愛は命の次に…
手を離さないで
果つる世に
ともにありたし
息絶えて
つなぐ手と手の
離れぬままに
by merange (めれんげ)
2006.10.19 Thursday 00:42
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(2008年10月12日午前7現在)
『即興の詩 手を離さないで』より
デンマンさん。。。、また今日も、めれんげさんの短歌ですか?
もう、めれんげさんの短歌は飽きたのですか?
いいえ。。。飽きませんけれど、デンマンさんのこだわりに、ちょっと驚いているのですわ。
いや。。。僕は決して、めれんげさんの短歌にこだわっていませんよう。
でも、おとといに引き続いて、めれんげさんの短歌ですわ。
僕がこだわっているんじゃなくてヴァイアグラ馬鹿がこだわっているのですよう。
どう言う事ですか?
めれんげさんの『即興の詩』サイトのサイドバーを見てくださいよう。レンゲさんのためにソフトカメラで撮ったものをここに貼り付けますからね。。。
これはねぇ、最近のコメントを10件だけ表示したものですよう。
また、いつものようにヴァイアグラ馬鹿さんがコメントを書きまくっているのですか?
そうですよう。毎日、毎日、ヴァイアグラ馬鹿は、めれんげさんの『即興の詩』サイトを訪れてコメントを10分おきぐらいに書くのですよう。(ヴァイアグラ馬鹿が分からない読者はGOOGLEで検索してください。僕が書いた記事がすぐに見つかります。)
つまり、1日に150ものコメントを書き込むのですか?
そうですよう。僕が見た時、サイドバーの中に『手を離さないで』という短歌のタイトルを見た。それで興味を惹かれて、すぐにそのページへ飛んで行ったのですよう。
それにしても、デンマンさんだってヴァイアグラ馬鹿さんに劣らないほど熱心にめれんげさんのサイトを訪れているではありませんかア~!
うへへへへ。。。僕は熱烈なめれんげさんのファンですからね。
それで、上の短歌に特別なものをデンマンさんは感じたのですか?
そうですよう。
どういうところに特別なものを感じたのですか?
世の無常を感じながらも愛を信じながら愛する人と共に極楽浄土に行きたいという。。。なんと言うか祗王の心の内を覗きこくような感動に僕は打たれたのですよう。レンゲさんは祗王(ぎおう)を知っていますよね?
ええ。。。卑弥子さんが書いたものを読ませていただきましたわ。
祗王の夢は儚(はかな)く露と消えて…
白拍子になってしまいましたわア~。
うふふふふ。。。
デンマンさんが小百合さんのために
出ろっつうんでござ~♪~ますわよう。
ええっ? どうしてかって。。。?
苔にハマッている小百合さんのために
美しい苔のある風景をお見せしなさいって
言われたのでござ~♪~ますわ。
そう言う訳で、祗王(ぎおう)寺を紹介しますわ。
美しいでしょう!
