受験者数532,350人)だったのに比べ、2013年11月実施の2014年度修能試験は志願者数650,747人(受験者数606,813人)で、人口が日本の4割の韓国の方が数で上回っています。

 試験当日のようすは日本のTVでも報じられていますが、騒音規制等々その大がかりなことは日本のセンター試験をはるかに越えるといつていいでしょう。
  具体的には、→コチラの過去記事に書きましたのでご参照下さい。(本記事よりもソチラの方がオモシロイ(笑)です。)

 このように<修能>が一大国家イベント化しているのはなぜか?という点について、そこでも書きました。
 私ヌルボの個人的な推測ですが、「過去の長い科挙の伝統があるのではないか?」ということです。今も昔の科挙と同様に、修能は「国家須要の人材選抜のイベント」という意識があるのでは、ということです。
 ※実施・運営を管掌する韓国教育課程評価院のサイト(→コチラ)には、次のようなごくありきたりの修能の目的を掲げているだけですが・・・。
・大学教育に必要な修学能力測定により選抜の公正性と客観性確保
・高等学校教育課程の内容と水準に合う出題により高等学校の学校教育正常化寄与
・各教科の特性に基づき、信頼度と妥当性を備えた試験として公平性と客観性の高い大学入試選考資料提供


 日本では、大学受験は私事に属することで、以前(1970年代まで?)は新聞に「大学合格者」の名前が掲載されていたりもしましたが、今ではそのような「個人情報」は載らなくなりました。
 ところが、韓国ではこういったこともTVで放送するのか、と最近も驚いたことがありました。
 11月5日EBS(韓国教育放送)が放送した「修能満点者に訊く総仕上げ戦略」という番組で、公式サイト中の→コチラで動画付き記事を見ることができます。

   
【修能満点者の2人。いかにも秀才らしい顔つきだなー。いずれも現在はソウル大社会科学系列在学。】

 ウィキペディア(→コチラ)によると、韓国教育放送公社は公営教育専門放送局で、元々は韓国放送公社(KBS)の教育番組専門チャンネルだったのが1990年からは教育部(日本の文科省に相当)傘下の研究機関である韓国教育開発院の附設機関となり、修能試験教育用のチャンネルもあるとのことなので、こうした番組があるのも当然といえば当然かも・・・。

 さて、今回の修能について新しいニュースを見てみると、10月24日の「朝鮮日報」(日本語版)で報じられていたのが「韓国の大学入試、今年は携帯の持ち込み即アウト」という記事。(→コチラまたは→コチラ。)
 副題には「携帯電話、スマートウォッチなどの持ち込みが発覚すれば受験無効」とあります。
 しかし、以前から持ち込み禁止だったはず。記事中にも2013年には90人が受験無効となった等とあるし、何がどう変わったのかよくわからず、です。より厳格になったのか、禁止品目が増えたのか?
 ちょうど10年前の2004年の試験で、携帯電話を使った計画的・組織的な集団カンニングが発覚して社会問題となり、翌05年には禁止措置が取られて27人が失格となりました。しかし以後も無効処分の事例が多いという実情をふまえて、声を高めて警告を発したということかな? ※この人数は「持ち込み禁止」規定の違反者で、カンニングのためとはかぎらないということです。

 もうひとつの最近のニュースは、10月31日「聯合ニュース」(日本語版)の「昨年の大学入試問題に誤り 追加合格者出る可能性」という記事。(→コチラ。)
 要するに、「昨年の修能試験の世界地理の8番の問題に誤りがあった」と受験生が韓国教育課程評価院を訴え、高等法院(高裁)がその原告の主張を認める判決を下し、それを受けて教育当局は誤答とされた受験生の救済を決めたというもの。
 日本でも、たまに「不適切な入試問題」が報道されることがありますが、センター試験ではなかったのでは? また、こういう問題が裁判沙汰になるというのは日本では考えられないのではないでしょうか?
 この件については試験直後から新聞にも取り上げられて問題になった(→2013年11月20日「京郷新聞」(韓国語))のに、韓国教育課程評価院等が「問題ナシ」とつっぱねたりして事態がこじれたようです。
 で、その「世界地理の8番の問題」というのを具体的に見てみると、北米自由貿易協定(NAFTA)と欧州連合(EU)の総生産額についての正しい記述を4つの中からすべて選べというものです。公表された正解はEUの総生産額がNAFTAより大きいというもの。たしかに教科書にはそう書かれているそうですが、2008年9月の世界金融危機でEUは大きく落ち込み、10年以降からはNAFTAがEUを追い越しているとか・・・。また、問題に載っている地図の下には2012年と記載されているのも不注意で、誤解を招いて当然。
 私ヌルボが見るところ、こんな紛らわしい問題を出したのがそもそも間違いでしょう。

 さて、今回の出題についてはどうかな?

 本ブログでは、このところ毎年修能の第二外国語中の「日本語」の問題に関する記事を載せてきました。昨年の記事は→コチラです。
 今回の問題についても近々(明日か明後日?)アップするつもりですが、「今すぐ見てみたい!」という方は→コチラのリスト中の<제2외국어/한문>(第2外国語/漢文)をクリックしてPDFファイルをダウンロードし、その18~21ページを見てみて下さい。
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2014年度修能試験(2013年11月実施)の高校別平均点上位100校が公表されている!

2014-09-05 17:48:40 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 韓国では8月25日から大学修学能力試験(修能)の願書受付が始まっています。(9月12日まで。)
 日本では大学入試センター試験に相当する試験ですが、韓国では国家的行事のような性格が強いようで、新聞も日本より大きく、また細かな点まで報道しています。

 8月26日、ソウルに向かうアシアナ機内で「中央日報」(8/26)を見ていたら、高校名がずらっと並んだリストが目に入りました。


 記事の見出しは「수능 상위 100곳 중 평준화 지역 일반고는 딱 2곳(修能上位100校中平準化地域の一般校はたった2校)」。 ※この記事は「中央日報」のサイトで見ることができます。(→コチラ。)

 紙面に載ったこの表は、昨年11月に実施された2014年度修能試験の、校内平均点の上位100位までのランキングです。



 日本では、センター試験の学校ごとの国語・数学・英語3科目合計の平均点が公開されることはありえませんが、韓国では5年前(2009年)からメディアで公表されています。
本ブログでは、その年の10月16日<「朝鮮日報」の記事にビックリ! 秘密のはずの高校別成績を公開>という記事を載せ(→コチラ)、翌日には関連で<韓国の進学成績最上位高校の現況 「特目高」・「自私高」が目立つ>という記事(→コチラ)と題した記事をアップしました。
 それらの記事で書いたように、韓国内でも当時「朝鮮日報」が掲載した高校の実名入りランキング上位100校に対しては「京郷新聞」等の進歩系メディアから批判の声が上がっていました。
 しかし先の「中央日報」の記事を読むとその後も毎年公表されてきたようです。
 今回の場合も、教育文化体育観光委員会所属のセヌリ党ユン・ジェオク議員に教育科学技術部(日本の文科省に相当)が提出した資料とのことです。
 どんな目的で資料提出を求めたかまでは確認していませんが、おそらく懸案事項である高校改革にあたって必要な資料ということだろうと思われます。

 ただ、これが新聞で公表されると大学入試に大きな関心をもつ中高校生徒や教員、保護者たちをはじめとする読者は当然「別の」読み方をするわけで、はたしてその影響の功罪をどうみるかは、韓国ウォッチャーとしてはむずかしいところです。
 先の2009年の本ブログ記事では(たぶん)そんなことも考えて1位:大元外国語高と2位:民族史観高の名前しか紹介しませんでした。
 今回はどうしようかなと迷いつつも、20位までを紹介することにします。ここにも現代韓国の教育風土がそれなりに反映されていると思うので・・・。

   青=特殊目的高(外国語高)
   ピンク=特殊目的高(国際高)
   緑=自律型私立高
   茶=非平準化地域の一般高
  ※<高校平準化>とは、1974年度から実施された政策で、学校格差是正・学閥解消のため無試験入学・学区制を基本としている。日本の<総合選抜制> (東京都では1968~2003年実施)に相当する。地域によっては平準化を施行していない非平準化地域がある。

 ①大元外国語高(ソウル)
 ②民族史観高(江原)
 ③韓国外国語大付属高(京畿)
 ④仁川国際高(仁川)
 ⑤現代青雲高(蔚山)
 ⑥韓一高(忠南)
 ⑦象山高(全北)
 ⑧京畿外国語高(京畿)
 ⑨ソウル国際高(ソウル)
 ⑩韓英外国語学校(ソウル)
 ⑪釜山国際高(釜山)
 ⑫明徳外国語高(ソウル)
 ⑫大邱外国語高(大邱)
 ⑭ハナ高(ソウル)
 ⑮大一外国語高(ソウル)
 ⑯安養外国語高(京畿)
 ⑰金海外国語高(慶南)
 ⑱大田外国語高(大田)
 ⑲江原外国語高(江原)
 ⑳城南外国語高(京畿)

 見ると、やはり外国語系を主とする特別目的高(特目高)と自律型私立高(自私高)がほとんどを占めていることがわかります。
 また、当然ではありますが、今年5月の過去記事<ソウル大や外国の有名大に多数合格! という韓国の新・名門校はこんな高校>(→コチラ)に名前が出てきた高校とかなりダブっています。

 その他、「中央日報」の記事ではこのランキングを次のように分析しています。

・上位100校を類型別にみると、外国語高・科学高等の特目高が33校と最も多く、続いて非平準化地域の一般高が28校、自私高が24校、国際高が6校、自律型公立高が4校、平準化地域の一般高が2校、総合高が2校、特性化高(専門系高)が1校となっている。
・30位以内の一般高は、6位の韓一高(公州)等3校にとどまった。
・最上位圏では特目高の独走が目立ったが、100位圏内では自私高の躍進が顕著だった。昨年の14校から10校も増え、全国の自私高49校中約半数が100位以内に入った。
・一方、平準化一般高校は2010年度12校、11年度8校、12年度5校、13年度5校と減り、14年度は淑明女子高(68位)と昌原南高(97位)のわずか2校となった。
・ソウルのある一般高教師は、「名門といわれた一般高は大部分が自私高に抜かれ、一般高のスラム化現象がひどくなっている」と語った。
・ユン・ジェオク議員は「学校の類型と選抜権(独自選考権)によって成績の偏りが大きく表われる」とし、「一般高校の教育能力を強化して教育を引き上げることができる方案を早急に用意しなければならない」と強調した。


 いろんなことについて思うことですが、韓国の政治・社会・文化の諸事象をみると、日本の歩みを7、8年~30年遅れでなぞっているようです。
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中央日報の日本オタク(?)イ・ヨンヒ記者の<自分の日常の延長コラム>に注目!

2014-08-01 12:49:55 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
7月3日の記事で「朝鮮日報」鮮于鉦記者の記事を集中的に紹介しました。(→コチラ。)
 今回は、彼とはかなり異なったタイプの、「中央日報」のイ•ヨンヒ文化スポーツ部門記者についてです。
 彼女は、今年4月から連載コラム「噴水台」も毎週火曜日執筆しています。
 その中で、「日本語版」にも掲載されて最も多くの日本人読者の共感を呼んだのは「韓国と日本から聞こえた「天使の声」」(4月22日)(→コチラ)という見出しのついた記事だと思います。
 あのセウォル号沈没事故の時、生徒たちにライフジャケットを配り、「お姉さんは?」という生徒たちに「船員は最後。君たちを救ってから、私は後から出て行くから」と答えて最後まで乗客を助け、命を落としたパク・ジヨンさんについて書いた記事ですが、そこでイ・ヨンヒ記者は「もう1人の人物が重なる」として、3.11東日本大震災当時、役場の放送室から住民に避難を呼びかけ、最後は津波にのみ込まれて亡くなった南三陸町の役場職員だった遠藤未希さんのことを記していました。そして最後に「私たちも、セウォル号を最後まで守ったこの若い乗務員の名前を、長く忘れないでいたい。日常のために簡単に忘れてしまうような、私がしているこの仕事の重く厳重な責任を再確認させてくれる、この「天使」のことを。」と、自らの仕事に引きつけて締めくくっています。
 イ・ヨンヒ記者は、その翌週のコラム「今、私ができること」(→コチラ)でも「東日本大震災当時、日本人たちのSNSに最も多く登場した文は「今できることをしよう」だった。」と日本のことを書いていました。

 彼女の記事の「持ち味」は、自身の生活に密着した日常感覚です。
 日本語版に載っていない「噴水台」のイ・ヨンヒ記者のコラム中で、いかにも彼女らしいコラムを2つ紹介します。

