ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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韓国内の映画の興行成績 [5月14日(金)~5月16日(日)]と人気順位 ►「きみが死んだあとで」は貴重な記録 いろいろ思い出した・・・ ►「鬼滅の刃」累計観客動員数200万人突破!

2021-05-20 23:53:27 | 韓国内の映画の人気ランク&興行成績
▶この1週間で観た映画は次の2本です。
 ・「ブックセラーズ」★★★★ (ジツは私ヌルボ高校時代以来の古書店ファン。ニューヨークブックフェアに集まってくる人たちの風貌も東京古書会館の古書展で見る人たちとフンイキが似ている。ただ西洋の古書は格調高い総革装が目立つ。そんな本がぎっしり並んだ書架を見るだけでドキドキ。ただ例えば「偉大なるギャツビー」の初版本は15万ドルとか。私ヌルボは稀覯本コレクターではないのでイズレニシロ「見るだけだが・・・。)
 ・「きみが死んだあとで」★★★★★ (今の若い世代は樺美智子さんを知らない? では山崎博昭君のこともほとんど知らないかも・・・。<赤軍派・よど号ハイジャック事件><連合赤軍・あさま山荘事件><東アジア反日武装戦線・三菱重工本社ビルを爆破>などといった突出した過激派による事件は映画等である程度は知られているかもしれないが、1967年10月8日に反日共系の3組織の連合体<三派>が佐藤栄作首相の南ベトナム行き阻止を目的とした<第1次羽田闘争>は今どれほど知られているだろうか? 当時京大生で、この闘争に参加し機動隊と衝突する中で犠牲となったのが山崎博昭君である。この闘争は、それ自体よりも以後約2年間全国的に高揚する<全共闘運動>の導火線となったことに大きな意味がある。上記の過激派による事件は全共闘運動の(表面的な)鎮静化の後に先鋭化した極少数によるもので、全共闘運動を担っていた多くの学生大衆の支持・共感の外にあった。そうした意味で、高校時代から山崎君の仲間だった人たちが様々な思い出を大変具体的に語る本作は大変貴重であり、興味深かった。なおパンフ(右画像)は本作中の証言すべての他多くの画像・人物紹介等を含む充実した内容で◎。)