苔の美しい庭がいいですよね。
その向こうに見えるのが祗王寺でござ~♪~ますわ。
祗王や清盛の仏像がまつられているのですゥ。
法然上人(ほうねんしょうにん)の門弟・良鎮によって
建てられた往生院の境内地にあったのですが、
往生院が荒廃した後は小さな尼寺として残り、
祗王寺と呼ばれるようになったのでござ~♪~ます。
でも、江戸末期に廃寺となってしまったのですわ。
明治28(1895)年に当時の府知事であった北垣国道さんが
茶室を寄進して再建したのでござ~♪~ます。
現在では大覚寺の塔頭(たっちゅう【わきでら】)となっていて、
紅葉の名所、また、
平家物語の悲恋物語の舞台として知られているのです。
平清盛の寵愛を受けた白拍子・祗王が、清盛に捨てられた後、
妹の祗女とお母さんと仏御前(ほとけごぜん)と
過ごした寺でござ~♪~ますわ。
このお話は「平家物語」・祗王に詳しく描かれています。
小さな庵と苔が美しい庭園を見ていると、
「平家物語」の時代にタイムスリップした気分になりますわ。
嵐山の奥のほう、竹と楓(かえで)に囲まれた、
どこか女性的な感じを受ける草庵でござ~♪~ます。
庭は苔のジュウタンで覆われ、
蹲(つくばい)を流れ落ちた水が小川となり、
楓の足元を大きくうねりながら流れてゆくのですわ。
紅葉の見ごろは、少し遅めの12月上旬でござ~♪~ます。
なぜなら、庭苔の緑に、散り始めた紅葉が
朱をさして美しいからですわ。
デンマンさんとご一緒に見たいものですわぁ~。
おほほほほ。。。
では、平家物語「巻第一 祗王の章」の
あらすじをお話いたしますわ。
ところで白拍子というのは、平安時代後期に活躍した、
一口で分かりやすく申し上げるならば、
芸者のような者でござ~♪~ますわ。
このように白の水干(すいかん)に
立烏帽子(たてえぼし)、白鞘巻(しろさやまき)という男装で
「今様(いまよう)」と呼ばれる歌を謡(うた)いながら、
男舞(おとこまい)と呼ばれる舞(まい)を
舞(ま)うのでござ~♪~ます。
白拍子であった祗王は、時の権力者・平清盛の寵愛を受け、
彼の館で幸せに暮らしておりました。
あるとき、清盛に歌舞を披露したいという
別の白拍子が現れたのです。
その者が仏御前だったのですわ。
ただの白拍子に過ぎない仏御前を
清盛は追い返そうとしました。
でも、遠路はるばるやってきた彼女を見かねて、
心の優しい祗王がとりなしたのでござ~♪~ますわ。
それで、仏御前は清盛に舞を見せることになりました。
しかし、これを見た清盛は心を奪われ、
仏御前を寵愛するようになってしまったのでござ~♪~ます。
皮肉なものでござ~♪~ますわねぇ~。
男と言うのは本当に浮気なものでござ~♪~ますわ。
祗王の座を奪う気持ちのない仏御前は
辞退しようとしました。
しかし、それに気づいた清盛は、
邪魔な祗王を追放してしまったのですわ。
本当に悲しい事でござ~♪~ますゥ。
萌え出づるも
枯るるも同じ
野辺の花
いづれか秋に
あわではづべき
館を出る祗王がせめてもの忘れ形見にと
詠んだ句でござ~♪~ます。
さらに翌春、清盛は退屈している仏御前を
慰めるためといって、
祗王に仏御前の前で舞を披露することを強要したのです。
祗王は、あまりの屈辱に
死を決意するのでござ~♪~ました。
しかし、五逆罪になることを母親が説き、
やむなく祗王は清盛の館へ向かうのです。
仏もむかしは凡夫なり
われらも遂には仏なり
いずれも仏性具せる身を
隔つるのみこそ悲しけれ
このように謡(うた)いながら舞い踊り、
諸臣の涙を誘ったのでござ~♪~ます。
祗王は都に居れば、
また同じような思いをしなければならないと、
母、妹と共に尼となり、嵯峨の山里で仏門に入るのでした。
当時、祗王21歳、妹の祗女は19歳、
母の刀自(とじ)は45歳でござ~♪~ました。
ところが、ある秋の夕べ、
仏御前は祗王の元を訪れたのです。
なぜ。。。? どうした事でござ~♪~ましょうか?
実は、祗王の運命を自分に重ねて世の無常を思い、
仏御前は、清盛の館を抜け出して
尼となっていたのでござ~♪~ます。
それからのち、祗王一家と仏御前は、余念無く仏道に励み、
みな往生の本懐を遂げたのでござ~♪~ます。
小百合さん、いかがでござ~♪~ますか?
女の身として涙なくしては読めないですよね。
おほほほほ。。。
『愛憎と苔寺 (2008年10月7日)』より
つまり、平清盛と祗王の愛をデンマンさんとめれんげさんの愛に重ねて、愛というのは本当に儚(はかな)いものだと。。。そう思ってデンマンさんは感動したのですか?