 1つ目は「今日も私はコンビニに行く」(7月1日)(→コチラ)。
 近所にスーパー(個人経営のマーケット)とコンビニがあるが、自分は少し高くてもコンビニに行く。スーパーだとおばさんがそれは「どこの家に越して来たの?」とか「一人暮らし?」等々好奇心一杯の目つきで訊いてくるのに対し、コンビニはただ黙々と機械的に対応するだけだから・・・。
 ・・・という自身の日常生活から書き起こして、「コンビニ社会学」という本から全国に2万4559のコンビニがあって1日880万人が利用するといった数字を引用し、続けて6月公開の韓国映画「これが私たちの終わりだ(이것이 우리의 끝이다)」を紹介します。
 その映画はまさにコンビニが主人公といった映画で、就職準備生やインディーズミュージシャン等のアルバイトや、あるいは脱北者、中高年の失業者といった人たちが働いていること、彼らに暴言を浴びせる店主も本社から切り捨てられる直前の状態であること、客もまたさまざまで・・・。
 ・・・記事の最後では、また自分のことに戻り、映画館内に貼られた観客のコンビニでのバイト体験談等について書いています。

 次はこれも自分自身の日常からネタを拾った「これ以外に生きていく道がないんです」と題したコラム。(→コチラ。)
 朝に出勤時に乗ったタクシーの運転手氏は60代前半くらい。ところが車線変更はヘタだし、左折ができず直進してしまうこと数度、ずいぶん遠回りしてやっと中央日報前、それも歩道に横付けできず赤信号で止まった時に「アガシ、ここで降りていただいてもいいですか?」と横断歩道の前で降ろされるはめに。3千ウォンばかり余分に払いつつ「タクシー始めて間もないみたいねっ!」というと、運転手氏「元々方向音痴なんですけど、他に生きてく道がないんで・・・」。
 ・・・と、ここまでがコラム全体の3分の2。そしてドイツの作家Horst Eversの本に登場する間違った職業選択に悩む患者を癒すセラピストの話を紹介した後、次のようにコラムを結んでいます。
 「直進本能」の運転手も多分、われわれは自分に適した仕事をしているのか、それを可能にする社会であるかという質問を投げるぼく私の前に現れたのではないか?あるいはアイデア貧困に苦しんでいる子羊にコラム素材を提供するという使命を帯びて? だから許すとしようる才能もないことを臆面もなく引き受けて世界を台無しにする者が無数の中で、彼は駄目にしたのはわずか(?)私の通勤だけだから。
 いやあ、アタマにきたのを必死に抑えつつ書いた(笑)という感じですね。

 このように、彼女の書くコラムは自分の日常の出来事を「導入」のレベルを超えて書き込んだものが目立ちます。
 ちょっと残念なのは、社会的・政治的等の巨視的な観点からの分析・考察が全然食い足りないこと。
 たとえば「“美男子”応援団も送ってもらえませんか」(7月15日)(→コチラ.日本語版)
という記事。例の北朝鮮のアジア大会参加をめぐるネタなのですが、「美女応援団の派遣が本当に南北関係の改善に役立つならば、美男子軍団も共に送ってほしいと提案したい」というくだりなど、どうも自分自身の願望(!?)を超えての建設的な主張とは思えません(笑)。

 最初に掲げた記事のようにイ・ヨンヒ記者が日本の話題や出来事を記事に取り込んでいるのは、彼女が日頃から日本に興味を持ち、いろいろな情報に接しているからと思われます。
 「ある日本人青年のフリーハグ」(6月10日)(→コチラ)を読むと、「日本人が韓国でフリーハグをしてみた」という動画(→コチラコチラ)をYouTubeに上げた桑原功一さんは友だちなのかな?
 また彼女が観ている日本映画やドラマ、読んでいる日本漫画の数ももしかしたら私ヌルボ以上!
 映画では「舟を編む」「笑の大学」等、ドラマでは「半沢直樹」「職場の神」(←日韓の比較)「独身貴族」等、漫画はとくに多く「自虐の詩」「AKIRA」「8」「進撃の巨人」「やさしくしないで」「聖☆おにいさん」「銀の匙」「美味しんぼ」(←「あの」福島原発関連)等々。またAKB48総選挙等についても書いています。
 これらは、「中央日報(日本語版)」でサイト内検索するとおおよそはヒットします。(→コチラ。)
 ※7月22~27日に開かれていた第18回ソウル国際マンガ・アニメーション映画祭(SICAF)で、彼女が組織委員会のメンバーになっている(→コチラ)のはナルホドね、です。
 ※2009年の→コチラの草剛についての記事で、彼女は自らSMAPのファンだと明かしています。この記事で日本の流行語の「草食男」「干物女」を紹介していますが、これはチョシンナム(초식남.草食男)として韓国でも定着したこの言葉についての最初の新聞記事、・・・かどうかはわかりませんが、早い時期のものであることには間違いありません。(干物女(건어물녀)の方もそれなりに・・・・。)

 「噴水台」のコラム中で、イ・ヨンヒ記者のファンの男性読者ならずとも「これは何だ!?」と驚いたと思われるのが6月17日の「「誰かと人生を共有する」…それは人間でなくても関係ない」(→コチラ)の冒頭。この頃、2人の男といい感じの関係になっている。1人は年上で優しい性格、1人は年下で少し神経質。」ですからねー(笑)。
 読み進むと、何のことはない映画「her/世界でひとつの彼女」関連の内容なんですけどね。

 それよりも、私ヌルボにとってオドロキだったのは<メディア・ブッダ>という仏教系サイト中にある2013年3月の→コチラ(韓国語)の記事。筆者はファン・ピョンウ韓国文化遺産政策研究所所長で、例の対馬の盗難仏像返却問題についてです。これによると・・・、
 2013年1月30日警察と文化財庁は盗難の事実と差し押さえた仏像を公開し、日本に返すと公式に発表した。その時まで政府と全メディアは国際法的に返さなければならないとしていたが、中央日報のイ•ヨンヒ記者だけは違っていた
 イ・ヨンヒ記者は筆者に、そのまま返すことが正しいかと訊ねてきた。筆者は「盗難犯は法によって厳正に処理するが、仏像の過去の流出経路が明らかにされるまで、日本に返すべきではない」と言い、「韓日両国の共同調査を通じて仏像の伝来過程を明らかにし、調査期間中はユネスコの仲裁を経て第3国に遺物を預けておく方法等を検討してみるべきだ」との立場を明らかにし、記事化された。
  その後、一方的に返さなければならないという世論よりも、ちょっと考えてみようという世論が形成され始めた。

 ・・・というわけです。アララ、そうだったの!という感じですね。逆にいえば、このところよく話題となる韓国の「国民情緒」といったものを彼女が体現しているとも解釈できそうです。

 いろいろイ・ヨンヒ記者の記事をまとめ読みしてみると、彼女の長所が生かされた記事もあれば、上述したような弱点が露わになっている記事も見受けられます。
 「中央日報」という大新聞が、新聞の顔ともいうべき連載コラムに、週1とはいえ論説委員等ではないこのような若手(?)記者を起用するというのは1つの英断、かどうかはよくわかりませんが、あの「広島と長崎への原爆投下は神の懲罰」と書くようなベテラン記者もいることも思えば評価すべきかも・・・。
 しかし、日常的な感性の延長という視点だけで政治や外交の問題を論じてほしくはないなー。

 ※いろいろリンクを張った記事は見たが、イ・ヨンヒ記者の顔写真を見てないぞ、という方は、→コチラの俳優ハ・ジョンウ熱賛記事(韓国語)を見てみてください。

★[8月5日の追記]
 このような内容の記事をブログに載せた旨、昨日の昼過ぎイ・ヨンヒ記者に拙いハングルでメールを送ったところ、なんと夜ご本人から返信が届きました。それも日本語で。読んで、「しまった!」と思ったのは記事の最後の方で書いた盗難仏像のことです。
 イ・ヨンヒ記者によると、事実は次のとおりです。
  「盗難仏像の記事に関しては、仏像を返すべきだという意見と反対の意見を取材する中、ファン・ピョンウ所長に電話をかけて意見を聞いただけであって、私の個人的な意見とは関係がありません。記事の末尾にファン所長のコメントが載ってはいますが。」
 私ヌルボ、この記事を書く時に一応当の記事を探しはしたものの見つからず、そのまま一方の側の情報(ファン・ピョンウ所長の記事)だけで判断してしまいましたね。ファン所長の受けとめ方や記事の書き方に問題があるのかもしれませんが、誤解してしまった責任はヌルボ自身にもあったと反省しています。

 また、ヌルボが批判的に書いた部分については、メールの最後で次のように書かれていました。
  「日常的な経験をより広い視点から解釈するコラムを書こうとしますが、まだインサイトが足りないため、常に失敗しますね。(^^) これからもっとがんばります。감사합니다.」
 忙しい中、時間を割いてわざわざ返信を送って下さったことに感謝! これからも(日本にも読者がいることも念頭に置いて)良い記事を書いてくれることを期待します。
 ※イ・ヨンヒ記者の漢字名は「李英喜」とのことです。
  ※イ・ヨンヒ記者のブログ(→コチラ)では、現在連載中の「噴水台」や「本の中へ(책 속으로)」や、その他の過去記事を読むことができます。
  なお、そこのprofileによると生年月日は「1980.1.11 (양)」とあるので、ヌルボが「若手(?)記者」と書いた箇所は(?)を削って「若手記者」に訂正します。(関係ないですけど、1980年でも旧正月前だとまだ1979年の継続で(양)つまり未年なんですね。)
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朝鮮日報・鮮于鉦(ソヌ・ジョン)記者がこれまで書いた注目記事4本

2014-07-03 23:55:10 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 最近(今春?)国際部長となった朝鮮日報・鮮于鉦(ソヌ・ジョン)記者の名前が私ヌルボの印象に強く残ったのは、彼が東京特派員生活(2005~10年)を終えるに先立って書いた「日本列島10万キロ」(2010年8月17日)という記事でした。(※彼の名は鮮・于鉦ではなく、鮮于・鉦。つまり漢字2字の姓です。)
 今、その記事(日本語)は→コチラのブログ記事で全文読むことができます。

 見出しの「10万キロ」とは、彼が2006年以降車で日本の全都道府県を踏破したその走行キロ数です。
 彼が全国旅行を決心した契機は2006年2月「竹島(独島)の日」1周年の取材で島根県を訪れたことでした。松江市で彼が習慣としている早朝ジョギング中に迷い込んだ住宅街で彼が見て考えたことが次のように綴られています。(太字はヌルボ。)

 歩道ブロックがずれていたり、でこぼこしたりしている個所は一つもなかった。ごみ一つ落ちていなかった。粗末な木造住宅は今にも倒れそうだったが、きれいに整えられていた。80歳を超えているであろうおばあさんが花壇に水をやり、おじいさんが路地の掃除をしていた。
 日本の田舎の住宅街はこぎれいだった。町内をぐるぐる回った。日本で何を見て、韓国に何を伝えるべきか、と考えていると、『竹島の日』を記念する少数よりも、心底まで誠実な多数の人々が目に迫った。しかし、そんな姿を伝えることはできなかった。整頓された路地、勤勉な高齢者など、「竹島」に興奮した韓国には何の意味があろうか。日本は不届きな存在でしかなかった。
 島根県の路地で、「日本を知らなかった」という思いがした。そして、旅行を始めた。どこに行っても「素晴らしい日本」と「悪い日本」が交錯した。京都市東山区の壮麗な文化遺産の裏には韓国人の「耳塚」があり、長崎の巨大な産業遺産の裏には韓国人徴用者の遺骨が埋もれていた。日本が誇る有田焼で有名な佐賀県の寺は、連れてこられた韓国人の陶工の無念を慰めていた。日本は国全体が、感動と怒りの入り交じる島根と同様だった。
 しかし、常に「日本は大国だ」とも感じていた。他国に頼らなくても生きていける国だった。地域間対立もなかった。国民は誠実だった。明治維新のように国家システムを変えさえすれば、いつでも大国になり得る体力を備えている。そんな日本をどうしたら克服できるか。100年前に傷つけられた国の魂をどうしたら回復できるか。
 日本列島をめぐりながら、過去ではなく未来を見詰め、短所より長所を取り入れることが、韓国にとってよいのではないかと感じた。過去に対する怒りの矛を収めれば、数多くの長所がある国が日本だ。日本の長所を学べば学ぶだけ、われわれ韓国が強くなれば、それでいいのだ。島国日本はゆがんだ歴史観を持っていても成り立つが、文明と勢力が交錯する半島韓国は、過去に執着し、隣国と反目するほど、国家の基盤が崩れてしまう。100年前もそうだったし、100年後もそうであるはずだ。


 記者として大切なことは、
 ①思い込みを排して目の前の事実を細部まできちんと見ること。
 ②自分と考えが合わない人の話も聞く耳をもって、その思うところや感情を理解(肯定ではない)しようとする姿勢。
 ③そのような個別具体的なことを歴史や世界といった大きな状況の中でとらえ直すこと。つまり「木を見て森を見ず」やその逆ではなく、「木も森も」同時に視野におくこと。
 ④自分自身の価値観に照らして、納得できる(内的必然性のある)記事を書くこと。
 およそこういったことだと思います。

 この鮮于鉦記者の記事は、そんな点で共感が持てるものでした。
 日本での滞在経験のある韓国人をみると、それまで韓国で思い描いていた日本像にどこまでも固執する田麗玉(チョン・ヨオク)氏から、その対極の呉善花氏までさまざまです。
 鮮于鉦記者の場合は、韓国人としての見方を日本での見聞・取材を通じて見つめ直し、修正すべき点は修正し、(日本・韓国双方に対して)批判すべき点は批判するという柔軟な姿勢がうかがわれます。