▶「きみが死んだあとで」については、いや、山崎博昭君や第1次羽田闘争については、私ヌルボ、個人的にいろんな思いがあります。今まで本ブログには書きませんでしたがジツは1949年1月生まれ・・・ということは山崎君の2ヵ月後。つまり同学年です。ただ67年の入試で不合格だったため徳島で自宅浪人中でした。
 羽田での<事件>や山崎君のことはTVや新聞で知って大きな衝撃を受けました。まさに<10・8(ジッパチ)ショック>でしたが、この言葉を知ったのは最近のことです。具体的には、学生たちの訴えたことやその闘い方よりも、彼らの行動を一方的に<暴力>と決めつけてほとんど全否定する報道に対する義憤が非常に大きかったと思います。
 サルトル等の翻訳で知られる海老原武・元一橋大教授は專任講師だった当時この10月8日「デモ隊の渦中にいた」以下その現場のようすやその後のことを「かくも激しき希望の歳月」(2004)に書いていますが、そこでも「私が、私たちがもっとも腹を立てたのは、機動隊の暴力的対応もさることながら、これをめぐる新聞報道のあり方だった」と同様の心情を記しています。
 一昨年亡くなった加藤典洋さんも48年生まれ。しかし誕生日が4月1日なのでギリギリ上の学年に入って東大に現役合格したので2年生でした。「私の秘密」と題した一文(→コチラ。「言葉の降る日」にも所収)や「オレの東大物語 1966~1972」によると彼は前日7日ビラ配りをしていた活動家のクラスメートに翌日のデモへの参加を強く誘われたこと、その後やはり「事件」を伝える新聞の記事と写真を見て「そのとき、私の世界が変わったと思います」と記し、11月12日の<第2次羽田事件の時初めてデモに参加したことを明かしています。
 私ヌルボ、時折考えるのは、もし現役合格していたらその後の人生はどうなっていたかということ。もしかして、自分も羽田に行っていた可能性もあったのか? 生来危険なことは避けて通る性格だし、実際1浪後合格して上京してから何度もデモには参加しましたが、投石をしたこともなく、もちろん角材を握ったこともナシ。しかし好奇心が強くて物見高いし反抗心もけっこうある方なので情報に触れていれば現場に行ってた目も全然ないとは言えなさそう。とすると、最初の入試で(今も憶えている)数学の順列組み合わせの問題で焦って失敗していなければ首尾よく合格して運命が(よくない方に)大きく変わっていたかも・・・。(まあ若い頃の進学・就職や結婚等々ちょっとした選択が人生の大きな分かれ道だったという事例は誰でもあることでしょうが・・・。)
 「きみが死んだあとで」の中で山崎君の大手前高校時代同じ社会科学研究部員だった詩人・佐々木幹郎さんが自作の詩「死者の鞭」を朗読しています。この詩集が刊行されたのが1970年。その2年後頃、私ヌルボは学生寮の友人からこの詩集のことを初めて聞きました。たまたま青山通りの古書店の棚にあるのを見つけたものの、2千円は当時の学生には高価で、買わずに店を出たことがありました。しかし「死者の鞭」の中の「永遠に走れ たえざる行為の重みを走れ」という詩句は以来脳裏に残り続けています。この詩の作者がまさか自分と同い年で1浪中に書き始めた作品だと知ったのはしばらく後のことで、少なからず驚いたものです。
 「きみが死んだあとで」に登場する人たちの中で知名度が一番高いのはおそらく東大全共闘の議長だった山本義隆さんでしょう。彼も大手前高校出身とは知りませんでした。7歳年上で60年入学、ということは樺美智子さんが亡くなる直前だったのですね。

 私ヌルボ、昨年2月2日懸案だった羽田闘争の現地・弁天橋をはじめ羽田方面の関係の場所を探訪してきました。また関連資料も図書館で見てみました。その中から4枚の画像を紹介します。

    
【翌日の毎日新聞より。山崎君も含めヘルメット姿の学生は少ない。当時は弁天橋のすぐ先に空港の滑走路があった。京急の羽田駅は今はなく、海老取川を越えた東に天空橋駅があり、その先に羽田空港第3ターミナル駅、羽田空港第1・第2ターミナル駅がある。】

    

【弁天橋は天空橋駅から約300m。中央に見える大鳥居は67年当時はなかった。付近には江戸時代以来の漁村の頃からの歴史等の説明版はあるが、羽田事件を物語るものは全然ない。2017年6月に建てられ五十周忌に一般公開された墓石は弁天橋から1㎞あまり西の萩中公園の西に隣接する福泉寺にある。】


         ★★★ NAVERの人気順位(5月18日現在上映中映画) ★★★

     【ネチズンによる順位】
  ※[記者・評論家による順位]とも、評点の後の( )は採点者数。初公開から1年以内の作品が対象。
        「初登場」とは、本ブログでの初登場の意。

①(1) 学校に行く道(韓国)  9.60(92)
②(-) 私はボリ(韓国)  9.54(228)
③(2) 子供たちは楽しい(韓国)  9.33(145)
④(3) 玆山魚譜(韓国)  9.31(2,345)
⑤(4) 劇場版「鬼滅の刃」無限列車編(日本)  9.30(11,944)
⑥(5) ソウルフル・ワールド  9.30(9,764)
⑦(-) 復活: その証拠(韓国)  9.30(414)
⑧(6) 少年の君  9.26(1,679)
⑨(9) ラーヤと龍の王国  9.15(1,678)
⑩(8) オクトノーツと火のリング  9.15(39)

