クマの道,ヒトの道,そして自転車の道

2009年10月07日 | サトヤマ,サトヤマ
 先月末から今月の初めにかけて,当盆地の東側に位置する著名な丘陵地,弘法山の周辺でクマの痕跡が確認されたとの報告があった。日付と場所は,9月28日(月)に名古木地区の念仏山付近,10月3日(土)に弘法山東麓にある曹洞宗の禅寺・自興院付近とのことだ。これはやはり,去年の秋(2008年9月23日~10月2日)に表丹沢・蓑毛方面から名古木を経て弘法山の南麓まで尾根伝いに下りてきた親子グマが今年もまたやって来たということなのかナ? 去年のサトヤマ・ウォークの楽しさが忘れられずにルンルン気分で再訪問,というか,ヒトという生き物の本当のオソロシサを知らぬままにノホホンと再登場,と申すべきでしょうか。

 ところで私自身,名古木へは9月27日と10月4日,自興院へは9月30日,いずれも夕方から夜にかけて自転車で出掛けているのであった。名古木については,例のサトヤマ・メンバー箱庭エリア付近や王伝寺の少し奥の農道などを周回した程度で,山の上の方にまでは登り詰めなかったので,クマさんたちと接近遭遇した可能性は少なかっただろうと思う。けれど自興院方面に行ったときは,夕方の大分薄暗くなった時刻にミカン山農道や樹林帯の踏み分け道を辿りながら,かなり山の上の方まで自転車で登っていった。当然,その段階ではこちらはクマ出没情報を持っていなかったのだが,あるいはどこかでクマさんたちと超接近遭遇していたのかも知れない。クワバラクワバラ,ではないか,人間万事塞翁が熊?

 最初,自興院の少し手前の細道で犬の散歩をしている地元の老夫婦に出会ったので,奥の方へと続いている道があるかどうか尋ねると,お寺より先は行き止まりで道がないとのことだった。歩いて登る山道も付いていないだろうという。山の上に行きたいんだったら,いったん少し下った先の三叉路を左に曲がって細い農道を登ってゆけば多分上の方まで続いているでしょう,とアドバイスを受けた。御親切にありがとう存じます。では,自興院まで行ったら引き返してそちらに向かうことにします。

 実は,このあたりの丘陵エリアは,数年前,弘法山北麓にある「秦野国際乗馬クラブ」の前の急坂を登って尾根の鞍部を乗り越え,さらに南側へと下ったことがある。上りは狭いながらも舗装路だったけれども,尾根筋から先の下りはまったくの山道であった(1/25,000地形図では実線=幅員1.5~3.0m道路として表示されているが,これは誤りで,実際には破線=幅員1.5m未満の小道とすべきである)。いちおうシングルトラックの小径の様相であったが路面はかなり凸凹で荒れており,所々に小さな崖崩れも見られた。おまけに,当方そのときはクロスバイクだったものだから,走りと押しと担ぎを交えながらゆっくりと下っていった。弘法山も東側のほうはけっこう山懐が深くてまだまだ「未開地」も多いのだなぁ,などとシミジミ思った記憶がある。付近に自興院という寺があることもその時に確認したが,持参した地形図には自興院へ通じる道が記されていなかったので(陸の孤島か?まさかね!),立ち寄ることはしなかった。