 その後2011年3月12~18日、彼は大地震直後の東北地方被災地各地を取材しました。その4ヵ月後のコラムが「事故起こした原発と共に暮らす福島の人々」です。→コチラ(「朝鮮日報(日本版)」.会員制)または→コチラのブログ記事で読めます。
 3月の取材中福島原発が連鎖爆発を起こしたため、彼は避難のため帰国したとのことですが「その時東京方面に向かう国道がすいていて驚いた記憶がある」と記しています。続けて「当時は「日本人は正確な情報を知らないから避難しないのだ。政府にだまされていることを知ったら、この道はすぐに避難する車で渋滞するだろう」と思った」とも・・・。「ところが予測に反して日本ではそんな大騒ぎは起こらなかった」。ソウルで起きた狂牛病騒動とは対照的に。
 7月のコラムの後、福島での取材と考察について書かれた後半部分を紹介します。

 福島の会社員・公務員・記者・住民ら16人と語り合った。彼らの中に、日本政府の管理能力を信用している人はいなかった。だが全員、政府が提示した緊急時の放射線量許容基準を自分の生活の基準にしていた。平常時許容基準の10倍と考えている人も、20倍と考えている人もいた。もちろん、不安がないわけではない。このうち2人は家族を首都圏にある親類の家に避難させたという。そして、全員が子どもたちの将来を心配していたが、それでも現実を受け入れようと努力していた。
 問題を解決する方法は国によって違う。福島の対処方法も同じだ。「被災者が大声を上げないから解決が遅れている」という見方もあるし、逆に「被災者が静かに対応しているから国はより大きな危機に追い込まることがなかった」という見方もある。では、次のように仮定してみよう。福島の被災者200万人が原発問題に対し、一部の韓国人が狂牛病問題で見せたようなやり方で対応していたら、今の日本はどうなっていただろうか、と。
 福島は「国を支えるのは誰か」という原則的な問題を提起している。日本人のやり方が正しいのか間違っているのか、日本という国の持続性・可能性は、最終的には国民自身が鍵を握っていると思う。これは「原発とリーダーシップの危機という状況で、誰が日本という国家ブランドを維持しているのか」という質問と似ている。個人的な経験からすると、その答えは「国民」だろう。


 彼の大地震直後の取材については「대지진 취재를 마치고(大地震取材を終えて)」と題した記者ブログ内の記事がありました。(→コチラ。韓国語)
 これは紙面には載らなかった記事のようです。
 彼は地震直後に出張命令を受け、翌12日羽田へ。借りた車を運転して被災地に向かったのです。
 彼が見た被災地の印象は、日本人たちがとても落ち着いていること。苦痛を耐え、声を出さず、従順で団結して・・・。この点は上のコラムでも書かれていますね。
 以下は、この記事の抄訳です。

 おそらくどの国でも同じことが起きたら、暴動が起きただろうし、強い軍隊、強い公権力と、莫大な救援物資が投入され、それなりに速やかな方策がとられたでしょう。韓国でこのようなことが起きたら被害者たちは絶叫してこぶしをふりかざしたでしょう。日本の被災地の解決策はただ一つ、忍耐でした。
 国ごとに文化が違うので、解決法が異なることは認めます。このような大災害には忍耐がより効果的な解決策という意見も妥当性があると思います。しかし、不必要な忍耐まで効果的だということはありません。  
 痛みを蓄積する日本人。私はそんな日本人が本当にいいのか、今のように世界の人々の賞賛を受けるべきことなのかわかりません。

 最も良いのは我慢することなく痛みを軽減してくれることでしょう。日本は災害直後にもそれができたし、今では十分に行うことができます。
 日本は大地震を経験した他のどの国よりも豊かであり、物流網がしっかりしています。 世界が助けてくれています。 太平洋戦争当時のように隔離された日本でもありません。今の日本は、自分たちがお互い助けあっています。
 ある新聞が「日本沈没」という表現を1面に書いていましたが、現場で見ると都市の外形的被害は思ったより大きくありません。 東京-福島-仙台-盛岡につながる東北線の都市機能は、インフラ整備が進めば本来の機能を回復するでしょう。


 その後の注目記事の1つは2012年1月の「韓国がまだ統一を望んでいるなら」です。→コチラ「朝鮮日報(日本語版)」(会員制)または→コチラのブログ記事で全文読めます。
 ここで彼は、南北統一問題を自身の父親(「朝鮮日報」編集局長で作家の鮮于煇(ソヌ・フィ))のこと等自身の家族や心情とも絡めて書いています。

 私たちは統一を語るとき、まず費用の問題を口にする。北朝鮮政権が崩壊すればサムスンの株価が半減すると騒ぎ、北朝鮮にいる2300万人の同胞を養うには、韓国経済がさらに成長する必要があると指摘する。20代の青年が突然指導者になったとしても、100万人の同胞がさらに餓死したとしても、共存のためには北朝鮮の現実を認めなければならないと主張する。内容は違っていても言いたいことはただ一つ、「統一はまだ無理」ということだ。本当にそうだろうか。あるいは、私の気持ちと同じ利己心と卑怯さが韓国社会の底辺にはびこっているのだろうか。(中略) 時がたつにつれ、そうした利己心はますます大きくなるだろう。実際には、北朝鮮が変わらないのではなく、韓国が変わらないために統一が成し遂げられないのかもしれない。他人をあれこれ言うのではなく、まずは自分から変わろうという姿勢を見せることが大切だと思う。

 ・・・自分自身の利己心をも認めつつ、韓国(や自分たち)が変わるべきことを誠実に説いていると思います。

 冒頭で記したように、今年になって鮮于鉦記者は国際部長の地位に就きました。
 4月のセウォル号沈没事故についてのコラム「韓国社会にごまんといる「セウォル号の船長」」も説得力のある記事でした。
 ここで彼はニューヨークや東京のバスがマニュアルにしたがって客の安全によく配慮されていることを最初にあげています。ところが韓国社会は見出しの文言通り。
 結論として彼は次のように述べています。

 乗客のために命をささげる英雄のような船長を望んでいるのではない。王も大統領も、国民を見捨てて逃亡した過去があることを知っているだけに、「船長よ、あなただけは乗客と運命を共にせよ」と強要するのも恥知らずなことだ。命を捨てろとまでは言わない。ただ、自ら与えられた地位に責任を持ち、規則を守ってほしいということだ。船が沈みそうになったら、マニュアル通りに行動し、中にいる子どもたちを避難させてほしいということだ。

 彼は、読者から「親日記者」とか「イルパ(일빠)」と非難されたりするそうです。(一例→コチラ。)
 ※일빠일본 빠돌이(빠순이)日本のオッカケのこと。
 なるほど、先の<大地震取材を終えて>の記事には次のような記述があります。

 5年6ヶ月の間、日本の特派員生活をしながら日本のシステムを学ぼうと努力しました。 そのような努力を本にも書いて読者に知らせたこともありますよね。 こんな言葉が似合うかどうかわかりませんが、<親日記者><イルパ記者>という言葉をたくさん聞きました。私は日本に尊敬の念を持っています。

 しかし、同記事のコメント(댓글)21件をみるとほとんどが好評。(一部、イルボンノム(日本奴)について長々と書いているものもありますが。)

 上述の記事以外でも、ネット内でいろいろ読むことができます。
 彼の東京特派員時代の記事では、雪の朝の道路の雪かきについての記事(→コチラ.韓国語)なんかも興味深く読みました。

 今、彼はなにせ国際部長ですから、最近の日本の集団的防衛権等についても書いていて、中には私ヌルボとしては反論したい内容のものも当然あります。
 しかし、最初の「日本列島10万キロ」で感じた記者としての彼に対する信頼は失われてはいません。これまでの記事をいろいろ読んでみると、就職した時に父親のコネが働いたかどうかわかりませんが、国際部長の地位は親の七光りとは関係ない彼自身の実績によるものだと思います。

 韓国の各紙は政治的立場がはっきりしていますが、保守系(「朝鮮日報」等)・進歩系(「ハンギョレ」等)を問わず良い記事を書く記者もいればその逆もいるということです。私ヌルボ、鮮于鉦記者を持ち上げたからといって、別に「朝鮮日報」の基本姿勢を支持しているということではありません。念のため。

 なお、鮮于鉦記者の父の作家・鮮于煇(ソヌ・フィ)の翻訳小説集(「火花」)は最近読了しました。そのうちに記事にするかも・・・ということで。

[2015年11月14日の追記] この記事へのアクセスが急に増えているのでその理由を探索したところ、14日付の「朝鮮日報 日本語版」の<【萬物相】 「ジャップ」が東京裁判を検証!? 米国の胸中やいかに>という記事(→コチラ)によるものと思われます。「ジャップ」とはなんとも「刺激的」な、いや「刺激的すぎる」言葉です。しかし元の韓国語版の記事(→コチラ)で確かめたところ、見出しはたんに「도쿄재판 '검증'(東京裁判 '検証')」となっています。本文では末尾の「・・・・米国の胸中が気になる。「ジャップは最悪」と、また怒っているのだろうか。」等、米国側が使うかもしれない言葉として出てきますが、日本語版の見出しだと鮮于鉦記者(論説委員)も日本のことを「ジャップ」と罵っているように受け止められかねません。日本語版担当のデスクがつけた見出しなのでしょうか? 鮮于鉦記者自身このことを承知しているかどうかは疑問です。この記事内容ではなく、日本語版の見出しのみで「鮮于鉦はケシカラン」と考えるのは誤解のおそれがあります。

[2016年4月18日の追記] 今日4月18日付の「朝鮮日報 日本語版」の<【萬物相】 地震と日本人>というコラム(→コチラ)の筆者は、やはり鮮于鉦記者でした。肩書きは論説委員になっています。「知日派」らしい内容で、多くの日本人が素直に受け入れられる(韓国紙の記事しては例外的な?)記事ではないでしょうか? もしかして、「号泣し、絶叫し、デモをし、断食闘争をする」という韓国人によくある反応を否定的に見ているのでは、とも思われます。
 ついでに、今年に入り彼が書いた私ヌルボの注目記事を2つ紹介します。
 1つ目は<高橋亨の主張を今なお葬れない韓国人の党派性>と題したコラム(→コチラ)。よくこういう人物を知っているものです。もう1つは「朝鮮日報」と提携している「毎日新聞」に掲載された慰安婦問題についての記事(→コチラ)。韓国の読者からは「親日」、日本の読者からは「反日」と指弾されそうなビミョーな隘路で記事を書き続けているといった感じです。(日本から韓国に戻ると少し韓国寄りになるのはまあ「自然」なところか。)
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本ブログ、思いがけないアクセス激増の理由は・・・ 人気作家・李外秀のツイート炎上(?)の余波

2014-06-12 23:54:23 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 いやー、ビックリしましたよ。何かというと、一昨日の本ブログの訪問者数!


 今年に入ってから、このブログの日々の訪問者数は大体600~800、順位はgooブログ約200万中、600~800位といったところでした。
 それさえも私ヌルボとしては過分の数字。仄聞するところではロボットによる自動検索が多いとのことですが、これだけ多くのアクセスがあるのはうれしいことです。

 しかし、今回のこの4692という訪問者数と32位という順位は、見た瞬間、うれしいというよりも、逆に「何かまずいことを書いてしまったのでは!?」という不安&不審の念の方がまずわき起こりました。

 一体、どの記事にアクセスが集中しているのかを見ると、意外なことに2012年10月の<[韓国語の新語]人気作家・李外秀氏(66歳)は「ワシ打法(トクスリ タボプ)」の「トゥッ統領(トンニョン)」>という注目度が全然高くなさそうな記事(→コチラ)になんと4,638ものアクセスがあったのです。

 その原因を探ってみたところ、モトは次のYAHOO!の記事。

 <韓国小説家、ツイッター大炎上で謝罪 サッカー大敗を旅客船沈没事故にたとえる>という見出しの記事で、当の小説家・李外秀(イ・ウェス)氏のことを書いているのですが、日本では知名度の低い(0に近い?)彼についての情報が乏しいとみえて、<韓国の人気作家>の説明として当ブログ記事のリンクを下に張ったということのようです。

 そのYAHOO!の記事のモトはサンケイスポーツの記事。(→コチラ。)

 これを読んで、私ヌルボもコンゲラン(ネット上で扇動する人たちを皮肉った言葉)」という言葉を初めて知りました。ハングルだと「곤계란」です。
 この語は本来は「곯은 계란(腐った卵)」で、東南アジア諸国や中国等で食べられている孵化直前のアヒルの卵をゆでた珍味(!)のことだそうです。
 つまり、孵化しない卵のことですが、韓国のネット社会で使われている「コンゲラン」とは、ツイッターのプロフィール写真のないアカウントのこと。なるほど、写真やイラストの代わりに卵の画像が使われていますね。ふつう「알계」という言葉がよく用いられるそうですが、この「곤계란」には、自分の素性を隠して誹謗中傷のツイートをするために取得したアカウントや、そのツイートを非難した言葉のようです。

