脳性麻痺の青年。手足が不自由で車いすの青年。しゃべるのも一般人の10倍の時間を要する。そんな青年。あることをきっかけに、もっと街にでよう。趣味の写真を街中で撮ろうとおもったとのころ。
彼は富山市内在住。ある日大阪に行ったとき、街中で見ず知らずの人が、トイレへの手助けをしてくれたとのこと。それに感動した青年。富山ではまだまだ車いすの人を街中で見かけない。そうだ僕が街にくりだそう。
大阪でだよ。せっかちな大阪。日本一歩くスピードの速い大阪でだよ。そんなことがあるのだろうか。もし私が身障者用のトイレの前で、ドアが開けられずモジモジしている人に出くわしたら、どうするだろうか?先を急いでいると無視するだろうし、視野が狭い私は街中では人にぶつからないようにと精神集中なので気づかないかもしれない。
気軽に手助けしてあげる人と見て立ち去る人。この違いはなんだろう。おもいやりがあるかないかではなくて、おそらくは知識経験の差だろう。いままで車いすの人と接したことがあるか、もしくは、本やテレビでさまざまな障害者を見たことがあるか。その経験から、車いすの人が街中で困ることを、知識として蓄えているかどうか。その違いだろう。
網膜色素変性症な私。ついつい自分の視野が狭いことだけを、世の中にしってもらって、配慮してくれよ。とだけ思いがち。それと同じぐらい。他のいろんな障害者の機能制限をしり、どう配慮すればいいかを、頭の中でケーススタディしなくちゃならない。
そういう知識を与えてくれる番組。NHK教育テレビ土曜夜8時 「きらっと生きる」。
※こういう福祉番組では、どうしても障害があっても社会に出てがんばってますよ。というのが強調されすぎ。はたして、車いすの脳性麻痺の青年はどうやって生計をたてているのかどうやってカメラを買うお金を得たのか(彼は1戸建ての裕福な家族の息子で親と同居しているようだった)。どの程度、行政から手当が出ているのか、親はどの程度彼の世話をしているのか、その世話をヘルパーさんに代替してもらうことはできないのか、彼は実家を出て一人暮らしをしたいとは思わないのか?そのお金はどこからでているのかetc.。お金の問題をとりあげて欲しい。社会に出て自立して、生き甲斐をもって暮らすためには、お金の問題をまずクリアーしなくてはならないはず。
彼は富山市内在住。ある日大阪に行ったとき、街中で見ず知らずの人が、トイレへの手助けをしてくれたとのこと。それに感動した青年。富山ではまだまだ車いすの人を街中で見かけない。そうだ僕が街にくりだそう。
大阪でだよ。せっかちな大阪。日本一歩くスピードの速い大阪でだよ。そんなことがあるのだろうか。もし私が身障者用のトイレの前で、ドアが開けられずモジモジしている人に出くわしたら、どうするだろうか?先を急いでいると無視するだろうし、視野が狭い私は街中では人にぶつからないようにと精神集中なので気づかないかもしれない。
気軽に手助けしてあげる人と見て立ち去る人。この違いはなんだろう。おもいやりがあるかないかではなくて、おそらくは知識経験の差だろう。いままで車いすの人と接したことがあるか、もしくは、本やテレビでさまざまな障害者を見たことがあるか。その経験から、車いすの人が街中で困ることを、知識として蓄えているかどうか。その違いだろう。
網膜色素変性症な私。ついつい自分の視野が狭いことだけを、世の中にしってもらって、配慮してくれよ。とだけ思いがち。それと同じぐらい。他のいろんな障害者の機能制限をしり、どう配慮すればいいかを、頭の中でケーススタディしなくちゃならない。
そういう知識を与えてくれる番組。NHK教育テレビ土曜夜8時 「きらっと生きる」。
※こういう福祉番組では、どうしても障害があっても社会に出てがんばってますよ。というのが強調されすぎ。はたして、車いすの脳性麻痺の青年はどうやって生計をたてているのかどうやってカメラを買うお金を得たのか(彼は1戸建ての裕福な家族の息子で親と同居しているようだった)。どの程度、行政から手当が出ているのか、親はどの程度彼の世話をしているのか、その世話をヘルパーさんに代替してもらうことはできないのか、彼は実家を出て一人暮らしをしたいとは思わないのか?そのお金はどこからでているのかetc.。お金の問題をとりあげて欲しい。社会に出て自立して、生き甲斐をもって暮らすためには、お金の問題をまずクリアーしなくてはならないはず。