 で,先月末の話に戻ると,そのときに自転車で走った場所は数年前に主尾根より下った道からさらに分岐した農道,というか,山の斜面を何となくジグザグ登ってゆくような細道であった。黄昏時のひんやりする空気を肌にじんわり感じながら,初めての道を決して急ぐことなくSBS(slow-but-steady)モードでペダルを漕いでゆく。いつも思うのだが,低山地の畑道を自転車で走るのは大変に気持ちがいい。何処に通じるのか皆目わからない頼りなさげな道が多いのだけれども,いや,それであればこそ別に目的地を定めることもなく,周囲の景色をジックリ味わいながらとりあえずユックリユックリ登ってゆく。ああ,その嬉しさよ。人の気配はほとんどないが人跡未踏の地というわけでは勿論なく,畑や植林地や粗末な物置小屋や,あるいは踏み固められた道の痕跡などから,古来より連綿と山里に暮らし続けてきた人々の地味で穏やかな息づかいが聞こえてくるようだ。はいはい,サトヤマ・サトヤマ,というわけですね。そして,このような山里ライドの楽しさをもたらす要因として,サトヤマ風景のなかに自らが一体化してゆく状況のなかで,付近に「クルマっ気」がまったくない,ということが大きく寄与しているのは疑いない。全くもってクルマってぇ奴はサトヤマに相応しくない。ナガヌキやヤナガワのサトヤマ・メンバーたちも現地集合する際にはいいかげんクルマで出掛けるのは止めていただきたいものだ(余計なお世話ですか)。いっぽう,「ヒトっ気」の方は,それがあろうがなかろうが私としては別にどちらでも構わない。ただし,えらく騒がしいジジババ・ハイカー軍団などはちょっと御勘弁願いたいケレドモ。また,「自転車っ気」については,これは実際に自転車でサトヤマ徘徊している私自身を含めて自戒すべきことであるが,サトヤマの基本はやはり実用車(ママチャリ)でありましょう。ときおり自転車の荷台に空コンテナを縛り付けて山道をゆっくりゆっくり押し登ってゆく老人などに出会うことがある。恐らく上のほうの自分の畑まで出掛けるのだろう。そして帰りには野菜など積んで戻ってくるのかも知れない。下りの坂道では転ばないよう気をつけて下さいね! 日頃,山というものを単に癒しの場として利用しているにすぎない軟弱老人としては,そんな情景を見ると思わず胸がキュンとしてしまう(ゴメンナサイ)。しかり,農林作業車はサトヤマ本来の基本アイテムなのである。遊び人たるMTBやランドナーなどの自転車人は,そのような「山の空気」を乱さぬよう,すべからくツツマシヤカに走らねばならない。縦横無尽にカッ飛ばすなど言語道断である。余計ついでに言わせてもらえれば,ロードレーサーなんてぇ特殊車両はサトヤマには全く場違いの自転車としか言いようがない(ごくたまに,それらと遭遇したりするのだ)。君ら方に関しては,もし山の方を目指したいのであれば,761峠とかのキレイな舗装道路をカッコヨク走ってなさ~い。そして間違っても,山中でママチャリに出合うと気が滅入る,などという不遜な発言はせぬように! 巷間しばしば仄聞されるスポーツ自転車至上主義者によるかくのごとき頓珍漢なカンチガイは実に醜い。病膏肓に入る,って? そういう問題ではな~い。一体どういうアタマをしとるんじゃ。それだったら湘南ドライヴ・ウエイ(R134を昔はこう呼んでいたのだ)あたりを天竺鼠(モルモット)のように行ったり来たり行ったり来たり,カッコヨク走行していて下さった方が,よっぽど世のため自転車のためになろうか知らん(ただし,信号はキチント守りなさいね)  。。。。とかなんとか,日頃のウラミツラミをブチブチとひとりごちながら,今は亡きハンス・シュトルテ師の若き日の丹沢自転車ツーリング(今から70年以上も昔のことだ!)などを偲んでみたりする今日この頃なのでございます。

 何やら話の展開がゴチャゴチャしてきた。この先さらに論旨がムチャクチャになっていきそうな気がするゾ。何の話をしていたんだっけ。そう,もともとは弘法山におけるクマさん出没の話題であった。それでは気を取り直して,サトヤマにおける「ケモノっ気」については,ドウナンダロウカ?

 時間と場所が前後するが,昨日の夕方,「県立秦野戸川公園」の園内で鹿と遭遇した。同公園東側の斜面の一隅に《おおすみ山居》という小洒落た茶室があり,その建屋のすぐ脇の繁みである。少し前にも記したように,公園周辺の樹林地では鹿は時折見かけるのだが,公園内まで入り込んでくるとは,最近は彼らも結構ダイタンになってきたのですねぇ(あるいは単に当方が無知だっただけなのかも知れない)。で,その時の状況であるが,私は公園内ではいちおう規則にのっとって自転車を降りて押し歩きしているものだから,鹿の方は恐らくこちらの動きに気付かなかったのだろう。突然,前方の木陰から数メートル前の遊歩道にノッコリ現れて,両者お互いにしばし硬直しての御対面である。少しののち,彼のほうが先に動いた。慌てて繁みの中に再びガサガサッと潜り込でしまった。いや,こちらだって驚きましたですよ。それにしても立派な雄鹿であった。もともと,オトナの鹿はかなり大きい。秋田犬よりシベリアンハスキーより,豚よりイノシシよりさらに大きい(牛ほどには大きくないけれども)。そんなのが不意に眼前に現れたら,そればびっくりしますですよ。そして,もしそのケモノがクマだったらワタクシは一体どう対応していただろうか? なんて,今になって改めて考えてみるのである。