 さて、このサンスポの記事ですが、さらにモトをたどると「東亜日報」の<이외수, 축구 가나전 세월호에 빗대 구설…해당 트윗 삭제(李外秀、サッカー・ガーナ戦をセウォル号に例えて非難)>という記事(→コチラ)あたりかな、と思われます。
 続いて「中央日報」にもほぼ同じような記事が・・・。(→コチラ。)

 ・・・と、ここで私ヌルボが考えたのは、このネタ、なんかうさんくさいところがありそう、ということ。
 「東亜日報」も「中央日報」も「朝鮮日報」と並ぶ代表的な保守紙だし、(あ、「サンケイ」もそうか) 、一方李外秀氏は基本的に進歩陣営の立場の人なので、「東亜日報」等がこんな記事を載せるのもなんか揚げ足取りのような・・・。

 とりあえず、問題の李外秀氏のツイッターを直接見てみました。→コチラです。
 以前の記事の時点(2012年10月7日)ではフォロワー(팔로워.パルロウォ)数は1,478,196人でしたが、今は1,735,683人にまで増えています。(すごいもんです。)
 しかし、「ツイッター大炎上」というからには閉鎖にまで追い込まれたとか大変なことになっているのかと思ったらそんなでもありません。


 「セウォル号ははとにかく私たちの肺腑を刺す禁忌語でした。」「反省します。」「束手無策で沈没したという意味で使ったのですが、比喩が適切ではないとの意見が多く、原文を消しました。」
 ・・・と李外秀氏、しきりに謝っています。
 ところが、これに対しても次のような非難が続きます。


 批判した人たちに対し彼が「難読症患者」と書いたことも謝れ、とか、「とにかく」とは何だ?とか、「セウォル号」が禁忌語ではなくて・・・とか、反省するよりもまず謝れ、とか等々・・・。

 しかし、私ヌルボが見るに、炎上というレベルには至ってないと思います。これらのリツイートも、彼の他のツイートに対するリツイート数と比べて特に多いということでもありません。なんだかなー、です。
 ※個人的には、李外秀氏がはからずも「禁忌語」と書いてしまった気持ちはわかります。そんな雰囲気は韓国社会にあるようではないですか。

 さて、同日(6月10日)の彼の他のツイートを見ると、目にとまったのが次のようなもの。


 「今日は6.10民主抗争27周年だ。」というツイートのリツイ。
 彼は「27年前どんなことがあったか、われわれに残された課題は何か、共に考えて見るといいだろう。」と記しつつ、人気ブロガー<アイアムピーター>の記事にリンクを張っています。
 それは→コチラ

 韓国の80年代民主化闘争の山場というべき1987年6月、とくに6月10日は大きな意味を持った日で、これについては→コチラの過去記事でも少しふれました。また<韓国戦後史年表>という実に詳細な年表(→コチラ)の1987年6月の記述を読むだけでもいろんなことがわかります。

 こうしたことについてのツイートは、やはり李外秀氏らしいものですね。

 「東亜日報」等(「サンスポ」も含む)も、こんなこせこせした記事よりももっと書くべきことがあるだろうと言いたいです。

 しかし、自分のちょっとした(?)「表現」が大きな反響を呼んでしまい、その余波が日本のヌルボにまで及ぶとは、有名人もタイヘンですね。

 ヌルボとしては、アクセス数を増やすのがブログの目的ではなく、自分で調べたり考えたりしたことを自身納得できるように、忘れっぽい自分のための備忘録のようなつもりで記事にしているので、アクセス数はたんなる結果です。(あ「日韓ともヘイトスピーチはやめよう!」とか「北朝鮮の強制収容所をなくそう!」等については大勢の人にアピールしたいですが・・・。) それよりもむしろうれしいのは、たとえば昨日の愚銀さんのコメントのように、多くの人からは関心を向けられないような記事に対して反応があることです。
 ・・・ということで、愛読して下さっている皆さんありがとうございます。今後もヨロシク・・・。
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[6月6日顕忠日あれこれ ①] KBSの式典実況中継、ヨ・ジング等が朴槿恵大統領からもらったバッジ等々

2014-06-09 23:53:47 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 韓国では、先週6月6日(金)は顕忠日で休み。前々日の4日(水)は統一地方選挙投票日で公休日に。(日本の日曜日投票とどちらがいいのか?)
 そこで5日(木)も休みを取って5連休にした人がとても多かったようで、5日(木)の「朝鮮日報」には人のまばらな都心部(世宗路)と、外国旅行に出かける人で混みあう仁川空港の写真を並べて載せていました。

 さて、この顕忠日(현충일.ヒョンチュンイル)ですが、<殉国先烈(순국선열)>と<護国英霊(호국영령>の慰霊とその精神を継承するという日で、1956年に制定されました。

 なぜ6月6日なのかというと、元々二十四節気の9番目に当たる芒種(ぼうしゅ)の日にはお墓参り等をしてきたが、たまたまこの顕忠日制定当時は芒種の日が6月6日だったから、と→コチラの記事にありました。

 今年も国立顕忠院で午前9時55分から朴槿恵大統領等が参席して<第59回顕忠日追念式(현충일 추념식)>が催されました。

 今回の顕忠日関係のニュースの中で、日韓のメディアが伝えたのはまず朴槿恵大統領の追悼の辞の内容でしょう。
 それは後回しにして、日本のネット社会で関心をよんだのは、5月11日の「中央日報(日本語版)」の記事。(→コチラ。)
 見出しは国立顕忠院に植えられた日本原産の木、すべて植え替えへです。
 「顕忠院に植えられている日本原産の樹木は顕忠院の趣旨と合わない」との市民団体の請願を受けて、国会は5月2日の本会議で出席214人中賛成186人、反対3人、棄権25人で植え替えられることになった、というものです。樹齢40~50年のカイヅカイブキ等々全体13万2000株の約14%にもなるそうです。
 また、→コチラの<サーチナ>のニュースでは、韓国軍が今回の顕忠日から中国製太極旗の使用を取りやめ、すべて韓国製のものに取り換えると発表したとのことです。コストが中国製品の9倍かかることから多くの韓国ネットユーザーから「そんな必要があるのか」との疑問の声も出ている、とネタ元の中国メディア・財経網は報じているそうです。
 先の日本原産の樹木の植え替えにも相当な費用がかかるはずです。しかしなぜ?
 多くの日本の皆さん(私ヌルボももちろんそうですが)は、この「中央日報」の記事にまたまたカチンとくるかもしれません。
 読者の感想は、「面白い(476件)」が「腹立つ(422件)」を上回っていますが・・・。「面白い」というのは、ここまでくると呆れてしまう、ということでしょうか?
 私ヌルボの感想&見解は、議員たちや記者、そして国民の多くは木の植え替えや韓国製の国旗への変更に純粋に賛成しているとは言えないのではないかということです。つまり、「正論」だから逆らえないのでは、ということ。先のセウォル号沈没事故で犠牲者の家族の声に非を唱えられなかったことにも通じるような・・・。
 で、このようなことをもって韓国社会にそんなピュアな愛国主義が強まっているとは言えないということ。
 ヌルボが懸念するのは、むしろ、セウォル号の件(ラーメン長官や鄭夢準の息子等々)にしろ独島問題等にしろ、「正論」に対して「異論」が言えない雰囲気が濃くなること。政治家も、メディアも、一国民も・・・。

 さて、今回の<第59回顕忠日追念式>もKBS(1TV)で中継されました。私ヌルボは、後からKBSのサイトで視聴しました。

     

 その中で、日本のメディアでほとんど伝えられなかった場面を1つ紹介します。

     

 人気若手俳優のヨ・ジング君(16歳!)です。
 彼が朴槿恵大統領手ずから胸につけてもらったのは「ナラサラン クンナム・バッジ」(下)

     
 ヨ・ジングの他に、祖父が国家有功者という歌手のキム・ヒョニルや、「女子重量挙げの女王」張美蘭(チャン・ミラン)選手等もこのバッジを授与されました。
 ※張美蘭は五輪に3回出場し、金・銀メダル各1個を獲得、世界選手権では4連覇。

 この「ナラサラン クンナム(나라사랑 큰 나무)」とは「国への愛 大きな木」という意味で、2005年に国家報勲処が国のために犠牲となったり国に貢献した人への感謝と礼遇の心の象徴として作ったものです。
バッジの他、いろんなところで用いられているようです。(が、必ずしも十分に知られているとは思えませんが・・・。)
 この図案の上部は太極旗、中央の青い鳥と緑の新芽は自由と未来への希望を表しているとのことです。そういえば、東学農民軍の指導者全奉準を敬愛して歌われたといわれる「セヤセヤ、パランセヤ(鳥よ鳥よ、青い鳥よ)」を思い出されますね。

         

 上左は2013年の高陽(コヤン)世界花博覧会で造られたナラサラン クンナム塔。バッジの260倍の大きさ(5m)なのだそうです。
 右は2013年6月12日の蚕室(チャムシル)球場。プロ野球の斗山ベアーズとSKワイバーンズの試合中の観客席で、やはり国家報勲処の肝いりで行われたイベントです。
 このように愛国心の宣布に力を入れているのは、この数十年の間に「愛国心が薄れてきた」という状況があるから、というのはヌルボ個人の見解というよりもむしろ一般的な見方ですね。
 ナラサラン クンナム・バッジも、別に人気俳優や有名スポーツ選手でなくても→コチラのサイトで会員になると500ウォンで入手できるようで、今回大統領から直接授与された人たちは国民の代表として、という意味あいだったようです。

 さて、KBSの実況中継放送の中では過去の日本の統治下の時代~朝鮮戦争等の画像もいろいろ盛り込まれていました。
 その中で、少し驚いたのが次の画面です。

     

 「日帝強占の犠牲者」が138万余名、「6.25戦争(朝鮮戦争)期間の国軍戦死者」が137,899名、「同 行方不明捕虜」が32,833名、「国連軍戦死者」が40,676名、「同 行方不明捕虜」が9,931名。 はてさて、この138万余名という膨大な「日帝強占の犠牲者」とはどういった人たちをさすのか、よくわかりません。義兵闘争、三一独立運動、関東大震災の時に虐殺された者・・・炭鉱等での労働者等を加えても、とてもこの数字には届きそうもありません。今後の宿題にしておきます。

 なお、式典の最初の方でヌルボにはおなじみのこの人が出てきました。

     

 ベテラン俳優のチェ・ブラムさんです。彼は「祖国のために」と題した追慕の献辞を読み上げていました。
 彼は前日のKBSの人気番組「韓国人の食卓」では慶尚南道の咸陽郡方面に行ってウルシの新芽を食べたりしてましたが・・・。そればかりか、6日夜の顕忠日特集ドキュメンタリーでも語り手を担当していました。
 そのドキュメンタリーもなかなか興味深い内容だったのですが、それについてはまた今度にします。

 最後に、冒頭で少しふれた朴槿恵大統領の追悼の辞がまるごとYouTubeにあったので貼っておきます。わりと聴き取りやすい上、テロップ付きなので韓国語学習者には好都合です。

  

 一応要点は次の通りです。
 ・6.25戦争に出征しながらも国家功労者としての待遇を受けられなかった元将兵に対し、すでに亡くなった方々の位牌を国立墓地に移し、心を込めて礼遇していく。山野に埋まったままの無名の護国勇士を、最後の1人まで家族のもとに送れるように、遺体発掘事業にさらに努力する。
 ・今年、韓国政府の要請で中国のハルビン駅に安重根義士記念館が開館し、西安に光復軍第2支隊石碑が設置された。今後も烈士の愛国精神を称える事業を着実に推進したい。
 ・国家の安全管理システムの大改造と共に、公共分野の改革をはじめとする「経済改革3カ年計画」を進めていく。
 ・北朝鮮政権が真に経済発展と住民の生活向上を望むなら、核開発と挑発脅威を中断すべきである。
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「隠し子」報道をめぐる日韓の意識の違い──婚外子の存在を追及され辞職した検察総長の問題を考える

2014-05-09 09:29:22 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 「隠し子」報道というと、日本では大体芸能関係のネタと相場が決まっていて、読む側も「ああ、またか」という感じ。驚きとか、ましてや怒りなんて感情はほとんど起こらないのではないでしょうか? まあ当事者にとってみればいろいろタイヘンでしょうけど・・・。(しょこたん、お察しします・・・なんて言っても、全然気持ちがこもってないな。)
 政治家がらみの場合でも、「浅香光代が大物政治家との間に隠し子」と言っても、昔のことだし多少の興味を持つ人はいても衝撃的でもないし、政界にはなんら影響なし、でしょ?
 第一、今どき隠し子だの婚外子だの未婚の母だの言っても世間一般によくある話で、とくに騒ぎ立てる方がズレるんじゃないの? いや、そこまではいってない?
 では、それが芸能人の話ではなく、たとえば作家、いや、これはフツーにありますね(?)、では政治家とか裁判官とか、著名な文化人だったら?
 たぶん、それでも別にどうってことなさそうかも・・・。

 ところがどっこい(←古い表現か?)、韓国ではどうも違うようなんですね。

 そう思ったのは、昨年9月6日の「朝鮮日報」の特ダネ記事を読んだ時のこと。
 分量はさほど多くはないものの、1面のトップ記事ですよ。

      