違いますよう。。。違いますよう。。。全くその逆ですよう。
逆と言うと。。。?
儚い愛のその先の心をめれんげさんは詠んだのですよう。
。。。と言うと。。。?
だから、本当の愛ですよう。「愛の正体」ですよう。
その「愛の正体」とは、どのようなものですか?
めれんげさんが次のように詠んでいますよう。
きみはやさしく
光より
われをやさしく
包みしは
朝のおとずれ
つげしきみの目
by merange (めれんげ)
2006.10.19 Thursday 00:21
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(2008年10月12午前7時現在)
デンマン注:
2008年10月8日午前3時40分には
コメントは 160 だった。
『即興の詩 きみはやさしく』より
『愛の魔術 (2008年10月12日)』に引用
いやですわあああぁ~
ん。。。?いやですってぇ~。。。何がイヤなのですか?
だってぇ~。。。この短歌は、めれんげさんがデンマンさんとエッチして、その翌朝に詠んだものですわぁ~。
うしししし。。。レンゲさんにも、そのようにしか解釈できないのですか?
だってぇ。。。そうとしか考えられませんわ。
やっぱり。。。?
そうだったのですか?やはり。。。やはり。。。あたしの読みは図星だったのですね?
うへへへへへ。。。
そのヤ~らしい笑いだけは止めていただけませんか?
あのねぇ~。。。僕とめれんげさんは、まだ会ったことがないのですよ。どうしてエッチすることができるのですか。
デンマンさんならば、してしまいますわア~
馬鹿な事を言わないでくださいよう。そのような器用な事は僕にはできませんよう。レンゲさんは関西人だけれど、このようなところで関西人特有のギャグを飛ばさないでくださいよね。
。。。で、どうして『きみはやさしく』を持ち出してきたのですか?
実は、この短歌を選んだのも僕ではないのですよう。
また、ヴァイアグラ馬鹿さんだとおっしゃるのですか?
そうですよう。10月8日のサイドバーを見てくださいよう。
これは、10月8日の午前3時40分にソフトカメラで撮ったものです。サイドバーに最新のコメントが10個だけ表示されるのですよう。
その中に、めれんげさんの上の短歌のタイトルがあったのですか?
そうなのですよう。タイトルに惹かれて僕はすぐ、その短歌を読みに行ったのですよう。それで記念にと思ってソフトカメラで撮ったのが上の画像です。
なぜ、ヴァイアグラ馬鹿さんは2年前の短歌にコメントを書くのでしょうか?
プログラムで自動的にコメントを書くようにしていますからね。コメントを送る先は2年前にリストにピックアップしたものだからですよう。
最近の詩や短歌にはスパムコメントを書いてないのですか?
最近の詩や短歌には書いてません。すべて2年前のものですよ。
それで、デンマンさんは、どうして上の短歌を取り上げたのですか?
偶然というのは恐ろしいものですよう。『きみはやさしく』という短歌を詠んだ21分後に書いたのが、この記事のトップに掲(かか)げた『手を離さないで』という短歌なのですよう。
恐ろしいというのはその事ですか?
いや、それだけではないのですよう。めれんげさんが苦境にもめげずに愛を信じながら生き抜いてゆく姿に僕は心を打たれているのですよう。最近、次のような報告をしています。
めれんげです。
うれしいご報告です!
みなさま!
ようやくパソコンを手に入れました!
ひさしぶりに、
自分のパソコンでネットができる・・・
めちゃめちゃうれしいで~す!
by merange (めれんげ)
2008.10.10 Friday 13:34
『即興の詩 めれんげです』より
めれんげさんは、ついにパソコンを手に入れたのですね。
そうですよう。詳しい事は何も書いてないけれど、僕は本当にめれんげさんと共に悦びたい気持ちでした。それに僕が書いたコメントにも返信を書いてくれました。