 思い起こせば,これまでの短からぬジンセイのなかでクマとは二度ばかり遭遇したことがある。全国各地のドサ回り(フィールドワーク)の際の出来事(アクシデント)で,20才の時に南アルプスの山奥(静岡県)で一度,33才の時に只見川源流域の山奥(新潟県)で一度,いずれもすぐ真近で出合ってしまった。幸い,それぞれ何とか事なきを得て現在に至っております。その時々の体験談を話すとまた長くなるので省略させていただくが,とにかく野生のクマはとてもオッカナイ! それだけは自らの体験から身に沁みて承知している。けれどもされども,例えばヨッパライの暴走グルマほどには危険ではない。ケータイ&咥え煙草&大音響音楽のバカグルマほどにも危うくはない。そのこともまた重々承知している。従ってもし私が,それが弘法山界隈でもあるいは別のエリアでも構わないが,当地の山中自転車フィールドにおいてクマと遭遇したとしても,まさか轢き殺される,もとい食い殺されるなんてことはアリエナイだろうから,せめては致命的な深傷を受けないよう,適切な防御の術だけは常日頃考えておこうと思っている。ツキノワグマという大型哺乳類に対しては,攻撃は最大の防御,ではなくって,防御は最大の延命なのである。

 弘法山東麓における黄昏ライドの話にふたたび戻る。結局,その日はアッチコッチとかなり登った末に道の行く手をヤブに阻まれてしまって尾根筋にまで出ることはできず,本日はこれにて終了,と相なってしまった。ま,それもまたよし。帰路は一気に急坂を下ってしまうのはモッタイナイので,それに夜の山道走行での無茶は怪我の元なので,下界に広がる景色,ちょうど小田急線の東海大学前駅方面の市街地のキラキラ夜景を愛でながらユックリユックリ下っていった。しばらく下って東名高速道路にぶち当たったあとは,東名高速の側道を北に向かって鶴巻温泉方面へと向かった。ところで,このあたりの東名高速・側道は,やたらときついアップダウンを繰り返す,歩行者や軽車両にとっては試練の道,まさにクルマの抜け道のためだけに作られたとしか言いようのない,すこぶる「理不尽な道」なのだ。民主党政権におかれては,ダム建設を凍結する,あるいは既存のダムを壊すなどとバカなことを言う前に,このようなバカ道路をこそ真っ先に壊して欲しい。とりあえずはクルマを一切通行止めにして,緑道公園にでも変えて欲しいと切に望む。そうあってこそ,高規格幹線道路建設に伴う多くの弊害(沿線地域における環境被害,地域分断等)が少しでも緩和されるってものでしょう。公共投資の社会的還元とはそういうものだ。

 クマとクルマの間を行ったり来たりで話があっちこっちに飛んで,ああ,ますます収拾がつかなくなりそうだ。収拾など諦めて,もいちどクマの話題に戻す。当方,もともとクマに関する専門的知識は皆無な者であり,また碌すっぽ調べたこともない不勉強者であることを承知の上でイイカゲンナことを言わせていただくが,丹沢山塊に生息する30頭とも40頭ともいわれるクマには,「尾根好き」のグループと「沢好き」のグループの二群があるような気がする。弘法山界隈に出没したクマさんは当然ながら前者に属し,大山から蓑毛越え,不動越え,善波峠を経て弘法山へと至る大山南尾根というルートを,恐らくはコッソリと毎年行ったり来たりしているのだろう。それはすなわち,丹沢山塊クマ個体群(尾根グループ)にとってはサケの母川回帰みたいに遺伝子に刷り込まれていることなのかも知れない。その歴史を辿れば,空海(弘法大師)の時代なんかよりもずっとずっと昔に遡ることだろう。まさに,知らぬは仏ばかりなりけり。

 最近,ヤビツ峠を訪れる自転車乗りのあいだでは,国道246号名古木交差点を経由せずに大山山麓のバス停・大山駅付近から浅間山林道を走って蓑毛へと抜けるコース(あるいはその逆コース)がプチ人気なようだ。ある意味で困ったことである。そのようなローディー諸氏におかれては,今の季節,早朝あるいは夕方などに不動越えをする際にはクマさんの往来には十分に気をつけるよう尾籠ながら忠告しておく。いちおう,彼らのほうが「先住民」なのでありますからして,万が一クマに遭遇したとしても,余所者としてくれぐれもソソウのないように! ちょっと引っかかれたくらいでユメユメ大騒ぎなどしちゃいけませんゼ。それは即ち「軍隊の出動=彼らの殺戮」を意味するのだから。

 結局,上手くまとまらないままに,ヨタ話はこれにて終了。
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