 <채동욱 검찰총장 婚外아들 숨겼다>、つまり<蔡東旭(チェ・ドンウク)検察総長、婚外子の息子を隠していた>です。要するに、「隠し子」をネタに検察総長を非難した記事です。(→コチラ。)

 「朝鮮日報」はこの記事を皮切りに、蔡検察総長「隠し子」事件の続報を連日掲載。その男の子(当時11歳)が通っていた初等学校の学籍簿に父親の名が「チェ・ドンウク」と記載されていること等も記事にしました。また、遺伝子検査に応ずるよう促したりもしています。

 下は9月11日「朝鮮日報」の2~3面。どちらの面も、上から3分の2は蔡東旭検察総長関連の記事です。

       

 この時点では、男の子の母親は「10数年前釜山の酒家で客だった検察総長と知り合い、その後ソウルに出て店を開いてからも会った。子供に立派な人間になってほしいと思い、お願いして蔡東旭氏の名前を借りた」と、この時は言っていました。
 また、当の男の子は記事が出る少し前の8月末、アメリカに留学するということで出国しています。

 当初はこの報道を全面否定して訂正報道を要求していた蔡検事総長ですが、法務省が内部監察にかけるとの方針を打ち出すと結局9月13日に辞任を表明し、朴槿恵大統領はねちねちと引き伸ばした末9月27日にこれを受け入れました。(「産経新聞」黒田勝弘記者の関係記事は→コチラ。)

 この「事件」の一番のポイントは、検察総長の道徳性を問うことよりも、政敵の追い落としにあることは誰の目にも明らかでした。
 2012年末の大統領選挙に際し、国家情報院が朴槿恵候補に有利な働きをしたという容疑で厳しく追及してきた検察当局のトップが彼であり、また検察当局と足並みをそろえて国家情報院や朴槿恵政権を批判してきたのが民主党をはじめとする進歩陣営でした。
 つまりは典型的な報復措置で、「隠し子」疑惑はその格好の材料にされてしまったというわけです。もちろん、この報道過程で、政府・与党の保守勢力と、代表的保守紙「朝鮮日報」との間のなんらかの「癒着」も推測されるところです。
 その後の各紙の記事等を追ってみると、「朝鮮日報」の特ダネ報道のすでに約3ヵ月前に、大統領府の職員が当該の男の子の情報をソウル市瑞草区の幹部に照会していたそうです。(参照→12月5日「産経新聞」(共同)。)

 そして一昨日(5月7日)の「聯合ニュース」(→コチラ)によると「前検事総長の隠し子疑惑は「事実」=韓国検察」とのこと。また上述の(元)大統領府の職員は個人情報保護法違反などの罪で在宅起訴となったものの、大統領府が蔡氏を組織的に調査していたとの疑惑については、正当な監察活動だったとして不起訴処分に。

 ・・・と、この「事件」についてとくに政治的側面から経緯をたどってみましたが、このブログ記事の本論は実はこれからなのです。

 なんか私ヌルボ、その「事件」?だか「醜聞」?だかを最初に特ダネとして報じたその記事を読んだ時からなんかイヤ~な感じがまとわりつくようで・・・。
 そんな感じがさらに増幅したようなニュースが3月26日の「朝鮮日報」(日本語版の記事でした。(→コチラ。)
 見出しは<韓国新聞賞に本紙「検事総長婚外子報道」「道誤った権力に勇気ある批判」>です。
 本文を見てみると、
 本紙による昨年の同スクープ報道は「政府と権力に対する厳正かつ勇気ある監視・批判を勇気を持って貫き、メディアの本領を発揮した報道」と評価された。ムン・チャングク韓国新聞賞審査委員長(ソウル大学教授)は「メディアが権力者の逸脱した私生活を報道する際に必要なのは何よりも勇気だ。朝鮮日報編集局はその勇気を示した」と語った。(中略)
 本紙がインタビューしたのは蔡前総長とプライベート面でも付き合いのある法曹界関係者、男児の母親の親族、近所の人々、男児が通っていた学校・塾関係者など約100人に上る。本紙は「学籍簿に男児の父親が蔡前総長だと記載されている」「男児は『お父さんが検事総長になった』とよく言っていた」「女性の親族が蔡前総長のことを『家族だ』と自慢していた」などの証言を得て、確認・検証作業を行った。

 ・・・と、非常に誇らしげに書かれています。
 どうですか? 日本では受賞どころか、報道倫理という点で逆に問題にされるのではないでしょうか?
 <イヤ~な感じ>を自分で分析すると、①道徳的に問題はあるかもしれないが、仕事とは関係ないのでは? ②プライバシーの侵害にはならないのか? ③とくに男の子の身になって考えてみろよ ・・・といったようなことですが、では韓国の読者はこの特ダネ記事をどう読んだのでしょうか?

 その特ダネ記事(→コチラ)には、もう1つ「100자평(字評)」というタグがついていて、それを開くと読者のコメントがいろいろ寄せられています。(→コチラ。)
 それぞれにまた賛成と反対の数が表示されていて、読者の反応のおおよそを知ることができます。この記事に対するコメントの総数は422件もあり、反響の大きさがわかります。
 その中から、私ヌルボの目にとまったものをいくつか紹介します。
 まず、「賛成」が圧倒的に多かったコメントから。

・不倫で子どもを生んだと! チェ・ドンウクの妻は全く知らなかったのでは? それで公職者の非理を糺すとは! 本当に、世も末だ。[賛成41 反対2]  
・悪質なヤツだ! 法を離れて、道徳的に容認されないのに、こんな状態で社会の規律を守る検察総長の座に座るとは、それ自体許されない! 破廉恥で偽善的であり、基本的な形がなっていない者だ! すぐに罷免して、大統領府の人事担当者にも責任を問え! [賛成31 反対1]

 ・・・このような、彼を強く非難するコメントが圧倒的です。
 もちろん、保守紙「朝鮮日報」に見合った読者層ということは念頭に置く必要はありますが・・・。

 次に、「反対」が多かったコメント、つまり少数意見の方を見てみます。
・不適切だが、業務の遂行には支障がなく、プライバシーの侵害の観点からも保護されるべきではないか? フランスのミッテラン大統領に婚外の娘がいても国民は絶対に人間的で、プライバシーの保護を掲げ、マスコミでさえも沈黙する姿は他山の石? 夫人もミッテランの葬儀で婚外の娘の参列は当然だと言ったのはとても人間的ではないか? 文化の違いはありますが・・・。[賛成2 反対32] 
 ※これに対しては、「検察は政治家ではありません。国家公務員の中でも、最もきちんとしていなければならない立場にあるのです」というコメントがありました。
・この重大な政局にあって、なぜか検察総長に食いつく? これでも「朝鮮日報」と言えるか? チェ総長は国家情報院の非理を起訴しただけでも検察の歴史に輝く人です。彼の後をつけた人間でもいたか? 恐ろしい世界だね! 尾行・盗聴・録音記録が主流になる世の中なんだな! (賛成1 反対28)  
・いや~、まだ後進国?? その人の個人的な私生活を取沙汰してなんで騒ぎ立てるのか? [賛成1 反対15]
・叩いて埃の出ない人はいない。世の中で、本当に空を仰ぎ、一点の恥ずることなく人生を送る人がはたして何人いるか? [賛成1 反対12]
(←アラ、こんな所に尹東柱の詩が!(笑))

 こうして見ると、「隠し子」がいることに対する非難の声が多いのは、とくに彼が検事だからということが大きいようですね。

 以前から思っていたことですが、韓国ドラマには検事(や弁護士)がよく登場します。財閥の息子(or娘)、医者の次くらいという多さです。
 検事に対する思い入れが強いのは、もしかして70~80年代の民主化闘争と関係があるのかも・・・。軍事政権と結んで運動を弾圧した代表的な存在だったので、「検察を立て直さなければ、腐敗した政治を変えることができない」という世論が高まったというわけです。(参考→韓寅燮(ハン・インソプ)ソウル大教授「韓国における政治腐敗に対する検察と特別検事の挑戦」)
 私タルボも見て感動した名作ドラマ「砂時計」で、貧しい秀才学生ウソクが検事になったのも正義感ゆえだったな、たしか・・・。
 (それで今そんな進歩系の正義派判事たちが「正義」に則った判決を下して韓国及び日本政府を困らせているというわけ??)
 いずれにしろ、とくに検事については日韓で大きなイメージの差があるようです。
 「検事プリンセス」とか「ヴァンパイア検事」といったドラマは、タイトルからして日本ではちょっと考えられないですよねー。

 とにかく、日頃とくに意識することのなかった日韓間のズレを強く感じた1件でした。
 日本でも、数十年前と今とではこうした問題をめぐる倫理観もかなり変わってきました。韓国もそのうち変わっていくような気もしないではないのですが・・・。(ヌルボの法則によると、韓国は約24年差で日本の後追いをしていることになっているので、という雑駁な根拠。) 
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ソウル大や外国の有名大に多数合格! という韓国の新・名門校はこんな高校

2014-05-08 00:07:44 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 一昨年(2012年)3月に<ソウル大学校の高校別合格者数 = 今年も特目高(科学高&外国語高)・自私高が多数>という記事をアップしました。(→コチラ。)
 その前にも、2009年9月<韓国の進学成績最上位高校の現況 「特目高」・「自私高」が目立つ>という同じような記事を書いています。(→コチラ。)

 これらの記事にはけっこうアクセス数があり、とくに時期的に最近また多くなっているようなので、一応今年度のようすを見てみました。
 結論的には、過去記事の見出しがそのままで通用するということなんですけどね。

 とりあえず、2014年度のソウル大合格者数の上位17校をリストアップします。
 ※17校というハンパな数は、ネタ元(→コチラ)が17校だから、という単純な理由です。

  ※ピンク=科学英才学校
   橙=特目高(科学高)
   青=特目高(外国語高)
   緑=自私高
   
①大元外国語高95
②龍仁外国語高92
③ソウル科学高90
④京畿科学高74
⑤ソウル芸術高70
⑥ハナ高66
⑦世宗科学高56
⑧象山高54
⑨民族史観高51
⑩韓国科学英才学校37
⑪漢城科学高36
⑪明徳外国語高36
⑬韓英外国語高35
⑬大一外国語高35
⑬大邱科学高35
⑯仙和芸術高34
⑰現代青雲高32

 このように、2年前とほぼ同じような校名が並んでいます。ただ、前回はまだ残っていた茶=一般高は今回はゼロでした。これも時の流れです。

 過去記事でも書きましたが、特目高(특목고)とは、本来的には外国語・理科系・芸術系等の特定分野に重点を置いた高校で、自私高(자사고)(自立型私立高校の略)とは、政府の支援金を受けず、独自の財政・独自の教育課程で運営している私立学校です。つまり、今年度もほとんどがこうした種類の学校です。

 上記17校の中で、主だった高校について以下コメントを少々。

 ①大元(テウォン)外国語高は、近年新たな名門校として確固とした評価を確立した代表的な高校。昨年1月の主要各紙で「出身高校別法曹人数」で1位に大元外国語高校と京畿高校が460人で並んだことが伝えられました。(→コチラ。)
 ※弁護士を含む数。資料の典拠は「2013年度法曹人大鑑」。こういうのを数える人がいるんですねー。
 新旧の名門校が同じ数値で1位という点が象徴的ということでしょう。3位はこれも「旧」名門校の慶北高で315人、かなり差があります。
 もっとも、すでに現職判事の数では2009年に大元外国語高校出身者が58人で、京畿高校の38人を上回って1位になったことが伝えられています。(→「東亜日報」の記事。)
 このように法曹界への進出が目立ちますが、李健熙三星グループ前会長の長女でホテル新羅社長の李富眞(イ・プジン)氏や女子ゴルファーのチェ・ナヨンもここの出身ということは今知りました。

 ⑤ソウル芸術高は、同じ私立の⑯仙和芸術高や、国立国楽高校と並ぶ芸術系の名門高校で、梨花芸術高校として設立された当時(1953年)は避難地だった釜山で梨花女子高臨時校舎の横にテントを張って授業をしたそうです。

 ⑥ハナ高という学校は初めて見たなと思ったら、開校は2010年。一体どんな教育をしているのか今ひとつよくわかりませんが、月2回開いている「名士特講」というのがあって、鄭雲燦(チョン・ウンチャン)元総理・元ソウル大総長、ベストセラー「つらいから青春だ」の著者キム・ナンドソウル大教授、女性徒歩旅行家の「風の娘」ことハン・ビヤ氏等々の著名人を招いているとか・・・。講演料だけでも大変なもんでしょ。(このクラス、日本の公立高校ではコネでもないかぎり1人もよべないのでは?)