 新登場の作品はありません。

     【記者・評論家による順位】

①(1) ソウルフル・ワールド  8.44(9)
②(2) ノマドランド  8.00(8)
③(3) スパイの妻(日本)  8.00(5)
④(4) ミナリ  7.58(12)
⑤(5) ユダ&ブラック・メシア  7.20(5)
⑥(6) 本当に遠いところ(韓国)  7.14(7)
⑦(7) ファーザー  7.13(8)
⑧(8) 玆山魚譜(韓国)  7.00(9)
⑨(9) レ・ミゼラブル  7.00(6)
⑩(10) クルードさんちの新時代  7.00(2)
⑩(10) いい光、いい空気(韓国)  7.00(2)

 順位・評点とも前週と全く同じです。

 ★★★ 韓国内の映画 週末の興行成績5月14日(金)~5月16日(日) ★★★
       「鬼滅の刃」 17週連続5位以内で累計200万人突破

【全体】
順位・・・・題名・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・公開日・・週末観客動員数・・累計観客動員数・・累積収入・・上映館数
1(新)・・スパイラル: ブック・オブ・ソウ・・5/12・・60,583・・・・・・・・・88,308 ・・・・・・・・883 ・・・・・・688
2(3)・・ザ・クーリエ ・・・・・・・・・・・・・・・・4/28 ・・・・36,888 ・・・・・・・283,086・・・・・・・2,616 ・・・・・・596
3(1)・・クルードさんちの新時代 ・・・・・5/05 ・・・・33,368 ・・・・・・・206,684・・・・・・・1,828 ・・・・・・616
4(4)・・劇場版「鬼滅の刃」・・・・・・・・・・・・1/27 ・・・・29,127 ・・・・・2,004,206 ・・・・・19,303 ・・・・・・503
       無限列車編(日本)
5(2)・・雨とあなたの物語(韓国)・・・・・・4/28 ・・・・27,772 ・・・・・・・346,891・・・・・・・3,201 ・・・・・・615
6(6)・・明日の記憶(韓国)・・・・・・・・・・・・4/21 ・・・・15,681 ・・・・・・・323,826・・・・・・・2,936 ・・・・・・386
7(5)・・ミナリ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3/03 ・・・・14,678 ・・・・・1,113,810・・・・・・10,048 ・・・・・・465
8(8)・・劇場版 コンスニ ・・・・・・・・・・・・・5/05・・・・11,054・・・・・・・・・65,560・・・・・・・・・577 ・・・・・・387
       :おもちゃの国 大冒険(韓国)
9(30)・・僕にはとても大切な君(韓国)・・5/12 ・・・10,387・・・・・・・・・17,358 ・・・・・・・・159 ・・・・・・449
10(34)・・息子の名前で(韓国)・・・・・・・・5/12 ・・・・・8,988・・・・・・・・・15,198 ・・・・・・・・132 ・・・・・・423
     ※KOFIC(韓国映画振興委員会)による。順位の( )は前週の順位。累積収入の単位は100万ウォン。

