これはこの天文館に
実際に展示されている
宇宙メダカです。
向井飛行士が宇宙で
産卵をさせたメダカの子孫たちです。
その子孫たちは
いまも各地で元気にしているそうです。
ちなみに宇宙で産卵をしたメダカは
地球に帰ってきたときには
浮袋の使い方が
あやふやだったそうで、
でも4日間くらいすると
普通に戻り、元気にしていた
とのことです。いやあ命ってすごいねえ。
そんな看板を見つつ、
出ていこうとすると、
プラネタリウムはこちらですよ
との案内がありましたが、
上映時間までまだ時間があるのと、
さほどゆっくりとしてられない
のでもう出ることにしました。
まあ、だいたいプラネタリウムは
ミセスも担当者だった
こともあってかなり見慣れてますし、
その気になれば機械を買ってあるので、
家庭内で見ることも可能なんです。
さあ、それでは天文科学館を
出ていきましょう。
また歩きが始まります。
入り口から出て少し山の方に
登っていくと、ここが
人丸山の登り口です。
柿本神社の方へと上がっていきます。
この祭神である
「柿本人麻呂」ですが、
名前はよく知ってますよねえ。
百人一首にも出てきますしねえ。
でもねえ実際のところは
まだよくわからない人物なんです。
出生・終焉についても
定まった説はありません。
そして官位についても
よくわからないのです。
ずいぶんと高官であったとされたり、
6位以下の身分であったりと様々です。
大体は6位以下という説が
信じられているようですが、
それにしてもこうして祭神として
まつられている神社が
ほかにもあることを考えたら、
まあよほど重要な人物だったんでしょうねえ。
500年くらいしたら、
doiron神社ができませんかねえ^^。
人麻呂は飛鳥時代の人だったので、
彼の歌に関する非凡な才能が、
その後も長く愛され
続けたんでしょうねえ。
この神社の御利益が
安産や日よけにあるというのは、
もう先ほどの亀の水のところで
説明しましたねえ。
その神社の横にあるのが
月照寺ですねえ。
この月照寺は空海が
明石城本丸跡に811年に
建立したのが始まりといいます。
ああ、もう空海はいくつくらい
寺を作っているのでしょう。
空海に関する伝説は
日本全国で5000以上ある
といわれており、
彼の足跡を大きく超えているそうです。
また空海が杖を突いたところを
掘ると水が出てくるという井戸は
1000本以上あるとのこと。
いま、作られている映画で
「空海」というのがあるそうで、
それの出来上がりが
とても楽しみですねえ。
この月照寺で今注目されるのが
「八房の梅」です。
あの赤穂浪士のひとり
間瀬久太夫が奉納した
という梅で、いまのが
三代目に当たるそうです。
一つの梅から7~8個の
実をつけるという紅梅です。
科学館の後、神社やお寺で
ほっこりしたとあとは、
ここから明石公園の方に
歩いていきましょう。
あ、ここに子午線表示中がありますよ。
金属の棒の上に地球が乗っていて、
その上に日本を意識して
「あきつ島」を表す模型の
トンボがたからされています。
かつては観光の目玉の一つだったのに、
今は結構な量の木に覆われて
見えにくくなっています。
もちろんdoironには
見ておきたかったものの一つです。
「トンボの標識」という名で、
80年以上前のものなのです。
もともとは月照寺の山門前に
あったのですが、
昭和26年の再観測で
11.1m移動させられました。
そうそう月照寺の山門も
見ていきましょう。
この門は豊臣秀吉が建てた
伏見城の薬医門を
ここへ移動してきたものらしいです。
伏見城は3回くらい行ったのに
そんな記述はあったのかなあ。
あまり覚えていません。
まあ桃山時代の建築という
威風があるとのこと。
う~ん、何となく古―いって
感じはありますねえ。
続く