 ⑨民族史観高の「特異な」教育については、2009年の過去記事でも書きました。全寮制で制服は韓服授業もふだんの生活も英語が基本、東京ドーム27個分のキャンパス(!)等。書いてなかったのは、校内に「本校出身ノーベル賞受賞者の銅像」という台座が15個も並んでいること。(→コチラの写真参照。)

 ⑩韓国科学英才学校は釜山にあるKAIST付設の学校で、韓国最初の科学英才学校です。この学校にも「ノーベル公園」(→画像)という円形緑地があって、将来卒業生がノーベル賞を受賞したら銅像を建てるのだそうです。なんでも、「学校設立後20年以内に自然科学分野のノーベル賞受賞者を輩出する」と標榜しているとのことですが、それって2023年までってこと? ふーむ・・・。
 こうしたノーベル賞ネタ、いわゆる嫌韓サイト(だけじゃないか?)で揶揄されてるなー、やっぱり・・・。

 最近(今年3月21日)の「韓国経済」に、<大元外国語高の天下? 民族史観高・ソウル科学高「われわれが最高」>という見出しの記事がありました。(→コチラ.韓国語。)
 そこにあるように、学年の生徒数は大元外国語高420人に対し、民族史観高は150人、ソウル科学高は120人で、比率からいえば大元外国語高を上回っています。
 また、民族史観高と大元外国語高は以前から報じられているように、アメリカ等の名門大学にも多数進学しています。(毎年数十人ずつ。)
 開校年度は大元外国語高が1984年、ソウル科学高が1989年、民族史観高が1996年。40歳前後の卒業生も多くなってきました。
 これらの新・名門校が旧・名門校に代わって台頭し、注目されるようになったのも、この20年ほどの韓国社会の変貌を如実に示しているといっていいでしょう。

 一方で、今日(5月7日)の「亜州経済」に「国民の半数以上が自私高廃止に賛成」という記事(→コチラ)があるのが目にとまりました。
 「自私高が廃止され、高校平準化政策が継続維持されなければならないという主張にどう思うか」という問いに対して「賛成」が55.7%で、「反対」18.7%を3倍も上回ったというものです。また、進歩陣営から立候補・当選した教育監の管轄地域を中心に推進されている「革新学校」については62.9%が「もっと増やす必要がある」と答えた、・・・というのがその主な内容です。
 ただ、この調査は進歩系教員組織の全教組の依頼で実施されたもの、という点を念頭におくべきでしょう。
 「革新学校」とは、生徒数が25人以下の小規模なクラス編成で、学校運営や教育課程運営の自律性を持ち、教職員の安定的な勤務等をサポートするための予算が確保されている形態の学校のことです。
 これについては、<韓国・・・なんでも広場>というブログに関係記事(→コチラ.日本語)がありました。そこでは次のようなことが書かれています。
 韓国も、今、成績重視の教育意識、協力よりは競争中心の学校で学校暴力がやたらと問題になって、学校に警察が出入りしてたり・・・ 教育の根本が間違ってたということで、こういう形の学校が増えてきたそうです。だけど、賛否は両論のようで・・・・・ 勉強しないでおしゃべりばかりやって帰ってくる これで入試に勝てるか
 ・・・という感想は、ヌルボとしても「さもありなん」とうなずきつつ読みました。

 英才教育を是とするか? それとも平等(平準化)の推進があくまでも正しいか?
 いろんな子どもがいていろんな親がいて・・・。また国や産業界等の求めるものもとうぜんあって・・・。
 およそどんな教育政策をとっても、どこかから必ず批判は出てくるもので、なんていうのはほとんど何も言ってないに等しいですね。ここらへんのぬるい書き方が「ヌルボ」なんだよなー・・・、むずかしいもんです。(とお茶を濁しておしまい。)
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[韓国語の流行語]韓国社会で今年も続いている<甲の横暴>とは何か?

2014-05-05 19:59:55 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 この「甲の横暴(갑의 횡포)」という言葉。韓国では昨年5月頃からよく使われるようになりました。「甲乙問題(갑을문제)」というようにも用いられます。
 昨年の韓国の流行語ですが、今もふつうに使われているようで、1つ前の記事でリンクを張ったKBSを批判したブログ記事(→コチラ)でもこの言葉が使われていました。

 で、意味はというと・・・。
 甲は甲乙の甲。商業上の契約書で、韓国でも日本同様当事者双方を通常単に「甲」「乙」と略称しますが、慣用的に相手側の「生殺与奪権」を握っている強者の側が「甲(갑.カプ)」、生きるために膝を屈しなければならない弱者の側が「乙(을.ウル)」とされています。書類上は甲乙関係ですが、実質的には上下関係、主従関係といったものです。
 この「甲」に属する者がその地位と力を利用していろんな場面で引き起こしているひどい行状(=갑질)のことを「甲の横暴」といいます。

 「甲乙関係」という言葉はすでに盧武鉉大統領の頃からあったそうですが、とくに「甲の横暴」が注目されたのは、昨年4~5月有力企業の関係者の「横暴」事件が相次いでメディアで大きく報道されてからです。
 それが次の3つの事件でした。

①大韓航空機内でのポスコ常務による女性乗務員への暴言・暴行事件
 2013年4月15日、仁川からロサンゼルスに向かう大韓航空機内ビジネスクラスで、ポスコエネルギー常務のA氏はラーメンを要求。ところが持ってきたラーメンが「塩辛い」等々クレームをつけて作り直しを何度も求めたり、「なぜラーメンを持ってこないのか」と雑誌で女性乗務員の目の上部分を殴ったり、・・・とあまりに非常識な言動の数々。着陸後、機長からの通報により出動したFBI要員が「入国後の拘束捜査」か「米国入国放棄後帰国」かの二者択一を迫った結果、A常務は数時間後の韓国行きの便で帰国した。
 ・・・ネットでは「ラーメン常務(라면 상무)」で通うになり、検索すると彼の画像(+ラーメン)までヒットします。当然ですが、こんなことでポストを外されるとは何とアホな・・・。

②プライムベーカリー会長がロッテホテルで駐車場担当支配人に対し暴言を吐くとともに財布で頬を叩いた事件
 4月24日ロッテホテルの駐車場で、会長の留めた車が他の車(国会議員の車等)の進入を妨げているため移動を要求したところ、会長は約15分間暴言を浴びせ続け、持っていた財布で3~4回、入っていたカードが10mくらい飛ぶほど強く支配人の頬を叩いた。
 ・・・プライムベーカリーは資本金5億3千万ウォンの中小企業ですが、伝統慶州パンや天安名物クルミ菓子を生産・販売してKTX等に納品している会社です。
 この事件が4月30日新聞で報じられると(→コチラ.韓国語)、「第二のラーメン事件か?」との反響をよび、ネチズンの非難が殺到して不買運動が始まり、90%を占める納品先のKORAIL(韓国鉄道公社)観光開発が同社製品の仕入れの一時停止を発表して、・・・と事態は拡大。ついには会長が廃業を宣言するに至りました。ネチズンの間では「廃業とは暴言よりひどい!」との声もありましたが・・・。
 その後どうなったか、私ヌルボ、ちょっと調べてみました。すると、今年2月の「ヘラルド経済」の記事(→コチラ(韓国語))に、同社は廃業せずこっそり営業を続け、資金難に遭いながらも現在も操業中だとか・・・。

③南陽乳業の営業社員が代理店の店主に<製品押し込み>(製品の購入強制)をした事件
 南陽乳業は、粉ミルク類50%、牛乳類25%、醗酵乳類32%のシェアを占める等、各種乳製品を生産する代表的な乳加工企業。この会社の営業社員が、販売代理店の店主に製品を買うことを強要する声が録音され、インターネットで公開されて不買運動が広がり、売り上げは35%下落、株価も急落。同社社長は、5月9日国民に対し謝罪した。(参照→「中央日報」(日本語版)。)
 ・・・この事件については、「ハンギョレ」(日本語版)でも5月7日以降継続して関連記事を載せています。5月8日の記事では、南陽乳業が本社次元で<製品押し込み>を指示していたこと、また7月9日の記事では、<押し込み>による売上が過去6年半で6,000億ウォンにも達していたことが伝えられています。
 その後、元代理店主が南陽乳業会社の「押し付け営業」による被害の補償を求めて訴訟を起こし、10月にソウル地裁で「被害全額(2086万ウォン)賠償」との判決が下されました。(→「東亜日報」(日本語版)。)
 ※この南陽乳業をめぐる問題については<レイバーネット>に諸情報が掲載されています。たとえば「南陽牛乳は悪くてソウル牛乳はいいのですか?」という記事(→コチラ)では傷んだ牛乳をめぐる製造元のソウル牛乳とのやりとりを紹介しつつ、代理店に責任を負わせようとする本社の姿勢を批判しています。(流通期限が迫った製品などを代理店に強制的に押しつけるという、南陽乳業と同様の構造があるようです。)
 ※この南陽乳業事件については、NHKでも報道されたそうです。(→コチラ参照。) 韓国社会のありようを象徴する問題と見たのか、日本にも相通じる問題と見たのか・・・。

 このようなことが次々と発生して、ネチズンたちだけでなく一般国民の間にも、「社会的地位の優越感に浸って他の人々を無視する「甲」の会社の社員の言動で会社自体の姿がよくわかる。その代価は必ず支払わなければ」という反応が噴出したのです。

 こうした声が高まる中、進歩性向の「京郷(キョンヒャン)新聞」は5月6日~6月17日<甲の横暴 乙の涙(갑의 횡포 을의 눈물)>と題した連載企画記事を掲載しました。
 これは各業界の「甲乙問題」の実態を具体的に取材した、なかなか力の入った連載でした。
 そこで取り上げられている「甲乙関係」は次のようなものです。

[甲] 大手百貨店 [乙] テナント
[甲] 大手のパンチェーン店本社 [乙] フランチャイズ店店長
[甲] 運輸会社(ex.CJ大韓通運) [乙] 所属宅配ドライバー
[甲] コンビニチェーン本社(ex.GS25) [乙] フランチャイズ店店長
[甲] 建設会社 [乙] 下請業者
[甲] TVショッピング会社 [乙] ベンダー
[甲] 総合酒類卸売業者(麹醇堂系) [乙] 販売代理店等
[甲] 銀行 [乙] 中小企業
[甲] 大手の乳業会社(南陽乳業) [乙] 販売代理店
[甲] 有力な外資系の産業用ソフトウェア製造会社 [乙] 小規模なソフトウェアの販売代理店
[甲] 有力テレビ局 [乙] 番組制作会社
[甲] (音楽の配信を扱う)音源流通社・通信社 [乙]ミュージシャン等々多くの音楽産業関係者


 ・・・私ヌルボ、これらに目を通して思ったのは、本社とフランチャイズ店をめぐる問題、大手企業と下請の間の問題等々、日本と共通するものがほとんどということ。(日本では、[甲]大型スーパーチェーンと[乙]納品業者というのもあるなー。たぶん韓国にも?)
 ただ、記事に書かれた具体的事例を見ると、日韓の商業上の慣行や「常識」の違いもあるようです。
 しかし、日本では「乙」から「甲」への接待やプレゼント等はどれくらいあるものなのか、ヌルボはその方面のことは全く疎いので、なんとも書きようがありません。
 また「甲」から「乙」へのいろんな押しつけの実態もよくわかりません。
 上記「京郷新聞」の連載記事中には、たとえば百貨店のテナントの化粧品会社社員が店内の掃除を百貨店側から命じられたり、宅配で原因不明の配達事故も無条件で宅配ドライバーに責任転嫁されるとか、さまざまな事例が紹介されていますが・・・。

 一応、このあたりは違うかも、と思ったのは韓国では日本に比べると「地位のある人はエラそうにふるまう」傾向が強いということ。上述の①や②の常務や会長のふるまいもその例では・・・。ずっと以前何かの本で、韓国では社長が朝早く出勤して掃除なんかしていたら馬鹿にされるということを読みました。

 もう1つは、日韓の「緻密さ」の違い。これも「京郷新聞」の記事(→コチラ)で紹介されている日韓のコンビニのフランチャイズ店加盟手続きの比較を見ればわかります。日本が説明・面接・先輩店長との話等を経て3~6ヵ月をかけて開店するのに対し、韓国はその多くを省略して2週間(!)~2ヵ月で開店するという早さ! 店主が十分な情報を持つことにくく、「甲」に有利な契約がなされる可能性も高いというわけです。
 また、この記事の見出しには「共生(공생)の意識なく、関連法律ばかり多い」とありますが、もしかしたら、この「共生」や、「共存共栄」といった理念の点にも差がある、かどうか・・・? これについてはさらに検証してみないと正確なところはわかりませんが・・・。
 しかしこれらのことは、もしかして「日本は韓国よりずっと(?)マシ」だとしても、そのことを胸を張って言えるようなものでは全然ありません。いうまでもないことですが。

 さて、上述のように昨年以来メディアを賑わした「甲の横暴」をめぐる諸問題ですが、前掲の今年2月の「ヘラルド経済」の記事(→コチラ)の記事によると、昨年いろいろ世論に叩かれた「甲」の各社にとっては、その間の売上高の減少は「通り過ぎる雨に過ぎず」、「甲」と「乙」という名称は変更しても根本は変わることなく今に至っているということです。

 以上、韓国での甲乙問題について相変わらず長々と書きました。
 例のセウォル号沈没事故も同様ですが、事件自体も、そこに至る経緯や報道&世論、事後のことも含めて、なんだかなー、やっぱりなーという感じです。

