311東日本大震災後、被災地や首都圏の夜は暗くなりました。<NAGLLY.COM>というブログに、アメリカ海洋大気圏局(NOAA)による夜間の衛星写真が載せられていました。震災の前後の明るさの違いが歴然としています。
NOAAによる夜間の衛星写真といえば、たまたま先日横浜市立図書館で「新東亜」3月号を読んでいたら、「美 NOAA 야간 위성사진으로 분석한 북한의 경제상황(米国NOAA夜間衛星写真で分析した北朝鮮の経済状況)」という記事がありました。
→日本語(自動翻訳)
NOAA夜間衛星写真による南北朝鮮の明るさの極端な違いについては、これまでも報道されてきました。下のように、北朝鮮の夜は平壌以外はほとんど真っ暗と言っても過言ではないほどです。
今から20年前の1991年、私ヌルボが初の海外旅行で北朝鮮に行った時も夜の暗さを実感しました。平壌の街中でも、夜の暗さは足元もよく見えないほどで、節電している現在の横浜市街地の比ではありません。高麗ホテルは日中でも薄暗く、夜はほとんど真っ暗。その中で1ヵ所小さな灯で照らされている所があったので、何かと思って行ってみると、売店に置かれている金日成像でした。
その後平壌から開城に鉄道で移動した時も、日没後は闇の中を走っているようでした。たまに地方の町を過ぎる時、電気が点いてるな、と見ると、そこにはやっぱり金日成の銅像が・・・。
夜の北朝鮮で、例外的に灯が点いているのはすべて金日成像がある所ではないかと思いました。(真偽のほどは定かではありません。)
さて、「新東亜」の記事を読んで知ったことは、NOAA夜間衛星写真が単に明るさを比較するだけでなく、光の数が1992年以降継続して細かく数えられているんですね。また、このSOL(Sum of Lights)と呼ばれる数値の推移から、北朝鮮経済の実情を垣間見ることができるということなのです。
そのグラフを見てみます。
北朝鮮は韓国の約50~60分の1という、けた違いの格差も目を引きますが、ここでは北朝鮮の18年間の変化に注目。
1997年、大きく下落しているのは、いわゆる「苦難の行軍」が頂点に達した時で、96年のSOLに比べて20%以上急激に減少しました。
その後国際社会の支援が続き、金大中~盧武鉉政権の頃には南北の経済交流が進められたこともこの数値に反映されていると思われます。またこの記事では、2002年の7.1経済管理改善措置によって住民の個人的な市場経済活動を一定程度認めたこととも関連づけています。
ところが2005年に増加傾向は停止し、4万のレベルに急落。7.1措置の主要な政策が後退し、配給制が復活してきた年でした。
さらに2008〜09年には、過去18年の中で最低の状態に落ち込みました。
理由として考えられるのは、李明博政権発足後、韓国の対北経済支援が急速に減ったこと。毎年30万〜40万tほど送られていた米や、30万tほどの肥料の対北支援が中断され、金剛山観光などの主要な交流事業も絶たれました。2009年の長距離ミサイル発射実験・核実験により主要国の対北朝鮮経済制裁は一層強化され、中国以外の外の世界との交流がほとんど失われて、北朝鮮全体が一層閉鎖的な経済体制になりました。
光の数の推移を見ると、そんな経済状況をそのまま反映しているようです。
20年前、ヌルボが行った時あれだけ暗かった北朝鮮が、その後は多少なりとも明るくなっているのかなと思ったら、逆に暗くなっているとは・・・。まあ、さもありなん、といったところかもしれませんが・・・。
NOAAによる夜間の衛星写真といえば、たまたま先日横浜市立図書館で「新東亜」3月号を読んでいたら、「美 NOAA 야간 위성사진으로 분석한 북한의 경제상황(米国NOAA夜間衛星写真で分析した北朝鮮の経済状況)」という記事がありました。
→日本語(自動翻訳)
NOAA夜間衛星写真による南北朝鮮の明るさの極端な違いについては、これまでも報道されてきました。下のように、北朝鮮の夜は平壌以外はほとんど真っ暗と言っても過言ではないほどです。
今から20年前の1991年、私ヌルボが初の海外旅行で北朝鮮に行った時も夜の暗さを実感しました。平壌の街中でも、夜の暗さは足元もよく見えないほどで、節電している現在の横浜市街地の比ではありません。高麗ホテルは日中でも薄暗く、夜はほとんど真っ暗。その中で1ヵ所小さな灯で照らされている所があったので、何かと思って行ってみると、売店に置かれている金日成像でした。
その後平壌から開城に鉄道で移動した時も、日没後は闇の中を走っているようでした。たまに地方の町を過ぎる時、電気が点いてるな、と見ると、そこにはやっぱり金日成の銅像が・・・。
夜の北朝鮮で、例外的に灯が点いているのはすべて金日成像がある所ではないかと思いました。(真偽のほどは定かではありません。)
さて、「新東亜」の記事を読んで知ったことは、NOAA夜間衛星写真が単に明るさを比較するだけでなく、光の数が1992年以降継続して細かく数えられているんですね。また、このSOL(Sum of Lights)と呼ばれる数値の推移から、北朝鮮経済の実情を垣間見ることができるということなのです。
そのグラフを見てみます。
北朝鮮は韓国の約50~60分の1という、けた違いの格差も目を引きますが、ここでは北朝鮮の18年間の変化に注目。
1997年、大きく下落しているのは、いわゆる「苦難の行軍」が頂点に達した時で、96年のSOLに比べて20%以上急激に減少しました。
その後国際社会の支援が続き、金大中~盧武鉉政権の頃には南北の経済交流が進められたこともこの数値に反映されていると思われます。またこの記事では、2002年の7.1経済管理改善措置によって住民の個人的な市場経済活動を一定程度認めたこととも関連づけています。
ところが2005年に増加傾向は停止し、4万のレベルに急落。7.1措置の主要な政策が後退し、配給制が復活してきた年でした。
さらに2008〜09年には、過去18年の中で最低の状態に落ち込みました。
理由として考えられるのは、李明博政権発足後、韓国の対北経済支援が急速に減ったこと。毎年30万〜40万tほど送られていた米や、30万tほどの肥料の対北支援が中断され、金剛山観光などの主要な交流事業も絶たれました。2009年の長距離ミサイル発射実験・核実験により主要国の対北朝鮮経済制裁は一層強化され、中国以外の外の世界との交流がほとんど失われて、北朝鮮全体が一層閉鎖的な経済体制になりました。
光の数の推移を見ると、そんな経済状況をそのまま反映しているようです。
20年前、ヌルボが行った時あれだけ暗かった北朝鮮が、その後は多少なりとも明るくなっているのかなと思ったら、逆に暗くなっているとは・・・。まあ、さもありなん、といったところかもしれませんが・・・。