今日は、ぼくの父の誕生日。昭和10年11月1日生れです。
これから少しばかりのおこずかいを持って行ってきます。そして毎回恒例なのですが、『肩もみ・腰もみ』をやってきます。
父との確執は何度も書いてきた通りです。20代の頃は3度も殴ってしまったことがあります。一度は救急車騒ぎをしたほどです。父が憎かった。大嫌いだった。
その父と、いまはものすごく仲がいい。もちろん母ともバッチグー(笑)
ぼくの体験として、『両親とつながってこそ、チカラがでる』と思う。両親とつながるということは、『いのちがつながる』ということだ。ぼくは単品でこの世に存在しているのではない。沿面と続くいのちの働きがあっていまのぼくが存在する。その直近の両親とかい離していたら、いのちのほんとうのチカラは発揮できないと思うんだ。実際ぼくは、39歳の時だったけれども、まるごとぜんぶ両親と和解したことがきっかけで、自分がどんどん変容していった。
いま現在両親が生きているかどうかは問題でない。どんなにつらいことや醜いことや許し難いことがあったとしても、たぶん、そうなんだと思う。
これ、ものすごくおすすめです。(笑)
ではまた。
おさむ
これから少しばかりのおこずかいを持って行ってきます。そして毎回恒例なのですが、『肩もみ・腰もみ』をやってきます。
父との確執は何度も書いてきた通りです。20代の頃は3度も殴ってしまったことがあります。一度は救急車騒ぎをしたほどです。父が憎かった。大嫌いだった。
その父と、いまはものすごく仲がいい。もちろん母ともバッチグー(笑)
ぼくの体験として、『両親とつながってこそ、チカラがでる』と思う。両親とつながるということは、『いのちがつながる』ということだ。ぼくは単品でこの世に存在しているのではない。沿面と続くいのちの働きがあっていまのぼくが存在する。その直近の両親とかい離していたら、いのちのほんとうのチカラは発揮できないと思うんだ。実際ぼくは、39歳の時だったけれども、まるごとぜんぶ両親と和解したことがきっかけで、自分がどんどん変容していった。
いま現在両親が生きているかどうかは問題でない。どんなにつらいことや醜いことや許し難いことがあったとしても、たぶん、そうなんだと思う。
これ、ものすごくおすすめです。(笑)
ではまた。
おさむ