 また、以上のことをいろいろ調べていく中で、印象づけられたことの1つが「感情労働者」という言葉です。
 営業社員や各種のお客さん相手の労働者の場合、「お客様は神様」という原則(?)のため理不尽な目にあっても憤懣等を表情や行動に表すべからずとされる労働者のことで、たとえば今彼らのための心理的ケア等が必要だ、というようなことです。
 ※<レイバーネット>の関連記事→コチラ
 感情労働については近年日本でもいろいろ本も刊行されていて、正面から取り組むべき問題ではありますが、「営業スマイル」が得意な日本人と、感情を抑えることが必ずしも美徳とはされない韓国ではそれなりの「温度差」といったものがありそうです。(日本人は、商品に対する当然の苦情も言わない人が多いからなー。その点も韓国人とは違いますね。)

 さらに、この感情労働関連では、韓国では困り者の客のことを「손님(ソンニム.お客様)」ならぬ「손놈(ソンノム.客奴)」という新語もあり、オドロキの実例もいろいろあるのですが、それについてはまたいずれ、ということにします。
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[韓国語の旧語] 「ハコバン(箱部屋)」は日本語由来なので「パンジャッチプ(板子家)」に・・・

2014-04-21 23:56:37 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 神保町にある韓国専門書店の老舗で、私ヌルボも四半世紀前(?)からひいきにしている三中堂が来月佐倉に移転することになりました。横浜在住の私ヌルボとしてはとても残念なことです。
 ※1ヵ月ほど前の「朝鮮日報」でも報じられました。(→コチラ。→日本語版。)

 実はちょうど2週間前、ちょっとした偶然が重なって、この三中堂の店主・佐古さんとお酒を飲みながら話をするという機会を得ました。
 このことは、佐古さんがご自身のFACEBOOK(→コチラ)に記されていて、私ヌルボとしては甚だ恐縮の至りです。
 今まで私的な話を交わすことはなかっただけに、伺いたいことがいろいろありました。

 その中で、佐古さんが初めて行った時のことが聞けたのがよかったです、・・・と言っても、限られた時間だったので、そのサワリの部分なのですが・・・。
 驚いたのは、その初の韓国旅行というのが1968年だったということ。(2回目は1973年。) 佐古さんは私ヌルボと同い年。大学生の頃です。(ヌルボは大学の第三外国語で朝鮮語を選択するもわずか数回で脱落するという最初の挫折を経験した頃。)

 船で釜山へ行ったとのことで、関釜連絡船と思ったら、神戸港からの貨客船だったそうです。そういう船便があったのですね。
 それから正味16日間の韓国あちこち旅行となるわけですが、上記FACEBOOKを見るとやっぱり旅行記録をきっちり残されているようです。早く読みたいものです。

 いろいろ伺った中で、当時のソウルの街の印象ということで佐古さんが口にした言葉が「ハコバン」駱山(ナクサン.낙산)に密集しているそのハコバンを見て驚いたとのことでした。

 私ヌルボ、なんとなく聞いたことはあるといった程度の言葉です。箱+パン(방.房=部屋)でハコバン。バラックといった意味の言葉です。
 
 帰宅後하코방(ハコバン)」でネット検索すると約1,370,000件のヒット。「하꼬방」だと約27,700件です。
 このような日本語由来の、あるいは日本語混じりの言葉は別の言葉に言い換えるという「基本方針」に則って、この言葉も판잣집(パンジャッチプ)」とするのが正しいとされているようです。「판자(板子)」+「집(家)」の合成語で、「판자집」という表記例も多数あります。しかし、検索のヒット数は판잣집が約232,000件、판자집が約129,000件で、하코방よりはるかに少ない数字です。
 実際、2010年11月の「OhmyNews」の<「ハコバンに住む人は人ではないのか」 行き場所のない(仁川市)トファ洞の住民たち、開発のあおりで生活基盤を失う>という記事(→コチラ)でも見出しに하코방という言葉を使っています。

 また、하꼬방촌(ハコバンチョン[村])という言葉もありますが、近年はこれも「달동네(タルトンネ.月の街)」「판자촌」(パンジャチョン.板子村)とすべきだ、と指摘されています。(90年代以降の親日清算の流れで、日本語由来の言葉を否定する執念情熱はなみなみならぬものがあります。)
 ※タルトンネ(月の街)というのは、そのような貧民街が丘の上にあるため、月に近い所という意味でよばれたのです。サントンネ(산동네.山の街)も同じ。イ・チョルファン(作)草剛(訳)の「月の街 山の街」の題意もそういうことです。原題は「연탄길(練炭の道)」ですけど。
 駱山も、東大門の北、恵化駅の東の方の丘です。
 ※現在の駱山の外観については→コチラや→コチラに写真&説明があります。

 しかし、ハコバンは基本的に板切れで囲ったバラックなので板子家でOKですが、タルトンネの家は基本的にセメント壁。道もセメントで固められていてたりしています。
 また時代的にも、ハコバン村(パンジャ村)は終戦後~朝鮮戦争の時期に形成され、70年頃まで続いたのに対し、タルトンネは70年代以降現代に至るまでの経済成長期に形成されてきた街区とみる方がより的確です。
 もっとも、タルトンネはソウル五輪の前後から再開発が進められ、とくに今世紀に入ってからはどんどん消えていってます。それとともに、最近では人々に蔑視され忌避される所というよりも、人情を厚かった昔を思い出させる所としてドラマや映画の舞台になったり(「製パン王キム・タック」等)、観光客が訪れたりする街となっています。また、かつて板子村が並んでいた清渓川沿いには清渓川板子家体験館ができ(→コチラ参照)、仁川のかつてタルトンネがあった水道局山にはタルトンネ博物館が造られました。(→ソウルナビ。→コネスト。)
 どちらも、日本の1950~60年代を思い起こさせる懐かしい雰囲気が漂っているようです。私ヌルボはどちらも行ったことはありませんが・・・。
 ※このタルトンネの歴史については、立命館アジア太平洋大学の轟博志准教授の→コチラの論稿に詳しく述べられています。

 また、現在もパンジャッチプがないわけではありません。2008年のコチラ→の<OhmyNews>の記事は「31年暮らしてきてもパンジャッチプは自分の家にならないのか?」という、公園造成のため追い立てをくらっている住人に取材しています。(コチラはハコバンではなくパンジャッチプ。) 外見はバラックそのものでも、中は冷蔵庫やガス台もあって、けっこうフツーです。

 ちなみに、韓国で最初のパンジャ村はソウル市龍山(ヨンサン)のヨンサン洞2街を中心とした辺りで、「해방촌(ヘバンチョン.解放村)」とよばれてきました。終戦後日本や旧満州等から引きあげてきた人、「越南(월남)」すなわち北朝鮮から38度線を越えてきた人たち等が米軍部隊から流れてきたボール紙の箱や板で囲って壁にした家が多かったとか・・・。そして朝鮮戦争中に避難したり、家や財産を失った人たちが多数定着したということで、そんな歴史に由来する呼称です。
 昨2013年にこの「解放村」に行ってきた人のブログ記事を2つ(→コチラと→コチラ)読みました。お二方とも越南してきたおばあさんの話を聞いているんですね。いい話です。写真からも今の「解放村」の雰囲気がよく窺えます。

 ところで、私ヌルボがなんでハコバン村(パンジャ村)やタルトンネに興味を持ったかというと、最近たまたま大阪の日之出書房(→関係記事)で購入した櫻井義之「明治と朝鮮」(復刻版)という本の「土幕民と火田民」という一文を読んでいたからです。この土幕民とは、ウィキペディア(→コチラ)の説明にもあるように、日本の統治時代に「官有地私有地を無断占拠して居住する者」(京城府の定義)で、その住居(=土幕)は写真にもあるように竪穴式住居と見間違えるようなものさえあったということです。

       
 【1964年に刊行された本の1995年の復刻版。「土幕民と火田民」は1932年の論考。右の写真の場所は記されていません。】

 問題は、土幕民たちに公有地・私有地等という土地の所有権という観念が希薄だったということのようで、それは現代にまで及んでいるのでは、ということ。(上述の31年板子チプに[不法に]住んでる人もそんな感じが・・・。)
 また上掲のウィキペディアには、(日韓併合後日本に移り住んだ朝鮮人たちは)「内地においても土地を不法占拠し、土幕を形成するようになった」(例:ウトロ等)と相当に批判的な筆致で書かれていますが、ヌルボが考えたのは、そのような観念も歴史的に形成されるものなので、その点を理解しないとただ軋轢を生むばかりではないか、ということ。とくに必要がなければ、竹島とか尖閣のような領有権なんてどうでもいいわけだし、現に近代以前はどうでもよかった。それと同様です。
 最近読んでちょっと驚いたのは「李朝社会には村境もなければ、荘園台帳の一冊もない。あるのは、流民の集まる粗放な同族中心の村と、所有権のない荒蕪地ばかりである」という古田博司筑波大教授の著書の記述と、それを紹介している辻本武さんのブログ記事(→コチラ)に記されているたとえば次のような知見です。
 李朝時代に荘園台帳がなかったのは、地縁共同体が成立していなかったから荘園台帳を作成する必要がなかった、ということです。また村境がないのも、地縁共同体としての範囲を定める必要がなかったからです。男系血縁共同体である宗族のみが重要な李朝社会では地域全体の利益を考えることはなかったのですから、地域の記録・文書を作成すること自体がなかったのです。
 ・・・いやー、私ヌルボ知りませんでした。もしかして、こういう歴史もいろんな形で現在にまで影響を及ぼしているのでは、と思った次第です。

 いかんなー、この頃たくさん書きすぎだなー・・・。

     
          【現在の駱山(ナクサン)方面の景観。(GoogleEarthから加工。)】
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韓国の旅客船沈没事故と「アクプル」の横行に心が傷む

2014-04-17 18:38:00 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 昨日(4月16日)、おキラクなブログ記事を書いている時分、仁川から済州島へ向かった旅客船セウォル号が珍島郡の観梅島(クァンメド)沖で沈没するという大きな事故が起こっていました。修学旅行中だった安山市の檀園(タンウォン)高校の生徒325人と教員14人を含む475人が乗船していたとのことで、今も救助作業が続いています。

 今日17日の16:45現在、乗船者475人(檀園高生徒325人)中、死亡9人(5人)、不明287人(245人)、救助された人179人(75人)です。
 ということは、今現在も船内に閉じ込められたままで助けを待っている人たちが大勢いるのでしょうか?

 私ヌルボ、パソコンでKBS1テレビの現場生中継等を心配な気持ちで見ています。とくに高校生の親たち(韓国では학부모(学父母))や、救助された高校生の映像には心が傷みます。

        
  【午後4時頃のKBS1テレビの生中継画面。沈没現場近くの海域は天気が悪く、視界がはっきりしません。】

 この大事故とともに、心が傷むのが日本のネット社会での「アクプル」の横行です。

 2011年、あの大地震の翌々日の3月13日、私ヌルボは<地震に対する韓国ネチズンの反応 と日韓の「無概念な人たち」>という記事を書きました。(→コチラ。)
 そこでも書いたように、「アクプル(악플)」とは悪性のカキコミ(악성 댓글)のことです。
 大地震直後、韓国のネット内では「「因果応報だ」とか「関東大震災の時に朝鮮人が6千人殺された・・・」とか、紹介するに堪えないようなもっとひどいアクプルが飛び交いました。一方で、それを厳しく批判する意見も多くありました。

 愛読している木村幹神戸大教授のツイッター(→コチラ)に、今日次のようなツイートがありました。

 阪神大震災の頃、とある韓国の新聞販売人がこれを「嬉しいニュース」といいながら新聞を売って問題となった事があった。今、珍島沖沈没事故に関わる日本のネット上の発言を見ると、それよりも更に酷いものが沢山ある。情けない限り。

 すでに阪神大震災の時から「そういうこと」があったのですね。
 こうした問題では常に話題とされる<2ちゃんねる>にはあえてリンクを張りませんが、その「盛り上がりよう」は一体何なのでしょうか?

