「ハチミツとクローバー」と「花の名前」を読み返し、美しいお話っていいなぁなどと感慨にふけっていた数日。
「君美しく」も手に取る。
文庫にしては厚い一冊。これを私は年に数回読み返す。
その都度、ブックカバーを掛けて常に持ち歩く。
発刊から20年経ち、川本三郎のインタビューに応じた女優達も数人は鬼籍に入った。
邦画の黄金期を彩った女優達の生の歴史が語られる。
現代のように情報伝達が発達して、すぐに拡散される時代ではない。
女優はベールに包まれた女神で、原節子などトイレに行かないと本気で信じられていた時代。
そんな彼女たちが「あの監督、大っ嫌い」とか「しごかれて泣いた」とか「共演者の誰それは優しかった」と赤裸々に語っているのだ。
二木てるみ以外は戦争を体験しているため、戦前・戦後の邦画事情が手に取るようにわかる一冊でもある。
今の女優が「監督は厳しかった」と登壇して苦笑いを浮かべるしごき方と訳が違う。
「死んでしまいたかった」とか「監督を殺したかった」と本気なのだから凄まじい。
例えば黒沢明監督は雑巾がけを丁寧に教えるのだが、それを何十回と繰り返させ、やっとOKは出たとか、60日間カメラを回さずに演技だけをさせたり、
扮装テストと称して役のイメージを女優に考えさせる、もちろんイメージに合わなければ降ろされる。
小津安二郎監督は、子をなくした役の女優がげっそりと痩せて現れると「そんな姿は撮れない」と突っぱね、「僕の映画で常識的なことをしないでください」言い放つ。
小津は、人間は悲しいとき笑いおかしければ泣くと説くのだ。
あらゆるエピソードは満載なのだが、一番は何といっても名作「流れる」の撮影現場のことだ。
トーキー時代の大女優、栗島すみ子が参加したので、共演の田中絹代、杉村春子、山田五十鈴、高峰秀子らがビビりまくった。
栗島は自分の全盛期に助監督だった監督をあだ名で呼び、セリフを覚えずにスタジオ入りしたことは語り草だ。
当時の女優は家族や一族をひとりで養っていたり、ヒモ男に捕まっていたりと必死で女優人生を続けていかなければいけない事情を抱えているものも少なくなかった。
どんな事情であれ今、演じることに命懸けの女優はいるのだろうか?と考える。
自身の人生を捧げる覚悟のある女優はいるのかと。
そんな女優たちが生きた時代がここに集約されている。
ちなみに同時期の男優で私が贔屓にしているのは池部良。
上原謙(加山雄三の父)や三國連太郎(佐藤浩市の父)、三船敏郎 (三船美佳の父)などと並び美男で鳴らす。
生粋の江戸っ子で、召集もされている。
文才にも長けていてエッセイも面白い。
来月早々に開かれるコレが楽しみ。
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