 このところ長続きするヒット作が現われず1位が3週間以内で次々と変わっています。そんな中、1度しかトップに立っていない「鬼滅の刃」が1月以来17週ずっと5位以内を維持しているのは注目に値します。
 1・9・10位の3作品が新登場です。
 1位「スパイラル: ブック・オブ・ソウ」(仮)はアメリカのスリラー。2004〜10年に人気を集めたホラー映画「ソウ」シリーズの第9弾(リブートと書かれた記事もあります。) ベテランの警官マーカス(サミュエル・L・ジャクソン)が尊敬を集める一方で、エゼキエル・ジーク・バンクス刑事(クリス・ロック)と彼の新人パートナーであるウィリアム・シェンク(マックス・ミンゲラ)は地味ながらもキッチリ仕事を遂行しています。その2人が陰惨な過去を思い出させる殺人事件の調査を担当することになります。それは警察署に届いた謎の小包に始まった警察連続殺人。別の殺人が始まる前に手がかりを探して事件を解決しなければ・・・。ところが、ジークは知らず知らずのうちに自らが深まる謎に閉じ込められ、殺人鬼の仕掛けた病的なゲームの中心にいることに気づき始めます・・・。韓国題は「스파이럴(スパイラル)」。日本公開は未定のようです。
 9位「僕にはとても大切な君」は韓国のドラマ。ジェシク(チン・グ)はエンターテイメント会社の代表、とは言ってもオフィスもなく、持っている物はわずかに中古のバン1台と負債だけ。ある日、彼の下で働くナレーターでモデルのジヨンが突然死亡するという事故が起こります。ジヨンに貸していたお金を回収できないのかと不安になったジェシクは死んだジヨンの家を訪ねて行ったところ、見ることも聞くことも話すこともできない視聴覚障碍児であるジヨンの幼い娘ウネ(チョン・ソヨン)と会うことになります。ジヨンの家に掛けられた保証金を手元に握れば貸してやっていた金も回収することができると思うジェシクは、1日も早くジヨンの保証金を手に入れるために、心にもないウネの保護者になりすまします。そうして1人のジェシクと1人になったウネの同居生活が始まります。しかし、子供と一緒の生活を甘く見ていたためか、見ることも聞くことも話すこともできない子供の障碍のために基本的なコミュニケーションさえ全くできない彼らの同居生活は不便そのもの。何も持っていないくせに格別な潔癖症のジェシクと、何であれ手で触れなければならない視聴覚障碍児の同居は本当に苦痛この上ありません。そこでジェシクは不便さを減らすためにウネとの疎通を図ることにします。ジェシクとウネは指先での会話を試み、徐々に特別な関係に発展していきます・・・。原題は「내겐 너무 소중한 너」です。
 10位「息子の名前で」は韓国のドラマ。5∙18光州民主化運動40周年を記念して光州広域市の公式サポートを受けて製作された作品です。1980年5月の光州を忘れることができず苦しさの中で生きてきたオ・チェグン(アン・ソンギ)は大切な息子デヒョン(チン・ヘソン)との約束を守るため、反省せずにぜいたくに暮らしているる者たちへの復讐を決心します。光州民主化運動の犠牲者家族の女性ジニ(ユン・ユソン)に会ってより一層決心を固めた彼は、当時の責任者の1人だったパク・ギジュン(パク・グニョン)に接近します。「デヒョン、おまえが出してくれた宿題を遅くなったが今やっているからな」・・・。この彼の言葉に秘められたものは・・・。原題は「아들의 이름으로」です。※のデータでは、観た人181人の評点(10点満点)は10点=94人・9点=7人と過半数高評価が過半数。一方1点=40人・2点=10人と低評価も約4分の1。

【独立・芸術映画】
順位・・・・題名 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・公開日・・週末観客動員数・・累計観客動員数・・累積収入・・上映館数
1(1)・・ミナリ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3/03・・・・・・14,678・・・・・・1,113,810・・・・・・10,048 ・・・・・・465
2(13)・・僕にはとても大切な君(韓国)・・・5/12・・・・・・10,387・・・・・・・・・17,358・・・・・・・・・159 ・・・・・・449
3(15)・・息子の名前で(韓国) ・・・・・・・・・・5/12 ・・・・・・・8,988・・・・・・・・・15,198・・・・・・・・・132 ・・・・・・423
4(新)・・ワンリューシュンリン[網絡凶鈴]・・5/12 ・・・・3,681・・・・・・・・・・5,042 ・・・・・・・・・・47・・・・・・・・85
5(新)・・スーパーノヴァ・・・・・・・・・・・・・・・5/12 ・・・・・・・2,565・・・・・・・・・・6,460・・・・・・・・・・54・・・・・・・171