 「中央日報(日本版)」を見ると、現時点でのニュースランキング1位)という記事は、→コチラの「<韓国旅客船沈没>救助人員錯誤、290人余りの生死不明、再確認…大型惨事の憂慮」という記事ですが、記事下段の読者の感想を見ると、面白い(3890件)悲しい(1290件)すっきり(201件)腹立つ(62件)役に立つ(40件)と、「面白い」が「悲しい」の3倍もあるのです。

 この数値が日本人全体の気持ちをそのまま反映しているとは思いませんが、「面白い」をクリックする人が4千人近くもいること自体驚きです。

 先週の11日、四国八十八箇所の遍路道の「差別貼り紙事件」についての記事(→コチラ)でも、私ヌルボ、「いわゆる「嫌韓」日本人はいわゆる「反日」韓国人とよく似ているなー」と書きましたが、今回もまさにその通りになっています。(「嫌韓」日本人も「反日」韓国人も身近にはいなくて、よくは知りませんが・・・。) そんな人がたくさんいるだろうなと予測はしていましたが、その多さは予測以上です。
 そういう人たちに韓国を批判・非難する資格はないし、批判してもまともに聞いてはくれないでしょう。理性的な批判をしている人(日本人)の足を引っ張ることにもなってしまいます。(すでになっている。)

 ある語録に、「馬鹿な人ほど他の人を馬鹿呼ばわりし、馬鹿な人ほど馬鹿と言われて怒るものだ」という言葉があります。同様に、他の人からの暴言や嘲笑に即座に頭に血が上る人ほど平気で他の人を罵倒し嘲笑するようです。時代や場所を限らず、そんな人たちが少なくないのは悲しいことです。
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「週刊ポスト」(3月28日号) <韓国軍はベトナムで何をしたのか>について ・・・・ ライダイハンのこと等

2014-03-19 19:37:04 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 ぼちぼち一般週刊誌にも取り上げられるだろうな、と思っていたら案の定。

 現地発緊急レポート「韓国軍はベトナムで何をしたのか」と題して、「遂に自国内で告発されたレイプ、慰安婦、民間人虐殺」について書いています。

 これまでも、ベトナム戦争での韓国軍の所業についてはいろんなところで指摘されたりはしてきましたが・・・。

 その内容の詳細についてはここでは略します。

 しかし「ライダイハン(라이따이한)」という言葉は、最近わりと知られるようになってはきましたが、まだ一般的にはなっていないようなので、少し説明しておきます。
 これは「韓国人兵士による現地ベトナム人女性に対する強姦などの性的交渉によりもうけられた子供」のことです。その数ははっきりしません。1500人~3万人ぐらいと幅があります。
 この言葉は「ライ(𤳆.混血児の卑語)+ダイハン(大韓)」というベトナム語の合成語で、差別語です。・・・と、日本版ウィキペディアの「ライダイハン」の説明にあります。(→コチラ。)

 「週刊ポスト」(→公式サイト)には、「国民はこの事実を知らされていない」とありますがそれは間違いで、ウィキペディアの説明文中にもあるように、ベトナム戦当時韓国軍の起こした虐殺事件については進歩系の週刊誌「ハンギョレ21」が1999年記事を掲載したのが最初。この時は「退役軍人ら2000人余りがハンギョレ新聞社に乱入」するといった騒ぎもありました。
 また、その後ライダイハンについても1996年MBCの報道特集や2007年SBSのドキュメンタリー番組等のTV番組で報じられました。経済成長後東南アジア勤務の韓国人男性と現地女性との間に生まれた「新ライダイハン」も問題化されました。(2007~08年のSBSのドラマ「黄金の新婦」もそうした背景の下で作られました。)
 ※しかし、ライダイハンや新ライダイハンという言葉を韓国人の多くが知っているというわけでもないようです。googleのヒット数は約68,800件で、「少ない」と言ってよさそうです。
 ※1996年のMBC報道特集「ライダイハン」(42:45)は、昨年(2013年)4月YouTubeにアップされています。コチラ。韓国語がわからなくても、映像でおおよその内容はつかめるのでは? コメントを見ると、良心的な人もいれば、「妄言」をカキコしている人もいます。

 そして最近の報道では、3月8日付の「朝日新聞」に<「韓国軍のベトナムでの性暴力、謝罪を」元慰安婦ら会見>という記事がありました。(→コチラ。)
 韓国人の元日本軍慰安婦と支援団体代表らが7日、ソウルで記者会見し、ベトナム戦争に参戦した韓国軍による「ベトナム人女性に対する性暴力や民間人虐殺」について、「韓国政府が真相を究明し、公式謝罪と法的責任をとるように」と訴えた。
 ・・・というものです。
 イジワルな見方をすれば、ライダイハンその他、韓国軍の過去の「蛮行」を無視したままだと、日本に対する抗議や要求運動にとって障害になると判断したから・・・、かもしれません。が、だからといって非難するものでもないと思います。(今後、北朝鮮の強制収容所等々の人権問題を追及するようなことがあればヌルホも認識を改めますが・・・。)

 また、韓国版ウィキペディアで「라이따이한」の項目(→コチラ)を見てみて気づいたことは、日本版との大きな違いです。
 日本版に書かれているベトナム戦争での「韓国軍の虐殺行為」と「虐殺行為の詳細」については全然記述ナシ。上記のような「強い抗議」が予想されるからか、「事実認定」に問題があるからか? それとも・・・。

 私ヌルボが思うに、どこの国であれ民族であれ、不当な虐待・虐殺は当然否定され批判されるべきものです。
 ただ、それが国際政治の道具とされるとなると話は別です。
 およそどの国も歴史をだどればスネの傷は多々あるのが当然。相手側のスネの傷だけをあげつらって非難すると泥仕合に陥るばかりです。
 どうも、熱く議論しあっている日本人も韓国人も、自分の持つ民族的アイデンティティといったものに囚われすぎているようです。(もちろんそれは日本よりは韓国、韓国よりは中国の方が強いですが、日本も同じ文脈で対抗するのはいかがなものか・・・。)
 殺害した人数の多さはその加害国(民族)の残虐性の指標でもないし、100万人殺した国が別の所で100万人殺されたからといって「差し引きゼロ」で清算されるわけでもありません。
 国単位の発想からしばし離れて歴史をみる視点が必要だと思います。

 今重視されるべきことは、過去、とくに近代以降の国民国家体制の中で繰りひろげられてきた数々の悲劇を、今後は決して繰り返さないという意思・姿勢・施策を明確に示すこと。そして人権と平和という普遍的価値観の確認です。
 それが見えてこないと、「反省」も「謝罪」の言葉もウソっぽく見えてしまいます。
 一方、「要求」や「抗議」をする側にとってもそれが基調になっていないと、単に昔のことに言いがかりをつけて補償を得ようとしている、とか、(普遍的な人権ではなく)民族的自尊心を満足させるためにやっていると見られてしまいます。

 現在展開されているような「対立」は、皮肉にも普遍的価値の確立とは逆方向に進んでしまっている部分が大きいようです。
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[韓国の<聖地>上海 ③] 2008年の<建国節>や<建国60周年記念>をめぐる論争

2014-02-24 23:40:47 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 前の記事[韓国の<聖地>上海②]からもう19日も経ってしまいました。

 そこでこのシリーズ[韓国の<聖地>上海]のテーマを確認しておくと、次のようなことです。

[1]韓国の現憲法(1987年制定)の前文には「3・1運動により建立された大韓民国臨時政府の法統と不義に抗挙した4.19民主理念を継承し・・・」と記されている。  
[2]したがって、盧泰愚以降、朴槿恵に至るまで大統領は訪中して上海の旧臨時政府の建物を訪ねているのは、<聖地訪問>である。
[3]1987年の憲法で初めて「大韓民国臨時政府の法統」の文言が盛り込まれたのはなぜか?
[4]大韓民国臨時政府(上海臨時政府)は現在の大韓民国と歴史的につながるものか、否か?
[5]「大韓民国臨時政府の法統」という文言や、現大韓民国の淵源・「歴史的アイデンティティ」について、韓国内ではどんな議論があるか?


 前回の記事を書いた後、韓国サイトをあれこれ見てみると、このテーマは知れば知るほどややこしくなるばかりです。それが続きがなかなか描けなかった大きな理由です。
 なぜ「ややこしい」のかといえば、韓国でも政治的・思想的立場によって<歴史認識>が大きく異なるから。
 <歴史認識>問題は日韓間のような国家間の問題には限らないのです。最近では、韓国内で「教学社の歴史教科書」問題がニュースでも大きく取り上げられ、また日本でも報道されましたね。

 で、そんなややこしい状況の中、現大韓民国の歴史的アイデンティティをわりと鮮明に読み取ることができる(?)事例として、2008年李明博大統領の時に催された<建国60周年記念行事>をめぐって巻き起こった論議と、同年の<建国節>制定をめくる論議を検証してみます。

 韓国についてそれなりの知識のある人なら、8月15日が韓国にとってどういう日かご存知でしょう。
 1945年8月15日。日本の植民地支配から解放された日で、<光復節>という祝日になっています。
 ※ウィキペディア(日本)の<光復節>の説明文(→コチラ)には「朝鮮の大日本帝国(日本)からの独立を祝う大韓民国の祝日」とあります。
 しかし私ヌルボ、以前から疑問に思っていたことは、「1945年8月15日に「独立万歳」を叫び、太極旗を振っていた人たちは、自分たちの「国」をどう認識していたのか?」ということです。政府が「ある」と認識していたかどうか? 「ある」とするとその指導者や政体は?
 ヌルボの見解としては、「解放」とは言えてもそれを「独立」とはいえないのでは? 独立していなかったから朝鮮信託統治問題が起こるわけだし、連合国軍の軍政下におかれていた日本が独立国でなかったように、同様に軍政下にあった南朝鮮が独立国だったとは言えないはずです。国号さえもなかったわけだし・・・。  
 実は韓国内でも「解放」「独立」「光復」「建国」等の言葉の解釈からして見解が分かれています


 さて、この8月15日という日は、1945年8月15日の<光復>の日であるだけでなく、1948年8月15日の、李承晩を大統領とした大韓民国が成立した日です。
 実はその時点では<光復節>という祝日(国慶節)はありませんでした。<光復節>が制定されたのは翌1949年9月からです。その年の8月15日は「第1周年独立記念日」でした。

 以来、「8月15日」といえば1945年の<光復節>を指すことがふつうとなり、その一方で1948年の大韓民国「建国」の意義が忘れられるようになった・・・と、あの(ニューライトの)李榮薫(イ・ヨンフン)ソウル大教授が問題提起したのが2006年7月でした。
 その流れで、2007年9月、ハンナラ党のチョン・カビュン議員は<光復節>を<建国節>に改称する内容を盛り込んだ祝日に関する法律の改正案を国会に提出しました。その理由は「1945年8月15日が重要視されて、建国日である1948年8月15日の意味は縮小されてきたので改称すべきだ」というものです。

 また、2008年李明博政府は大韓民国建国60年記念事業委員会を設立し、建国60周年記念行事の推進を図りました。これも1948年の大韓民国の成立を(ことさらに?)重視するものです。

 ところが、野党や大韓民国臨時政府記念事業会など55の団体は<建国節>の制定や建国60周年記念行事に反対する運動を展開しました。

 結局、建国60周年記念式典は開かれたものの野党は不参加、また<建国節>制定を内容とする法律改正案は同年9月に撤回されました。

     
   【建国60周年記念式典に反対の声を上げた民族団体。2008年8月14日タプコル公園。】

       
       【建国60周年記念式典。(2008年8月15日)】

     
   【8月14日に発行された建国60周年記念銀貨(直径35mm)。額面3万ウォンで5万枚鋳造された。】

 なぜこの8月14日を<光復節>から<建国節>に替える案や、李明博大統領が主導した建国60周年記念式典が大きな反発をよんだのかというと、その主な理由は次のようなものです。

①1945年の<光復>を否定するとなると、それまでの独立運動は一体何だったというのか? 独立運動があったからこそ、1945年の光復を迎えることができたのではないか? (これはとくに独立運動家の子孫等からの抗議。)  
②上海臨時政府の意義を軽んずるのか?
③大韓民国は李承晩が多くの国民の統一への熱望を抑えて建てられた国で、朝鮮半島の南半を統治するに過ぎず、朝鮮全土に及ぶ真の独立とはいえない。
④1948年の「建国」を讃揚する者たちは(親日派を排除しなかった等々問題の多い)李承晩に対して肯定的で、その後の軍政等も含む60年の政治についてもあまりに肯定的である。


 逆に言えば、たしかに李栄薫教授は李承晩に対して肯定的だし、また1945年の<光復>は日本からの「解放」ではあるが「独立(=「建国」)ではなく、また「大韓民国の建国は米国の日本帝国主義の解体と処理過程の産物であった」と<光復>に対して冷めた見方をしています。
 つまり、1945年の<光復>の意義は否定的に捉え、その後の発展の起点となる自由民主主義を掲げた1948年の<建国>を積極的に評価するという立場です。

 上記のように、<建国節>批判派が<光復節>=○、<建国節>=×と見るのに対し、<建国節>推進派は<光復節>=×、<建国節>=○と見るわけです。しかしそれまでは一般に<光復節>=○、<建国節>=○というのが一般的で、とくに問題にもならなかったようです。たとえば1958年の8.15記念式は「光復節13周年兼政府樹立10周年」で行われたし、朴正煕政権の時の1968年や1978年も同じ方法で記念行事が行われました。
 つまり<光復節>を否定する形で<建国節>が提起されたのは2006~08年のこの時が初めてでした。
 しかし、<光復節>が広く定着した今の韓国で、それを否定するような<建国節>の提起はやはり無理があったと私ヌルボは思います。

 さて、この<建国節>論議の中で、1948年の<建国>を否定する所説もいろいろ出てきました。
 韓国のウィキペディアに「대한민국 건국절 논쟁(大韓民国建国節論争)」という項目があります。(→コチラ。)
 そこには、いつが大韓民国の建国の日であるかについて次の5つの説があげられています。
 ①1919年4月11日   
 ②1919年4月13日
 ③1919年9月16日
 ④1945年8月15日
 ⑤1948年8月15日


 ④と⑤については上述の通り。(まだ書き足りませんが。)
 ①~③はすべて大韓民国臨時政府(上海臨時政府)関係です。
 ①~⑤それぞれに、それなりの根拠もあれば弱点もあります。続きではそれらについて見ていきます。
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