エピローグ

終楽日に向かう日々を、新鮮な感動と限りない憧憬をもって綴る
四季それぞれの徒然の記。

雲はやはり天才である

2010年03月04日 | 日記
雲は天才である。
石川啄木はそう言い放った。
ぼくもそうだと思うのである。

昨日、雲は天才の片鱗を見せた。






         あっ!雲が


      雲に不穏当な影が差す時
      森羅万象は慄くのか
      不穏当な影は
      戦慄を与えつつ四次元に雪崩れ込んだ
      幼かった日々の鮮烈な感性を失った現在人には
      それを捉らえるよすがとて無い
      失っているのだ
      現在人の悲劇はそうして始まってしまった

      蝋梅が匂い立つ個性を喪失した季節
      連綿として連なるであろう桃の花の個性と季節
      馬酔木の簪(かんざし)のような花の連なりを見せる季節
      アカシアの並木道で涙した日々の記憶にある季節
      沈丁花が醸し出す古人と関わりあった美しい季節
      桜花がやがて満開になると
      現在人は浮かれつつ酒色に溺れる季節を迎えるのだ

      ああ現在人の悲劇を飾る季節
      あれほど愛し合った季節との別離
      あれほど愛し合った季節の暖かい記憶よ
      季節を捨て去れない情念の炎室よ
      淘汰されてしまえ

      現在人の情念の悲劇が始まるのだ

      打ちひしがれた現在人の
      うらぶれた感性に季節のエッセンスを注げ
      その集約された匂い立つ戦慄
      感性と季節
      森羅万象の曳声を響かせた情念に
      雲が漂泊する

      現在人が涙するとき





この空の下、ピンク色の椿が咲いていた。
彼女は、それほど匂い立たないけれどその仕種が美しいのである。

咲き方、枝からの落ち方・・・仕種は美しいのだ。
椿の花である。





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追伸;

いま、雨が降ってきた。
でも、この雨が止むと暖かさが戻るらしい。
明日は「幕張メッセ」である。

寒の戻りの日・・・春まだき

2010年03月04日 | 日記
昨日の暖かさは格別気分が良かった。
帰宅のとき、車の窓を全開で走ってみたのだけれど、それほどの寒さは感じられなかった。

ただ、風景としては目線の上は「春まだき!」である。



こうした身長の長い木々は、いまだ鋭く天を刺しているのである。



芝生は、もう少し経たないと青さは目立って来ない。
こうした風景は冬枯れである。



蝋梅(ろうばい)は匂い立つ事を忘却しつつあるらしい。
花の季節が終わったのである。

あの甘い匂いは、また来年味わわせていただけるだろうか?
ぼくも頑張らねばならないのである。

梅が終わり、昨日は花の節句だった。
見事である。
「花桃(はなもも)」が満開である。



重層的に花の色が、空気を切りさいている。
ストン!と胸に落ちる色合い、風合いである。

肌合いの感触すら感じさせるのである。



この公園の駐車場の上は、勿論「青空」であるのだけれど、桜花の時期は大きな期待が持てるのである。



駐車場のほぼ全体の空を、桜の枝が覆っている。
「桜の森の満開の下」で、山賊と鬼女が奇妙な生活を送っていると見抜いた坂口安吾の洞察力は見事である。

桜花は奇妙な連想をも惹起(じゃっき)する。
それが楽しいし、嬉しい。




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