 2~5位の4作品が新登場です。
 2位「僕にはとても大切な君」と3位「息子の名前」については上述しました。
 4位「ワンリューシュンリン[網絡凶鈴]」(仮)は中国のホラー。中国の人気作家マ・ボヨンのスリラー小説「她死在QQ上(彼女はQQで死んだ)」の映画化作品ですが、本格的なJホラー演出ができる監督ということで「リング0 バースデイ」(2000)等で知られる鶴田法男監督に白羽の矢が立てられ、4年がかりで制作して昨年10月中国全土の約5千館で公開されたとのことです。<ワンリューシュンリン>は「ネットワークのリング」いう意味。心理学専攻の女子大生シャオノー(スン・イハン)は従姉のタンジンからかかってきた緊急の電話が途切れるとすぐ彼女のところに行きますが、タンジンはすでに冷たい死体となっていました。警察は自殺と判断しましたが、タンジンが遺したネット小説「ザンセイロウ(残生楼)」の謎を解明するためにシャオノーはオカルト現象を研究している記者志望の男子学生マーミン(フー・ムンポー)を訪ね、2人はその小説の内容と同じような殺人事件が相次いで発生しているという事実を知ります。死んだタンジンと代わった誰かによって継続して小説は更新され、そして惨劇が繰り返されていきます。逃れられない、息をのむような呪いが始まるのですが・・・。韓国題は「링: 더 라스트 챕터(リング: ザ・ラスト・チャプター)。日本公開は未定です。すでに→中国版予告編の日本語字幕版は公開されているのですが・・・。
 5位「スーパーノヴァ」はイギリスのドラマ。サム(コリン・ファース)とタスカー(スタンリー・トゥッチ)は20年来男性同士のパートナーとして過ごしてきました。ある日、サムの提案で2人はこれまでの思い出の地や友人たちを訪ねる旅に出ることになります。というのは、タスカーは2年前に若年性の認知症と診断されていて、その病状はゆっくりながらも確実に進行しているからでした。ところが、旅を続ける中でサムはタスカーが全てを忘れてしまう日はそう遠くないという残酷な現実を突きつけられます。終わらなければいい旅行の終わりが近づくと2人の感情はますます高まっていきますが・・・。韓国題は「슈퍼노바」。日本公開は7月1日です。

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1 コメント

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映画「きみが死んだあとで」 (nagune)
2021-05-22 13:51:15
加藤 典洋さんの文の紹介ありがとうございます。
《1967年の10月7日の夕方のことがいまでも鮮明に記憶に残っています・・・・・翌日の夕刊だったか、ラジオのニュースに急いで買った新聞の一面トップに装甲車が炎をあげる弁天橋を空から撮った写真が大きく載り、一人の学生がそこで死んだと記されているのを見て、動けませんでした。そのとき、私の世界が変わったと思います。
 私は、それから一ヶ月後、はじめてデモに参加し、デモ隊の一員として、羽田の大鳥居駅のむこうまで行きました。機動隊員とぶつかり、追われ、住宅の中を突っ切って逃げました。線路の上をどこまで逃げても、どこまでも機動隊員が追ってきたことを覚えています。第二次羽田事件と呼ばれる11月12日のことです》
←この部分まるで韓国の学生等の民主化運動の中の映像の記憶と同じで驚きました。日本でも「タクシー運転手」や「1987 ある戦いの真実」のようなことが起こっていたとは。そしてそれを報道するメディアと参加していた人たちとの落差。
加藤さんが言う所の二人の死を忘れてはならないと思いました。
ー《山﨑博昭くんと由比忠之進さんという世間的には「何者でもない」二人の人の「激しい」死でした。一九六七年の一〇月八日の新聞一面が目に突き刺さってきたときの衝撃が、忘れられません。何かがそこで凝固し、あのときから、何一つ自分は、変わっていないと感じます。私の秘密の、原風景です。(かとう・てんよう 2016年3月29日)》
映画「きみが死んだあとで」何とかして見に行かねば。
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